幻の巨大クジラを追う海洋スリラーSF
藤崎慎吾作品を読もう読もうと思って幾星霜。いやほんといくらなんでも幾星霜すぎるだろ
単行本出たのが2007年、文庫化したのが2009年の作品。
アメリカ海軍の潜水艦で、乗組員が一人ずつ死んでいくという怪死事件が発生するところから物語が始まる。
大きく3つのパート(3人の主要登場人物)にわけられる。
生涯をかけて幻の巨大クジラを追っているが、それがゆえに家族からも同僚からも愛想をつかされてしまったアル中鯨類学者の須藤
米海軍所属で、潜水艦怪死事件の謎を追うべく、民間の海底基地へと派遣された、音響工学者のライス
現場叩き上げで、現場に残るために出世を拒んだと噂される軍人で、弟を先の事件で亡くした米海軍潜水艦の艦長であるオールト
須藤とライスは、それぞれ互いのことは知らずに、巨大クジラの謎と正体を解明すべく調査を進めていく。
一方、オールトは、復讐にとらわれ、巨大クジラとの戦闘へと突き進んでいく。
調査用の潜水艇、海底基地、最新鋭の戦闘用原子力潜水艦におけるそれぞれの航海・生活の描写がディテール豊かで、読んでいて楽しい。
なんといっても、クジラvs原潜のバトルシーン!
と読みどころは結構あるし、サスペンス的にぐいぐい読んでいける本ではある。
ただ、ドラマ的な部分では、人物がちょっと類型的だし、オチ(悪役の最後)も予想されたものだし、デウス・エクス・マキナ感があってちょっと、という感じで物足りなさはある。
- 作者: 藤崎慎吾
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/12/04
- メディア: 文庫
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- 須藤博士パート
しんかい6500でマリアナ海溝を潜っているシーンから始まる。深度4000メートルで発見された、巨大なクジラの骨を調査する須藤
のっけから、しんか6500と鯨骨群集とで高まるのだが、この作品、別にJAMSTECが活躍する話ではなかった
この須藤先生、50代で妻も娘もいるのだが、完全に夢追い人タイプで、愛想をつかされ別居だか離婚だかしてしまっている。
喧嘩っ早く口も悪いため、職場でも疎まれがち。過去にセクハラ疑惑もあったとか。年下の准教授から「助教でも学生の面倒はみてくださいよ」的な嫌みを言われているシーンがある。
深海から採取してきた標本が盗まれてしまうのだが、その際にも学生から「あれ臭くて困ってたんですよー」的なことを言われていて、だいぶ疎まれているのがわかる
発見された鯨の骨は、見た目はマッコウクジラに似ているが、サイズが倍以上あり、明らかに新種。さらに、DNA解析による系統分析と後肢が残っているという特徴から、マッコウクジラではなくムカシクジラの近縁だということがわかってくる。
須藤が長年追い求めている「ダイマッコウ」に違いない。
のだが、上述したとおり、研究室に持ち帰った標本が盗まれ、さらに海底に残された鯨骨も何者かによって荒らされたとJAMSTECから連絡が入る。しかし、しんかい6500は予約がずっと入っており、今から急に須藤が潜るということはできない。
途方に暮れていたところに、アメリカの製薬会社の人間が突然研究協力を申し出てくる。うまい話には裏があると怪しむも背に腹は変えられず、話にのることにする須藤。
件の場所は排他的経済水域なので調査できないが、グアムから生きたダイマッコウ探しへと乗り出す。
須藤は、クラゲみたいな見た目の潜水調査艇「ドルフィンシャーク」とそのパイロットであるホノカとタッグを組むことになる。
須藤の娘と同じ年頃のホノカは、ドライシップ(禁酒)であるにもかかわらず飲んだくれている須藤が気にくわない。
一方、須藤も、ドルフィンシャークの仕組みについて知り、その後のホノカの失態もあり、ホノカの能力を疑う。
ホノカは元々イルカのトレーナー志望だったのだが、訓練先でかわいがっていたイルカが死に、そこに件の製薬会社がやってきて、なんとその脳神経を取り出して、潜水艇を制御する人工知能に組み込むというプロジェクトを始めたので、イルカのトレーナーから潜水艇のパイロットに転身することになったという身の上。
聴覚センサの情報処理をイルカの神経系に行わせる、という謎の仕組みで、AIのインタフェースにイルカ(とサメ)を模したキャラクターが採用されている。
