近代美術館
難しいな、リヒターは
今まで1,2点見たことがあるくらいで、少し気になっていた画家ではあるのだが、どういう画家なのかは全然知らないままで、この展覧会を見る前に『ユリイカ2022年6月号(特集=ゲルハルト・リヒター)』 - logical cypher scape2を読んで勉強した感じ
「ペインティング」の人ではあるけれど、しかしやはり現代のアーティストなので、コンセプトもかなり前面に出てきている。美的な性質を鑑賞する前に、コンセプトを確認して見た気になってしまいがち、というか。以前、見たときは、あまりリヒターについて知らなかったので、コンセプトとかよく分からず、見た目で「いいかも」くらいに思っていたのだが、そういう感覚にあまりならなかった(美術展行くのが久しぶりだったので、美術を見るモードに自分がうまく入れていなかったのかなとも思う)。
あと、美術を見るときはやはり制作年代気にしがちなのだが、そうなってくると、リヒターの場合やはり、何故この時期にこれ? みたいな感じにもなる。
リヒターの場合特に、具象、抽象、色々なスタイルを次々と変えていっているし、さらに以前やっていたスタイルに戻るということもあるので余計に。
以下、会場エリア別に感想
タイトルで区別できない作品が多いので、本展の作品番号と制作年も記す
アブストラクト・ペインティング ガラスと鏡
入ると部屋の真ん中に「8枚のガラス」があり、アブストラクト・ペインティングの作品群を中心に展示されている
1番最初に置いてある作品で、全体的に白っぽく、オレンジや緑の線が入っている奴
本展覧会は、主にリヒター財団から作品を借りているが、一部に作家蔵の作品もあり、この作品もリヒターが気に入って手元に置いてあるもの、という解説が付されていた。
実際、なるほどこれは結構いいな、という感じがした
灰色っぽい暗い色の作品で、いかにも(?)リヒターのアブストラクト・ペインティングっぽい感じのする作品
スキージによるボケがあるためだと思う。
リヒター曰く、最後の油彩。作家蔵
スキージは使っておらず、キッチンナイフを使っている(ので、リヒター特有のボケ感はあまりなく、絵の具の物質感がある)
余りピンとこなかった
色がややサイケデリックな感じ? この手の色をちょくちょく使っている気がする。蛍光とまではいかないが、そういう系の色
黒や黄色の縦横の線が入った画面に、斜め方向にピンクが入っている
14とあわせて、これもよかった
リヒターに限らないが、抽象絵画というのは(具象画と比べて)区別がつきにくいものの、しかし、見ていると「これは好きだな」「これはピンとこないな」というのがなんとなく出てくる。
「区別がつきにくい」と書いたが、塗られている色やその形状などは異なるので、個々の作品を特定することは可能である。だが、その上で、価値的な判別をつけるのが難しいという意味。
例えば、Aという画家とBという画家だったら、Aの作品の方がよりよいだろうということまでは判断できても、Aの中の作品1と作品2はどちらがよいか(どちらも同時期に同様の様式・技法で描かれた作品とする)となると、かなり難しい。
しかし、にもかかわらず、少なくとも好き嫌いの違いは出てくる(自分は感想を書くときに「よかった」と書きがちだが、これが客観的な「美的よさ」なのか個人的な「好き」の表明なのかは自分の中でも曖昧。特に気に入った作品の場合、「好き」を超えて「よさ」があるはずと信じて書いたりしているが)。
この違いは一体どこに起因するのかなー、と抽象絵画を見る度に思うが、いまだによく分からない。
もっとも、そんなこと言い出したら、具象絵画についても同様のことは言えるかもしれない。
