『20世紀ラテンアメリカ短篇選』野谷文昭 編訳

タイトル通り、ラテンアメリカ文学の短編小説集
元々、あまりラテンアメリカ文学を読んでいなかった*1ので、これはちょうどいい入門になるかなと思って手に取った。
編者により、4つのテーマに分けられた章わけとなっている。
一つ一つが割と短いので、気楽にパラパラと読めていくのがよかった


「時間」が一番面白かった。
あと「ワリマイ」「チャック・モール」「青い花束」「日蝕」など「Ⅰ 多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶」に集められている作品は全般的に面白い。
というか、4テーマごとにそれぞれ雰囲気が異なっており、「Ⅰ」はタイトルにある通り、先住民の話をモチーフにした不思議な話系が多い。
「Ⅱ 暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人」は、タイトルにある通りだが、サスペンス・暴力系
饒舌な語りであれば「Ⅳ 夢・妄想・語り/SF・幻想」といった感じ
「Ⅳ」の「目をつぶって」「リナーレス夫妻に会うまで」「水の底で」もどれも面白い
「Ⅱ」はだいぶ雰囲気が違うのであまり比較ができないし、ジャンル的な意味でⅠやⅣに収録されている作品の方が好みではあるのだけど、ガルシア=マルケスの「フォルベス先生の幸福な夏」はやはりよい作品なのではないかと思う。「流れのままに」もなかなか。

Ⅰ 多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶
 青い花束……………オクタビオ・パス
 チャック・モール……………カルロス・フエンテス
 ワリマイ……………イサベル・アジェンデ
 大帽子男の伝説……………ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
 トラスカラ人の罪……………エレーナ・ガーロ
 日 蝕……………アウグスト・モンテローソ

Ⅱ 暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人
 流れのままに……………オラシオ・キロガ
 決 闘……………マリオ・バルガス=リョサ
 フォルベス先生の幸福な夏……………ガブリエル・ガルシア=マルケス
 物語の情熱……………アナ・リディア・ベガ

Ⅲ 都市・疎外感/性・恐怖の結末
 醜い二人の夜 ……………マリオ・ベネデッティ
 快楽人形……………サルバドル・ガルメンディア
 時 間……………アンドレス・オメロ・アタナシウ

Ⅳ 夢・妄想・語り/SF・幻想
 目をつぶって……………レイナルド・アレナス
 リナーレス夫妻に会うまで……………アルフレードブライス=エチェニケ
 水の底で……………アドルフォ・ビオイ=カサーレス

 解 説(野谷文昭

青い花束……………オクタビオ・パス

4、5ページのすごく短い作品
夜中に目が覚めて散歩に出かけたら、ナイフを突きつけられて、目が欲しいと言われる
恋人が青い目の花束を欲しいというから、と
ちょっと怖い話
作者は、メキシコシティー生まれの詩人・批評家、詩と評論でノーベル文学賞受賞
初出:1949年

チャック・モール……………カルロス・フエンテス

元同僚の遺品の中にあったノート
そのノートには、彼が、チャック・モールというマヤの雨の神の像を手に入れてからの日記が記されていた。
実はその像は生きていて、という話で、訳者解説にも「メキシコ市を舞台とするゴシック小説でもある」と書かれている。
作者は、メキシコの作家
初出:1954年

ワリマイ……………イサベル・アジェンデ

タイトルは主人公の名前
森の中で暮らしていたが、白人がやってきて、ゴム農場で働かせられるようになる。
その農場には、労働者にあてがうために、やはり先住民の女性が囲われている。その中の1人の魂が弱っていたので、ワリマイは情けをかけて彼女の首にナイフをあてる。
ワリマイに彼女の魂がのしかかり、ワリマイは彼女の魂とともに農場を脱走する。
ワリマイの一人称で語られるその物語は、当然のように魂が、生きている人間のように存在する世界観をもっている。
作者は、チリの作家で、アジェンデ大統領は父の従兄弟。ピノチェトのクーデター後亡命。
本作は長編『エバ・ルーナ』のスピンオフ的作品とのこと。
初出:1989年

大帽子男の伝説……………ミゲル・アンヘル・アストゥリアス

修道士が、突然窓からとびこんできた毬に心奪われる話
何が大帽子男かというと、最後の最後に、この毬が帽子に代わって、大帽子男になるから
作者は、グァテマラの作家で、インディオの血を引き、その伝説などに親しんでいたが、フランス留学してその価値に気付いたとのこと
本作は、そうしたインディオの伝説と、パリで経験したシュルレアリスムが混淆して作られた中の一篇
初出:1930年

トラスカラ人の罪……………エレーナ・ガーロ

初出:1964年

日蝕……………アウグスト・モンテローソ

2ページのショートショート
キリスト教の宣教師が、先住民に捉えられ、生贄の祭壇に連れていかれたというシチュエーションで、ブラック・ユーモアなオチが待っている
作者は、ホンジュラス生まれグァテマラ育ちの作家で、政治活動によりメキシコへ亡命。人生の大半はメキシコで過ごした。
スペイン語でわずか7語という世界最短の短編「恐竜」というのがあるらしい
初出:1959年

