高山羽根子「居た場所」他(『文藝2018年冬号』)

文芸 2018年 11 月号 [雑誌]

文芸 2018年 11 月号 [雑誌]

高山羽根子「居た場所」

芥川賞候補作となっており、選評での評価も高く、最近、立て続けに高山の短編を読んでわりと面白かったので読んでみた。


介護実習生として「私」の町へとやってきた小翠は、ある日、自分が初めて一人暮らしをした街へと行きたいと言い始める。
小翠は、中国から来たようにも読めるのだが、「大陸」「小翠の国」とあるだけで中国とははっきり書かれていないし、また、日本人である私が、小翠の国の文字が全く読めていないようなので、漢字ではない。さらに、その後に書かれている、その国の歴史を読むと、(戦後くらいにどこかから移民がやってきてできた街?国? でそれ以前に誰が住んでいたのかが謎、みたいな歴史なので)どこの国なのかさっぱりわからなくなってくる(選評では誰かが、ベトナムのどこかだろうと書いていたけど)
じゃあ完全に架空の世界なのかなとも思うが、「日本語」や「英語」は出てくるので、現実世界と地続きなところもある。
小翠は、大陸にある国の中のとある島の出身で、そこの島の人間はみな小さい、という設定もある。
小翠の国には、タッタという犬ともイタチとも違う四つ足の動物がいたりもする。
このタッタがわりとあちこちに出てくる
不思議な/ファンタジーな/幻想的な(?)要素がありつつも、普通の文学という言い方もおかしいのだが、芥川賞っぽいというか、この現代の日本と同じ世界を舞台にしている小説と同じような文体・雰囲気で綴られている。


小翠は、「私」の母親に気に入られ、私の家の仕事(酒蔵?)の見学に連れてこられ、次第に私の家の中におさまるようになる。特に母親が癌にかかった際に、介護や家事をこなし、家族同然となる。どっかのタイミングで、私と結婚している。
(ちょっと面白いのは、母が亡くなった後、乗り気でないことには作業が遅くなるという母の特徴まで、小翠が身につける(?)ようになったりすること)


小翠が初めて一人暮らしをした一角が、インターネットの地図でなぜか表示されなくなっており、実際に行ってみたいというのがきっかけで、旅行することになる。
港のある大きな街で、その中の古い市場となっている界隈
見知らぬ文字、見知らぬ広告、見知らぬ町並、今まで見たことなかった小翠の話し方に翻弄されながら、小翠についていく「私」
かつて住んでいた集合住宅はすでに廃墟になっていてそこに忍び込むが、突然倒れ込んでしまう。


山野辺太郎「いつか深い穴に落ちるまで」

第五十五回文藝賞受賞作
「居た場所」のために手に取った『文藝』だけど、なんか面白そうだったので読んだ。
日本からブラジルに穴を掘ってトンネルを作ろうという、誰もが思いつき、誰もがアホらしと考えるのをやめるネタを、大真面目に書いた作品。
敗戦直後の日本で、若き官僚の山本清春が「だって、近道じゃありませんか」と言って発案し、その後いろいろと数十年に渡りすったもんだしながら、山本の亡くなった直後、秘密裏に事業化される様が数ページで矢継ぎ早に描かれる。
その後、「僕」こと鈴木に視点が切り替わっていくあたりは、なんだか、同じく文藝賞受賞作家で現審査委員の磯崎*1憲一郎の作品っぽさがあるなと思ったり。
鈴木は、このトンネル工事の請負をしている会社へ新卒で入社し、広報係に配属される
といっても、広報係は鈴木1人。しかも、元々別の新卒が配属される予定だったのだが、彼が辞退してしまったための配属であった。
仕事は、広報用の記事を書くことだが、事業自体が秘密裏のものなので、どこにも公表されない。それでも彼は、日々記事を書く仕事を続けていく。
掘っている途中で温泉が出てしまった話
ブラジル側からも掘削しており、そちらにも広報係がいて、ルイーザという女性がやっていることを知る話
山本の家族から、彼が戦争中に人間魚雷の部隊にいた話を聞いったこととか
ポーランドから謎の産業スパイがやってきて、一緒に温泉巡りをしたこととか
掘削現場で働いている作業員に日系ブラジル人が増えていったりとか、
北の某国から来た王子様がこの事業に興味を持って鈴木が相手をすることになったが、その人は入国することができず、おつきの人と一緒にディズニーランドで遊ぶ話とか
日系ブラジル人は減って、中国からの技能実習生が増えてきた話とか
東日本大震災リオ五輪などがあり、東京五輪も近づいてきた頃、鈴木の部署に鈴木以来の新人が配属されることになる。鈴木は独身のまま50代になっていた。
ついに、トンネルが完成を迎えることになり、最初の通行人として広報係に白羽の矢が立つ


