小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか』

サブタイトルは「ロケットエンジンの実力と未来」で、ロケット推進の専門家である筆者による、ロケット工学入門
ロケット工学については全然何も知らない状態であったが、分かりやすく、活躍については知っている探査機などのことについてよく知ることができ、また未だ実現してない未来の技術などにも触れらており、読んでいて楽しかった。
1章と2章が基礎知識、3章から8章は、地球近傍から小惑星、内惑星、有人探査、外惑星、太陽系外と徐々に離れてくような感じで進み、それぞれの章ごとに、これらのエリアの特徴、どうやって行くか、現在使われている技術、未来の技術などが解説されているような感じ。

はじめに
第1章 近くて遠い宇宙
 I 1年間で20本のロケットを打ち上げる会社
 II 漏斗を転がる人工衛星?
 III モノを押す装置、それがロケット
第2章 ロケットエンジンの仕組み
 I 軽いモノを速く投げたい
 II 燃料は固体か、液体か
第3章 人工衛星から宇宙エレベーターまで
 I 宇宙で生き残るための4つの条件
 II 軌道は高度3万6000キロ
 III より小さく、より速く、より安く!
第4章 イオンエンジン小惑星探査へ
 I 小惑星へは電気の力で
 II はやぶさが帰ってこられた理由
 III 世界初の超小型イオンエンジンを開発せよ!
第5章 水星・金星・火星探査へ――内惑星探査
 I 地球の重力圏から太陽の重力圏へ
 II その星の大気を使って
第6章 有人深宇宙探査をするには
 I 「R計画」を立ててみよう
 II 10兆円以内に収める4つの秘策
 III 地球を離れ、ラグランジュ点へ
第7章 木星土星を調べるには――外惑星探査
 I 金属水素、凍ったメタン、衛星の海
 II もう太陽に頼らない
 III あるいは太陽の光の粒で
 IV 重力に縛られず、一直線に飛ぶ
第8章 太陽系外へ――近未来からSFまで
 I アルファ・ケンタウリ――4光年への挑戦
I I 10光年への第一歩
おわりに

第2章 ロケットエンジンの仕組み

排気速度と推力がカギ
化学推進(水素と酸素の組み合わせ)だと、排気速度は秒速4キロが限界
ロケットエンジンを見る時の3つのポイント
(1)推進剤は固体か液体か
(2)液体ならば燃料は水素系か灯油系か
(3)エンジンサイクルは何を使っているか


固体燃料、色々な燃やし方や切込みの入れ方があるとか、ポンプのサイクルの方法とか、(謎の感想だが)「工学~」って感じだった


未来の技術「ビーミング推進」

第3章 人工衛星から宇宙エレベーターまで

人工衛星というのは、ラジコンのようなものだが、宇宙なので地上とは違う点が色々ある、という話で
一番面白かったのは、真空なので温度の伝わり方が違うという話
熱交換ではなく「熱放射」によって温度が伝わる

宇宙は寒いのか暑いのか、何度なのかという質問を受けることが多々あるが、いつも「まわりに何もないので“宇宙の温度”は定まらない」と答えている。もちろん宇宙にある物の温度は定まる。(p.69

この熱放射を筆者が日常で実感するのは、寒空の中で炭火や焚火を見ているときだ。(中略)手を温めているのは、まわりの空気ではなく火からの熱放射である。宇宙での温まり方と少し似ている。(p.69-70)


人工衛星についての色々な技術の話のあとは、近年の話として
電気推進」と「小型衛星」の話
推進剤を必要としない電気推進(ただし力はとても弱い)が、太陽光パネルの高性能化によって2010年代から実用化されはじめた、と
あと、小型衛星というのはキューブサットの話。こちらも、コンピュータの小型化によって可能になったもの。あれって、サイズの標準規格みたいなものがあるのね。1Uとか3Uとかサイズがあるらしい。
いずれも打ち上げコストを下げるというメリットがある


未来の技術ととして、宇宙エレベーターの話
宇宙エレベーター、そもそもケーブルをどうやって作るのか、カーボンナノチューブでたって、現状では、長くても0.1ミリメートルしか作れてないっていう課題から
さらに、ケーブルができたとしても、そのケーブルを昇降するケーブルカーにかかわる課題もある。片道3万6000キロもかかるんだけど、メンテナンスは? 仮に時速60キロでも約1か月かかるけど? エネルギー源は? など

第4章 イオンエンジン小惑星探査へ

電気推進であるイオンエンジンについて
イオンエンジンは筆者の専門でもある
電気やプラズマの基本的な説明から始まり、イオンエンジンの仕組みや種類が解説され、さらに、イオンエンジンを実際に搭載した「はやぶさ」や、NASAの「ドーン」について
はやぶさやドーンについては、実際にどのように運用されたのかということが書かれている。
そもそも、はやぶさが何故イオンエンジンだったのかというと、当時、まだNASDAと統合する前の宇宙研の持っていたM5ロケットだと、小惑星帯へ行くための軌道への打ち上げ能力的に、重量の上限があって、化学推進だと重すぎるという問題点があったため、らしい。


