伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史7』

7巻は「近代2 自由と歴史的発展」

伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史1』 - logical cypher scape2
伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史2』 - logical cypher scape2
伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史3』 - logical cypher scape2
伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史4』 - logical cypher scape2
伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史5』 - logical cypher scape2
伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史6』 - logical cypher scape2


19世紀を取り上げており、前の巻に引き続き、ザ・哲学といったビッグネームが並んでいる
ドイツ観念論ショーペンハウアーニーチェマルクス功利主義プラグマティズムベルクソン……
アジアからはインドと日本。インドは久しぶりの登場かなと思う。相変わらず(?)固有名詞が難しいけど、なかなか面白い


欧米の各哲学については、全部とは言わないが、カントとの違いで特徴付けられるものが多い印象
しかしまあ、色んな哲学が出てきたという感じあり、この巻を通じたキーワードはあまり思いつかなかった(タイトルや1章にある通り、編集サイド的には「自由」ということなのだろうけど)

第1章 理性と自由 伊藤邦武
第2章 ドイツの国家意識 中川明才
コラム1 カントからヘーゲルへ 大河内泰樹
第3章 西洋批判の哲学 竹内綱
コラム2 シェリングの積極哲学の新しさ 山脇雅夫
第4章 マルクスの資本主義批判 佐々木隆
第5章 進化論と功利主義の道徳論 神崎宣次
コラム3 スペンサーと社会進化論 横山輝雄
第6章 数学と論理学の革命 原田雅樹
コラム4 一九世紀ロシアと同苦の感性 谷寿美
第7章 「新世界」という自己意識 小川仁志
第8章 スピリチュアリスムの変遷 三宅岳史
第9章 近代インドの普遍思想 冨澤かな
第10章 「文明」と近代日本 苅部 直



第1章 理性と自由 伊藤邦武

自由について、一般的に2種類の自由(自発性の自由と無差別な選択の自由)に分けられることを踏まえつつ、第3の自由があると言う
それは、習慣形成によって得られる自由で、この自由は非西洋世界とも共鳴するだろうという話をしている。この巻では儒学についての章はないが、ここまで世界哲学史を読んできていると儒学っぽい話だと感じられ、「伏線回収(?)だ!」とちょっと興奮してしまった。


その他、ロマン主義というのは原義はローマへの回帰だけど、文芸運動的には、冒険や英雄譚、恋愛物語に没入するという意味だよねとあり、ついついロマン主義のロマンとはローマのことで〜と思いがちなので、思い直した。

第2章 ドイツの国家意識 中川明才

主にフィヒテの政治哲学について
まず、ドイツ・ロマン主義について紹介し、その後、カントの政治哲学と対比する形でフィヒテの政治哲学・道徳哲学が説明される。
フランス革命とナポレオンの影響が強い。


ドイツ・ロマン主義は、シュレーゲルが創刊した雑誌を牙城としたが、この雑誌の終刊後、シュレーゲルはインド思想を研究するようになり、これが後にショーペンハウアーニーチェとつながっていくらしい。


カントは、革命権を否定しており、それが君主制の容認と繋がっている、と。
カントは、支配権が何に帰属するかで、君主制、貴族制、民主制の、支配権がいかに行使されるかで専制、共和制の区別をなす。
共和制は、行政権と立法権の分離なので、民主制は共和制ではないとし、代議制のもとでの君主制において共和制は成り立つと考える、らしい
ここらへん、『永遠平和のために』に書いてあるらしい。カントで唯一通読した本だけど、忘れてる。


フィヒテは、あらゆる君主制が自由と相容れないとして否定し、また革命権を正当化するフランス革命論を書く。
理論哲学と実践哲学を統合すると原理として「自我」とし、自我のあり方の自由という観点から道徳性を捉える(自律こそ自由、というのはカントっぽい気がするが)

コラム1 カントからヘーゲルへ 大河内泰樹

『カントからヘーゲルへ』は1924年に書かれた哲学史の本のタイトル。
一方、2003年には『カントとヘーゲルの間』という哲学史の著作が書かれている。
単線的な発展の歴史ではなく、相互影響があったという史観の更新について

