上田岳弘『太陽・惑星』

新潮新人賞を受賞したデビュー作「太陽」とつづく第二作「惑星」を収録した単行本
どちらも初出は『新潮』で、後者は芥川賞候補作になっており、この次の作品『私の恋人』は三島賞を受賞している。
このような掲載誌や受賞歴を見る限りにおいては、この作品や作家はいわゆる純文学に属していると、一応言うことができる。
しかし、自分がこの作品のことを知ったのは、SFのブックレビューなどを通じてであった。
そして、実際に読んでみたら、思いのほかSFであった。
まあ、純文学とSFの混淆というのは珍しいものではないが。
「太陽」シンギュラリティSFで、「惑星」は時間SF要素もある

太陽

太陽と錬金術の話を枕にしつつ*1現代日本を舞台にして物語は始まる。隔週で風俗店に通う大学教授、たまたま彼が客になった風俗嬢は実は芸能事務所にスカウトされていたのだが云々といった話から一転、舞台はアフリカへと飛ぶ。高IQのドンゴ・ディオンムは、子どもを生ませては売り払い、「子ども工場」を経営しはじめる。
とここまでは、SF要素ないのだが、それでも次々と登場人物が現れ、まるで関係なさそうなのにつながっていくというのはそれだけでなかなか楽しくある。
「子ども工場」が問題視されはじめ、実態調査のために各国の大学教授が調査団を組んでアフリカへと向かう。底には先ほどの風俗通いの大学教授の他、その後の人類の歴史に関わってくるような人もいる。
田山ミシェルという、ドンゴ・ディオンムの9世代後の子孫が登場する。人類は、現代から少したった頃に、ドンゴ・ディオンムいうところの「第一形態」から「第二形態」へと進化しており、田山ミシェルの頃には「第二形態」の時代も終わりへと近づいている。というか、田山ミシェルによって人類は終わりを告げることになる。
この人類の「第二形態」というのが、まあシンギュラリティを越えたポストヒューマンなのである。不老不死となり、思考や感情が繋がっており、完全な平等が成立している。
物語は、現代と田山ミシェルの時代を行きつ戻りつしながら進む。
グジャラート指数(高レベルの幸福や不幸への許容度)*2とか基礎パラメータ(第二形態では全て数値化されている)とか、独自の専門用語も出てくる
それから、先ほどの調査団のメンバーの1人が、めちゃくちゃ嗅覚が鋭くて、世界的にtwitterでフォロワーを集めまくって、地球の匂いについて語って信者がたくさんつくようになったりもする。
田山ミシェルは、第二形態の人々の中ではちょっと特殊で、初期のパラメータをいじってなくて偶然性というものを重視していて、それはもしかしたら第三形態だったのかもしれない。彼は、「大練金」というものを計画する。太陽の核融合を人工的にエンパワーメントして金を生成するというもの
グジャラート指数が異常に高まっていた第二形態の人類は、田山ミシェルの大練金を支持する。
「が、太陽のことであれば以上だ。」という最後の一文がいい。

惑星

こちらは、内上用蔵という精神科医から、フレデリック・カーソンへ送った電子メールという体裁で語られる。
メールは2014年から始まり何年かのブランクをあけながらも、2020年前で続く。このメールは迷惑メールボックスに入れられて、2020年時点ではフレデリック・カーソンには読まれていない。
内上用蔵は、過去から未来まであらゆる出来事が見通せる人物で、自分で自分のことを「最終結論」と称している。
一方、フレデリック・カーソンは「最強人間」である。
Knopute社*3の社長でカーソンの友人であるスタンリー・ワーカーは、最高製品というものの開発を進めている。これは、完全没入型のVRで、さらに栄養摂取機能とか排泄物処理機能とかもついていて、これに接続するともう死ぬまで出てこなくてもいい、という装置で、有り体に言えば映画『マトリックス』みたいなもので、作中でも「マトリックスみたいなものですよ」とスタンリー・ワーカー自身が説明している。スタンリー・ワーカーは途中で亡くなり、フレデリック・カーソンがその後を継ぐみたいな形になる。
で、このフレデリック・カーソンが、人類にとっての「よきこと」というのを説いて、人類はどんどんこの最高製品に繋がっていくことになるのだけど、そこらへんのことはそれほど書かれていない。
2014年から2020年にかけて、スタンリー・ワーカーが最高製品を開発している頃、またトルコで神の啓示を受けたと思っているアッバス・アルカンがフレデリック・カーソンを悪魔と考え、彼の暗殺を試みるようになる話などが主に書かれていく。
最終的にあらゆる人間、あらゆる生物・無生物が最高製品に接続され「肉の海」になっていくなか、最後まで残ったのが内上で、彼とカーソンは「最後の会話」をすることになる。のだけど、それを2020年現在で見通して、その会話の内容などをメールで書いている、ということになっている。
メールは必ずしも時系列順には進まず、時間をいったりきたりする。
アッバス・アルカンも「時間」について色々と考えていたらしいが、この作品の語り自体が、時間の流れや「今」というのが一体何を指しているのかという問題そのものを示す作りになっている。
「惑星」というのは、内上が惑星ソラリスに喩えられていることから。


ちなみに、どっちの作品も最終的に人類が滅亡している

太陽・惑星

太陽・惑星

*1:太陽ではエネルギーが低くて金を生成できない。ところでこの話は、金goldと金moneyが意図的に混ぜられている

*2:先に述べた風俗嬢は、グジャラート指数が高い時に貧乏タレントとして売り出される予定だったが、東日本大震災が起こって日本のグジャラート指数が下がったので、芸能事務所の社長がその計画を取り下げたために、風俗をやっていた。その後、富裕中国人の愛人バイト的なこともやって、パリへ。パリでは、ドンゴ・ディオンムと田山ミシェル以外の登場人物が一堂に会することになる

*3:おそらくApple社をモデルにしてる。twitterfacebookはその名前のまま作中に登場する