なんというか、なさそうでありそうでなさそうな話が、次々と繰り出されてくる感じが、磯崎作品と似ている味わいではある
ただ、最後、トンネル完成が決まってから最後のオチまで、ちょっと面白さが落ちてしまったような気がする。
広報係として書く側だった鈴木が、新人の大森が入り、さらに最初の通行人に選ばれることで、むしろ書かれる側に変わっていくわけだけど、ちょっとヒロイックな感じになってしまったのが気になるというか。
オチはそういう雰囲気を払拭するものではあるけれど、この大ネタに関してあっさりめという感じもするし。


選考委員は、磯崎の他、斎藤美奈子町田康、村田紗耶香
町田が選評で、この作品を書ききった「度胸と技量に感嘆」と書いているけど、まさに、これを書ききるのは度胸があるよなと思う。
磯崎は「真顔で書き切る」態度が徹底されていると評している。普通の人だと、科学的な設定を入れてしまうところだけれど、それを入れずに小説の力だけを信じ切っているとも。
選評の後には、磯﨑と山野辺の受賞記念対談も入っていて、磯﨑が推しているのがよくわかる。
斎藤が、選評の中で『学研まんが できるできないのひみつ』に、地球の裏側まで穴を掘って荷物を送ることはできるか、という章があったということを書いてたけど、自分も同じものを思い出してたw デキッコナイスw

*1:本当は「立」のほうの「さき」

上田岳弘「ニムロッド」他(『文藝春秋2019年3月号』) 

上田岳弘は上田岳弘『太陽・惑星』 - logical cypher scape2上田岳弘『私の恋人』 - logical cypher scape2を読んでいて、「ニムロッド」も『群像』に掲載された時点で読みたいなーと思ってたんだけど(いや、ほんとに)、今度でいいかーと思っているうちに芥川賞をとっていた

文藝春秋 2019年3月号

文藝春秋 2019年3月号

宮本輝インタビュー

選考委員として振り返る話
本人も芥川賞受賞作家だが、芥川賞にはかなり憧れがあったとか
石原と同じ時期に選考委員入りらしいんだけど、普通はなった順に席についていて、宮本は下座にいたけど、石原は芥川賞とったのが早くてもっと上座の方にいて「シャブリもってこい」とか言ってたみたいな話をしてて、あまりにも石原っぽすぎる

金原ひとみ綿矢りさ対談

受賞当時から最近の話まで
金原は受賞当時、来る仕事は全部受けていたのだが、一方で、綿矢は大学の単位がやばくてほとんど断っていたらしい。で、当然、その時は二人そろっての対談仕事の依頼とかも来るのだが、金原がokだしたあと、綿矢から断られるものだから、金原は「あたし嫌われてる?!」ってなっていたらしいw
結構親しいらしく、金原がパリへ移住した後だが、綿矢から恋愛相談したりとかがあったらしい

選評

今回、ほとんど意見が割れてなくて、ほぼ一致団結して古市disってたのではという感じw
川上弘美が唯一好意的だったと思うのだけど、「読み返してみるとちょっと」みたいなことを最後に書いていて、選考の場でフルボッコだったんだろうなーと思わせるものがあった
「ニムロッド」含む受賞2作については文句なく高評価という印象。あと、高山羽根子の「居た場所」が3位につけていたのかなという感じ。

