『物語の(無)根拠』第5章

『物語の(無)根拠』目次
第5章 核兵器の行方

『ミステリアスセッティング』の依存的な妄想
爆発するミステリアスセッティング
核兵器アメリ
核兵器とフィクション
メイクビリーブとメタフィクション


少し前、文学に関する「評論」と「研究」を以下のように分類した。
「文学」の問題に対して、ある作品がどのような答えを出したか、そしてその答えにどのような価値判断をするか、ということを述べるのが「評論」であり、
そのような価値判断を括弧に入れて、物語の構造などの分析を行うのが「研究」である、と*1
この二つは必ずしも明確に分割できるわけではない。
ただ、こういう分類が先に出来ていると、無用に混乱しなくてもすむ気がする。
この『物語の(無)根拠』には、この混乱が実はある。
その中で、比較的混乱することなく(と少なくとも書いた本人は思っているのだが)、「評論」と「研究」が混ざっているのが、この第5章ではないだろうか。


この章は、阿部和重『ミステリアスセッティング』について論じている。
僕はこれを最初に読んだとき、大いに戸惑うことになった。
それは、阿部がずっと描いてきた、妄想と暴力が、この作品でも引き続き描かれているとはいえ、今までの作品とはタイプが異なっていたからだ。
僕にとって、妄想と暴力というのは、「文学」の問題である。だから、そのことについて論じることは、「評論」だといえる。
この章の前半では、「核兵器」と「アメリカ」という言葉を文学的なメタファーとして捉えて、『ミステリアスセッティング』における、妄想と暴力の描き方の変化について論じた。
そして後半では、メイクビリーブという専門用語やメタフィクションという物語の構造に言及することで、つまり「評論」ではなく「研究」的なアプローチによって、妄想と暴力の描き方の変化について論じた。
同じテーマに対して、二つのアプローチを試み、なおかつその両方のアプローチが有機的に繋がった文章になっていると、自分では思っている*2


他の章との関連性について。
第1章では、妄想=物語の自律が論じられた。
物語とは、現実から切り離されたものとして独立してある、ということだ。
第2章、第3章では、そうした自律した物語を選択するものとして、近代的な主体が想定される。それは、自由な主体であり成熟した主体であり「作者」である。ところが、その不可能性こそが論証されてしまう。
第4章では、「作者」に変わるものとして、物語を自動生成するシステムというものが考えられる。
第5章では、妄想=物語の自律性が否定される。現実から切り離されたものとしてではなく、むしろ現実との境界が曖昧なものとして捉えられる。
阿部作品における暴力は、妄想と現実を再び結びつける*3ものとして機能していたが、妄想と現実の違いが曖昧になってしまえば、暴力も不発に終わらざるを得ない。


もともと、『物語の(無)根拠』は、妄想と暴力について論じる予定であった。
妄想(=物語ないしフィクション)については、おおむね一貫して論じることができた。
しかし、暴力については、阿部作品におけるそれを除けば、ほとんど論じることができなかった。
おそらく、妄想については、フィクション論という「研究」的なアプローチに到ったため、後半までテーマとして維持されたのに対して、
暴力については、「評論」的なアプローチを取らなければならないのに、後半になるにつれてその方向から外れていったためだろう。佐藤友哉論でもあまり前面に出すことが出来なかった。
とはいえ、『CURE』、『虐殺器官』、『水没ピアノ』(と『子どもたち怒る怒る怒る』)を論ずるにあたっては、「暴力」に触れない方が不自然だし、そこから「暴力」という一貫したテーマを炙り出すこともできたのかもしれない。
さて、まだ最終章が残っているのだが*4、ここで今後の展望を述べてみたい。
『物語の(無)根拠』は、佐藤友哉阿部和重を媒介にしつつも、前半と後半で語っていることが異なってしまっている。
つまり、妄想=物語=フィクションについて「研究」的アプローチで論じている部分と
暴力あるいは成熟について「評論」的アプローチで論じている部分だ。
これらは今後、しばらく統合されることなく別々のものとして進行していく予定だ。
前者は、フィクションの哲学として、「フィクションとは一体何なのか」「如何なる行為なのか」「どのようにして現前性が与えられるのか」という問いを巡って展開する。
後者は、個々の作品を読みその感想・評論を書くことで、展開する。どのような問いがなされるかは、作品によって異なってくるだろうが、今興味があるのは個人と共同性の問題である。暴力や成熟について、直接的に問うことは少なくなるような気がする。

*1:http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20071206/1196930333

*2:もちろん、うまく書けたことと、この文章の妥当性、正しさ、面白さなどは直接関係ないわけだが

*3:成熟?? これは今、ふと思い付いたことに過ぎないが

*4:とはいえ、当初の計画ではこれが最終章になる予定であった