森毅『数学の歴史』

古代ギリシアから戦後までの数学史を200頁ちょっとにおさめてある、コンパクトな本で、ぐいぐい読ませる筆致で、一気に読めてしまった。
数学の歴史とあるが、同時に世界史でもあるし哲学・思想史でもあるし科学史でもある。
というわけで、数学の門外漢であっても入っていきやすい。
著者なりの歴史観なり哲学なりを感じさせるので、人によっては違和感があるかもしれないが、僕としてはむしろ物語的な面白さというか読みやすさとなった。
直接、本筋とは関係しないけど

かつての剣貴族にかわって法服貴族の層が進出しはじめる。この層が、この時代の文化を代表する。もちろん、その一方でダルタニアンやシラノの羽根飾りを忘れるわけにはいかないが。

その頂上のヴェルサイユ宮では、ベルリンからパリに来たラグランジュに、マリー・アントワネットが美しい白い手をさしのべていた。

二十年の生涯を恋と革命と数学に捧げて決闘に散った、天才少年ガロアの名を数学史はとどめている。

ポアンカレも二十世紀によってのりこえられずにはすまなかった。そして次の時代の主役になるのは、ポアンカレのパリではなくて、クラインのゲッティンゲンだったのである。

こんな文が散りばめられていて、楽しい。
あと、数学者の紹介文なんかが、笑わせてくれるものがおおい。
ユークレイデス
「その生存さえ疑問視されるほど、何も分かっていない。(中略)ひょっとすると、火星人かもしれない。」
カルダノ
「最後には、自分の死亡時刻を予言し、それを証明するために自殺したといわれる」
デカルト
「彼の生活と数学は、ゴロゴロ寝そべっていることによってのみ支えられていたのに、女に甘かったことが命取りとなった。スウェーデンの女王クリスティなが「朝寝坊のルネ」を叩き起こしたために、彼は風邪を引いて死んだ。」
ライプニッツ
「遺産の行き先がしばらく不明で、やがて遠縁のゆえをもって遺贈を受けた、とある田舎の郵便局長の未亡人は驚きのあまり心臓麻痺で死んだ」*1
ラグランジュ
「『解析力学』を構想したのは、トリノにいた十九歳のころと言われ、出版されたときにはもう、すっかりいやけがさして、世をはかなんでいた。ところが、フランス革命が起こったものだから、また、すっかりはりきりだした」
コーシー
「むやみに論文を書いたので、『学士院会報』はページ数の制限を設け、以来この雑誌は今に至るも四ページ以上の論文をのせない」
リーマン
「このリーマンの講演を聞いて、七十七歳の大ガウスは珍しく昂奮し、帰途にドブにはまった」
ポアンカレ
「幼時から天才の名がかなりひびいていたが、試験はあまりにも易しすぎたのでウッカリして失敗したのに、特別に通してもらったというから有名になるのはよいことだ。ウッカリすることが多かったことも有名だが、当時は今ほど交通戦争が激しくなかったので、六十歳近くまで生きることができた」
デデキント
「あまりに長生きしすぎたので、偉大な故人数学者リストにあげられたからも、なお十二年生きていた」
ヒルベルト
「ある日客が来たので、ネクタイをとりかえに自室に入り、ネクタイを外すとその習慣にしたがってベッドにはいって寝た」
ゲーデル
アメリカ市民権をとるにあたって、憲法の試験を受けるさい、《合衆国憲法は無矛盾でない》とアインシュタインにこぼしたという」
ちょっと引用しすぎたw
世の中の数学者がおかしいのか、森毅がおかしいのか
とにかく、ホントかウソかよく分からない、なんやそれって感じのエピソードがちらちらと顔を見せている。


さて、肝心の数学史の方だが
コンパクトにおさまっているがために、かなり数学の知識を要求される、というかほとんど何の説明もなく数学用語がぽんぽんと飛び交うので、何言ってるのか結構分からない
特に、近代以降は結構きつい。
しかし、その当時のアカデミックな人やコミュニティを巡る状況や、派閥の関係などによって語られているので、何となく流れのようなものは見える。
何世紀のどこどこの誰々が何々をやっていて、これが何世紀のどこどこの誰々の何々に繋がっていった、というような感じで。
何々の部分はよく分からないのだけれども、とりあえずいつ、どこ、誰というのは分かるので、読んだ甲斐はあった。
数学そのものに関しても、よく分からないなりに面白くはあった、と思う。


ヨーロッパ史の本としても読めるので、その視点から読んでも面白いと思う。
つまり、政治的状況や学問などの状況なんかも概観できる感じ。

数学の歴史 (講談社学術文庫)

数学の歴史 (講談社学術文庫)

*1:それにしても、ライプニッツというのは超人だな