内井惣七『空間の謎・時間の謎』

Ucci Leipuccini, Monadology, Information, and Physics - Togetterを読んで、内井惣七がまたライプニッツの本を準備していると知ったので、再読してみた。
件のtogetterでは、ライプニッツ情報理論的な側面の話をしているが、本書では最後に、情報理論にも注目する必要があると言っているだけで、情報理論自体の話はしていない。
古典力学からインフレーション宇宙論までの科学史の本、とひとまずはいえるが、オーソドックスなそれではなく、ライプニッツとマッハの観点から紐解かれている。
最後の章は、宇宙論史となっていて、アインシュタインの宇宙定数からインフレーション宇宙論までになっていて、ここが結構よかった。ヒッグス場の話とか、「そういうことだったのか」みたいな。ただし、最後の章になると、ほぼライプニッツは出てこなくなる。


後半になるにつれ、ライプニッツというよりは、マッハやバーバーがメインになってくる。
ライプニッツは、ニュートンが絶対空間や絶対時間を導入したことや、引力が「遠隔作用」になっていることを批判し、絶対空間や絶対時間をあらかじめ措定しない形での力学を模索する。
ライプニッツ自身は、そのような力学を作ることができなかったわけだが、(ライプニッツのことを知らなかったものの)同様の発想でマッハやバーバーがその仕事を引き継ぐことになっている、というのがこの本のアイデア
(上述のtogetterまとめによれば、マッハとライプニッツは見た目は似てることやってるけど、その背景にある形而上学が全然違ったんやってことになってるけど*1。)


この本において、重要なポジションにいるのがジュリアン・バーバーなのだけど、経歴がちょっと面白い。1937年生まれで、相対性理論などの研究をしている物理学者なのだけど、博士号をとったのち、自分の研究の時間を確保するために、大学でのポストには進まず、在野で研究をしているとのこと。翻訳で生計を立てているらしい。

第1章 空間とは?時間とは?

1章は、序章とかはじめにとかいった内容で、著者がこの本を書くに至るまでの経緯とこの本の内容について

第2章 ライプニッツニュートンは何を争ったか

この本はまず、ライプニッツ-クラーク往復書簡を読み解くところから始まる。クラークというのは、ニュートンの力学を擁護する立場だったので、実質的にはライプニッツ的な力学とニュートン的な力学との対立である。
内井は科学のヴィジョンの対立だ、という。
ライプニッツは、絶対空間・絶対時空を否定する。ライプニッツがたつのは関係説だ。空間を予め措定するのではなく、物質の配置・秩序だけで考える。
それに対して、クラークがいくつか反論している。
例えば、空間と時間は量であるが、関係や秩序は量ではない。量はどうなるのか。→内井によれば、ライプニッツはこれに答えられていないが、そもそもニュートンの絶対説でも本当は同様の問題がある、という(天下り的に導入されたユークリッド幾何学)。
もう一つの反論は、回転による遠心力の問題である。
この反論に対しては、ライプニッツの死によって途絶えてしまっているのだが、関係説で遠心力をどう扱うかについて、ライプニッツは既に、師匠のホイヘンスと論じ合っていたことがあるらしい。そして、実際に関係説で遠心力を扱うのは難問であるとのこと。


ライプニッツは、真空と原子も否定している。
何も物質がないような空間はないという主張だが、これは空気はなくなっても電気や磁気があるという主張で、内井は、ライプニッツ以後に生まれてくる「場」の考え方を踏まえれば、ライプニッツの主張も分があるという。
また、ライプニッツに不可識別者同一の原理について、内井は統計力学やパウリの原理をもってくる。例えば、電子について、これは確かにそれぞれ区別のつかないものが複数あるようである。しかし、その電子が通る軌道についていえば、区別可能である、と。


モナドジーについて、モナドの「知覚」を「情報」に置き換えたらどうかと内井は提案する。

第3章 ニュートンのバケツから相対性理論まで

この章では、関係説で問題とされた遠心力の問題について論じていくが、この問題を解決するためは、相対性理論が必要となる。
さて、遠心力について、ニュートンは「ニュートンのバケツ」という思考実験をしている。水の入ったバケツを回転させる。水がバケツに対して相対運動をしている時、遠心力は発生せず、水も回転をはじめると(絶対運動)遠心力が生じるというものだ。
この議論に加えて、オイラーがさらに関係説批判を付け加える。それは、遠心力ではなく慣性の法則に則して関係説への反論を組み直したことである。


