藤野可織『おはなしして子ちゃん』

SFじゃない小説(文学とか)も読もうと思って手に取ったのが、しかし藤野可織という……結局、SFに近い何かを読んでしまう奴
芥川賞作家だし主に四大文芸誌で活動している作家なので、実際、SFではなく文学の作家ではあるのだが、年刊SF傑作選に何度か入っているし、この短編集の中に入っているもののいくつかは普通にSFだった(あえていうとミルハウザーっぽい作品があったり、ミエヴィルっぽい作品があったりする)。
まあ、SFか文学かは究極的にはどうでもいいことだが。
元々、藤野可織自体は気になっている作家でいつか読もうとは思っていたのだが、特に何かのきっかけがあったわけでもなく、何故かふとこのタイミングで読んだ。
どの話も面白かったが、あえて言うならば「おはなしして子ちゃん」「ピエタとトランジ」「今日の心霊」「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」「ある遅読症患者の手記」が面白かった。

なお、自分は過去に『群像』と『年刊SF傑作選』で何作か読んでることは読んでる。
『群像5月号』 - logical cypher scape2(「ちびっこ広場」)
日下三蔵・大森望編『超弦領域』 - logical cypher scape2(「胡蝶蘭」)
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選さよならの儀式』 - logical cypher scape2(「今日の心霊」)
『群像2016年10月号(創刊70周年記念号)』その3 - logical cypher scape2(「アイデンティティ」)
群像2020年1月号 - logical cypher scape2(「トーチカ」)

おはなしして子ちゃん

学校の理科準備室にあるホルマリン漬けの猿がお話をせがむ話
小学生だった頃の私は同じクラスの小川さんという少女をいじめており、ある日、理科準備室に彼女を閉じ込める。戻ってきた小川さんは、ホルマリン漬けの猿がお話をせがんだので話をしてあげた、という。そして、再び理科準備室に忍び込んだ私を、小川さんが閉じ込める。
私は、小川さんが「おはなしして子ちゃん」と名付けたホルマリン漬けの猿に話しかけられ、自分の知っている話を話しはじめる。
その後、その時の経験が私の力になり続けている。

ピエタとトランジ

この作品を長編化した完全版というのが2020年に出たらしい。
女子高生のピエタと、転校してきたトランジ(どちらもあだ名であり、2人とも日本人)との友情物語なのだが、トランジというのは周囲の人物に死を招く体質で、それで転校を繰り返している。次々と人が死んでいき、その死の真相を次々と解決していくトランジ。
こう言ってしまうともしかしたら色々と語弊があるかもしれないが、読んだ時に感じたのは「これ新青春エンタじゃん」ってことだった。
新青春エンタとはむろん、初期の舞城王太郎西尾維新に冠せられたジャンル名である
人が次々と死に、探偵が出てきて謎を解決する、でもミステリってわけでもなく、そういう形式でしか描けない青春を描こうとしているあの雰囲気

アイデンティティ

「猿です」「鮭です」「人魚です」
猿の死骸と鮭の死骸を結びつけて、人魚が作られているという話なのだが、この作品の中で、そうやって作られた人魚は、「自分は人魚です」と名乗り人魚だったときの記憶を持つようになり海外に売られていく。
しかし、主人公(?)の人魚は、自分が人魚であることに自信が持てないでいる

今日の心霊

SF枠っていうか、これ今でいうところの異常論文枠というか
写真を撮ると必ず心霊写真になってしまう(が本人には分からない)micapon17についての話
語り手は、micapon17の写真を愛好し密かに保護しようとしている集団で、micapon17の生い立ちから現在までを語っている
また、彼らが何故micapon17の写真を愛好するかについて、独特の写真論を論じている(写真は初期においては、生者より死者をよりはっきりと写したメディアだったのだと)

美人は気合い

これまたSF枠
人類滅亡後の宇宙、語り手は宇宙船
人類の胚盤胞をどこかの星に届けるあてどもない旅を続けながら、少し壊れてしまった「わたし」=宇宙船は、六角柱状の結晶やデューラーの自画像にきわめてよく似たものや曼珠沙華によく似たものやベーコンエッグの載った皿によく似たものに対して、「きれいだ」と話しかけ続ける。
いかなる環境に降り立ったとしても自らに自信を持てる存在になれるように、と。

エイプリル・フール

1日1回嘘をつかないと死んでしまう病気にかかってしまった女の子エイプリル・フールの物語
1日1回というのが重要で、これが0回でも2回以上でもダメ。
そのため、彼女の母親は絶対に嘘になるようなこと(「私は蝶を食べるのが好き」)を言わせて、それ以外では彼女が嘘を言わないようにする。
町の住人もこれに協力してくれて、彼女が意図せず間違ったことを言ってしまった場合は、それが本当になるようにしてくれる(車の色を塗り替えたり、付き合う相手を変えたり)
しかし、そのために彼女は口数が減り、自分の気持ちも何が本当なのか分からなくなる。
そしてある日、家出をして、様々な町を転々として生活していくことになる。
彼女はそうして絵皿の工房で働き始め、その工房で絵付け職人として働いている「私」と暮らすようになる。
エイプリル・フールという名前は自称で、ここまでの彼女の身の上話も彼女が「私」に語ったことである。

逃げろ!

通り魔視点の話
タイトルの「逃げろ!」というのは、主人公が心の中でそのような声を聞いているから
彼は、自分や自分以外の通り魔などが、何かに追いかけられて逃げるために他の誰かを襲っているのだと考えている。
彼には恋人がいて、彼女はファッションが好きで、毎日違う装いをしている。

ホームパーティーはこれから

主人公の主婦が、夫の職場の人を招いてのホームパーティを開くことになるのだが、準備が終わる前に客がきてしまう
というところから、どんどんと事態が非現実的なものにころがっていく。
マンションの一室には入りきれないほどの客がきて、冷蔵庫を勝手に開けるなどして、自分を置いてパーティが進んでいくのだが、途中から、会場も豪邸に変わっており、すごく着飾った上流階級的な人たちが訪れて、さすがですねと口々に褒められる

ハイパーリアリズム点描画派の挑戦

これまたSF枠
「ハイパーリアリズム点描画派」なるグループの美術展の序文から始まる。
主人公は、この美術展を見に来た客の一人なのだが、この世界では美術館での鑑賞が文字通りのバトルで、より前で見るための押し合いへし合いが時に殴り合いにまでなる。
しかし、この美術展でハイパーリアリズム点描画派の作品に感銘を受けた主人公は、自身もハイパーリアリズム点描画を描く作家となり、最後、数十年後に同じ美術館で主人公の展覧会が開かれるところで終わる。
肝心のハイパーリアリズム点描画派だが、その名の通り、点描でハイパーリアリズムの絵を描くグループで、同じ風景ないし静物を文字通り一生描き続ける。同じ場所にとどまって死ぬまで描き続けた、というか、描いている途中に早逝してしまう。

ある遅読症患者の手記

タイトルにある通り、ある遅読症患者の手記である
この作品の世界では、本は全て生きており、パッケージから開けた瞬間から育ちはじめ花が咲くのだが、読むのが遅いと死なせてしまうのである。
読むのが遅いというだけで本を死なせてしまい本を読み終わったことがない書き手が、本が全て無機物である世界の人たち(つまり読者である我々)へ向けて書いたメッセージとなっている。