上田岳弘「ニムロッド」

僕こと中本哲史とニムロッドこと荷室仁、そして僕の恋人である田久保紀子の3人の物語
ニムロッドは、会社の同僚で、働きながら作家を目指している。最近は、僕に対して「駄目な飛行機コレクション」というよくわからないメールを送ってくる。
僕は、社長の思い付きで、社内の使われていないサーバを使って仮想通貨を採掘する仕事を始めることになる。


SFっぽさというか、壮大さ・大風呂敷なところがかなり減っており、そのあたりでちょっと以前感じていた面白みが薄れてしまった感じはする
上田作品にたびたび出てくる、進化した人類とかそういうような奴は、ニムロッドの書いている作中作で出てくることは出てくる
仮想通貨については、記帳していくことが信用を担保しているという仕組みと、ものを書くみたいなこととがちょっと連想的につなげられていると、あと、ニムロッドの作中作において、人類が個を消し去って一つに溶けあった後も、価値を持ち続けるものみたいなモチーフとして使われている
ただ、この作品は仮想通貨小説ではない。
人類、かろうじてなんとかやってんけど、あれだなみたいな話で、あー、遠藤浩輝の「Hang」がちょっと近いかもしれない。内容とか描き方とかは全然違うけど。


「僕」は、何もないときに突然涙が流れてくるという体質で、ニムロッドは、涙が流れたときには連絡して見せてくれ、と言っている
で、ある時、そのタイミングがあったので、会社のテレビ会議システムでつないで見せて、そして、田久保からも頼まれていたので、そっちにも連絡する。ニムロッドと田久保はそれぞれ、僕が相手に話をしていたりはしていたけれど、初対面
っていうシーンが、なんかクライマックスになっていて、それを最後にニムロッドとも田久保とも連絡がとれなくなって終わる。


そこそこ面白い小説のような気はするのだけど、選評の高評価っぷりもちょっと謎、みたいなところはある。
芥川賞にチューニングして書いたというような話も聞くので、そういうところもあるんかな

日経サイエンス2019年3月号

ハイパーループに熱い視線

www.nikkei-science.com

この号を読む予定あまりなかったのだが、ふと表紙見たときに、これが目に入って「イーロン・マスクがやってる奴か」とめくってみたら、そうだった。
イーロン・マスク以外も手を出してるっぽいけど、この記事では主に、スペースXがやってるコンテストの話とか
で、特に慶応大のチームがそのコンテストに参加しているらしく、特にそれの話
リンク先に記事の前半まで載っている。プラス、記事にはない動画もついている。
上のリンク先にない話としては、ハイパーループで車両がうまくできるようになったとして、トンネル内は気圧を下げてるので、車両に乗り込むのに普通の電車のホームのようにするわけにはいかないのと、窓が割れると危ないので、そこらへんの対策も必要になってくるよーという話かな

特集:太陽 出生と一族の秘密 R. ボイル

www.nikkei-science.com
日経サイエンスは、後ろに今月の英語が載っているんだけど、見てたら「cladistics 分岐学」の項目があって、分岐学の記事があったのかなーと思って見てみたら太陽の記事だった
太陽ができる前に、コアトリクエっていう星があって、その星が死んだあとに、そこから生まれてきたのが太陽らしい
で、太陽以外にもコアトリクエを母星とする、いわば兄弟星がある、と。
それで、恒星の組成元素を形質と考えて、分岐学的な分析をしたりしているらしい。宇宙分岐学
プラネット・ナインとか他の恒星系から奪取してきたかもしれないとか、そういう話があったりするらしい
アウムアムアみたく、恒星間移動する天体もあるようだし、兄弟星同士で惑星の取り合いあるのかもねーみたいな

『小説すばる2018年10月号』

ちょっと前の号だけど、SF特集だったので気になっていた
年明けからしばらく、小説を読んでいくぞという気持ちになっているので、ようやく手に取った。
下記目次は、SF特集部分のみ

【2大SF新連載】
佐々木譲「抵抗都市」
・連載スタート記念 佐々木譲インタビュー (聞き手・構成/忍澤勉)
小川哲「地図と拳」
・巻頭カラーコラム「作家の目」にも小川氏が登場!