具象画の場合、何を描いているか、それを一体どのような構図で配置しているか、どのような色で描いているか等々のことで判断していくだろう。だとすれば、抽象絵画も同様の基準で判断できなくはないはず。
で、14とか110とか22(後述)とかは、好きだな、よいな、と思うところがどこかしらにあって、それは色であったり構図であったりすると思う。抽象画にも構図はある。
グレイ・ペインティング カラーチャートと公共空間
- 34 4900の色彩
カラーチャート
ケルン大聖堂のステンドグラス制作時に作られた作品
25色×196枚で4900
ランダムに配置されたカラーパターンなので、当然何の像も結ばない(具象的ではない)が、ステンドグラスのモザイク模様なのだと思いながら見ていると、何かの像を結びそうな気もしてきて、しかし、やっぱり何の像も浮かび上がってはこない。
写真で見たときは「ふーん」という感じだったが、実物を眺めていると、なかなかよいなと思えてくる。
タイトルはアブストラクト・ペインティングだが、灰色で塗られた作品なので「グレイ」のコーナーに置かれていたのだと思う。おそらくスキージを使ってい、ボケ感がある
- 5 グレイ 1973
油彩っぽいツンツンとした筆触が残されているのだが、それが一様に塗られている。
ビルケナウ
本展の目玉作品
アブストラクト・ペインティング的な4点と、それを写真にとって同じ大きさで出力されている4点とが向かい合うように左右の壁に配置された上で、さらに正面の壁には、グレーの鏡が置かれている。
部屋の中に入って振り返ると、元になったビルケナウ収容所の写真4葉がかけられている。
鏡が置かれることで、作品を見ている自分や他の客の姿が否応なく目に入ってくる
収容所の写真については、暴力描写があるという注意書きが入口に書かれているが、実際のところ、それほど「暴力的」な描写があるわけではない。遺体を燃やしているところが距離をおいたところから撮影された写真で、見た目でのグロテスクさはあまりない。何の写真か分からなければ見た目だけでは「暴力的」な印象はあまり受けないかもしれないが、むろんどういう状況で撮影されたものか分かれば(そしてこの展覧会を見に来ている人は当然分かると思うが)、ある種の暴力描写であるには違いないだろう。
そのような収容所の写真があり、収容所の写真の上に絵の具が塗り重ねられた作品であること、それをさらに撮影した作品が置かれていること、そして鏡がそれらを映し出していること、というコンセプトが当然のことながら、なかなか重苦しい
会場内のいくつかの部屋を行き来しながら見ていたのだが、ビルケナウの部屋は2度目に入るのをやや躊躇した。
ストリップ フォト・ペインティング
- 63 ストリップ 2013~2016
横に長い作品。今回の展覧会に来ている作品の中で、一番横に長い(キャンパスが4枚にわかれている)
細長い色の線が何本も並行に並べられている、カラーフィールド・ペインティング的だが、デジタルプリントの作品。リヒター自身のとある作品の一部を拡大し細長く切り出し、それを何列にも並べた、という方法で制作されたらしい。
一目見て目をひく作品で、とてもよかった
何がよかったのかを説明するのはこれまた難しいが、とにかく、でかいは正義(?)なので。
色が並べられているという点で、カラーチャートと似てなくもないが、実際に見て受ける印象は「4900の色彩」とはまた違うものがある。
- 100 ヨシュア 2016
タイトルがついているが、アブストラクト・ペインティング(「98 アブストラクト・ペインティング 2016」と似ていた気がする)。
何故このタイトルなのかは特に説明がなかった
- 15 3月 1994
14と似てる?
