奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』

21世紀末の未来を舞台に、ジャズピアニストのフォギーが、世界的なロボット工学者からVR生前葬でのピアノ演奏を頼まれたことから始まる一大騒動。
VRとして精緻に再現された1960年代の新宿、往年のの名ジャズプレイヤー、棋士、落語家を模したアンドロイドによる夢の競演、高度情報化と貧富の格差が拡大した21世紀末の社会を飛び回りながら、事態は、人類社会を破滅に追いやるコンピュータ・ウイルス禍を引き起こす直前まで突き進んでいく。

ビビビ・ビ・バップ

ビビビ・ビ・バップ

奥泉作品は以前、『鳥類学者のファンタジア』奥泉光『グランド・ミステリー』 - logical cypher scape奥泉光『石の来歴』 - logical cypher scapeを読んでおり、結構好きな作家ではあるのだが、以降あまり読めてなくて、久しぶりに手にとってみた次第。
というのも、本作は『鳥類学者のファンタジア』とも繋がっている作品なのである。
『鳥類学者のファンタジア』の主人公である池永霧子が、本作『ビビビ・ビ・バップ』の主人公である木藤桐の曾祖母という設定*1。池永霧子は、フォギーを名乗るジャズピアニストだったが、桐は2代目フォギーを名乗っている。
物語自体は前作を読んでいなくても問題なく分かるようになっているが、作中に登場する首飾りやオリジナル曲は、前作に登場していたもの。
また、主人公と、主人公を師匠と呼ぶ少女(という程若くはないんだけど、20歳前後の女の子)のコンビ、猫が重要な存在であること、主人公の祖母ないし曾祖母とその恋人がキーパーソンとなっていることなど、共通点も多い。


『鳥類学者のファンタジア』でも夢の競演シーンがあったのだが、あくまでもボーナストラックであったのに対して、こちらはもう大盤振る舞い
ジャズだけなく、落語に将棋、怪獣やヒーロー、文化人でオールスター戦の様相を呈しているかもしれないw
ここらへん、分かった方がより面白いのは確かなんだろうけど、まあ分からなくても、勢いよく話が進んでいくので十分楽しめるとは思う。自分もよく分かってないもの多かったし。


元々『群像』で連載されていたのであり、そもそもプロパーSFではないが、アンドロイドやVRなどのSF要素は、SFとしては新味はない。
ただ、登場するアンドロイドは、明らかに石黒アンドロイドを彷彿とさせるし、VRもブームまっさかりなので、もはやこれらの要素はそもそもSFではないと思った方がいいのかも。
SFとして読むというよりは、主人公フォギーの、初代フォギーにも似た、深刻な事態になってもどこか危機感の足りない調子で進んでいくコミカルな雰囲気を楽しむ作品のような気がする。
そういう意味では、連載誌が『群像』だったのもちょっと不思議かも?


文章としては、猫ロボットが語り手となっていて、ダ・デアル体とデスマス体が混ざり合っている文体。カタカナ語については、漢字にルビという形になっているものが多い。


物語の舞台は21世紀末
VRやARの発展した未来社会が描かれ、AI秘書ソフトがスケジュール管理し、分からないことがあればネット上でもリアル空間でも、アイトラックですぐに検索ができてなど、現実的な範囲の、しかし未来っぽい技術が実用化されている。
そういう未来の明るい面が描かれる一方で、世界的な格差社会が広がっている。日本の場合、新宿や渋谷もスラムが広がっており、電線やパイプが無秩序に広がることから「蜘蛛の巣地区」などと呼ばれているのだが、その上層部にペデストリアンデッキがおかれ、富裕層と貧困層とが、同じ新宿にいながらも物理的にも分離される構造の街となっている。
世界的には「国家」のプレゼンスが低下し、多国籍企業の連合体による支配体制があるという背景がある。
かつて、「大感染(パンデミック)」という正体不明のコンピュータ・ウイルス禍があって、多くの人が死に、技術発展も停滞した時期があった。初代フォギーもその頃に亡くなっている。
富裕層は、アンチエイジング技術が発達していて、100歳オーバーでも現役という人が増えている。また、作中でTBUと呼ばれる、人格のアップロード技術が実用化直前の段階まで至っている。


主人公のフォギーは、ジャズピアニストであるが、収入の上では、音響設計士の方がメイン。これはVR環境における音響を組み立てる仕事である。
こちらの仕事の方で、世界的ロボット企業の重役であり天才工学者である山萩貴也から、仮想墓の一部の音響設計を依頼されている。仮想墓というのはVR空間上に、故人のアヴァターを置いて、死後に遺された人が訪れることができるというもの。
しかし、非常に精緻に作り込まれた仮想墓に、山萩氏は、TBUによって死後に人格をアップロードしてそこで永遠の生を生きようとしているのでは、とも噂されている。
フォギーは、ケープタウンの研究所に呼び出され、生前葬でピアノを演奏してほしいと直々に依頼される。
そして、プレゼントとして、2機のドルフィー・アンドロイドを譲り受けることになる。一つは、かつての飼い猫を模した猫のドルフィー、もうひとつは、往年のジャズ・フルート奏者であるエリック・ドルフィーを再現したアンドロイド
そして、そのドルフィー付きのエンジニアとして、天才少女、王花琳(ワン・ファリン)がフォギーのもとに来日してくる。この花琳、何故か日本の女子高生のコスプレをしていて、フォギーに鋭くツッコミを入れるキャラ。
また、同じく、山萩氏の仮想墓設計において、60年代新宿の設定考証をしている芯城銀太郎がいる。フォギーとは旧知の仲で、ジャズピアニスト同様、この時代ではすっかり珍しくなった棋士をやっている。彼は、やはり山萩氏の作った大山康晴十五世名人アンドロイドと将棋対決をする。
ところが、この大山名人アンドロイドとの棋戦のさいちゅうに、事件が起きるのである。


基本的には、フォギー、花琳、芯城の3人を中心にして、アンドロイド事件の謎から始まる騒動が展開されていく。
山萩氏の死と、氏の意図に反して起動してしまった、コピー人格としてのAI山萩氏、そして新たな「大感染」
祖母霧子のアヴァターで、60年代新宿VRを探検させられ、挙げ句の果てに拉致されるフォギー
千駄木の山萩邸で、怪しい実験を行っている志ん生アンドロイドと談志アンドロイド
コンピュータ・ウイルスの鍵は、ロンギヌス物質のペンダントと猫のドルフィー、そしてフォギーのDNA


あとフォギー、花琳、芯城とは別の、4人目の視点人物として、山萩氏の会社の日本人副社長がいる。彼は、(この時代の人としては珍しくなく)名前を次々と変えているので、基本的に「日本人副社長」と呼ばれる。
山萩氏の親戚というだけでこのポジションに潜り込んだが、子どもの頃から、無能者とされてきた。頭は決してよくないが、汚れ仕事を厭わず、上昇志向も強い。
でもって、ヤクザ映画が好きで、普段からヤクザのコスプレをしているというのがなんとも面白いw
来る「大感染」の前に、他の富裕層を出し抜いてやろうと息巻くが、山萩AIに翻弄されていく。


あと、山萩氏のライバルで、本人も天才科学者ではあるのだけど、山萩氏には敵わなくて、悔しいーって感じの学者とか
見た目は、ファッションセンスの悪いおばちゃんなんだけど、颯爽とフォギーや芯城を危機から助け出す女性テロリスト(レジスタンス)とかも出てきます。

*1:池永霧子の祖母、曾根崎霧子の本名が桐だったような気がするが