ショートショートSF新連載】 石川宗生 素晴らしき第28世界 代理戦争

【SF読切】
樋口恭介 輪ゴム飛ばし師
草野原々 【自己紹介】はじめまして、バーチャルCTuber真銀アヤです。
吉田エン ヴェスタの半神
高橋文樹 pとqには気をつけて
筒城灯士郎 ベイビートーク
八杉将司 友達のタイムパラドックス

【最新SFガイド】
大森望 新世代が作るSFの現在

小説すばる2018年10月号

小説すばる2018年10月号

石川宗生 素晴らしき第28世界 代理戦争

体中から小さな動物が現れるようになってしまった男の話
キリンだのゾウだのが鼻の穴とかから出てきたり、表面を走り回ったりする。それが次第にヒトへと変わっていく。

樋口恭介 輪ゴム飛ばし師

輪ゴムにこだわりをもつ人物が出てくるの『ゲームの王国』を想起してしまう
輪ゴムは世界だ

草野原々 【自己紹介】はじめまして、バーチャルCTuber真銀アヤです。

二人称心の哲学小説
Ctuberというのは、意識を配信していて、視聴者配信者の意識に同期する。
命題的態度が云々とか、ウィトゲンシュタインの「言語の限界が世界の限界」とかの話を絡めつつ、心の起源は自己紹介にあるという話を展開している。

吉田エン ヴェスタの半神

すごいコンピュータによる監視社会が完成している近未来に、偶然出会った仲間たちと、反乱を企てる話

高橋文樹 pとqには気をつけて

フィリップ(p)とクエンティン(q)とが別々の場所から出発して出会うまでを描く、明らかに数学の点pと点qをモチーフにしたと思われる物語から始まる。その物語は、とある学者が書いた「pとqには気をつけて」という短編小説
その学者は、概念の人権を唱えたことで有名になったのだが、彼が若い頃に書いた作品。
この文章全体は、訳者解説的な位置づけで、その学者の教え子たる「私」が、この小説を翻訳することになったことで、先生にあるプライベートな質問をしたという話になっている。
チューリングのことをモチーフにした話かな、という感じ

筒城灯士郎 ベイビートーク

ダジャレSF

八杉将司 友達のタイムパラドックス

子供の頃出会った不思議な友人に教えてもらったタイムパラドックスのお話
その友人は実は未来の……

藤崎慎吾『鯨の王』

幻の巨大クジラを追う海洋スリラーSF
藤崎慎吾作品を読もう読もうと思って幾星霜。いやほんといくらなんでも幾星霜すぎるだろ
単行本出たのが2007年、文庫化したのが2009年の作品。


アメリカ海軍の潜水艦で、乗組員が一人ずつ死んでいくという怪死事件が発生するところから物語が始まる。
大きく3つのパート(3人の主要登場人物)にわけられる。
生涯をかけて幻の巨大クジラを追っているが、それがゆえに家族からも同僚からも愛想をつかされてしまったアル中鯨類学者の須藤
米海軍所属で、潜水艦怪死事件の謎を追うべく、民間の海底基地へと派遣された、音響工学者のライス
現場叩き上げで、現場に残るために出世を拒んだと噂される軍人で、弟を先の事件で亡くした米海軍潜水艦の艦長であるオールト


須藤とライスは、それぞれ互いのことは知らずに、巨大クジラの謎と正体を解明すべく調査を進めていく。
一方、オールトは、復讐にとらわれ、巨大クジラとの戦闘へと突き進んでいく。
調査用の潜水艇、海底基地、最新鋭の戦闘用原子力潜水艦におけるそれぞれの航海・生活の描写がディテール豊かで、読んでいて楽しい。
なんといっても、クジラvs原潜のバトルシーン!
と読みどころは結構あるし、サスペンス的にぐいぐい読んでいける本ではある。
ただ、ドラマ的な部分では、人物がちょっと類型的だし、オチ(悪役の最後)も予想されたものだし、デウス・エクス・マキナ感があってちょっと、という感じで物足りなさはある。

