大須賀健『ゼロからわかるブラックホール』

『インターステラ−』 - logical cypher scapeを見たので、ブラックホールの勉強
筆者がかなり何度も、正確さを犠牲にしてわかりやすさを優先したと書いているとおり、読みやすい本だった*1
後半になってくると、筆者が研究している、ブラックホールのシミュレーションの話も出てきて、まさに「ゼロから」、先端の研究まで、という感じ。


自分の場合、宇宙物理学とか素粒子物理学とかは、多少興味があって、例えばNewtonとか日経サイエンスとかでそういう記事があると読んでたりしていたのだけど、思い返してみると、ブラックホールについては、Newtonで特集とかやっていたと思うのだけど、あまりちゃんと読んだ記憶がない。
特異点と事象の地平面くらいしか、ブラックホール関連の用語も知らなかったかもしれない。
その意味で、勉強になったし、何というか、単語だけで結構かっこいいものが多くて面白かったw
インターステラー』については、『インターステラー』視覚化せよ!ブレーンワールド | 小野寺系の映画批評を読んで、「おー、そうだったのかー」「ブラックホールの知識必要だナー」とか思って、そしてそういえば、グレッグ・イーガン『白熱光』 - logical cypher scapeもそうだったなと思い出して、今回、この本を読むことにしたのだった。
降着円盤とか、『白熱光』の解説読んだときも見てると思うんだけど、忘れてたし。


最後の章で、ブラックホールの見え方について書かれていて、もろ『インターステラー


ブラックホールって知っているようでよく知らなくて、「ああ、そういうこと」みたいなイメージを掴むには、とてもいい本だった。

第1章 ニュートン力学ブラックホール
第2章 一般相対論のブラックホール
第3章 大論争!ブラックホールは実在するか?
第4章 超巨大ブラックホールの発見
第5章 超巨大ブラックホールの謎
第6章 ガス円盤1 3種のガス円盤
第7章 ガス円盤2 磁場の役割
第8章 ブラックホール・ジェット
第9章 ホーキング放射とブラックホールの蒸発
第10章 ブラックホールを見る

第1章 ニュートン力学ブラックホール

実はブラックホール(の名前はまだなかったが)は、ニュートン力学ですでに考えられていた。ミッチェルやラプラス
天体からの脱出速度は、その天体の質量と半径から求めることができる。天体の質量が重くてサイズが小さくなると、その天体からの脱出速度も大きくなる。脱出速度が光速越えたら、その天体はブラックホール
太陽がその質量でブラックホールになるとすると、そのときの半径は3キロメートル。
ブラックホールの半径を、シュヴァルツシルト半径と呼ぶ
シュヴァルツシルト半径は、一般相対論を使って導かれるが、脱出速度を使って導いた半径と値は同じになる
シュヴァルツシルト半径は、光が脱出できるかの境界で、これが「事象の境界面」

太陽の10倍の質量をもつブラックホール:半径30キロメートル
太陽の400万倍の質量をもつ超巨大ブラックホール:半径1200万キロメートル(0.1AU)

第2章 一般相対論のブラックホール

一般相対論とブラックホール研究の歴史
アインシュタインの一般相対論
発表当時は第一次大戦中。かろうじて、イギリスに伝わり、エディントンが一般相対論を証明するために観測を行うことになる。大戦が終わった1919年、アフリカ沖プリンシペ島で、エディントン率いる観測隊が日食観測をして、空間の歪みで星の見かけの位置がずれることを観測、一般相対論が証明される
その証明の前、東部戦線に従軍中のシュヴァルツシルトが、一般相対論からブラックホールの存在を予言
ミッチェルやラプラスの考えたブラックホールは、シュヴァルツシルト半径の外側にも多少ながら光が進むことができるが、シュヴァルツシルトの考えたブラックホールは、光がシュヴァルツシルト半径から出てくることができないもの
しかし、シュヴァルツシルトは、戦線で病没
一般相対論の証拠

  • 水星の近日点移動
  • 日食観測による星の見かけの位置のずれ
  • 重力赤方偏移

第3章 大論争!ブラックホールは実在するか?