- 1 モーターボート 1965
初期のフォト・ペインティング作品
説明に書いてあったが、確かに近付いてみると筆のあとが分かる。
頭蓋骨、花、風景 肖像画
フォト・ペインティングな作品が並べられている、やや小さな部屋
- 31 ヴァルトハウス 2004
スイスの景勝地をモデルとした作品で、確かに写真っぽいのだが、しかし一見して「絵だな」と思った。《不法に占拠された家》(1989)や《頭蓋骨》(1983)の方は「写真だな」と感じるので、何が違うのかなと思うと、構図なのではないかと思う。頭蓋骨は、写真を拡大表示した画像感がある
構図の切り取り方が「写真」というよりは「絵画」なのではないか、と。また、キャプションには、リヒターが、自然について(崇高や不気味さという人間的なものではなく)非人間的なものをみていたという解説がついているのだが、しかし、この作品についていうと、自然に対するロマン的な視点を感じざるをえない。絵になるように描いているので。
このエリアに展示されていた他のフォト・ペインティングの作品と比較して、制作年が新しいことも、この違いと関係しているのかもしれない。
- 32 ユースト(スケッチ) 2005
風景画のような抽象絵画のような絵で、個人的な好みにあう。
水平線があって、画面上半分が白、下半分が黒っぽい。ハンマースホイって見たことないのでよく分からないけど、ハンマースホイっぽいのかもしれない(リヒターとハンマースホイの関係を云々している論があるらしい)
ボカシが霞っぽくて、奥行感のある作品。
家族を題材にした4点については、あまり感想がないのだが、息子のモーリッツや妻を描いた作品は絵の具で塗られている感じがわりと分かる。『ユリイカ』の表紙にも使われている娘を描いた作品は、そうでもない
フォト・エディション
自分の絵をさらに写真で撮影して作品としたもの
また、それとは別に、リヒター唯一の映像作品というものも上映されていた。なるほど、もともとフルクサスやヨーゼフ・ボイスにも影響を受けていたことがあったというので、パフォーマンス・アート的な文脈の作品なのかなと思った。おそらく、わざとノイズをいれて古いフィルムに見せかけていたりするのも含めて、コミカルな作品
オイル・オン・フォト
写真の上に油絵の具をつけた作品群
なんというか、美術やってる高校生とかが作りそうという感じがあり、制作年代的にも特に先駆的というわけでもなく、コンセプト的にはよさ・すごさを感じないが、いくつかの作品については、よいかもというものもあった
ポストカードになって売られているものが多く、ポストカードとの相性はよいなと思った(元作品も小さいので)
- 56~61 〈シリーズ〈Museum Visit〉〉
これらを見てなんとなく思ったのは、コラージュの逆(?)だなあと
コラージュは写真を切り取って貼るけど、こちらは絵の具を写真の上に塗ることで、写真の一部だけが見えてコラージュっぽく見える。
- 72 2014年12月8日
畑
- 76 2015年2月2日
海
- 24 1999年11月17日
女性
アラジン
塗料を流してガラス板に転写した作品。まあ、要するにデカルコマニー?
ドローイング
様々な抽象的な線が描かれている。2010年代のもので、日付を見るとほぼ毎日描かれていることが分かる。それぞれ作品というよりは習作のようなものなのだろう。80代になって、日々こういうの描いているのかと思うとすごいけど
- 39 9月 2009
デジタルプリント
常設
- 原田直次郎《騎龍観音》(1890)
タイトル通り、龍に観音がのっているという絵なのだが、そのファンタジーイラスト感がすごかった。どこかの寺に奉納された作品らしくて、額縁に卍が並んでいるのも強い
当時、描写の生々しさで評判が悪かったらしいが、今見ると、ファンタジー小説の挿絵かって感じがして楽しい
- 岸田劉生《道路と土手と塀》(1915)
岸田って肖像画の印象が強く、風景画はもしかしたら初めて見たかもしれない。
上り坂の道路がぐぐっと上がっていく感じがよい
- 佐伯祐三《ガス灯と広告》(1927)
これは、近代美術館に来る度に見ている気がする。
- 藤田嗣治《哈爾哈河畔之戦闘》(1941)
