結城充考『アブソルート・コールド』

サイバーパンク・ハードボイルド
見幸市を牛耳るハイテク企業・佐久間種苗で発生した大規模細菌テロを皮切りに、元狙撃兵の捜査官、準市民の少女、元警官の探偵が、佐久間の秘められた計画をめぐる事件に巻き込まれていく。


同じ作家の作品として、以前結城充考『躯体上の翼』 - logical cypher scape2を読んだ。
久しぶりのSF新刊なのだが、実は、SF以外のジャンル(警察小説)で活躍していて、TVドラマ化された作品もある作家だった。SF以外のアンテナが低くて知らなかった。
『躯体上の翼』はSFアクションであったが、本作の基本的なプロットは上述の通りハードボイルドというか、警察小説の立て付けになっている。大まかなあらすじはSF要素なしでもおおよそ成立する話だと思う。
しかし、そこにサイバーパンクディストピアな都市を舞台にすることで、物語と世界観の雰囲気がマッチしたものになっている。
SF要素やキャラクター・プロットに斬新さはないかもしれないが、エンタメとして完成度が高くて、次々とページが進んでいくし、また『躯体上の翼』同様、すごく映像的な作品で、魅力的な絵が多い。
雪の降る街、ディスプレイとしてそこかしこに浮かぶ発光微生物による投影体、寂れた埋立地へ向かう単軌鉄道(モノレール)、死者の記憶を走査する技術と幽霊の噂、屋上設備の点検を生業とし屋上に生活拠点を持つ高層人たち、自動機械だけで操業される無人の製鉄所、そして、回転翼機から襲撃してくる警備隊との銃撃戦などなど……


作品名でtwitter*1を検索すると筆者のツイート*2がヒットしてくるが、それによると、元々連載していた新潮社からは単行本化が見送られていたらしい。プロパーSFすぎるという理由らしい。



来未、コチ、尾藤という3人が主な登場人物で、彼らの視点から語られる三人称パートがおおよそ交互に展開する(雫という登場人物のパートも若干ある)
舞台となっているのは、架空の近未来日本、K県*3の見幸(みゆき)市である。
この市は、佐久間種苗という企業が事実上支配しており、県から独立した行政区となっている。どれくらい独立しているかというと、市境に、国境警備隊ならぬ市境警備隊が配備されており、不法入市者がいると狙撃して追い払うくらいである。
佐久間種苗があるおかけで見幸市の財政は潤っており、K県からは何とかして市民になれないかと機を伺っている者たちも多い。
しかし、だからといって、見幸市に住むすべての住民が裕福かといえばそうではなくて、例えば、高層人と呼ばれる、階層の低い住民たちがいる。彼らは、屋上設備の保守点検で生計をたてており、独自の組合組織を形成している。住居も屋上にバラック等を立てて暮らしており、低層階に住む層とは住み分けがなされている。
また、路上盗賊団をやっている若者たちもいるなど、必ずしも治安がいいわけでもない。

  • 来未由

警備課市境警備隊に所属し、数年前に大量の不法入市者が発生した「襲撃」で6名を射殺したことがある。
突如、刑事課鑑識微細走査係という新設の部署に異動することになる。
佐久間種苗が新たに開発したABIDという装置は、遺体からその記憶を走査することが可能で、来未は、その走査官の一人として任命されたのだった。
走査官には一人ずつ、佐久間種苗から派遣された技術者が補佐官としてつく。
来未の補佐官となったのは、オルロープ雫という金髪の女性であった。
というわけで、この来未とオルロープがバディを組んで、佐久間種苗で起きた未曽有の細菌テロを捜査していくというのが、メインプロットの一つとなっている。
見幸市の警察は、もともとは県警なので、見幸市の行政機関の中では一番K県とのつながりのある組織であり、佐久間種苗は見幸市をK県から独立させた張本人である。
つまり、もともとあまり相性のいい組織同士ではなく、警察の来未と佐久間種苗のオルロープの間に、信頼関係は構築できるのか、というのが、まあ一つある。
ただそれはそれとして、来未は警察組織にべったりの人間というわけでもない。親はK県生まれの準市民で、どうにかして息子を市の公務員にすべく立てられた計画の中で育ち、それゆえに、「襲撃」の際には6人を射殺した冷静沈着な狙撃兵となったのだが、しかし心ひそかにその死に心を痛め続けてきてもいた。
一方のオルロープは、途中までは何を考えているのか伺い知れない美女として描かれるが、途中からは、明らかに来未にべた惚れ状態にはなっている。

  • 東玲(コチ・アキ)