ちょっと面白かったのは、須藤が暇だからDVDでもかけてくれといったら、ホノカがそんなのありませんとにべもなく突き返すところで「しんかい6500にはあったのにー」というところ
深海は目的地に到着するまでにかなり時間がかかり、結構暇らしいと聞いたが、そんなのまであるのかとw
鯨類学者をメインとして進むパートなのだが、実のところ、あんまり鯨調査の話は出てこない。
途中から、イスラム系テロ組織にシージャックされてしまう。
彼らの目的は、龍涎香と呼ばれるもの
マッコウクジラの体内にできる結石なのだが、古来より珍品として重宝され、かつては媚薬や不老長寿の薬として、金よりも高い値段で取引されたこともあるという代物
須藤がダイマッコウの行方を追っていると知り、後を追ってきた。
本作では、ダイマッコウはモビーディックのほかに、旧約聖書に出てくるヨナの大魚にもたとえられるが、ヨナ=ヨヌスの龍涎香がとれるに違いないと、なぜかよくわからないが、イスラム系テロ組織に目をつけられるのである。
ちなみに、須藤は、オマーンで巨大な龍涎香を見たのをきっかけに、ダイマッコウにとりつかれた。
このテロ組織が一体何だったかのかとか、その決着とかそのあたりの物語は、正直あまりうまくできてないのだが
日本人の若者がこの組織の鉄砲玉として使われて、シージャックしにくるというのはちょっと面白い。
読書レビューサイトでの本書の感想を眺めていたら、日本人がイスラム教徒でテロリストなのはリアリティがないというコメントが書かれていたのだが、IS国の色々が起きた後の2010年代後半に読むと、いやあなんかいてもおかしくないのでは、と思わせるところがある。
超美少年設定があるのは謎だけど。
- ライス博士パート
マリアナ海溝近くのサスケハナ海山に設置された海底基地「ロレーヌクロス」に、調査のために訪れる。
このロレーヌクロスというのは、海底鉱産資源を開発するために民間企業コンソーシアムによって作られた研究施設で、基地の形状からこの名がついた(ロレーヌクロス=横棒が2本ある十字)
ライス博士は軍属ではあるが軍人ではないので、上層部の意向に従う必要があるものの、メンタリティはわりと普通の人
たぶん、作中登場人物で一番まともな人
ロレーヌクロスにある潜水艇を使って、クジラの群れに遭遇し、研究を進めていく。
クジラの専門家ではないが、群れの構成や行動パターンを解明していく。もちろん、専門家ではないがゆえの限界もあるのだが、米軍およびコンソーシアムのリソースも使えるので、結構バリバリ調査が進んでいく。
この鯨調査パートももちろん面白いのだが、その後、密室状態の海底基地をクジラの群れに襲撃されてやべーというパニックホラー的な展開があって、サスペンスがある
50メートルとかいう超巨大クジラもいて、ロレーヌクロスよりもでかいのが、上をぐるぐる回る
鳴き交わす声の記録を大量に集め、そこから彼らのコミュニケーションがどのように行われているかを調べていく。
後半、ダイマッコウの群れに襲われるあたりで、須藤たちともつながりができて、その調査内容やデータを交換する中で、須藤が、図形を使って交信していないか、ということに気づく。
海の中では光ではなく音を使って周囲を調べる。これはクジラも人間も同じ。
ただ、ロレーヌクロスや、下で述べる原潜は、音波で探った情報を視覚化する写真装置を持っている。色とかはわからないけど、おおざっぱな形とかはわかる。
- オールト大佐パート
最新鋭の攻撃型原潜で、最新装備を用いて、深海でダイマッコウの群れとバトルするのは非常に楽しい
『沈黙の艦隊』とか読んできた身としては特に
ダイマッコウは能力がめちゃくちゃ高くて、低周波でサーチして、超音波で攻撃してくる。
超音波食らった人間は、頭がスイカのように爆ぜる。
ダイマッコウ自体、もちろん架空の存在だし、ドルフィンシャークや海底基地はじめ、実在しない技術もたくさん出てくるのだけど、まあ現実世界の延長線上にある世界だし、しんかい6500や潜水艦での生活を取材(JAMSTECや海自への謝辞があった)をした上で描かれているであろうリアルな感じがよい。
ダイマッコウが、深海生活への適応がとても進んでいて、目や鼻がなくなっていて、気嚢持っているというのも面白い。
音で空間把握してる系の話、やはりなんか好きなのかもしれない。
このくらいのリアリティの宇宙もの読みたいなあとか思ったけど、『火星の人』とか(映画だけど)『ゼロ・グラビティ』とかかな
そうであるなら、藤井大洋の『オービタル・クラウド』あたりを読むべきなのかもしれない。あと、ウィアーの『アルテミス』