今月の文芸誌など

文學界』1月号

吉田修一が新連載。文芸誌では初らしい。
しかしそれは読まずに、東浩紀「なんとなく、考える」
エッセイを書くという宣言通り、エッセイ的なものを書いている。
南房総に家族にドライブしにいった時の話と、今度テレビで母校訪問をするという話。
前者は、何故か南房総に存在するシェイクスピアのテーマパークで熱くシェイクスピアについて語る地元のおっさんについて
後者は、母校についての記憶が、実際の高校時代のものよりも、『CLANNAD』によるものの方が強いんだけどという話
ふたつをひっくるめて、「シュミラークルにアウラが宿ったのではないか」とまとめている。
いや、そんな仰々しい言い方しなくても、単により親しんだものに対して愛着が湧いただけの話なんじゃないか。しかし、実はそのことが結構大きな問題でもあると思う。
フィクションのリアリティの問題だと思うのだけど、リアルだと感じる、愛着が湧く、そういった事態自体は決して珍しいものでもなく当たり前のことなのではないかと思うが、当たり前だからこそそれは一体どういうことなのかと考えてみると、なかなか問題なのではないかと思う。

『群像』1月号

巻頭は多和田葉子。読んでないけど。
創作は、青木淳悟を読んだ。
日本に留学してきたフランスの女子大生の話と、フランスに留学した日本の女子大生の話が、交互に出てくる。留学というか、短期のホームステイか。
留学生の期待のかかったフィルターで見ているようなそんな感じ。で、なんか男の子と仲良くなって観光地とか行くようになったりするとか。
中島義道の純粋批判理性についての連載。
第二アンチノミーの話が始まる。世界は無限小に分割できるか、できないかというのが第二アンチノミー。純理の中でも、かなり読みにくいところらしいが、噛み砕かれていて分かりやすかった。
欲を言うと、表があるといいなと思う。やけに場合分けが出てくるので。
中島曰く、カントはとにかく悪文、文章構成が下手、読みにくい。でもそのカントと付き合ってきたおかげで、他の哲学書は楽々読めるようになった、とか。

『新潮』1月号

これは買った。なので、あとで時間ができたら読む。
本当に半分がユヤタン。200頁くらいある。
目次を見たら、小川洋子スーパーカミオカンデ見学レポートがあるようで、それがちょっと楽しみw
『日本語が滅びるとき』にはそれほど興味がなかったのだけど、水村美苗梅田望夫の対談も載っている。

週刊読書人

twitterから転載

週刊読書人』初めて読んだ。市川真人ゼロアカ評。「坂上秋成「クレ オール化する日本文学」が随一」
最終批評神話」と「新文学」はN次創作を雑誌そのものが再構築する試みだが、松平によるインタビューやケフィアの福嶋インタビューに密度が上回っていない
ザモスキはユルさがいい感じに溶け合っている。チョコテロと筑波批評は 焦点が広がりすぎ。
個人的には腐女子が好きだが、何も論じてないのが「 批評家志望」らしくない
「こう書いても、わかるひとには粗雑な評で、わからぬひとにはまるで無 関係な世界のことにしか見えまい」
「その「知らなさ」に怯えることだけが文学的倫理なのだ」


そういえば、今月の頭には、日経にゼロアカ記事があった


文学界 2009年 01月号 [雑誌]

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群像 2009年 01月号 [雑誌]

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