さて、ライプニッツ-ニュートン論争があった頃、ニュートン力学はまだ今ほど支配的な地位を確保していたわけではなかった。その後、微分方程式を使ってニュートン力学が行われるようになって、その威力が発揮されていったという。ニュートンライプニッツはともに微分の発明者として有名だが、彼らはまだ微分で力学を解くということはしていなかったらしい。
しかし、オイラーまで時が下ると、既に微分方程式によるニュートン力学が地歩を固めていた。


次に時代は、マッハまで飛ぶ。
マッハのニュートン批判は、この当時のニュートン力学再解釈の流れの中にある。ニュートン力学というのは、ある限られた系において成り立つ。つまり、慣性系である。この「慣性系」という言葉を提唱したのが、この時代のランゲである。
マッハの論点は二つ。
(1)遠心力について→バケツの壁が超巨大なバケツを使って回転させたら、相対回転でも遠心力が発生するのではないか→これは単なる推測にすぎなかったが、とにかく可能性は示唆した→相対性理論がないと判定ができない問題
(2)慣性の法則について→宇宙全体の関係を含めて再構成すべし→シナリオの提示にとどまる


続いて、アインシュタイン相対性理論である。
まず、特殊相対性理論について。
まず、特殊相対性原理は、「すべての慣性系で自然法則は同様に成り立つ」というものである。慣性系に限っているので「特殊」と呼ばれる。
さらにこれに、「光速度一定の原理」が付け加えられる。
これのため、同時性について考えなおす必要がでてきて、アインシュタインの師であるミンコフスキの考えた座標系を導入することになる。ミンコフスキの座標は、空間ではなく時空なので、ユークリッド幾何学ではなくローレンツ幾何学が成立する。幾何学を決めるために長さを決める関係が、メトリック(計量)と呼ばれる。
特殊相対性理論では、ニュートンのバケツの方に軍配があがる。


次に、一般相対性理論である。
ホイヘンスは、微小時間内では、遠心力の作用と重力の自由落下が等価であることに気付いたが、アインシュタインはこれを拡張し、加速度と重力が等価であると気付いた。
そこで重力に着目した理論を作ったのが、一般相対性原理である。重力を時空の構造に組み込んだのである。
内井はここで、一般相対性理論の核心がこの重力方程式であり、特殊相対性原理の一般化ではないということに注意を促す。「一般相対性」についてはアインシュタイン自身が、指摘を受けて、物理的内容をもたない、数学的な条件である「一般共変性」であることを認めているそうである(そして一般共変性は、他の理論でも成り立つ)。
重力場の方程式によって時空の構造が決まるというのは、ライプニッツやマッハの考えに近いものであると内井は述べている。また、ライプニッツのきらった「遠隔作用」もなくなる。
しかし、重力場の方程式を解くには、「境界条件」という情報が沢山必要になる。


さて、一般相対性理論でも、やはりニュートンの推測が正しいのである。
しかし、マッハのバケツについて、アインシュタインがこれを組み直した思考実験を行っている。
この思考実験について、アインシュタインを引き継いだティリングが1918年に、回転する球殻のなかで遠心力が生じるという計算結果を得ているが、ここでの境界条件(慣性枠)が実は関係説と相容れていない。
そして、1987年、プフィスターとブラウンによって得られた計算結果によって、「相対的な回転でも遠心力は生じる」というマッハの推測が正しかったことが明らかになった。


とはいえ、これでもまだ関係説が正しかったことにはらなない。
一般相対性理論は、加速度や重力を絶対的な量としており、まだ関係説とはおりあわないのである。

第IV章 マッハ流力学の行方

関係説力学について、第一の路線と第二の路線が紹介される。
第一の路線は、20世紀初頭に行われたもの
第二の路線は、20世紀後半から行われているものである。


第一の路線の登場人物は、ポアンカレ、ホフマン、ライスナー、シュレディンガーである。
ポアンカレは、マッハの関係説を支持しながら、同時にその難点も指摘した(1902)。
ホフマンとライスナーは、関係説の立場で運動エネルギーがどう定義されるか考えた(1914)。
それを受けて、シュレディンガーは、関係説力学の立場から水星の近日点移動を導き出し、また同時に問題点も指摘した(1925)。


