オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』(藤井光・訳)

ヒューゴー賞ローカス賞ネビュラ賞の三冠を受賞した表題作を含むSF短編集
作者のバトラーは、1947年生まれで2006年に亡くなっており、本書も原著は1995年に刊行されている。長編が一つ邦訳されているが、日本ではほとんど紹介されてこなかった作家だという。
ごりごりの(?)SF作家だし、本短編集も基本的にSFだが、比較的SF色の薄い作品もある。また、翻訳者もSF畑の人ではない。アフリカ系アメリカ人女性のSF作家であり、ある種の文学的評価というのもあるのかもしれない。
なお、話ごとに筆者自身の短いあとがきがついている
「血を分けた子ども」と「恩赦」が特に面白かった。
どちらも、異星人に支配されてしまった地球人を描いているのだけれど、そこでの異星人と地球人との関係は、単純に敵対や隷属ではなくて、何らかの信頼や愛情があり、共存・共生の可能性が模索されていて、逆に、地球人同士の方に不信があったりするという話になっている。
小説だけではなくエッセーも2本収録されている。

血を分けた子ども

筆者曰く「男性妊娠小説」
トリクという異星人の卵を産み付けられることで「保護」を得ている人間たちの話
グロテスクな設定であるし、実際グロテスクなシーンも出てくるのだが、恐怖だけを描いているわけではない。
異星人と人間の関係も、単純な支配-被支配ではなく、家族としての共生という面もあって、異種族間の愛情も描いている。
主人公の兄は、トリクのすることに恐怖・嫌悪を覚えているのだけど、主人公は必ずしもそうではない。
トリクたちも最初の頃は人間に対してわりとひどいことをしていたようだが、今の世代、少なくとも主人公と接している個体は、真摯な態度を取ろうとしている。
筆者が「男性妊娠小説」と言っているが、トリクの託卵は、場合によってはされた方が死ぬ可能性もあるし、自分の肉体をある程度捧げなければいけなくて、その恐ろしさが描かれているわけだけれど、しかし、そうしたことは確かに普通の妊娠にも当てはまるところであろう。そうしたリスクがあるのにも関わらず強制すれば非道だが、本人がそうしたリスクを納得した上で、相手の子を望むならばそれは尊重されることでもあるだろう。
主人公はトリクに対して、リスクがあることを隠すべきではないとも述べている。

夕方と、朝と、夜と

とある遺伝病患者の物語
その病気は、発症すると強烈な自傷癖をもたらし、他者と意思疎通ができなくなってしまう。とある癌の特効薬を使用すると発症し、遺伝する。
主人公は、両親ともに患者で、父親が突然発症し、母親を殺し自殺した。
偏見に悩まされながらも医学生となり、同じ大学にいる同じ病気の学生たちと共同生活を営む中で、その中の1人の男子学生と惹かれあうようになる。
この病気の患者は、発症すると隔離病棟に入れられ、ほとんど放置されてしまうわけだが、 ディルグという患者たちが運営する保養所は例外だった。男子学生の母親が入所しており、2人で行くことになる。
そこで症状を抑える方法が存在することを知るが、それは一方で、自分の運命を決めてしまうような真実でもあった(両親ともに同病患者だった女性は、特殊なフェロモンを発し、それが他の患者を抑制する。一方、同じフェロモンを出す者同士は嫌悪し合う)。

近親者

別居していた母親が死に、遺品の整理に赴くと、親戚の中ではもっとも親しかった伯父がいた。
2人で話しているうちに、伯父と母親との間にあった秘密を知ることになる。
SF要素は特にない。
聖書にある近親相姦エピソードに着想を得たらしいが、近親相姦を否定するのではなく描いている。

