福井憲彦『世紀末とベル・エポックの文化』

19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパの文化について
山川からでている「世界史リブレット」シリーズの中の1冊で、全部で100ページほどの小冊子である。そのため、内容的にはそこまで深く論じられているわけではないが、学術・文化にかんして概観できる。
個別に知っているところでも「なるほど、こことこことをつなげて紹介するのか」だったり、あるいは「この分野は知らなかったな、自分の中での抜けのあるところだな」だったりという感じで読んだ。
なお、上田早夕里『リラと戦禍の風』 - logical cypher scape2の参考文献として挙げられていた本である。
以前、以下のようなことを書いたが、その第一弾である。

軍靴のバルツァー』からの『リラと戦禍の風』、あるいはキュビスム展の流れで、第一次世界大戦前後が気になり始めている。
というか、もともと戦間期の文化史は興味があって、なので大正史も読んでて面白かったなあというのがあって、もう少しちゃんと勉強しようかなと思った。
2023年まとめ - logical cypher scape2

1.時代の転換

序論という感じ
19世紀が「ヨーロッパの世紀」で世紀末はどのような時代だったか。
デカダンスとか。
ベル・エポックがいつから、というのはあまり定まっていないが、ヨーロッパの景気が回復した1880年代くらいから

2.知のパラダイム転換の始まり

この時期の学術的な話。自然科学、人文科学、社会科学いずれにも触れている。
まあ、羅列に近いので、知っているものは省略。
細菌の発見による医学の発展、X線放射線の発見による物理学の発展、フロイトによる精神医学を、「見えないもの」への着目としてまとめていた。
これは注釈にちらっと書かれていて、ああそうなのと思っただけだが、経済学者のパレートはファシズムに接近していたらしい。
最後、形質人類学による人体測定の話から、科学とオカルトの距離の微妙さみたいなことについても触れている。

3.変わりゆく生活の条件・社会の情景

この章が本編
1880年代前後に、電話、電気、電灯、電車と電気技術が広まっていく。
1876年には内燃機関が発明され、自動車時代へ
映画が登場した時代だが、演劇やオペラも活況を呈したし、ダンス・ホール等も人気
意見新聞の時代から情報新聞・日刊紙としての新聞の時代へ
輪転機による印刷、電信技術による速報、識字率向上による読者層の拡大が日刊紙としての新聞を支えたが、さらに広告も重要だった、と。
新聞広告の広がりとともに通信販売も生まれる。
19世紀前半のパサージュからデパートの時代へ
スポーツという身体文化が広まった時代であるという指摘も。サッカーとかラグビーとか集団スポーツが人気を博すようになり、近代オリンピックも。また、この当時のスポーツ文化の中で、自転車が登場しこれも人気を得る。
近代化による画一化が地域にも押し寄せたが、一方でまだそれぞれの地域文化が残されていた時代でもあり、民俗学・民俗研究が盛んに。ケルトプロヴァンスでも地域文化を保護する運動が。
近代化は宗教の世俗化をすすめたようにも思うがここも一筋縄ではない。カトリックプロテスタントの対立があったがどちらも家族と良妻賢母な女性像を重視。しかし、経済的には良妻賢母的に家庭に入れる女性はむしろ少数派。女性の労働が広がり、フェミニズムも確立していった時代。

4.アートの先端での試行

美術関係の話は省略。
文学における象徴主義については、モレアスが象徴主義を唱えたが、実際に影響力があったのはマラルメの方で、弟子にユイスマンスがいる。
アール・ヌーヴォーの建築家として、ヴァン・デ・ヴェルデ、オルタ、ギマール、ガウディ、オットー・ヴァグナー
モリスのアーツアンドクラフツとハワードの田園都市構想
ポスター美術について詳しく取り上げていたのが面白かった。
多色リトグラフによりポスターが広まる。ミュシャとか。
化粧石鹸などのポスターが具体的に4点ほどあげられて分析されている。
化粧室にいる女性のポスター→化粧室がある家はまだ上流階級のみ。中流階級の化粧室への憧れ
歯磨きのポスターには、「パリ大学医学部ピエール博士の歯磨き」という惹句が書かれており科学的権威付けがなされている。
オリエンタル歯磨き液のポスター→一見して歯磨きのポスターには見えない。中東風の女性が描かれている。オリエンタリズム的な偏見のあらわれではあるが、東洋に対して西洋にはない力を感じていた。