はやぶさやドーン、またベピコロンボなどに使われているイオンエンジンは中型タイプで、これは現在成熟期に入っているという。
これに対して、100w以下の小型タイプと、10キロワット以上の大型タイプが、まだまだ開拓途上
というわけで、この章の後半では、筆者が実際に研究開発を行ってきた、小型タイプのイオンエンジンの話となる。
筆者は、「推進機屋」であり、エンジン部分の専門家だが、実際には、これを人工衛星に搭載して飛ばさなければ意味がない。となると、新しいエンジンを作りました、だけではだめで、それ以外の制御部とかも一緒に開発してくれるチームを探さなければならない。
まず、東大の「ほどよし」グループとの共同開発
100キログラム以下の人工衛星での小型イオンエンジンの宇宙空間での作動としては、世界初の事例に
さらに、東大とJAXAによる「プロキオン」で2番目の事例に
プロキオンでは、求められるものが「姿勢制御」「軌道変更」「緊急対応」とあったために、イオンエンジンだけではクリアできず、ガスエンジンとの統合システムを開発
ほどよしにしろプロキオンにしろ、人工衛星の開発期間としては、異例の速さで行われていて、これは小型だからこそ
(例えば、小型なので、大学の研究室にある設備で実験ができてしまう)


小型イオンエンジンは、これまで筆者の研究室の独擅場だったらようだが、2018年にはオーストリアの企業とNASAがそれぞれ成功し、今、競争時代に突入したとのこと

第5章 水星・金星・火星探査へ――内惑星探査

章タイトル通り、水星、金星、火星への探査について
どういう速度でどういう軌道に乗せるのか、という話や
惑星探査には「フライバイ」「オービター」「ランダー」 という3種類があるという話
具体的な話としては、金星へ向かい、一度は失敗しかけたものの、その後のチャンスを待って金星オービターとなった「あかつき」などが紹介されている。
また、本書刊行時点(2018年9月)にはまだ打ち上げられていなかったが、自分が読んだ時点(2018年10月)にちょうど打ち上げられた、日欧共同の水星探査機「ベピコロンボ」の話も
化学推進、電気推進スイングバイを組み合わせたミッション。水星は、単純な距離的には近いが、太陽に近く「重力の坂」という意味では遠くこうした「複合技」が必要になる
さらに、惑星の大気を利用するエアロブレーキ、エアロキャプチャについて。実際に使われているものから現在研究中のものまで

第6章 有人深宇宙探査をするには

地球から火星まで、有人で往復するための架空の計画「R計画」を立てて、シミュレーションしてみようという章
宇宙船に必要な重さ(空気や水や食糧などの荷物、そして燃料・推進剤)を、どれくらいの時間がかかるのか、どれくらいの加速量が必要なのか、というところで計算していく
火星と地球って、片道9か月らしいんだけど、戻ろうと思うと火星での待機時間がかかって、2年半かかるらしい
火星から地球へ向かう楕円軌道に乗って帰ってくるので、その楕円軌道がちょうど地球と交差するのを見計らって出発しないといけないので、待つ必要がでてくるっていうの、今まで全然考えたことなかったので「なるほどね」って感じだった


でまあ、色々な見積もりの結果、約1000トンだろうと
で、H2Aやアリアン5やアトラス5なんかだと、大体1トン当たり10億円というのが打ち上げ価格の相場で、そうなるとR計画の打ち上げ費用は10兆円
で、これは打ち上げだけの費用なので、さらにこれに開発費用がかかる
開発費用の見積もりは難しくて、これはかなり幅が出てきてしまうのだが、ここではそうした様々な幅のある予想のあいだをとって、20年間で30兆円という見積もりとしている。
NASAの予算が2兆円/年
ISSアメリカ負担分が、5190億円/年
アポロ計画が、1.5兆円/年
われらがR計画が、1.5兆円/年
うーん、全くの不可能とは言わないまでも、近年の傾向を見るとかなり難しい


コストダウンが必要
(1)打ち上げ費用の圧縮→スペースX社だと1トン当たり2.7億円! お安い!
(2)小型衛星による宇宙開発市場の活発化。ベンチャー企業がたくさん参入し、宇宙開発が「産業」となれば技術が蓄積し、色々な費用も安くなるかも
(3)イオンエンジンの活用→推進剤の量を減らせる
(4)宇宙基地とスペースマイニング
この章の後半では、(3)と(4)について詳しく説明される


(3)
イオンエンジンの大型化が必要となる
そのために考えらえるものとして、ホールスラスタやヴァシミールといったエンジンの仕組みが説明される
ヴァシミールというのは、『火星の人』にも登場していたらしい
これらは、仕組みは分かっているのだけど、実際に開発に困難が伴っていて、まだできていない
地上での実験設備を作るのが大きすぎて難しいということもあって、筆者は、宇宙空間に実験設備を作ろうという提案をしている