鯨の王 (文春文庫)

鯨の王 (文春文庫)

  • 須藤博士パート

しんかい6500でマリアナ海溝を潜っているシーンから始まる。深度4000メートルで発見された、巨大なクジラの骨を調査する須藤
のっけから、しんか6500と鯨骨群集とで高まるのだが、この作品、別にJAMSTECが活躍する話ではなかった
この須藤先生、50代で妻も娘もいるのだが、完全に夢追い人タイプで、愛想をつかされ別居だか離婚だかしてしまっている。
喧嘩っ早く口も悪いため、職場でも疎まれがち。過去にセクハラ疑惑もあったとか。年下の准教授から「助教でも学生の面倒はみてくださいよ」的な嫌みを言われているシーンがある。
深海から採取してきた標本が盗まれてしまうのだが、その際にも学生から「あれ臭くて困ってたんですよー」的なことを言われていて、だいぶ疎まれているのがわかる
発見された鯨の骨は、見た目はマッコウクジラに似ているが、サイズが倍以上あり、明らかに新種。さらに、DNA解析による系統分析と後肢が残っているという特徴から、マッコウクジラではなくムカシクジラの近縁だということがわかってくる。
須藤が長年追い求めている「ダイマッコウ」に違いない。
のだが、上述したとおり、研究室に持ち帰った標本が盗まれ、さらに海底に残された鯨骨も何者かによって荒らされたとJAMSTECから連絡が入る。しかし、しんかい6500は予約がずっと入っており、今から急に須藤が潜るということはできない。
途方に暮れていたところに、アメリカの製薬会社の人間が突然研究協力を申し出てくる。うまい話には裏があると怪しむも背に腹は変えられず、話にのることにする須藤。
件の場所は排他的経済水域なので調査できないが、グアムから生きたダイマッコウ探しへと乗り出す。
須藤は、クラゲみたいな見た目の潜水調査艇「ドルフィンシャーク」とそのパイロットであるホノカとタッグを組むことになる。
須藤の娘と同じ年頃のホノカは、ドライシップ(禁酒)であるにもかかわらず飲んだくれている須藤が気にくわない。
一方、須藤も、ドルフィンシャークの仕組みについて知り、その後のホノカの失態もあり、ホノカの能力を疑う。
ホノカは元々イルカのトレーナー志望だったのだが、訓練先でかわいがっていたイルカが死に、そこに件の製薬会社がやってきて、なんとその脳神経を取り出して、潜水艇を制御する人工知能に組み込むというプロジェクトを始めたので、イルカのトレーナーから潜水艇パイロットに転身することになったという身の上。
聴覚センサの情報処理をイルカの神経系に行わせる、という謎の仕組みで、AIのインタフェースにイルカ(とサメ)を模したキャラクターが採用されている。
ちょっと面白かったのは、須藤が暇だからDVDでもかけてくれといったら、ホノカがそんなのありませんとにべもなく突き返すところで「しんかい6500にはあったのにー」というところ
深海は目的地に到着するまでにかなり時間がかかり、結構暇らしいと聞いたが、そんなのまであるのかとw


鯨類学者をメインとして進むパートなのだが、実のところ、あんまり鯨調査の話は出てこない。
途中から、イスラム系テロ組織にシージャックされてしまう。
彼らの目的は、龍涎香と呼ばれるもの
マッコウクジラの体内にできる結石なのだが、古来より珍品として重宝され、かつては媚薬や不老長寿の薬として、金よりも高い値段で取引されたこともあるという代物
須藤がダイマッコウの行方を追っていると知り、後を追ってきた。
本作では、ダイマッコウはモビーディックのほかに、旧約聖書に出てくるヨナの大魚にもたとえられるが、ヨナ=ヨヌスの龍涎香がとれるに違いないと、なぜかよくわからないが、イスラム系テロ組織に目をつけられるのである。
ちなみに、須藤は、オマーンで巨大な龍涎香を見たのをきっかけに、ダイマッコウにとりつかれた。