  • 白色矮星(チャンドラセカールvsエディントン)

恒星は燃料が切れると自重でつぶれるが、電子の縮退圧で大きさが維持される=白色矮星
縮退圧=パウリの排他原理で働く圧力
チャンドラセカール:縮退圧で支えられる質量には限界がある→チャンドラセカール質量より重い恒星は、白色矮星になれない
エディントン:当時の天文学の権威で、ブラックホールを認めない立場で、反対

中性子星中性子の縮退圧で支えられる星。半径10キロメートル程度
オッペンハイマー中性子星にも質量の限界があり、ブラックホールできる派
ホイーラー:中性子星にも質量の限界はあるが、ブラックホールはできない派
→結局、ホイーラーが途中で宗旨替えして、ブラックホールが形成されることを示し、またブラックホールの名付け親となる

ブラックホール候補天体
X線を発している
サイズがコンパクト
太陽の10倍程度の質量=恒星質量ブラックホール
恒星と連星になっている=ブラックホール連星

  • 光るガス円盤

X線を放射しているのは、ブラックホールのまわりをまわるガス円盤
ブラックホールに落ちていく際に高速で回転する。ブラックホールに近いほど速いので、より近い部分と遠い部分との摩擦で熱が発生し、それがさらに光になっている
宇宙でもっともエネルギー変換効率がいい
火力発電:1グラムあたり10キロカロリー
原子力発電:1グラムあたり1000万キロカロリー
ガス円盤:1グラムあたり10億キロカロリー

第4章 超巨大ブラックホールの発見

ジャンスキー:1930年代、無線通信の雑音を検出するために観測していたら、銀河方向から強い電波がくることを発見
レーバー:天文学者ではなく技師であったが、ジャンスキーの発見に興味を持ち、自前で高精度の電波望遠鏡を作成
その後、電波源として「電波銀河」、そして「クエーサー」があることがわかる
クエーサー:スペクトル線が既知の物質と違う
→シュミット:クエーサーのスペクトル線は赤方偏移→ドップラーシフトによって→高速で遠ざかっている→ハッブルの法則により、すごく遠くにある→にもかかわらずすごく明るい
また、明るさの変動からサイズを推定→とてもコンパクト
クエーサー=超巨大ブラックホールとガス円盤
電波銀河:中心部に、クエーサーほどではないがブラックホールがあると考えられる
「活動銀河中心核」:クエーサーや前述の銀河の中心部の総称

第5章 超巨大ブラックホールの謎

超巨大ブラックホールはどうやってできたのか
条件:数億年でできなければならない(クエーサーは非常に遠い=古い=宇宙誕生の数億年後にはすでにあったということなので)

ブラックホールが小さいので、合体するかどうか分からない。
仮に合体するほど近づけたとしても、連星になって安定する。最終的に合体はするだろうけど、上の条件にある期限を越える

  • ガス吸い込み説

光にも力がある→急速に吸い込むと光もたくさんでる→光の力が重力を上回る=エディントン臨界/その時の光量をエディントン光度と呼ぶ
→エディントン臨界を越えて吸い込むことができるか
→ガスが、球状ではなく円盤状になっていれば、できるかもしれない=超臨界円盤
→筆者のグループが、コンピュータシミュレーションで可能であることを示す
→可能であることは分かったが、具体的なメカニズムはまだ謎

銀河の質量とその中心にある超巨大ブラックホールの質量が比例している
何故そうなるかわかってない、謎

第6章 ガス円盤1 3種のガス円盤

ガス円盤の仕組み
重力エネルギー→ブラックホールへ落下→回転の運動エネルギー→摩擦で加熱→熱エネルギー→光を放射→光エネルギー

  • 標準円盤

光を放射する→熱エネルギーを失う→ガスの圧力が低くなる→円盤は薄っぺらくなる=標準円盤

  • ライアフ

ガス密度が小さい→降着率(吸い込むガスの量をブラックホール質量で割ったもの)が小さい
光への変換効率が悪い&重力エネルギーが小さい→光エネルギーにならないので暗い
→熱エネルギーを失わない→ガスの圧力大きい→ドーナツのように膨らんだ円盤=ライアフ

