大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選さよならの儀式』

2008年に始まって、今年で7冊目となる、大森・日下による年刊日本SF傑作選
自分が今まで読んだのは
2008年刊行の『虚構機関』
2009年刊行の日下三蔵・大森望編『超弦領域』 - logical cypher scape2
2013年刊行の年刊日本SF傑作選『極光星群』 - logical cypher scape2
の3冊だけ。
タイトルを見れば分かる通り、今までの四文字タイトルではなくなって、収録作のタイトルが使われるようになった。
2013年の1年間に発表された作品の中から、16編が収録されている。

宮部みゆき「さよならの儀式」

ロボットとの別れを描いた作品
【SF】大学のゴミ捨て場に捨てられたロボットがもの悲しい・・・ - Togetter
これを想起したけど、こっちは、電源なくなるまで単純な動きをくりかえさせてるから、もっと怖い
愛されてきたロボットに対して、愛されてこなかった人間を置いたラスト

藤井太洋「コラボレーション」

以前読んだことがある。
閉鎖されたインターネット上で生まれた知性が人間を追い抜こうとする
これ結構好き
知性といっても、ただただ放置されたプログラムを改良しているだけのプログラムであって、人と会話できる能力を持っているわけでもないし、人類を支配しようとしているわけでもない。
ただ、そういう存在がひっそりと生まれていて、そういう存在を前にちょっとワクワクしてしまう主人公、というのがいい。

草上仁「ウンディ」

音楽SF
ウンディという「毛の生えたナメクジ」ともいわれるような生き物が、楽器として使われている。背中にある結節を触ると、求愛の歌を制御できる。
ウンディ弾きのシロウはバンドメンバーと共に、とあるコンテストへと出場する。優勝賞品である高額の楽器が、一応目当てなのだけど、審査員の中に伝説のウンディプレイヤーを見つけて、シロウは自分のウンディでは弾きこなすことができない新曲をあえてプレイすることを選ぶ。
最後に、幻のウンディの秘密が分かる
架空の楽器、架空の音楽が演奏されるSFで、癖がありながらもどこか大人の余裕を持ったバンドマンたちの織りなす物語

オキシタケヒコ「エコーの中でもう一度」

これ、以前読んだことがあり、その時から気に入っていた作品
音響SF
音響エンジニアの事務所に2つの依頼が舞い込む。
聴覚を失った代わりに、音で周囲を「見る」ことのできる女性から、自分の故郷である商店街の音を録音したテープをクリーニングして欲しいという依頼
人工耳小骨に録音機能を埋め込んだ、若きコンポーザーKYOWの行方を探して欲しいういう依頼
音の風景を再現することで、これらの依頼を解決する

藤野可織「今日の心霊」

写真を撮ると必ず心霊写真を撮ってしまう女性についての物語
しかし、本人は自分が心霊写真を撮っていることが分かっていない。
そんな彼女がネット上にあげた写真を見て、彼女の写真を気に入った心霊写真愛好家たちが、彼女について記録したという形式
なので、作中でこの女性はずっと「micapon17」というハンドルネームで呼ばれている。

小田雅久仁「食書」

妻と別れ、新作も一向に進まない作家が、本を食べる女性を目撃して以来、本を食べるようになってしまう。
本を食べると、その本の内容を直接経験することができる。作家はそれにどんどんはまって抜け出せなくなっていく。
本を食べるというアイデアよりも、ちょっとねちねちした感じの一人称と、やけに尿が出てくるのが印象に残る

筒井康隆「科学探偵帆村」

いやあ、ひどい話だw
海外の映画女優が次々と相手の分からない妊娠をするというシーンから始まる
それから、帆村探偵のもとに、女子中学生3人が次々と謎の妊娠をしたことについて相談が入る
帆村が調べて浮かび上がったのは、同じ学校のとある男子中学生
そして、その男子中学生には、彼が自慰をするとその対象となった女性が妊娠する能力があるということを帆村は突き止める(?)

式貴士「死人妻」

式貴士は91年になくなっている作家だが、未完の原稿が発見され、2013年に私家版として公表されたため、このアンソロ収録作品の対象となった
フィリピンのとあるダイビングスポットに、主人公が新婚旅行で向かったという、話の冒頭も冒頭で終わっている

荒巻義雄「平賀源内無頼控」

平賀源内が実は生きていて、田沼意次時代の江戸に時空の亀裂ができて、ペリーの黒船が来航するという話
源内ネタでアメリカと戦う、なんかドタバタ的なもの
荒巻義雄は1933年生まれで、「八十路入り」したらしい。

石川博品「地下迷宮の帰宅部

帰宅部の主人公が、異世界に迷い込んで、地下迷宮のボスになる。そこにいるモンスターたちは互いに仲が悪かったのだが、彼らに「部活」をさせることでチームワークを高め、来るべき勇者戦に備えるのだった。
ギャグっぽい感じで進めつつも、最後の妙に苦い結末は、石川博品っぽいんじゃないだろうかと思う

