仁木稔『ラ・イストリア』

仁木稔『グアルディア』 - logical cypher scapeの続編。
『グアルディア』から遡ること400年、23世紀のメキシコはバハ・カリフォルニアを舞台に、生体甲冑アルマドゥラとインテリヘンシアの生体端末が如何にして中南米へと放たれたのかが描かれる。
『グアルディア』と比較して、コンパクトにおさまっているため、そこまでの衝撃はないが、『グアルディア』では分からなかったこの世界の歴史を知ることが出来るし、また登場人物達の感情のぶつかり合いなど、十分面白い。世界の終わりを生き残った者たちの、「無垢にして醜悪なる愛」
また、すっかり変貌を遂げてしまった「朱い海」ことコルテス海(カリフォルニア湾)と腐敗鯨など、汚染された未来世界の描写が結構いい。


大災厄からまだ半世紀ほどしか経っていないが、人類の文明は急速に衰退し、かつてのテクノロジーや大災厄の原因を多くの人が忘れ始めている時代。
主人公のアロンソは、自分と同じく孤児であるファニート、スサナ、イサベリータ、クラウディオ、ブランカと共に暮らしている。
アロンソの父は、過去のヨーロッパ美術を真贋問わずに収集し、外界から隔絶した城のなかに閉じこもり、世界の終わりを横目に見ながら生きていた。アロンソはその城で生まれ育ったため、他の人よりも多く大災厄以前の知識を持っている。結局、召使い達に裏切られ、父は死に、アロンソは流浪の生活を送るようになり、1人の女性に助けられ、今の家で暮らすこととなった。
一方、最年長のクラウディオは、もともと人類の技術を保存するための施設「洞窟」で生まれ育った1人で、やはり他の者とは違い多くの知識を持っている。しかし、「洞窟」を出てからの流浪の生活中に、男娼をしていたことなどもあり、性格が卑屈になってしまっている。彼は、ブランカという、物も言わず動きもしない少女と共に「洞窟」を出てきており、彼女を大切にしているが、アロンソやスサナたちが彼女を家族扱いすることを快く思っていない。
アロンソは、北米からの密入国者を渡し守たちのところまで運ぶ運び屋をすることで、彼らを養っている。
ある時、軍部が密入国者の摘発を厳しくしはじめたことにより、彼らの生活が危機に陥る。
クラウディオは、遺棄されていた生体甲冑アルマドゥラを、ブランカに恋していたファニートを半ば騙す形で彼に着用させて、その危機を回避させる。
元々、彼らはみな身寄りがなく、他から流れていた者たちであり、ファニートは脚が不自由、スサナはヒステリー、イサベリータは言葉が不自由、クラウディオもあまり人には近づこうとしない性格であり、ブランカに至っては寝たきりとあって、町の者たちからは哀れみと蔑みの目によって見られていた。アロンソは、唯一まともに外で働いているわけだが、町の者たちとの距離があるのは避けられなかった。
しかし、アルマドゥラの登場によって状況は一転する。
クラウディオとファニートは、町の者から一目置かれるようになる。
また、ブランカは、インテリヘンシアというスーパーコンピュータの生体端末であり、クラウディオは彼女を使うことで軍の動きを事前に察知していたため、そのことによっても町の者から信頼を獲得する。
一方のアロンソは、クラウディオの変貌に戸惑い、またクラウディオがファニートを化け物へと変えてしまったのではないかと考え、彼の真意を疑うようになる。だが、そこには、家族を守る者という地位をクラウディオとファニートに取られてしまったという思いもあり、クラウディオにそのことを指摘されたりもする。


以下、結末にふれているので、未読の方は注意。


クラウディオがいた「洞窟」では、外の大災厄によって崩壊した世界から隔絶していることによる退屈から、ゲームとしての権力闘争が恒常化していた。クラウディオは、そこでの勢力争いに敗北するが、彼自身はむしろそのような争いには興味がなく、他の者が興味を払っていない、インテリヘンシアの生体端末に興味を抱いていた。それは、自分からは決して動くことのない30体の女性達。クラウディオは、人ならぬ彼女たちの存在に愛を抱いていた。彼は、1体を除いて他の生体端末を廃棄し、「洞窟」をあとにしていたのだった。
しかし、ファニートの愛はその1体、ブランカを、クラウディオが望まぬ形へと変容させ、彼女には自我らしきものが目覚め始める。
人間としてブランカを愛したファニートを、クラウディオは利用してアルマドゥラを着用させた。
軍部の攻勢により彼らは町を離れ、カトリック系の白人密入国者たち(WASPではないため、カラードほどではないが北米ではうまくいかず逃亡してきた。しかし、中南米では白人は目立つため、どこか山中で暮らそうとしている)と共に朱い海を渡ることにする。だが、渡し守たちの裏切りにあう。
ファニートは核爆発に巻き込まれ行方を消す(おそらく死んだと思われるが、かつてのアルマドゥラの着用者が死亡したという目撃情報がないために、アロンソたちは「死んでいない、いつか戻ってくる」と思うようにしてその後の生活をおくる)。
アロンソ、スサナ、イサベリータは、クラウディオを捨て、白人たちとともにメキシコの山中へと向かう。
アロンソ達に見捨てられたクラウディオとブランカは、しかし九死に一生を得る。
そして、物語は『グラウディア』へと続いていく。


ラ・イストリア (ハヤカワ文庫JA)

ラ・イストリア (ハヤカワ文庫JA)