このテロ組織が一体何だったかのかとか、その決着とかそのあたりの物語は、正直あまりうまくできてないのだが
日本人の若者がこの組織の鉄砲玉として使われて、シージャックしにくるというのはちょっと面白い。
読書レビューサイトでの本書の感想を眺めていたら、日本人がイスラム教徒でテロリストなのはリアリティがないというコメントが書かれていたのだが、IS国の色々が起きた後の2010年代後半に読むと、いやあなんかいてもおかしくないのでは、と思わせるところがある。
超美少年設定があるのは謎だけど。

  • ライス博士パート

マリアナ海溝近くのサスケハナ海山に設置された海底基地「ロレーヌクロス」に、調査のために訪れる。
このロレーヌクロスというのは、海底鉱産資源を開発するために民間企業コンソーシアムによって作られた研究施設で、基地の形状からこの名がついた(ロレーヌクロス=横棒が2本ある十字)
ライス博士は軍属ではあるが軍人ではないので、上層部の意向に従う必要があるものの、メンタリティはわりと普通の人
たぶん、作中登場人物で一番まともな人
ロレーヌクロスにある潜水艇を使って、クジラの群れに遭遇し、研究を進めていく。
クジラの専門家ではないが、群れの構成や行動パターンを解明していく。もちろん、専門家ではないがゆえの限界もあるのだが、米軍およびコンソーシアムのリソースも使えるので、結構バリバリ調査が進んでいく。
この鯨調査パートももちろん面白いのだが、その後、密室状態の海底基地をクジラの群れに襲撃されてやべーというパニックホラー的な展開があって、サスペンスがある
50メートルとかいう超巨大クジラもいて、ロレーヌクロスよりもでかいのが、上をぐるぐる回る


鳴き交わす声の記録を大量に集め、そこから彼らのコミュニケーションがどのように行われているかを調べていく。
後半、ダイマッコウの群れに襲われるあたりで、須藤たちともつながりができて、その調査内容やデータを交換する中で、須藤が、図形を使って交信していないか、ということに気づく。
海の中では光ではなく音を使って周囲を調べる。これはクジラも人間も同じ。
ただ、ロレーヌクロスや、下で述べる原潜は、音波で探った情報を視覚化する写真装置を持っている。色とかはわからないけど、おおざっぱな形とかはわかる。


  • オールト大佐パート

最新鋭の攻撃型原潜で、最新装備を用いて、深海でダイマッコウの群れとバトルするのは非常に楽しい
沈黙の艦隊』とか読んできた身としては特に
ダイマッコウは能力がめちゃくちゃ高くて、低周波でサーチして、超音波で攻撃してくる。
超音波食らった人間は、頭がスイカのように爆ぜる。



ダイマッコウ自体、もちろん架空の存在だし、ドルフィンシャークや海底基地はじめ、実在しない技術もたくさん出てくるのだけど、まあ現実世界の延長線上にある世界だし、しんかい6500や潜水艦での生活を取材(JAMSTECや海自への謝辞があった)をした上で描かれているであろうリアルな感じがよい。
ダイマッコウが、深海生活への適応がとても進んでいて、目や鼻がなくなっていて、気嚢持っているというのも面白い。
音で空間把握してる系の話、やはりなんか好きなのかもしれない。


このくらいのリアリティの宇宙もの読みたいなあとか思ったけど、『火星の人』とか(映画だけど)『ゼロ・グラビティ』とかかな
そうであるなら、藤井大洋の『オービタル・クラウド』あたりを読むべきなのかもしれない。あと、ウィアーの『アルテミス』

『天文ガイド2019年3月号』

https://sakstyle.hatenadiary.jp/entry/2019/02/16/141625:titleに掲載されていた「特集 月面着陸50周年 アポロ計画から月探査の未来へ」の続き
前後編かなーと思ったら、前中後編だった