  • スリム円盤

エディントン臨界を越える円盤
降着率および密度が大きい
光エネルギーに変換された光子がガスと共にブラックホールに吸い込まれる
しかし、吸い込まれなかった光だけでも、標準円盤よりも明るく光る
また、円盤の中の光子の力で円盤が膨らむ

第7章 ガス円盤2 磁場の役割

実は、ブラックホールは、当然のようにガスを吸い込むわけではない
遠心力と重力が釣り合っていれば、落ちていかない
例えば、太陽の半径を3キロメートルまで縮めて、太陽をブラックホールに変えたとしても、質量が変わったわけではないので重力と遠心力は釣り合ったままで、地球がそのブラックホールに落ちていくことはない
何かが遠心力を弱めることで、ガスはブラックホールへと落ちる
1990年代になって、遠心力を弱めるメカニズムが分かる
乱雑な磁力線構造による


第8章 ブラックホール・ジェット

ブラックホールはジェットを噴出している
銀河の中心から銀河の外までいくような強いジェット
重力を振り切る速さで、しかも細いジェット

  • 磁気圧駆動型ジェット

磁力線がばねのようになって、ジェットを飛ばす
さらに、磁力線はゴムのように縮むので、ジェットを細くする
ライアフから発生する
M87が有力天体

  • 放射圧駆動型ジェット

光の力(放射圧)で飛ばす
エディントン光度を超える必要があるので、超臨界円盤から発生する
欠点:ジェットを細くするメカニズムがない

  • ハイブリッド・ジェット

放射圧+磁場
筆者らが、天文台のスーパーコンピュータを使ったシミュレーションで発見
(表紙の画像:上下に延びる緑色の円錐がジェット、赤っぽいのがガス円盤)
放射磁気流体シミュレーション

ジェットの未解決問題
(1)磁気圧駆動型ジェットやハイブリッド・ジェットは、光速の30〜70%までスピードを出せるが、光速の99%以上のジェットもある
(2)細さについてもまだ完全には解決していない
(3)ブラックホールには、ジェットを噴出しているものあれば、そうでないものもある
ブラックホールの「スピン」が関係している可能性
カー:自転しているブラックホールの解を発見(1963年)
シュヴァルツシルトブラックホール:自転しないブラックホール
カー・ブラックホール:自転するブラックホール
カー・ブラックホール→「時空の引きずり」という現象が起こる→磁力線がねじれる→ブラックホールのエネルギーが電磁気エネルギーとして遠方で伝わる=ブランドフォードとツナーエクの機構(1970年代提唱)
ジェットはあくまでも、ガス円盤の持つエネルギー
ブランドフォードとツナーエクの機構は、ブラックホールのエネルギーを引き出している

  • 円盤風

クエーサー(超巨大ブラックホール)で発生していると考えられている
ラインフォース駆動型円盤風

第9章 ホーキング放射とブラックホールの蒸発

ホーキング放射
真空の揺らぎで発生するペア粒子のうち片方だけがブラックホールに吸い込まれ、もう片方が遠方に飛び去ること=片方の粒子の分だけブラックホールがエネルギーを失う
ホーキング放射によって、ブラックホールがどれくらいのエネルギーを失うか、熱力学を適用して計算することができる
ホーキング放射と直接関係ないが、ブラックホールの熱力学では、ブラックホールの表面積=エントロピーとなる。エントロピー増大の法則=ブラックホール表面積増大の法則となる。ブラックホールの表面積は小さくなることがない=ブラックホールは分裂しない
色々な計算が書かれているが飛ばして、結果だけみると
ブラックホールが蒸発するまでにかかる時間=定数×ブラックホールの質量^3
小さいほど早く蒸発する
恒星質量ブラックホールや超巨大ブラックホールは、蒸発するのに宇宙年齢以上かかる
発見されていないが、ミニブラックホールなら蒸発する
LHCは、ミニブラックホールができる可能性が指摘されているが、できたとしてもあっというまに蒸発してしまう、はず

