『Newton2023年8月号』『日経サイエンス2023年8月号』

Newton2023年8月号

建築の未来

五十嵐太郎監修
「木材」「コンピュテーショナルデザイン」「3Dプリンタ
近年の木材建築トレンドは日本ではなく欧州から始まったが、これは欧州の方が耐震基準が緩いから。耐震基準が厳しい日本ではまだ難しいところもあるが、2024年に丸の内で着工予定の東京海上新本社ビルは大規模木造ビルになる予定。
コンピュテーショナルデザインは、文字通りコンピュータを用いた設計のことで、1997年のビルバオグッゲンハイム美術館が嚆矢。複雑な形状でも構造計算が可能になっていったという話。
あと、別府温泉のホテルで、1階にある露天風呂の開放感を高めつつ、上階の客室から見えないように、視線をシミュレートして設計した露天風呂とか。
また、これまで設計・デザインと構造計算が別工程だったが、同時にやれるようになって効率化が図られているとか。
3Dプリンタについては、大林組3Dプリンタを用いた建物を実際に完成させた。まだコスト高で一般化するには時間がかかるようだが、3Dプリンタの可能性として、彫刻による装飾の復刻があるかもしれない、と。

進化するリニア

写真眺めただけ。

意識の謎はどこまで解けたか

北大人間知・脳・AI研究教育センターの田口茂・鈴木啓介が監修
記事前半は、両眼視野闘争とかラバーハンド錯覚の話とかそのあたりの話をしているのだけど、監修の田口が現象学者で、記事後半は現象学の話をしている

日経サイエンス2023年8月号

フロントランナー挑む:AIが仮説,ロボが実験 サイエンスの営み変える:高橋恒一

AIが仮説,ロボが実験 サイエンスの営み変える:高橋恒一 - 日経サイエンス
「AI駆動科学」を研究している高橋へのインタビュー
元々音楽家になろうとしていたが、音大に落ち、その後、プログラミングによる作曲に興味をもち慶應大へ進学。在学中に『オートポイエーシス』を読んだことがきっかけでシステム生物学へ進んでいったという人
生物科学とAI・ロボットは相性がいいという。
一方で、遺伝子などのデータ化が進んでいてAIが研究しやすい。他方で、生物科学の実験は実験手順をそのまま繰り返しても再現できないことがある、手技がものを言う世界。ロボットが実験を行うようになると、手業の部分も規格化されて再現が容易になる。
また、複雑な現象を複雑なまま扱うのはAIが得意である、とも。

ChatGPTが映し出すヒトの知性

ChatGPTが映し出すヒトの知性 - 日経サイエンス
日経サイエンス編集部の出村が、アラヤの金井良太・藤澤逸平、数学の認知科学を研究している中井智也にそれぞれインタビューした記事。
前者では、AIは数学の問題で人間とは異なる間違い方をする。今後、推論するAIが目標というような話(グローバルワークスペースの話している)
後者では、しかし、AIと人間が数学の問題を解くときに似たような神経回路の使い方をしているという話。数学専用とか足し算専用とかの神経回路があるのではなくて、言語や視覚などと同様、分散表現で処理する。
とはいえ、人間(ないし動物)には生まれつきもった数の感覚がある、と。
ポイントなのは「数量」と「数字」は異なるということ。数字は後天的に学習するが、それとは別に先天的に数量についての感覚がある。AIは直接数字を学習するという違いがある。
人間の場合、幼い頃は「数量」と「数字」の脳内での処理の仕方が同じだが、学校で教育を受けた以降の年齢になると、これが分かれるとも(算数の記号分離仮説)

数の感覚 生まれつきか学習か  J. ベック/ S. クラーク

数の感覚 生まれつきか学習か - 日経サイエンス
近年、動物や乳児を対象にした心理学実験により、先天的な数の感覚があるという考えが強くなってきている。
数を「見て」いるのだ、ということを色々な実験から説明しようとしている。
例えば、面積を知覚して数を類推しているだけなのではないかということに対して、視覚だけでなく聴覚を用いた実験を出してきたりしている。また、面白いのは、丸を数えさせる実験で、2つの丸と直線が組み合わさってダンベルのような形になっているものを混ぜるもの。丸と直線が離れている時と、丸と直線がくっついた時とで、丸の個数知覚が変わる。面積などで数を推測しているのではないということだし、また、数える対象が何かということとも関わっていることが分かる。
それから、知覚に特有の現象である順応が起きることも、簡単な実験で分かる。
実際に紙面上に、図面上の右半分にドットが書かれた図が用意されている。しばらくその図を眺めた後で、ページをめくると、図面上の右と左両方に同数のドットが書かれている図が出てくる。左の方のドットが多く見える。右側については順応が起きて、ドットが少なく見えてしまうのである。
また、ここでいう数が「見える」という数の知覚について、正確に7つなら「7」だと分かるという話ではない。ただ、どちらの方が多いか少ないかとか、大体5くらいだったのかそれとも8つ以上あったのか、とかそういうことが分かる、という話。

