オキシタケヒコ『波の手紙が響くとき』

4編の連作中短編からなる、SFミステリ風音響SF
武佐音研に持ち込まれる事件を、音響工学を駆使して解決するというのが、それぞれの話のフォーマットになっているが、最終話に至って、それまでの話が伏線として回収されていき、さらに話は音響工学にとどまらず、天文学分子生物学をも巻き込む形で拡大していく。
とにかく面白い

追記(20150618)

面白さとしては、SFアイデア面と人間ドラマ面と最後の話のプロット面の3つが挙げられるのではないかと思う。
まず第一のSFアイデア
音響現象によって人間の感覚が揺さぶられるものとなっており、それが特に面白さの核となっている。
目が見えないため、エコー・ロケーション能力を訓練で修得し、音で空間が「見える」ということ
超音波のエネルギーによって、ある限られた範囲でのみでしか聞こえない音がが生まれること
音・音楽が人間の行動に影響を与えること(これはちょっと虐殺の文法っぽいかも?)
音という目に見えないものによって、一種の超感覚的なものを体感する、といってもいいかもしれない。音というのは目に見えないけれど、波であって、物理的な存在だから、超感覚といっても科学的に説明される超感覚であるところが、SF。
次に、人間ドラマ
武佐音響研究所は、所長の佐敷裕一郎、所長と幼なじみで口の悪い技術者の武藤富士伸、入所したばかりの新人鏑島カリンのたった3人の零細企業だが、それぞれにキャラが立っている。キャラが立っているだけでなく、背景がある。
もっとも特徴的なのは佐敷だろう。彼は、ソプラノボイスをもった巨漢であり、声と見た目のギャップによって会う人はみな惑わされる。幼い頃、両親を失った交通事故で、自らも男性器を失ったため、声変わりしなかったのである。一見、温厚そうに見えてその実、人をいたぶる話術を得意とする。ところで、何故彼がこのような話術を持っているかといえば、彼が人間関係的に孤立しがちであったことも関係あるが、それ以外にある人からの影響もある。そこがポジティブな影響なのかネガティブな影響なのか一言では言いがたいあたりがなんとも。
彼らと彼らの関係者や依頼人達が織りなす人間模様もなかなか味わいがある。
4編目の書き下ろしで、それまでの登場人物が総出演し、初登場時とは違った人間模様を織りなすのも面白いが、SFアイデアの描写と違って、全てを説明しているわけではないところが多々あるのがよいのだと思う。もちろん、わざわざ書かなくてもわかるよね、というところなのだけど、ほのめかされるにとどまり十分には明示されない設定が登場人物達に深みを感じさせる。
そして、最後の話
既に述べたように、それまでの登場人物が総出演するので、そのあたりも楽しいのだが、それまでの3話で出てきたアイデアや語られたキーワードが形を変えて、最終話のプロットに関わってくるところがすごい。
音響工学音響心理学にとどまらない分野に広まりながら、次々に明かされていくくだりが、「おおっ、そうきたか、なるほどー」となる
(追記終わり)

エコーの中でもう一度

所長の佐敷裕一郎、所長と幼なじみで口の悪い技術者の武藤富士伸、入所したばかりの新人鏑島カリン。武佐音響研究所は全職員3名の零細企業。音響装置のセッティングやテープのクリーニングなどの仕事をしているが、時に音にまつわる事件が持ち込まれることがある。
ある日、武佐音研に2つの依頼が持ち込まれる。
1つは、目の見えない女性からの、自分の生まれ育った商店街の音を録音したテープをクリーニングしてほしいという依頼
そしてもう1つは、とあるメジャーレコード会社の社長の息子から持ち込まれた、人探しの依頼。自社に所属するミュージシャン日々木塚響が失踪したというのだが、どうも様子がおかしい。
響は、トランスやミニマルテクノで一躍名を馳せたアーティストだが、一時期耳が聞こえなくなり、人工耳小骨を入れている。しかも、本人の希望でそれは録音機能を持っている。その装置の設計をしたのが、武佐音研なのである。
彼女の聞いたままの音が録音されたデータと、目が聞こえない代わりに音で空間を把握するエコー・ロケーション能力があわさって、2つの依頼が結びつく

亡霊と天使のビート

カリンが初めて受けた仕事は、幽霊の声を録音して欲しいとの依頼だった。
依頼してきた夫婦によると、息子の部屋で夜な夜な亡き母の声がして息子がうなされているのだという。録音を試みてみたが、はっきり聞こえるにもかかわらず録音できなかったとも。
カリンは、一人泊まり込み録音を試みるが、やはり何も聞こえない。それでも、家族の間のわだかまりを見て取ったカリンは、どうにかして解決したいと意気込む。
幽霊の声は一体何なのか、音響工学的な観点から解決する一方で、ヴァイオリニスト(フィドラー)一家のわだかまりも解きほぐす

サイレンの呪文

佐敷と武藤がまだ高校生だった頃の話。
佐敷は今とは違い痩せていたが、幼い頃の交通事故で男性ホルモンがでない身体になっており、その甲高い声によって周囲に異様さを感じさせるのは変わらなかった。同じ交通事故で両親を亡くしているが、由緒ある家系に生まれていたこともあり、財産的な面では困らず、学校よりも図書館とインターネットで知識を得て、自らの家にサーバを組みエキスパートシステムを自らの会話相手に仕立て上げようとしていた。
武藤は、今と変わらず口は悪いが、そんな佐敷と変わらず接することのできる数少ない存在であった。
佐敷が運営するネット掲示板に、一瞬だけアップされすぐに削除された音楽ファイル。それは、聞くと無性に喉が渇き、最終的には何故か海に行きたくてたまらなくなるという代物だった。
佐敷は、アップロードした者の正体を探り、会いに行く。が、人里離れたところに住んでいたのは、一人の老天文学者だった。
彼らと日々木塚響の出会い(あるいはまだ出会っていないこと)を描いた前日譚

波の手紙が響くとき

そして、トラブルメイカー日々木塚響から武佐音研に持ち込まれた依頼は、自らの作った曲が人々から聴覚を奪っているかもしれないというものだった。
ここまでの3作品に登場した登場人物が総出演する書き下ろし
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波の手紙が響くとき (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

波の手紙が響くとき (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)