ラプラス『確率の哲学的試論』(内井惣七訳)

最近、科学哲学の本を読んでいて、やはり確率大事だなと思ったのと、戸田山『哲学入門』の参考文献で、訳者解説が確率の哲学入門となっていると紹介されていたので、読んだ。
ラプラスの書いた本編が160ページくらい、訳者解説が70ページくらいあるので、訳者解説のボリュームが全体に比して大きいのが分かると思う。


さて、この本をラプラスは数式を用いずに書いている。
科学の一般向け解説書なんかだとよく、数式を使わずに分かりやすく書きましたということが売り文句になっていることがあったりするけれど、この本は数式を使わないとこんなに分かりにくくなる、みたいに仕上がっているw
訳注がこれまた結構ついているのだが、その大半は、ラプラスが数式を使わずに書いた部分を数式にするということに費やされている。
実際、訳注の数式を見て、あーそういうことかーと分かったところは多々ある。
とはいえ、自分の数学知識はあまりにもアレなので、数式を見ても全然分からなかった部分も多々ある。ただそれについても、どこが分からなくて分からないのかというのも数式化されていないことには分からない、ということはあると思う。


数学分からなくて、かなりざっくりした理解しかできてないけど、そこかしこに面白い話が色々とあった

確率について
確率計算の一般的原理
期待値について
確率計算における解析的方法について
確率計算の応用

  • 運のゲームについて
  • 等しいと想定されている確率の間に存在する未知の不等性について
  • 事象が際限なく繰り返されることから生じる確率法則について
  • 現象および現象の原因に関する研究に対する確率計算の応用
  • 多数の観察結果から選ばれるべき平均値について
  • 死亡表と、生命、結婚および諸種の団体の平均持続期間について
  • 事象の確率に依存する利益について
  • 議会による選択と決定
  • 確率の見積もりにおける錯覚について
  • 確実さに近付く様々な方法について
  • 確率計算に関する歴史的注記

訳注
解説

前半が、確率の原理的な話で、後半が応用編

確率計算の一般的原理

確率について、第一原理、第二原理〜というふうに並べて説明している
第一原理〜第三原理は、定義とか独立した事象は確率変えないとか
第四原理と第五原理が、条件付き確率云々
第六原理が、逆確率、いわゆるベイズの定理。第七定理もそれ関連

期待値について

第八原理〜第十原理が期待値の話

確率計算における解析的方法について

ここから、数学が急にむずくなった

運のゲームについて

富くじとかコイン投げとか

等しいと想定されている隔離tの間に存在する未知の不等性について

コイン投げで、表が連続して出たときに、このコインは実は表が偏って出るようになってるんじゃないかという可能性を考慮して、確率計算

事象が際限なく繰り返されることから生じる確率法則について

いわゆる大数の法則について
長期的には決まったところに収束してくよーって話で、そこからちょろっとだけど、国家の支配範囲ってのも収束してくんだっていうことを言っているの面白い
話題としては、出生における男女比の話がメイン
フランスないしヨーロッパの出生児における男女比は、22対21なんだけど、パリだけ25対24になってる。これはパリに何か原因があるのではないか(そういう原因を(考えないよりも)考えるべき確率も求めている)と考えて、地方の捨て子がパリの養育院に送られてて、その分を除くとパリでも22対21だ、と

現象および現象の原因に関する研究に対する確率計算の応用

主に『天体力学』の話
月の歳差から地球の扁平率を求めたとか
木星土星の運動の誤差とか
惑星と衛星が、自転の方向が同じで同じ面にあることについて、これが偶然の結果ではないという確率がとても高いので、何か理由があるというので、星雲説について。惑星軌道と彗星軌道との違いとか

多数の観察結果から選ばれるべき平均値について

観測はたくさんすれば段々正しい値になっていくけど、でも、必ず誤差というのがあって、その平均誤差をどうやって求めればいいのか。最小二乗法。

死亡表と、生命、結婚および諸種の団体の平均持続期間について

死亡表っていうのは、各年齢毎の生存者数と死亡者数の表(統計)
これを使うと、例えば今10歳の人は平均であとどれくらい生きるか(余命)が計算できる、と
で、天然痘の種痘を行うと平均余命が3年のびるよってのも計算できるよ、と

事象の確率に依存する利益について

年金とか保険とかの話

議会による選択と決定

これあまりよく分からなかったが、どういう投票がちゃんと優先順位を反映できるかみたいな話かと

確率の見積もりにおける錯覚について

人間は、錯覚を起こしやすい
コイン投げで、表が連続して出たら、次は裏が出ると思ってしまうが、実は表が出れば出るほど次も表が出る確率は高いとか
そういう話いくつかと、あとライプニッツの計算についても、そういう錯覚が混ざって間違ってるのがあるみたいな話を最後にしてるっぽい