恐竜よりもしぶとい! 慎ましさで大絶滅を生き延びた哺乳類  S. ブルサット

恐竜よりもしぶとい! 慎ましさで 大絶滅を生き延びた哺乳類 - 日経サイエンス
三畳紀から始新世までの哺乳類についてざざっと
哺乳類は恐竜のあとに現れたと考えられがちだが、誕生自体は恐竜とほぼ同時期。
中生代に栄えた哺乳類である多丘歯類の研究については、キエラン=ヤウォロウスカの名前が挙げられている(ブルサット自身が尊敬している学者として名を挙げている)
哺乳類が小型動物の多様なニッチを占めたために、ティラノサウルストリケラトプスを小型化することを妨げた、という表現が出てくるのが面白いなと思った(普通、恐竜がいたために哺乳類は大きくなれなかった、と言われることが多い。これを逆転させた言い方をすることで、哺乳類は哺乳類で中生代にも繁栄していたのだ、ということを示しているのだと思う)。
中生代は、比率としては単孔類や後獣類が多くて真獣類は少なかった、と
しかし、白亜紀末の大絶滅を経て、この比率は逆転することになる。
生き延びることができたのは、やはり小型だった者たち。
暁新世のことも書かれている。この時期はまず種数が非常に少ない。そして、見た目的にはまだ専門特化していなくて、その後出てくる様々なグループの特徴をあわせもっているように見える。ので、過去にはかなり雑な分類をされていたようだが、最近は少しずつ、現生のグループとの関係が見え始めている、というような内容だったと思う。また、適応放散もこの時期に見られるとか。
始新世で温暖化が起こるが、このときは北へ移動することで気候変動による難を逃れた

通信衛星の大群が天文観測を脅かす R. ボイル

通信衛星の大群が天文観測を脅かす - 日経サイエンス
衛星コンステレーションの光害問題。単に見えにくくなるというだけでなく、光学センサーを壊してしまうこともあるらしい。
天文学者の側の危機感ないし絶望感が綴られている。
ルービン天文台では、観測計画の前倒しが始まっているらしい。これは異例のことで、天文学者の人生計画を狂わせる旨の形容がされている。また、天文学者間でのブラックジョークで、「太陽活動極大期を待つしかない」というのも紹介されている。これは太陽風によってスターリンクの一部が墜落したことを受けてのもので、自然現象で大量に墜落する以外もう止めようがないという諦念のようにも読める。
(なお、記事内では、需要が見込めなくて衛星コンステレーション事業が廃れることしか解決策はない、というようなコメントもある)
プラネタリーディフェンス的な観測もできなくなる、というのにも度々されている。この記事が主に取材元としているルービン天文台が、そのような観測を行っているからではあるが、天文観測の実益的なものを強調しているのかな、とも思った。
天文学にとってかなり危機的状況ではあるのだが、しかし、天文学者間でもコンセンサスがとれていないらしい。どういう観測を行っているかによって、コンステレーションからの影響が違うため。
その上、提言をまとめて政治に訴えて規制を作って、というようなプロセスは時間がかかる。その間に、打ち上げはどんどん進んでいく。仮に規制が作れても、十分なものになるかどうかは分からない、というのもある。
できるだけ小型で反射せず、できるだけ低軌道であれば、影響もある程度少なくはなる。というか、大型化すればするほど、軌道が高くなればなるほど致命的、といった方が正しいか。まあ、サイズはここまで、軌道はここまで、というのが規制の妥協ラインかと。
スペースXとワンウェブについては記事内で名指しされていて、なおかつ、コメントはもらえなかった旨の注釈までついている。一応、記事内でも補足されているが、スペースXは天文学者との協議に応じて対策を講じてはいる。講じてはいるけれど解決には至っていないし、そもそも衛星コンステレーションはスペースXだけがやろうとしているわけではない。
今後数年でおよそ4万機の打ち上げが予定されている。

市民会議のための理想の選出アルゴリズム A. プロカッチャ

市民会議のための理想の選出アルゴリズム - 日経サイエンス
アイルランド、イギリス、カナダ、アメリカなどで、市民会議によって、中絶や温暖化ガス排出量などの政策を決める動きが広がっているらしい。
市民会議は、母集団の属性別人口と同じ比率になるように抽出される。例えば、男女はおよそ半々に、都市生活者と農村生活者が7:3の割合だったら、市民会議も同じ割合になるようにメンバーが構成される。これを叙述的代表制という。叙述的代表制が市民会議の正当性を担保する。
そして、市民会議は、いわば再選のない議会のようなもので、選挙のことを考えずに政策を決められる。
問題は、どのようにメンバーを抽出すべきかである。
市民会議は、基本的にボランティアで構成されるが、ボランティア集団と母集団の構成比率は基本的に一致しない。ボランティア集団の中からメンバーを選出しつつも、母集団と同じような構成比率になるようなアルゴリズムが必要となる。
その方法の1つとして、貪欲法というアルゴリズムがある。
しかし、この方法は、ボランティア間で抽選の公平性が損なわれるという問題がある(母集団には多い属性なのだがボランティア集団では少ない属性の人は、当然、選ばれやすくなるが、それが極端ということらしい)。
筆者らのグループはそれを改善するようなアルゴリズムを考案し、現在、多くの自治体等で市民会議の選出に使われており、アルゴリズム自体ネット上で公開されているらしい。