第3章 西洋批判の哲学 竹内綱

ショーペンハウアーニーチェについて


ショーペンハウアーの意志が何か、初めて少し分かったような気もしたのだが……
いわゆる知的作用としての意志ではなく、自分の身体が動いていることを内的に感じることを「意志」と呼んだらしい。
もしかしてそれって、自己主体感とか自己所有感とかのことか? なるほど、それなら分かるぞ、っていうかショーペンハウアーなかなかいいとこ突いてんじゃん、と思ったのも束の間、これを身体だけでなく世界全体に適用する、となって一気に訳わからなくなった
ショーペンハウアーは、同情から自分と他者が同一の意志であるとする倫理、というのも説いているらしい
また、仏教から影響を受けたと解されることが多いが、インド哲学や仏教には、後から出会って自分の思想と近くて驚いた、ということらしい。


ニーチェについては、ショーペンハウアーとの違いという点から解説されている


最後に、本シリーズ第1巻のインドの章で出てきたドイッセンはニーチェの友人で、彼ニーチェの勧めでショーペンハウアーを読み始めたのだけど、その弟子である姉崎は日本のショーペンハウアー研究を始めた人だよ、という繋がりが紹介されている

コラム2 シェリングの積極哲学の新しさ 山脇雅夫

シェリングよく分からない……


ドイツ哲学ってカントまではまあ何となく分かる気がするんだけど、カント以後、19世紀のってずっとよく分からない……。まあちゃんと勉強してないせいもあるけど
今回、フィヒテのところは政治哲学なこともあって、割と分かる感じがしたけど

第4章 マルクスの資本主義批判 佐々木隆

まず、マルクスの思想と「マルクス主義」を区別する。後者は、エンゲルスマルクスの思想を広める上で通俗化したものだ、と。また、マルクスの思想には近代批判があるが、マルクス主義は近代イデオロギーの1つになってしまっている、といい、マルクスの元々持っていた近代批判について紹介する章


マルクスヘーゲルの影響を受けていたのは確かだが、弁証法で何でも説明できると考えていたのはエンゲルスの方で、マルクスは「「弁証法的運動法則」について語ったことは一度もない」というのは、軽い驚きだった。


マルクスは、青年ヘーゲル派のバウアー、フォイエルバッハからそれぞれ影響を受けつつ批判することで、自らの「哲学」を形成していく。ここでカッコでくくったのは、マルクスはその後哲学批判に転じていくから。
マルクスのいう哲学というのは、世界を解釈し、それを啓蒙することで世界を変革しようとするものであり、超歴史的に普遍的に説明しようとする理論。
しかし、マルクスはそういう体系を作ることを目指すのではなく、変革の契機とするために批判を行う。理論そのものによって変革はならない。


次に、マルクスの経済学批判について
商品形態論と、そこから導き出される労働の再生産と搾取について
筆者は「マルクス経済学」ではこうした観点が抜け落ち、単なる私的所有批判と国家による収奪に堕してしまっているとしている
マルクス自身は、政治権力による変革ではなく、社会運動や協同組合による変革を考えていたらしい
協同組合かー!


後期マルクスの思想として、物質代謝論というのが紹介されてる

第5章 進化論と功利主義の道徳論 神崎宣次

章タイトルに進化論と入っているが、話の枕程度で、メインは功利主義
(近年の倫理学の自然化についても紹介したかったのかなと)


功利主義というと、それと対立する立場は義務論、だと反射的に答えてしまうが、この対立図式は20世紀に作られたもので、歴史的には、功利主義vs直観主義というのが伝統的な対立図式らしい
というかベンサムが仮想敵にしてたっぽい
直観主義というと多様な立場が含まれてしまってあまりはっきりと定義できないようだが、ベンサム道徳感情論などを批判していたようだ


本章では、ベンサムとミルがそれぞれ紹介される。2人とも、功利性の原理そのものの正当化はうまくできていないが、しかし功利主義自体には説得力は確かにある、と。

コラム3 スペンサーと社会進化論 横山輝雄

スペンサーの社会進化論は、社会ダーウィニズムなどと呼ばれ、ダーウィン進化論が元になっていると思われがちだが、実際はラマルク進化論だし、あんまりダーウィン関係ない、というのはまあ知られるところだが、スペンサーの生きてる時からある誤解で、スペンサー本人が、俺ダーウィンより前から進化論唱えてたから
、と言ってたのは知らなかった