第二の路線の登場人物は、バーバー、ベルトッティである。2人の共同研究は、1977年と82年に論文として発表。
彼らはもともと、シュレディンガーらの研究を知らないまま、研究を進めていた。
関係説は、各点の距離と配置だけを使う立場である。そのような距離と配置の可能な形を表現する手段として、相対的は位置空間、プラトニアが導入される。
例えば、AとBとCしかない系を想定する。このとき、ABの長さ、BCの長さ、CAの長さをそれぞれ座標軸にとったのがこの系のプラトニアである。点が増えたら軸を増やして対応する。
このプラトニアに「最小作用の原理*2を適用すると、最短距離=「測地線」が求められる。
で、関係説力学ではこれが一義的に決められるとか、らしい。
バーバーによれば、ニュートンライプニッツもどちらも正しくて、それぞれ必要とする情報が違ったとか。ニュートン力学が必要とする初期条件だと、関係性力学はうまくできないし、逆もまたそう、みたいなこと、らしい。
「時間(持続)の等しさ」はどうなるか。慣性の法則を前提してよければそれは「距離の等しさ」に還元できる。バーバーは、「時間は存在しない」という言い方をする(『時間の終わり』という著作がある)。


バーバーらは、さらに相対性理論への拡張を行う。
その結果、アインシュタインの理論は実は、マッハ流の力学をうまく組み込めるようにできていたことが判明したという。
ただし、有限の世界ではという条件付きであり、無限の世界では成り立たない。

第V章 宇宙と量子

最後の章は、宇宙論を見ていくことになる。
アインシュタイン(1917):宇宙定数の導入=斥力もまた重力である
ド・ジッターの宇宙モデル(1917):アインシュタインの論敵ド・ジッターがアインシュタインのモデル以外のモデルを示した。ド・ジッターは静的な宇宙モデルとして示したが、実は膨張宇宙モデルだった
膨張宇宙論:最初に指摘したのはフリードマン(1922,1924)だが、広めるのに貢献したのはハッブルの発見とルメートルの理論(1927年)(それを評価したエディントン)
物質の密度の比率Ωが、1より大、1、1より小のいずれかによって、閉じた宇宙、平らな宇宙、開いた宇宙となる
1948年、ガモフが「ビッグバン宇宙論」提唱
1965年、宇宙背景放射発見により、ビッグバン宇宙論が認められる


ワインバーグ、サラム、グラショウによる電弱理論
ディラックの相対論的量子力学によって、「力」は「相互作用」の結果とされる
1964年、ゲル=マンとツヴァイクのよるクォークモデル
高温状態ではそれぞれの力は区別がなくなる=対称性→低温になると対称性が破れる:これをもたらす機構=ヒッグス機構
ヒッグス場による宇宙の相転移→4つの力の理論がゲージ理論であることを基盤とする。一般相対性理論も電磁気理論もゲージ理論
(ヒッグス場は、高温状態だけで要請される場ではなく、低温状態でも他の粒子と相互作用をしている)


ビッグバン宇宙論の問題点
宇宙背景放射の地平問題(放射がどこからも一様)
平坦問題(この宇宙は観測的にほぼ平坦(ユークリッド空間に近い))
→これらを解決するのが、アラン・グース、佐藤勝彦らのインフレーション宇宙論
インフレーションは何故起こったか、そのエネルギー収支はどうなっているのか
→ヒッグス場のエネルギー密度とかが云々……


宇宙の創造について
ホーキングとハートル「無境界仮説」(1983)(初期宇宙が無時間、特異点なしの状態)
ビレンケン「無からの創造」(1982)(量子力学的な無からトンネル効果によって生まれる)
どちらも、体系化からは遠い。
体系化を目指す理論としては、ループ量子重力凜とひも理論がある


最後に
プランク長さの正方形を4枚で、1ビットをになう。これが、情報の量子→モナドジー?!


*1:同じくこのまとめを読むに、現在の内井は、この本の時点での自分の読みは浅いものだったと思っているようだ

*2:これ、多分テッド・チャン「あなたのための物語」に出てきた奴