ミゲル・シカール『プレイ・マターズ 遊び心の哲学』(松永伸司・訳)

タイトルにある通り、遊び・遊び心についての本である。
ジャンルとしてはゲームスタディーズにあたり、本書もビデオゲームの例が多くあるが、筆者によれば、本書はあくまでも「遊び」についての本であって、ゲームについての本ではない。ゲームは、遊びの一種という位置づけ。
遊びについてはいくつかの特徴づけがされているが、本書で特に重要なのは「流用的」という特徴である。
つまり、違う文脈にあるものを、別の文脈に流用するということである。
本書ではまた、「遊びplay」と「遊び心playfulness」が区別されている。
遊びは、活動・実践
遊び心は、態度
仕事や政治などは、遊びではないが、遊び心という態度をもって臨むこともできる。

本書の読み方
Chapter1 遊び
Chapter2 遊び心
Chapter3 おもちゃ
Chapter4 遊び場
Chapter5 美
Chapter6 政治
Chapter7 デザインから建築へ
Chapter8 コンピュータ時代の遊び
原註・訳註
訳者あとがき 松永伸司
参考文献

プレイ・マターズ 遊び心の哲学 (Playful Thinking)

プレイ・マターズ 遊び心の哲学 (Playful Thinking)

Chapter1 遊び

  • (1)遊びは文脈に依存する
  • (2)遊びはカーニバル的である
  • (3)遊びは流用的である
  • (4)遊びは(流用的であることの帰結として)攪乱的である
  • (5)遊びは自己目的的である
  • (6)遊びは創造的である
  • (7)遊びは個人的なものである(個性がでる/自分自身の問題である)

Chapter2 遊び心

遊びは活動
遊び心は態度(活動に向かう姿勢)
遊び心は、遊びの特性のいくつかを遊びでない活動に投影するもの
もともと遊び以外の目的でなされていた活動を流用する
流用することで、攪乱的になりカーニバル的にもなるし、それによる創造ができたり、(元々個人的ではないものが)個人的なものになる
(例えば、ある種のデバイスとかは、機能を果たすという点でいえば個性はないが、遊び心を発揮することによって個性的になる(あるいは、元々個性のないような個々のデバイスを個性のあるものにするのが、遊び心だといえる))
本来、何か目的のある活動に対して、遊び心が発揮されるので、自己目的的ではない

Chapter3 おもちゃ

おもちゃは、文化的な側面(表現としての側面)と技術的な側面(物としての側面)がある


おもちゃは、おもちゃ自身の中にある遊びの世界を開くものと、遊びの外にある世界を遊びに流用するものがある


機械的なおもちゃ・プロシージャルなおもちゃ
=人間がいなくても勝手に動くタイプのおもちゃ(鉄道模型シムシティなど)


おもちゃは遊びの物質化(matter)
訳注によると、これは形式(form)との対比(matter=質料)が想定されている。7章で述べられるとおり、筆者はゲームを遊びの形式formと考えており、遊び論の中で、ゲームとおもちゃを対比している。
でもって、それが重要であるmatter、というのもおそらくある。

おもちゃの側面を、フィルタリングの側面と具現化の側面に分ける
フィルタリングの側面=遊びの文脈に注意を向けさせる=おもちゃの機能のこと(おもちゃの素材は関係がない。ボールが布製だろうと革製だろうと、ボールである限り、フィルタリングの側面は同じ)
具現化の側面=掴んだときの感覚やそれにまつわる思い出など=この側面においては素材が重要=プレイヤーの反応を理解する上で重要な側面


Chapter4 遊び場

ここで遊び場の例として挙げられているのは、デンマーク発祥の「冒険遊び場」というものである。
おそらく日本に全く同じものはないのではないかと思うが、本書の中にある説明と一枚の写真から一言で言ってしまうと、公園の遊具のなんかすごい版という感じ。ここで出てきている例は、沈没船を模した遊具で、子どもたちはこれによじ登ったり潜り込んだりして、様々なごっこ遊びができる。
また、スケートパークや、ビデオゲームにおけるサンドボックスゲーム(いわゆるオープンワールドのゲーム)も、遊び場の例としてあげられている。
筆者は、ゲーム空間と遊び空間というものを区別する。前者は、特定のゲームを遊ぶ目的のためにデザインされた空間(普通のビデオゲームはこちら)、遊び空間は、流用に対して開かれた空間。
スケートボードやバルクールのプレイヤーは、都市空間を流用して遊び空間にしてしまう。
冒険遊び場やサンドボックスゲームは、様々な遊びに流用できるようにデザインされた空間