藤田の戦争画を生でちゃんと見るのもしかして初めてだったかも
ノモンハン事件を描いた大作で、めちゃくちゃすごい。
藤田作品はこれまでいくつか見たことあるものの、心掴まれることはなかったのだけど、これはすごかった。藤田の戦争画見てみんな興奮しちゃうわ、これは、という
まず、絵自体のサイズがすごくでかい。
晴れた空にすっと地平線が伸びる草原で、ソ連の戦車部隊と日本の歩兵部隊が戦っているというものだが、それらの戦列がW字に描かれ、その両端に煙が縦にたなびくという構図
この構図がキマりすぎてている
W字のうち、画面に近い2カ所にはそれぞれ、匍匐前進する日本兵と、日本兵により攻撃されている戦車がど迫力で描かれている。
なお、これは日本兵がソ連戦車隊を圧倒しているという絵だが、戦死者がごろごろ転がっている別バージョンがあるらしい。
- 宮本三郎《本間、ウエンライト会見図》(1944)
キャプションの説明にあるとおり、本題であるはずの会見よりも、それを撮影しているカメラの方を中心にして描かれている。戦争と映像
- 藤田嗣治《大柿部隊の奮戦》(1944)
ジャングルの中の夜戦。遠方にマズルフラッシュが瞬く構図がまたよい
- 藤田嗣治《薫空挺隊敵陣に強行着陸奮戦す》(1945)
薫空挺隊というのは高砂族からなる決死隊らしい。実際、この戦いの参加者はみんな戦死してて詳細がよく分かっていないらしい。
- 大正期新興美術運動
大正期に描かれた抽象絵画などが何点かあった。個別の作品についてはあまりピンと来なかったが、この時期に日本でも抽象絵画の運動があったのかーと。
- 長谷川三郎《狂詩曲 漁村にて》(1952)
漁船の板材かなんかを使ったフロッタージュ
少し離れてみると、ちょっと面白い抽象絵画に見える
- 靉光《眼のある風景》(1938)
シュルレアリスムとかルドンとかっぽい作品。昔、『美の巨人たち』か何かでやっていたような気がする。
- 佐伯祐三《雪景色》(1927)
流して見てた展示室で、「あ、あれいいかも」と思って近付いてみたら、佐伯作品だったのでちょっと嬉しくなった奴
文字は書かれていないが、放射状の構図が目をひいたのだと思う。
- 高松次郎《No.273(影)》(1969)
白い巨大なキャンパスに子どもの影を描いたもの。まるで、白い壁に投影しているかのように見えるのだけど、絵として描かれている。目をひく。
- ゲルハルト・リヒター《シルス・マリア》(2003)
企画展の方にあった《ヴァルトハウス》と同じモチーフ、同じ手法による作品
しかしこちらは「写真」っぽい
- ゲルハルト・リヒター 9つのオブジェ(1969)
ペンローズの三角形などの不可能物体を(不可能物体に見えるように)撮影した写真作品の連作。ユーモラス
- 山田正亮《Weak F.220》(1994)
四角がたくさん並べられているような抽象絵画
これはなんかわりとよかった
抽象絵画なのだけど、完全にフラットなわけではなく、少し奥行きのある四角いタイルが並べられているような絵になっている。
村上作品が3点、うち2点がタミヤをモチーフにした作品だったが、さらにそのうちの1つは、コンセプトは分かるが、模型ファンだと不快になるかもなと思った。
- 福田美蘭《Copyright 原画》(1999)
これは笑う
ディズニーのキャラクターが出てこないディズニー風イラストの連作
ディズニーロゴのフォントで「Copyright」と描かれたものから始まる。何の作品がモチーフになっているかは分かるが、ハチミツをかぶりまくっていたり、無数のちょうちょで覆われたりしたりで、キャラクターの姿は完全に隠されているような絵が続く
- 森村泰昌 Brothers(1991)
https://twitter.com/sakstyle/status/519819008648835072
これだー!
昔から気になっていて、2014年(と2009年)に上のようなツイートをしていた。以来、忘れていたのだが、展示室に入った瞬間、目に飛び込んできて「!!」となった。
2014年当時、YOWさんから、森村泰昌作品ではというリプライはもらっていたみたい。
予想外に、大きなサイズの作品で驚いた。
近代美術館の常設なので、稲田さんは既にご存知だろう。