『小説現代』7月号

SF特集の3本を読んだ。

主人公は情報科学系の助教で、高校生に模擬授業みたいなのをしていて、ポータブルデバイスや無線ネットワーク的なものがより発展していて、授業中に先生も生徒も並行してSNSやってる。
東日本大震災以後の時代、つまり現代が舞台だと思うのだけど、テクノロジー的にはより発達している感じ。原発事故後に無線ネットワーク用の小型デバイス(?)が散布されて、とかがある。
まあ、でもそこらへんはメインでなくて
主人公の後輩だか恋人だかの女性が、サイコパスに狙われているという話。
彼女は、子供の頃に獲物になりやすい体質とサイコパスっぽいサーカスのピエロに言われたことがある。養護施設の出身なのだけど、あしながおじさん的なシステムがあって、匿名の理事に手紙を出し続けているのだけど、主人公はそいつがサイコパスなんじゃないかと疑っている。
彼女は、大学院を出た後、編集者になっているのだけど、書くのと読むのとで速度がずれてしまう障害になって文章が書けなくなってしまった作家を担当している。
主人公とそこのボスは、AIにサイコパスを再現させて、安全に役立てようという研究をしている。
話全体についてはもう一回読んでみないとよく分からなかったところもあるのだけど、サイコパスの話は面白かった。人間だけど人間じゃないものとしてサイコパスを題材として選んでいるのだなと納得した。共感することなく相手の感情を理解できてしまう存在としてのサイコパス。そしてそれをAIに再現することで、人間の役に立てようということ。瀬名のこれまでの作品との繋がりとして読める。

  • 宮内悠介「ムイシュキンの脳髄」

ジャーナリストの語り手が、ムイシュキンというニックネームの元ヴォーカリストを取材する。
ロボトミーをよりパーソナライズさせた精神科の外科手術が実用化された未来。怒りを抑えられないといった症状をピンポイント治療することが可能になり、社会的には賛否両論が渦巻く。
その元ヴォーカリストもまた、その治療を受けた1人だった。治療ののち、彼はバンドをやめ田舎で静かな生活を送るようになる。
彼自身は納得した選択だと語っているが、手術が音楽を奪ったのだと書き立てた週刊誌もあった。
元ヴォーカリスト、彼の元恋人(彼の暴力の被害者であったが1人だけ彼への手術を望まなかった)、彼に手術を施した医者(その手術の急進派と目され引退に追い込まれた)の三人への取材を軸に話は進むが、そのさなか、手術反対派であり先の週刊誌の記事を書いた記者が殺される事件が起きる。
怒りと暴力性を手術で切除してたので人を殺せるはずのない元ヴォーカリストが逮捕される。
最終的には、医者が殺人幇助していたことが分かるのだが、動機が、自分の作った新しい人間を廃人と呼んだから、というのがよかったw

  • 八杉将司「私から見た世界」

妻子もいて平和な日常を送っていたサラリーマンである主人公が、片頭痛を訴えて病院にいったところ、特殊な水頭症で脳の形が違うということが明らかになる。そればかりか、存在失認という障害が現れる。
それは、親しい人やものについて見えなくなったり聞こえなくなったりするという障害。その一方で、子供の頃に見た女の子のキャラクターが見えるようになる。
妻子や自分の住んでいるマンションが見えなくなった主人公は、全国を放浪する生活を始める。
見知らぬ土地であれば、全く問題なく生活できるが、しかしそれでもある一定の期間を過ぎると、親しくなったものの姿が見えなくなっていく。
彼は、日本を一周し、さらには30年以上の歳月をかけて世界中を旅する。
最終的にこの世界のものを全て失認してしまった彼だったが、最初に診断した医師がそのあいだずっと研究を続け、治療用デバイスの開発に成功し、めでたしめでたし。
人間が認識する世界は、実際に見たり聞いたりする世界、伝聞の世界、フィクションの世界が3つあって、前2つを失ってしまった主人公は、フィクションの世界に入り込んでしまった(女の子のキャラクターは迷い込んでいた)という設定があったのだけど、結局デバイスつけて現実世界に戻ってこれてめでたしめでたしの短編なので、あまりそこらへんの深追いはなし。


あと、坂上秋成の書評エッセイみたいなのも載ってた。残念者の小唄というサブタイトルだった。森見新刊などを取り上げていた。

小説現代 2013年 07月号 [雑誌]

小説現代 2013年 07月号 [雑誌]