確実さに近付く様々な方法について

帰納法の話とか仮説形成の話とかしてるんだけど
ここで面白いのは、類推という推論方法についても触れていて、類似したものは、同じ種類の原因と結果を持っている確率が大きいだろうとする推論
同じ感覚器官を持っていれば同じような感覚を持っている確率は大きいだろうということで、動物にも感情は存在しているだろうとか
他の惑星にも動植物が存在している可能性は高いだろうとか(ただし、地球のそれとはかなり違うものだろうけど、と)
あと、系外惑星だってあるだろう、星雲説的に考えてとか
そういえばこのあたり、松井孝典『生命はどこから来たのか? アストロバイオロジー入門』とアストロバイオロジー系の本の紹介 - logical cypher scape2でも少し触れられていたような

確率計算に関する歴史的注記

ここはまさに、確率の歴史で、誰がどういう計算技法を作っていったかという結構専門的な話なので、読み飛ばした
パスカルフェルマーから始まって、ホイヘンスとかヤコブ・ベルヌーイとか
ヤコブ・ベルヌーイは、この章に限らずあちこちに出てきた。あと、ニコラス・ベルヌーイとかダニエル・ベルヌーイとかも出てくる。ああ、わからんw
あと、ド・モアブル、テイラー、ベイズラグランジュルジャンドルガウスとか


解説(内井惣七

どっちかっていうと、こっちがメインw
いわゆる文庫の後ろについている解説という範囲を超えて、ラプラスの確率論を検討する独立した論文となっている。
ラプラスの確率観がどういうものか整理した上で、実はラプラス自身がちゃんと整理できてないけれど、ラプラスがいう確率の中には2種類の確率が混ざっていて、そのうちの少なくとも1つは、ラプラスの確率観と衝突しているのではないかということを論じている。
で、そこでその2つの確率のうちの1つって何かっていうことで持ち出されるのが、確率の主観説。

1.ラプラスの活動の概略
2.決定論啓蒙主義、確率
3.決定論的世界観
4.ラプラス啓蒙主義
5.確率の位置付け
6.科学的探求において確率が果たす役割
7.確率の諸原理
8.決定論的原因と統計的原因
9.予測確率、事前確率、事後確率
10.帰納的確率と統計的確率
11.大数の法則
12.確率と賭率
13.確率と実践的合理性
14.誤差と最善の測定値
15.統計的な推定と統計的な意志決定
16.ラプラスにおける統計的確率
17.統計的確率の客観性
18.ラプラスの科学方法論
19.むすび


ラプラスの立場は、決定論的世界観を持った啓蒙主義者であることで、これと彼の確率の考え方は関係している。
つまり、決定論によって事象は説明がつく。ただ、人間の科学はまだそこまで至っていないので、分からないこともある。とはいえ、科学の進歩によってどんどん分かるようになっていく。確率というのは、そういう人間の知識・無知に対して相対的なのである、と。
ラプラスの科学的方法論として、第六原理(ベイズの定理)が出てくるけど、この式に出てくる3つの項の確率ってそれぞれ意味違う。予測確率(仮説が正しいときにその証拠が得られる確率)とか事前確率(仮説が正しい確率)とか事後確率(証拠が得られたときにその仮説が正しいという条件付き確率)とか。
で、ここでは、その中で、相対頻度として理解できるものを「統計的確率」、命題の信憑性についてを「帰納的確率」と呼ぶことにする。この二つの区別が、ラプラスでは曖昧
確率と賭率の話になる。賭率というのはラプラスが「3に対する1の賭だ」というよう表現をするときのもので、本来確率と区別しなければならないのだが、やはりここもラプラスにおいては曖昧になっている。これは、確率の「実践的側面」に関わっているという。これはもともと確率論が、公平な賭けについて考えるところから始まったことに関わっている。ゲームを途中で終えたときに公平に賭け金を配分する方法とか。公平な賭率と確率は一致するって話だが、なんで一致するのかがよく分からない。
これについて説明が与えられるのには、20世紀まで待たなければならなかった。つまり、ラムジーやフィネッティの確率の主観説の立場から与えられる。賭率ってのは信念の度合い。公平な賭率は確率の公理を満たす。確実な損をしないための必要十分条件という形で正当化できるということを、主観説の人たちは証明した、らしい。
統計的確率の客観的側面について、帰納的確率の主観的側面からどのように説明できるのかということを、フィネッティが論じている。
あと、帰納的推論の話。有限の証拠から全称命題である普遍法則を出そうとすると、(証拠の数がどれほど多かったとしてもその数に対して)分母がでかくなると、事後確率を確実(1)に出来なくなるという問題があって、これを解決するためには、確率論の外から前提を持ち込むしかなくて、ラプラスの場合は、無差別の原理というのがその役割を果たしている。ここらへんも、カルナップとかヒンティッカとか20世紀の研究らしい。


確率の哲学的試論 (岩波文庫)

確率の哲学的試論 (岩波文庫)