Chapter5 美

遊びの美的経験について
この章では、以下の3つの美学を参照している
ブリオーの関係性の美学
ケスターの対話の美学
カプロ―によるパフォーマンスアート(ハプニングアート)に関する美学
これらの美学と、遊びの美が共通しているのは、物ではなく、文脈や人々の活動・対話・実践などに依存して美的経験が生じるという点

Chapter6 政治

イングランド戦におけるマラドーナのゴール、メタケトル、ハクティヴィズム、Newstweekなどの例が紹介されている
政治的な遊び、あるいは遊び心のある政治とは一体何か

遊びが政治的なものであるのは、遊び道具や遊びの文脈が見るからに政治的だからではない。また、社会問題に意識を向けた行為だから、あるいはアクティヴィズム的な行為だからというわけではない(p.131)

いわゆる、政治的なゲームというものを、政治的な遊びにはなっていないと筆者は言う。

遊びが政治的なものであるのは、それが批判的なかたちで文脈に積極的に関与するからである。政治的な遊びは、文脈を流用し、遊びの自己目的的な特性を利用して、そこで行われる行為を両刃の意味をもつものに変える。(p.131)

政治的な行為としての遊びは、自己目的的な遊びと意味のある政治的な活動のあいまでどっちつかずの状態にあるという意味で、つねに両義的である。(p.132)

Chapter7 デザインから建築へ

章のタイトルからは分かりにくいが、ゲームについての章
筆者は、ゲームを遊びの形式と呼ぶ
ゲームは、遊びの中心的な例とみなされがちだが、筆者はそうではないという
ゲームはルールによって、遊びをカプセル化し整える。
しかし、遊びというのは、流用的なものなので、これに反発する。
ルールによって遊びが可能になるのではなく、ルールと遊びは補いあったり対立しあったりする関係だ、という。
章タイトルは、ゲームデザインという呼び方から遊びの建築へと変えるべき、という筆者の主張

Chapter8 コンピュータ時代の遊び

システム的な思考と、遊びの思考というのは相反するもので、コンピュータはシステムと相性がいいんだけど、
しかし、コンピューティングって結構遊びと共通しているところが多い、と。

感想

読んでる途中にこんなツイートをした


まあ、脚注についてはその通りなんだけど、この後、もうちょっと面白く読めたし、全般的に、ノリきれなかったとしたらどちらかといえば自分の側の集中力の問題だったかもなとは思う。
とはいえ、もう一歩なんというか解像度が足りないという感じもする。
高田さんが以前から、ポップカルチャーを遊びで説明できるのでは、という話をしていて
また、個人的に、オタク文化的実践とメイクビリーブについて考える時に「玩具」はキーワードになるかもと思っていて*1
そういう興味関心から本書を手に取った、という下心(?)みたいなものがあって、それに対してどうだったかという点で、物足りなさがあったと。まあ、これもまた、本の問題ではなく、自分の問題ではあるが。
確かに「流用的」というキーワードなんか、例えば聖地巡礼なんかに応用できそうな気はするのだけど、しかし、「それはそう」っていうレベルの話で、大枠としてはそりゃそうだろうけど、分析に使えるのか、という感じがする。それが、解像度が足りないのではという感想につながる。
まあ要するに、シカールの遊び論の使い勝手がいまいちよくわからん、というところなのだと思う。
こういうのは、後になってしみてくる、という可能性もあるので、まあ保留


また、この本はゲームスタディーズの本であり、当たり前だが、分析美学の本ではない。
分析美学の本でないのは別に構わないとして、この本、ゲームスタディーズの中で書かれてはいるが、「ゲームは重要ではない」という論陣を張っていて、これまでのゲーム研究とは違う立場から書かれているぞ、というスタンスの本なのだが、自分の側に、ゲームスタディーズの蓄積がないので、そこらへんについてのこの本の読みどころ、みたいなのもつかめていないのかな、という気がする。
あと、色々なものが参照されているので、人によっては、「お、ここでこれがでてくるのか」というのがあったりするのかもしれないけれど、自分としてはそういうのがなかった。
そもそも入門書として書かれているので、別に、そういう既存の文脈みたいなものを知らなくても読めるようにはできているわけだが
自分と違って、そこらへんもっと面白がって読めた人もいると思うので、そういう人の感想も聞いてみたい

*1:最近読んでた美学関係のことについて - logical cypher scape2で触れたテーマ2に関わって、また、オタク文化と玩具という点では マーク・スタインバーグ『なぜ日本は〈メディアミックスをする国〉なのか』(中川譲訳、大塚英志監修) - logical cypher scape2がとてもよい本で面白いのだけど、何で俺はブログに内容をまとめてないんじゃ!