田中雄一「箱庭の巨獣」

マンガ枠
アフタヌーンに掲載されていた読み切り。その当時、読んだ。
世界は巨獣に蹂躙され、人類は「巣」という小さな町で暮らしている。人間と融合した巨獣を守り神として。
この人も、決してハッピーではない結末でしめる。

酉島伝法「電話中につき、ベス」

いまだに酉島伝法を読んでなくて、これが初酉島伝法となった
SF大会参加登録者に送られてくる冊子に載った掌編

宮内悠介「ムイシュキンの脳髄」

これも読んだことがある。
オーギトミーという、ロボトミーをさらに精緻にしたような外科手術をめぐる話
とあるバンドのボーカルで、暴力衝動に悩まされてきた男が、オーギトミーによってその暴力衝動を消すことに成功するが、バンドも解散してしまう。
ちょっと面白いなあと思ったのは、このバンドは、インタラクティブ・メタルという観客の反応に従って曲を作っていくジャンルのバンドなので、作曲のための創造性をもともと必要としない。だから、オーギトミーで仮に創造性のようなものが失われてたとしても、それによってただちに活動できなくなるわけではないみたいな設定があったこと
この話、オーギトミーにはこんな欠点があるのではないかと言われるけれど、実はそんなことはないというのが書かれていく。逆に、欠点が何もないからこそ、人々に嫌がられるのではないか、とも。
『盤上の夜』と同様、ジャーナリストの語り手の一人称で進む形式。

円城塔「イグノラムス・イグノラビムス」

円城作品としては、非常に分かりやすいSFの部類に入る作品の中の1つ、ではないかと思う。
ワープ鴨という、高級食材を卸す商人である「わたし」がどうやってワープ鴨を見つけるに至ったかという話。
「わたし」はある時、センチマーニという種属の異星人のとある個体の中に、意識だけが乗り移っていた。この作品の過半は、そのセンチマーニというのがどういう異星人なのかということについて書かれている。
1つの体にいくつもの頭がついているのだけど、そもそも、センチマーニは意識を次から次へと別の個体へと憑依させて移動していくことができる
「わたし」にはそれが、超光速移動に見えるのだが、センチマーニはそれは決して超光速ではないという。
また、「わたし」はセンチマーニから「ワープ鴨」を教えてもらうのだが、名前の通り、ワープしているかのように宇宙のどこにでもいる鴨なのだが、やはりワープしているわけではないという。
さらに、センチマーニの過去と未来を区別しない時間の概念。そして「予定表」

冲方丁「神星伝」

神星(木星)の衛星淑景舎(シゲイシャ)を舞台にしたSFアクション
科学とオカルトが共に発展し、さらに日本趣味も加わった世界が舞台
主人公は男子高校生で、工学や陰陽電子や法精神数学に長けた悪友らとオリジナルバイク「騎輪」を作ったりしてわいわい生活している。学校には、貴人の先輩とその妹がいて、この先輩はちょっと嫌な奴風なのだが、妹の方はなんかこっちを気にかけているようにも見える。
そんな折、彼の母親(研究者であり、見た目は十代の美少女)が殺される。復讐を誓った主人公は、実は狙われたのは母親ではなく自分だったということを知る。
神星で戦争がまさに始まろうとする中、彼は自分が神星のアマテル・ニニギ一統天皇の皇子、宇都宮親王の息子であり、それゆえに母親や先輩から守られていたことを知る。宇都宮帝の血統というのはなんか能力者みたいなもので、神星の先住存在の力を引き出すことができる。母親や先輩は、彼をその力から遠ざけていたのだが、最終的に彼はその力で戦うことを決意する。先輩の妹というのは、巫女的な存在で、先住存在の依り代になる。
具足とか馬具とかいったパワードスーツっぽいものを使っている。また、人型兵器モータルとか、旗艦「九品蓮台」とか技「飛燕剣」とか、先住存在を呼び出す「時空光円墳」とか、なんかそういうネーミングセンス。

門田充宏「風牙」

新人賞受賞作
インセプション』のように、人の記憶の中に潜る技術が実用化された世界が舞台
その技術を担っている、とあるベンチャー企業の社長が、自分の記憶の保存を行っている最中に意識が戻らなくなってしまう。で、その会社の若きダイバー(インターセプター)が、社長の記憶の中へと潜入する。
ちなみにタイトルは、その社長が子どもの頃に飼っていた犬の名前。
いつもどおり、選評が後ろに載っているのだが、SFネタとしての新味には欠けるが、エンターテイメントとしての完成度は高いという評価がされている。
実際その通りで、安定して面白いというか、安心して楽しめるような感じになっている。
ところで、主人公であるところの若きダイバーが、関西弁を話す女性なのだけど、読み始めた瞬間から、脳内CVが渡部優衣だった、ということだけ一応報告しておきますw


選評、大森、日下、瀬名それぞれのが載っているのだが、評価の仕方が三者三様で、無論この賞をとった「風牙」と「ランドスケープの知性定理」はみな高評価ではあるが、それでも3人全員が揃って1位で推しているわけではなく、かなり接戦だったようである。