第10章 ブラックホールを見る

ブラックホールはどのように見えるのか
よくある間違い
暗黒の球体に明るい円盤が回っている
相対論効果を忘れている!
特殊相対論によって、回転している一方の側(近付いてくる側)が明るく、反対の側(遠ざかっていく側)が暗くなる
一般相対論によって、光の軌道が曲がり、ブラックホールの向こう側がブラックホールの上部に見える
さらに、青方偏移赤方偏移も起こるので、円盤の右側と左側とで色も違う


シュヴァルツシルトブラックホールとカー・ブラックホールとでは、影の形が違う


観測方法

  • 電波干渉計

複数の望遠鏡を使う
VLAやVLBI
人工衛星と地上の望遠鏡を組み合わせたりもする

X線天文学は日本のお家芸
はくちょう座X-1の観測
現在、すざく衛星が運用中
ASTRO-H衛星が計画中
きぼうに設置されているMAXI

  • 光赤外

すばるやTMT

TAMA300やKAGRA*2
中性子の合体によるブラックホール形成の際に強い重力波が発生

感想

何と言っても、言葉がいちいちかっこいいw
シュヴァルツシルト半径」とか「チャンドラセカール質量」とか「エディントン光度」とか
「半径」「質量」「光度」なら普通の単語なのに、これに人名がつくだけで、なんでこうも強くなるのかw
あと
「磁気圧駆動型ジェットによって、ガスは光速の70%まで加速される」のワクワク感。声に出して読みたい、そしてドヤ顔したいw


最後に出てきたブラックホールの見え方の話がやはり、『インターステラー』と関わっていて面白かった。
一般相対論効果によって、ブラックホールの向こう側が上の方に見えるっていう奴は、『インターステラー』で描かれたブラックホールの姿にそっくり
だけど、この本では、特殊相対論効果で、円盤の左右で明るさが変わるというのがあるけど、これは『インターステラー』では描かれていなかったと思う。
あと、『インターステラー』視覚化せよ!ブレーンワールド | 小野寺系の映画批評では、ホーキング放射によってブラックホールが発光していると解説されているのだけれど、『インターステラー』で光って描かれているのはブラックホール自体ではなくて、周囲のガス円盤だと思う。
『インターステラー』視覚化せよ!ブレーンワールド | 小野寺系の映画批評では、最後にエドマンズの星に行くのにブラックホールからエネルギーを得ていて、ブラックホールからエネルギーを取り出せるのは、カー・ブラックホールだけだから、ガルガンチュアはカー・ブラックホールと書かれていた。
カー・ブラックホールについて、この本ではそこまで詳しい説明はなかったけど、確かにカー・ブラックホールならブラックホールからエネルギーを取り出せる旨は書かれていた。


ガス円盤の発光については、ブラックホールが宇宙で最もエネルギー変換効率の高い設備だと書かれていたけれど
そういえば、昔、なんかで「ブラックホール発電」という言葉を見かけたことがあって、そうか、この話のことだったのかということが分かったのが、個人的にはよかった。


あと、知らなかったことで「へえ」って思ったのは
ブラックホールがとても小さい、ということ
いや、言われてみれば当たり前なんだけど、具体的にサイズ書かれると、えーそんなに、という感じだった
あと、遠心力と釣り合えば、ブラックホールに吸い込まれないとか(それこそブラックホール連星とか)
LHCとミニブラックホールブラックホールの蒸発の話とかも、なんか聞いたことはあるけど、どういうことなのか分かっていなかったので、それのイメージがつかめたのはよかった。

*1:若い人で入門書書くのも初めてだったらしく、そのあたりかなり気にしていたのではないか

*2:2011年の本なので、まだKAGRAという愛称は決まっていなくて、LCGT計画という名称で書かれているけど