高層人の少女。作中では基本的に「コチ」とカタカナ表記なので、ここでもコチとする。
ある日突然、組合長に呼ばれて、死んだ組合員の遺品を取りに行けと命令される。
死んだ組合員というのは、佐久間種苗で起きた細菌テロの犠牲者の一人で、この遺品というのは、ある取引の品だった。
死んだ組合員は、単に運び屋にされただけなのだが、コチは、組合長のもとにはいかず、情報屋のもとへと持ち込む。その中身は、ABIDと量子記憶装置であった。
で、そのあと、コチは、百という名の猿型の自動機械と行動を共にするようになる。この百は実際にはネットワーク上に展開しているAIで、猿型の自動機械はその端末的な存在。
ここにも一つのバディがあって、コチというほとんどなんの力もなかった少女が、百という超AIの力を得て、というような感じであるが、この二人はなかなか微笑ましいというか。
追い詰められたときに「コチのバックアップがあるサーバを教えてよ」「人間にはバックアップなんてないよ」「え……」というやりとりとか、ちょっと笑ってしまった。

  • 尾藤

元警官で、今は興信所を営む、酒びたりのおっさん。
難病に冒された娘がおり、自宅で生命維持装置につないで看病している。
昔の同僚が久しぶりに現れて、佐久間種苗での細菌テロについての独自調査を依頼してくる。
この、尾藤というおっさんのパートは、いかにもハードボイルドって感じがしないでもない。
難病の娘がいるがために酒クズになっているのだけど、難病の娘がいるがために働く
そして、真相へと迫っていくことになる。

  • 見せ場とか

アクション的の見せ場は、まずは、コチと百がいく無人工場
すでに廃工場になったはずと思って侵入してみたら、自動機械たちが勝手に操業を続けていたというところで。海外に勝手に輸出しつづけているという
それから来未が、モノレール上で、回転翼機に乗った佐久間種苗の私設警備員に攻撃されるところ
この時来未は、産業密偵であるトモと行動をともにしており、トモは本来的には敵なのだが、ここでは敵の敵は味方というか、あわせて攻撃されたので、お互い共闘せざるをえなくなったところで、お互いの戦闘スキルだけを信頼して戦うのはなかなかアツい。
あとは、コチと百が佐久間種苗への潜入を試みるシーンも面白かった。
尾藤は、アクション的な意味での見せ場はあまりないんだけど、足で地道に捜査をするので、自動化された共同墓地とか寂れた集合住宅とかそういうところがいろいろ出てくる。
アクション多めで思弁のほとんどない押井作品的な雰囲気と言えないこともないのではないか。

  • ネタバレあり

最初、死者の記憶を見れる技術と、それによる心象空間へのダイブというのがキーになるガジェットなのかなという感じで始まるのだけれど、実は2回くらいしか出てこない。
で、中盤から後半にかけて、この技術の主目的は実は意識のアップロード技術の方だったことが分かってくる。仮想空間で不死者になろうという金持ち(っていうか会長)の計画だったのだけど、いやそんなサーバを維持する金はないっすっていう他の役員たちの反対と、他方で、息子がやはり不治の難病にかかっていた技術部長との思惑と、K県やさらに夏共和国(おそらく中国)の思惑とかが絡み合って、今回の事件になっていたという話
(心象空間は結構絵的に面白いんだけど、そんなに出てこないのが若干残念ではある)
その一方で、来未とコチが、作中では1回しか会っていない(正確には2回か。ただし2回目は来未の意識がない)のだけど、(コチを保護するための口実として)結婚してしまう。口実なのですぐに離婚手続きするのだが、この2人の間に奇妙な縁ができていく物語でもある。
この2人は2人とも、親が頑張って子どもを市民にさせようとして市で生きることになったという共通点があるのか。市外の生活の方がよかったとも言いがたいが、しかし、親が思うほど幸福にもなっていなかった、と。
コチと来未が、また新たに出会い直すことになるだろうってとこで話があって、まあ希望のあるエンディングなんだけど、この2人がほんとにうまくいくかはまた別のお話
それから、尾藤と技術部長については、ともに同じ難病の子どもを抱えていて、という相似形があって、そういう意味で色々と親子の話だったともいえる。
オルトロープも会長と親子なのかなと思いながら読んでたけど、そこは違った。まあ、疑似親子的な関係だったのかもしれないけれど。
読書メーターとか見てると、尾藤は不要だったのではみたいな感想を少し見かけるんだけど、作品にハードボイルドな雰囲気を付け加える役割や、仮想空間での永遠への生に対するアンビバレンツや、技術部長の足跡を追ううちに、尾藤もまた産業密偵との取引に応じてしまう(応じそうになる)あたりとか、やはり必要なプロットだったと思う。ベタな話だと思うし、それこそSF要素なくて成り立つ話なんだけど、それはそれとして(「追い詰めたぞ」「あんた病気の子どもがいるだろ」「何故それを」的なくだり)。
コチが、無人製鉄工場の取締役になって大金を手に入れ、その後、その金で飲み屋の共同経営権買い取っちゃうくだり、なんか好き
(自動化が究極に進んだ現場での人間の必要性のこととか、あるいは、ある交渉(?)をする際に自分の力を誇示してみせるコチの思い切りの良さとか)

*1:じゃなくてX

*2:あれ、これは何になるの。エクシーズ?

*3:正式名称は叶県だが、見幸市では蔑称としてK県とイニシャルで呼ばれることが多い