天文ガイド 2019年3月号

天文ガイド 2019年3月号


月面着陸50周年 アポロ計画から月探査の未来へ【中編】

アポロ終了後から21世紀初頭までの月探査についての解説記事
まず、アポロ計画以前からアポロ計画終了後まで行われた、ソ連のルナ計画
無人なのでアポロと比べると地味だが、世界初の人工惑星、世界初の月面到着(着陸ではなく衝突だが)、世界初の月の裏側撮影、世界初の月面車など、いろいろな世界初を成し遂げてる。あと、サンプルリターンもしてる。
ルナ計画の月面車、宇宙博2014 - logical cypher scape2で見たな、そういえば。タイヤが面白い形している。
アポロ計画は1972年に、ルナ計画は1976年にそれぞれ最後のミッションを終える。
その後、NASAは火星やさらに遠くを探査する計画へ舵を切り、ソ連は金星を目指すことになり、月の探査は長いこと行われなかった。
1990年、日本の「ひてん」が月の周回軌道へ行っている。「ひてん」はスイングバイの実験機であり、科学探査を行う衛星ではないが、久々に人類が月へ送った宇宙機となる
さらに、1994年、NASAのクレメンタインが久々に月を探査し、水の存在が示唆された。
本格的な月探査の再開の先陣を切ったのは、やはり日本の「かぐや」で、2007年に月へと向かった。ハイビジョンカメラでの月面撮影は、大々的に報道されていた。
そして、同年には中国の嫦娥1号、2008年にはインドのチャンドラヤーン1号、2009年にアメリカのルナ・リコネサンス・オービターと各国の月探査が続いた。
と、中編はここまでとなっている。


80年代に全く月に行ってないんだなということがわかって、言われてみりゃそうだなと思うんだけど、意識したことがないのでちょっと驚いた。
火星も、バイキングが76年、マーズ・パスファインダとマーズ・グローバル・サーベイヤーとが96年なので、80年代は行ってないはず
スペースシャトルが81年で、ミールが86年らしいので、80年代の宇宙開発が全くなかったわけじゃないけど、やはり停滞期だったのではないかという気がする。
今、宇宙開発に意欲的な起業家たちって、小さい子供の頃には宇宙機が太陽系探査に行ってたけど、10代後半から20代くらいにはそこらへんがすっかり落ち着いてしまったくらいの時代を生きてた人たちなのかなー、とも。
80年代・90年代って、フロンティアは宇宙ではなく、コンピュータやサイバースペース・ネットワークあるいはバイオだったんだろうなーというイメージがあるけど、実際、月や火星にこの時期全然行ってないもんな、と思うと納得感がある。

天文ガイド 2019年2月号

普段全く読まない雑誌だけど、「特集 月面着陸50周年 アポロ計画から月探査の未来へ」が気になって手に取った
自分、宇宙は好きだけど天文(天体観測とか)はさほど興味がない、という人なので

天文ガイド 2019年2月号

天文ガイド 2019年2月号

月面着陸50周年 アポロ計画から月探査の未来へ【前編】

1961年から71年にかけてのアポロ関連計画の写真と年表、解説記事による特集
アポロだけでなく、その前段階の有人飛行のジェミニ計画から解説がなされていて、またアポロ準備のための無人機計画レインジャー、サーベイヤー、ルナ・オービターについてもコラムで触れられている
アポロ計画って、11号と13号があまりにも有名すぎて、逆に他の号で何やったのかちゃんと知らなかったので、そのあたり改めて知れてよかった
着陸船は遅れてて、初の有人飛行が69年3月だったというのに驚いた(11号は69年7月)
あの有名な月の足跡の写真はオルドリンの足跡なんすね
12号は、サーベイヤー3号の近くに着陸してその部品の一部を回収
14号が手押し車、15号から月面者が導入され、より科学的な探査へ。
アポロ計画最後の17号では、地質学者が1人参加し、月に降り立った現時点で唯一の科学者に
科学者が1人行ってたの全然知らなかった…

天文学コンサイス アマノイワト開く?

オウムアムアについて
形状や軌道などの研究について、詳しく解説されていた。

火星衛星探査計画MMX【後編】

フォボスのサンプルリターンについて
独仏の宇宙機関も参加して、小型ローバーも搭載されるようになったよという話も