第6章 数学と論理学の革命 原田雅樹

19世紀の数学の話
数学全然分かってないのでむずい……


一般に、19世紀の数学は、(非ユークリッド幾何など)カント哲学を覆すものと捉えられているが、ここでは、エピステモロジストのヴュイユマンによる、フィヒテによるカント哲学の方法論的転換が数学の進展を可能にしたという主張をベースに論じられる。


五次以上の方程式の一般解について
ラグランジュから始まり、アーベル、ガロアがそれぞれ証明する
で、ここでは、ラグランジュフィヒテが、どちらも、存在と対象だけでなく、形式と操作を主題化したという。


リーマンによるリーマン面の導入
その弟子デデキントによる代数学の抽象化
ここにも、カントからフィヒテへの移行と類似した移行があるという

コラム4 一九世紀ロシアと同苦の感性 谷寿美

第7章 「新世界」という自己意識 小川仁志

プラグマティズムについて


プラグマティズムの特徴は、反デカルト主義と、事実と価値の区別の否定


パースは、デカルトの明晰判明を個人の主観にすぎないと批判(これ、ライプニッツも言ってなかったか*1 )
パースが自然科学ベースに考えていたのに対して、ジェイムズがこれを広く応用。これがのちの対立のもとに
事実と価値の区別をもとにした対立は、気質的な対立だと(この話前にも出てきた*2 )
純粋経験と多元論
純粋経験というのは主客未分離での質の感受(西田っぽいなと思ったら、西田に影響与えているらしい)
ジェイムズの多元論が、もしかしてグッドマンにも影響したんだろうか(この章にグッドマンは名前も出てこないが)
デューイは、さらに道徳や政治にもプラグマティズムを持ち込もうとする。実験して検証するのが民主主義


この3人は古典的プラグマティズム
次に、クワイン、ローティ、パトナムらのネオ・プラグマティズムがあり、最近は、ミサックやブランダムのニュー・プラグマティズムがある
ニューの方は、古典的プラグマティズムの再評価を行なっている、と

第8章 スピリチュアリスムの変遷 三宅岳史

フランス・スピリチュアリスム、具体的には、メーヌ・ド・ビラン、ヴィクトル・クザン、フェリックス・ラヴェッソン、アンリ・ベルクソンについて*3


スピリチュアリスムはかつて唯心論と訳されていたが、それだと心的一元論を含意してしまうが、実際には二元論の立場も含むので、近年はスピリチュアリスムと訳されているとのこと。
そもそも色々な立場を含み、歴史的にも変遷があるとのことだが
まず、19世紀のフランスは、フランス革命とナポレオンを経て、保守派と革新派の2つのフランスに分裂していた時期で、これは哲学思想的には、宗教を重視する立場と科学を重視する立場の対立となっていた。スピリチュアリスムは、この2つの融和を目指す立場で、また、まだ科学として成立途上にあった生物学や心理学と関係していた。
また、カント的な物自体についての不可知論を避け、実在について論じようとする点で、ドイツ観念論からの影響も受けている、と。


ビラン
意志に対して抵抗するものとしての身体=原初的事実(これちょっとショーペンハウアーの意志と近いのでは? と思った)
原初的事実から諸概念の構成
現象学への影響


クザン
七月王政期の哲学者・政治家
実証主義と対立し、精神は脳に還元されないというクザン派の心理学
ヘーゲルの歴史哲学の影響を受けた、エクレティスム(折衷主義)
ただし、ドイツ観念論と違って、心理学から出発する
政治家として、ライシテを推進。フランスの高校に哲学科目があるのはクザンによるもの。また、高等師範学校の改革を行い、人事権を振るって実証主義人脈を排除
第二帝政の成立とともにクザン派は退潮。エクレティスムからスピリチュアリスムへ。


ラヴェッソン
第二帝政期、クザン派の退潮に伴い、非クザン派として台頭。クザンを強く批判したが、実際にどれくらい違うのかは要検討とのこと。
『習慣論』において、ビランの議論をアリストテレスおよびライプニッツ存在論と接続
スピリチュアリスム実証主義