(4)
月面で資源を採掘し、推進剤として利用し、ラグランジュポイントで宇宙船を組み立てようというのが、「宇宙基地とスペースマイニング」
これだと、地球から打ち上げるものがぐっと減って、打ち上げ費用がとても圧縮できる
実際、NASAJAXAなど各国宇宙機関による国際宇宙開発のロードマップで、月・火星への有人探査計画があがっているが、その際に考えられている「深宇宙ゲートウェイ」構想はまさにこれである
ロッキード・マーティンボーイングの合弁企業であるULAなど、民間企業もスペースマイニングを計画に取り込んでいる
(なお、スペースXの火星行き計画には、月基地は含まれていないが、火星での現地調達は考えられている)
ISS運用終了以後の宇宙開発として、スペースマイニングがとりわけ注目されている、らしい。

第7章 木星土星を調べるには――外惑星探査

木星土星天王星海王星について
木星では、深度1万5000キロあたりから、「金属水素」になっていると予想されているのだけど、水素は100万気圧5700度以上という超高温高圧状態で金属化するらしい。
金属水素ってどっかで聞いたことあるなーと思ったけど、『ベントラーベントラー』の2話だった。そんなやべーもんを多摩川で作ってやがったのかw


実際にどうやって行くか、という話で、これまでの章でもちょくちょく出てきていた「スイングバイ」について、より詳しく説明されている
加速も減速も方向転換もできる。何より加速量がすごい。でも、緻密な計算とコントロールが必要
ボイジャーが実際、スイングバイでどういう加速をしたのかというグラフとかも出てくる
それから、太陽から遠いので太陽光電池が使えなくなり、「原子力電池」が必要になってくる
ボイジャーガリレオ、ジュノー、カッシーニについて


未来の技術として、まず「ソーラー電力セイル」
光の粒子性を利用してこれを推進力とするのが「ソーラーセイル」、このセイルの帆の部分に「太陽電池」をはりつけ、ソーラーセイルの推力の弱さを補う「イオンエンジン」も搭載するシステムが「ソーラー電力セイル」
世界初の実証機が、JAXAイカロス
で、実際にこれを用いて木星トロヤ群の小惑星を探査しようという構想が、オケアノス(ただしこれはまだ、JAXA内の正式プロジェクトにまではなっていない)


未来の技術もう一つ、「原子力電気推進
原子力電池は、原子核の自然な崩壊による熱エネルギーを使うもの
原子力電気推進は、原子炉を載せる
原子炉から電力を取り出せば、太陽光と違って、太陽から離れると電力が落ちていくなんてことはなく、電力一定、つまり推力が一定なので、軌道に影響されない自由なコースどりが可能に
小型化がカギ
あと、打ち上げのリスクが高い

第8章 太陽系外へ――近未来からSFまで

太陽系からもっとも近い恒星、アルファ・ケンタウリ、その距離4光年
一体どれくらいかかるか
まず、ボイジャー1号
秒速17キロメートルで、現在、最も速い人工物
……8万年!
では、前の章で出てきた未来の技術、原子力電気推進の場合はどうか
現在使われているキセノンよりも、さらに軽いアルゴンを推進剤としたイオンエンジンができてとする。秒速220キロメートル
スイングバイもあわせると、秒速250キロメートル
……5000年!
アルゴンよりもさらに軽いヘリウムならどうか(3万キロワットの小型原子炉が必要になるが)
秒速900キロ!
しかし、1400年!
4光年はとても遠いのがよくわかる
筆者はさらに、超技術として「反物質推進」についても、シミュレーションを試みる
秒速2万4000キロ、なんと光速の約8%という驚異的な速度
55年での到達することが可能
ところが、反物質を1グラム生成するのに、なんと10億年かかる!
現在、スターショット構想というアイデアがある
太陽光ではなく、レーザー光を使ったレーザーセイルによって、超小型衛星をぶっ飛ばすという計画だ
光速の20パーセントという速度で、22年まで短縮ができる
しかし、スターショット計画には様々な難点がある
(1)減速できない、通過するのみ
(2)方向制御が不可能(ただぶん投げるのみ、なので)
(3)1億キロワットのレーザーが必要。現在のレーザー発振器の最大出力は100キロワット。この1万倍の発振器を100台用意するというものだが、1台につき原発1基が必要
(4)そのエネルギーを小型衛星が受け取れるのか?
(5)その加速度に小型衛星が耐えられるのか?
1基ではなく大量に送り込むので、このうちいくつかの問題は解消できるかも


この章の後半で筆者は、シンギュラリティ以後、人間の意識がコンピュータ上なのでシミュレート可能になり、さらにそれを搭載するボディが自由に作れるようになったと仮定し、他の星にロボット送り込んで、意識だけ転送するとか、そういう完全なSF話をして締めくくっている。