話す音

言語機能が失われる伝染病が蔓延した世界。ちょっとしたディスコミュニケーションから暴力がはびこるようになっていた。
バスでトラブルに巻き込まれた主人公は、既に機能喪失した警察の制服を着て、トラブルを諫める男と出会う。
まだ文字を読むことができるらしい男に対して嫉妬や憎しみを覚えつつも、一方で、警察ごっこをして女をひっかけているのだとしても、彼を信用するようになる。がしかし……。
最後は、一筋の希望が描かれて終わる。病気の友人を見舞う中で書かれた作品らしくて、最初は絶望的な状況だけだったが、書いているうちに、希望を感じる結末に至れた、とのことらしい。

交差点

貧しい生活を送っている主人公のもとに、出所した恋人がまた現れる
これはかなり暗くて、あんまり希望のない話。
これもほとんどSF要素はないが、この恋人がおそらく幽霊のようだ、というオチがついている。

前向きな強迫観念

幼年期から作家になるまでを綴った自伝的エッセー
貧しい家庭で育ち、引っ込み思案な性格で、物語を読み、また自分で物語を書くようになった少女時代から、投稿しても落ち続けた10代・20代、クラリオン・ワークショップでのことなどが書かれている。
また、黒人女性で初めての(そしてこのエッセーが書かれた当時はただ1人の)SF作家であることについて。

書くという激情

若い人向けへのエッセーという依頼で書かれたもので、作家になるためのするべきことが書かれている。
とにかく本を読むこと、とにかく文章を書くこと、投稿すること、ワークショップなどに参加することなどが書かれているが、何よりも重要なのは「粘ること」だとしている。
あとがきでも、「前向きな強迫観念」でも「激情」でも「粘り強さ」でも何でもいいが、とにかくそれが大事なのだと述べられている。

恩赦

「集合体」という異星人による「侵略」を受けている地球
主人公は、集合体にアブダクションされた人類の1人だが、現在は、集合体と契約をして働いており、集合体と地球人との間の通訳を行い、また、地球人が集合体のもとで働く際の仲介を行っている。
集合体は、地球人とは全く異質の生命体であるため、地球にやってきた初期においては、誘拐してきた人間たちに対して、人間にとって致命的になるとかひどい苦痛を与えるとか理解できずに、様々な実験を行っていた。が、ある時期に、お互いに「心地よい」感覚を得られる方法があることが分かってきて、曲がりなりにも共存の道が開かれるようになっている。
そうはいっても、地球人にとっては侵略者でありネガティブな感情を向ける対象でもある。
主人公は、集合体のもとで働くために集まってきた人たちに対して、集合体と人間との関係についての説明をしていく。
集合体のことが憎くはないのかと聞かれて彼女は、集合体になされたことよりも、集合体のもとから解放されたあとに、地球側から受けたスパイ疑惑による取り調べの方が辛かったことを述べる。集合体は人間が苦しむことを知らずにやっているが、取り調べの方は、意図的に苦しみを与えているからだ。
また、集合体は地球に侵略したとはいえ、どうも不時着的なもので、モハーヴェやサハラなど砂漠の中にドームを作りそこから出てくることはない。一方、地球人側は、完全に技術的な不均衡があって軍事力では敗北しており、また経済的には、集合体への依存を余儀なくされている(集合体はレアメタルを採掘できる)。
この状況下で、人類は集合体と共存せざるをえないし、集合体のところで働きたいと思っているならなおさら受け入れるしかないし、完全な相互理解は不可能だけど、でも信頼関係を作ることができないわけでもないんだ、ということを主人公は淡々とつきつける。

マーサ記

マーサという黒人女性作家が、ふと気がついた時、目の前に神がいた、というところから始まる。
神から、このままだと人類が滅亡してしまうけど、滅亡を回避するいいアイデアない? と聞かれて、頑張って色々考えるという話。
最初に出した案は神からダメだしされるのだけど、最後に、全人類が毎晩願いが満ち足りる夢を見るようにする、という案に決める。
(直接言及されているわけではないが)SFとかフィクションとかの意義を肯定する話になっている。「前向きな強迫観念」で、作家になってから「黒人にとってSFの意義はなんですか」とよく聞かれるようになり、上手く答えられたことがないけど、(黒人に限らない)SFの意義を考えている、というようなことが書かれていて、そういうことを踏まえての、本作かなあと思う