ベルクソン
ビランやクザンと同様、心理学から出発するが、習慣や努力ではなく、持続を見出す
エラン・ヴィタルは、クザンやラヴェッソンの自発性に類似した概念

第9章 近代インドの普遍思想 冨澤かな

19世紀から20世紀前半のベンガルルネサンスについて
インドのキーワードである「スピリチュアリティ(精神性・霊性)」と「セキュラリズム(世俗主義)」について
ヴィヴェーカーナンダや、ローイ、タゴール、セーンというブラーフマ・サマージの系譜、そしてラーマクリシュナが取り上げられる。


ヴィヴェーカーナンダとスピリチュアリティ
スピリチュアルな国インド、というのは如何にもオリエンタリズムなイメージなようだが、実はインド人自身が結構アイデンティティとしている。これは、西洋のオリエンタリズムを逆手に利用した戦術、アファーマティブオリエンタリズムだとする議論もある。
しかし、筆者は本当にそうなのか、と疑問を呈す。
スピリチュアリティという言葉を積極的に使い始めたヴィヴェーカーナンダの用例や、その周辺の用例を調べる。具体的には、何回か使っているかとにかく数えまくるという手法を取る。
結果、ヴィヴェーカーナンダの欧米渡航の最終年から急増したことが分かった。やはり、欧米由来の概念だったのか。今度は欧米での用例を数える。すると、この当時、スピリチュアリティという単語はほとんど使われていないことが判明
スピリチュアリティという語の使用は、ヴィヴェーカーナンダが独自に編み出したものであり、必ずしもオリエンタリズムを逆手にとったものとは言えなさそう、と論じている。
ヴィヴェーカーナンダのスピリチュアリティは、東西に共通する普遍的なものをさす概念として用いられている


偶像崇拝多神教カーストやサティ、幼児婚などを批判し、一神教的普遍宗教を目指したローイは、ブラーフマ・サマージという組織を作る
ローイの後を継いだタゴールは、崇拝と瞑想を用い、ローイとは取り組みが異なっていた。社会的には保守的
タゴールの後を継いだのがセーンで、彼は社会変革的という点でローイと近かったが、偶像崇拝などを取り入れるようになる。


このセーンに影響を与えたとされるのが、ラーマクリシュナ
先述のヴィヴェーカーナンダは、もともと ブラーフマ・サマージにいたが、ラーマクリシュナの弟子になっている。
ラーマクリシュナは、無学で、社会改革にも興味を持っていたわけでない、神秘主義的な宗教家だが、ブラーフマのメンバーを始め、インドの知識人が集っていた。
筆者は、インドの普遍主義、つまり東西対立を超えるものでもあり、インド内部の対立を解消するものとしての普遍主義は、共有できる何かとして、世界に空いた〈穴〉を求めており、それがラーマクリシュナに求められていたのでは、と論じている。

第10章 「文明」と近代日本 苅部 直

「文明」「文明開化」という言葉が明治から昭和にかけてどのように用いられてきたか。


もともと、シヴィライゼーションの訳語として福沢諭吉が用いる。
明治19年には既に、徳富蘇峰により、物質的文明はただの西洋模倣として批判的に用いられている。
大正期には、文明に対して文化を礼賛する、阿部次郎や和辻哲郎などの教養派が登場。岩波書店とともに教養ブームが到来
もともと文明はフランス由来で、文明と文化の対比はドイツ由来らしい
昭和に入り教養派は衰退するが、日本浪漫派や「近代の超克」座談会など、文明批判は続く。


文明について、明治期の庶民は肯定的に捉えていたこと
文明という言葉にはもともと道徳性のニュアンスが持ち込まれていたこと
「近代の超克」座談会の参加者でもある鈴木成高と、それを批判した丸山眞男の対立に、19世紀という時代の位置付けをめぐる対立を見る。19世紀を近代の問題点が集約された時代とみなす鈴木と、19世紀に現代の始まりを見る丸山

*1:伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史5』 - logical cypher scape2の第7章

*2:伊藤邦武・山内志朗・中島隆博・納富信留編著『世界哲学史6』 - logical cypher scape2の第1章

*3:ベルクソン以外知らなかった……。というか、ベルクソンはこういう流れに位置付けられるんですね。ミネルヴァから出た『現代フランス哲学入門』の目次見たら、当然全員載ってた