流れのままに……………オラシオ・キロガ

毒蛇に脚を噛まれた男が、助けを求めてカヌーにのるが
毒が回り、死にゆくまでの流れを描写していった掌編
作者はアルゼンチンの作家
初出:1912年

決闘……………マリオ・バルガス=リョサ

これはもう、ほとんどタイトル通りで、ある決闘を描いた短編
ある男二人が決闘をすることになる。それぞれ仲間たちも集まり、決闘が始まり、そして片方が死ぬ
作者はペルーの作家で、ノーベル賞作家
初出:1958年

フォルベス先生の幸福な夏……………ガブリエル・ガルシア=マルケス

南米から地中海へやってきた家族
幼い兄弟は、夏を楽しむはずだったのだが、父親がドイツ人の女性家庭教師=フォルベス先生を雇う
厳格な彼女によって、兄弟の夏は一転してしまう
ただ、次第に、フォルベス先生が、公私ともに厳しい人ではなく、自分に甘い私生活を送っていることに兄弟は気付き始める。
二人は先生を毒殺することを試みるのだが……
作者は、コロンビアのノーベル賞作家
初出:1982年

物語の情熱……………アナ・リディア・ベガ

本書収録作品の中では最も長く、中編といっていい長さ
実際に起きた殺人事件の小説を書きながら、元恋人とちょっとしたトラブルになっていた作家の「私」は、学生時代の友人に誘われて、プエルトリコから彼女の嫁ぎ先であるフランスへと旅立つ
気分転換になるかもと思って向かった先だが、件の友人は既に夫との関係が悪化しており、それを相談できる相手として「私」を呼び寄せたのだった。
さらに、彼女は隣の家の医者を誘惑し始めて、と異国の地で四角関係に巻き込まれてる「私」
作者は、プエルトリコの作家
初出:1987年

醜い二人の夜 ……………マリオ・ベネデッティ

これもまあなんというか、ほとんどタイトルそのままというか
醜い容姿の「僕」と「彼女」が出会い、結ばれるまで
作者名隠されたら、どこの国・地域の作品なのか全く分からないし、日本の作家の作品だよって言われたら信じそう
作者は、ウルグアイの作家
初出:1968年

快楽人形……………サルバドル・ガルメンディア

時 間……………アンドレス・オメロ・アタナシウ

元々『財宝の家』という短編集に収録されている作品で、この短編集は「時間」「運命」「浮沈」という三部構成になっており、そのうちの「時間」を採ってきた格好らしい
さらにこの中に「庭師」「骨董屋」「新年」「境界」「帰還」という短編が収録されている。
訳者解説に「意外性や恐怖が最後に待ち受けるという落ちを持つ作品」「ポーの影響を認めることができる」とある
「時間」という言葉でまとめられている通り、どの作品も、わりと時間の経過みたいなのが裏テーマにあるような感じはする

  • 庭師

人里離れたところで暮らす夫婦。夫のハンスは、長いこと、庭師が訪れるのを待っていたが、待てど暮らせど現れない。ある日遂に庭師が現れるのだが、その大男が。と、非常に唐突なオチが待っているのだが、その急展開に圧倒されて、一気に引き込まれた

  • 骨董屋

自身コレクターで客にあまりモノを売る気のない老骨董家。彼はある日突然、「終わり」を感じて火を放つ。本人は、これで生き返ったぞと思うのだけど全然そんなことはなく、という終わり方

  • 新年

新年を迎える夜に、男と女が出会うのだが
独身者だと思われた男は実は家族持ちで、家族を持っているという女が実は独身者

  • 境界
  • 帰還

作者は、アルゼンチンの作家。兄も弟も文学者らしい。
初出:1981年

目をつぶって……………レイナルド・アレナス

8歳の「ぼく」が「あなた」に向かって話しかけるという形式で、学校に向かう途中の話をされる。
通学路にある橋を目をつぶって歩いた、というあたりから少しずつ不思議な話になっていく(何しろ、目をつぶったまま歩き続けていたというのだし)
目を開けて見てきたものが、目をつぶってみるとまるで逆になったかのようになる(ケーキ屋の前で施しを受けていた二人の老婆が、ケーキ屋の店員にになって「ぼく」にケーキをくれるなど)
作者は、キューバの作家で、亡命先のアメリカでなくなっている
初出:1972年

リナーレス夫妻に会うまで……………アルフレードブライス=エチェニケ

精神科医の先生に対してセバスティアンは、リナーレス夫妻に会うためにバルセロナまで鉄道に乗って旅行した話をしはじめる
セバスティアン精神科医の先生が話している世界と、セバスティアンがスペインでリナーレス夫妻に会っている世界との入れ子が、最後にすーっと逆転していく
作者は、ペルー出身の作家
初出:1974年

水の底で……………アドルフォ・ビオイ=カサーレス

湖のほとりにある別荘に静養へ行った主人公が、近くに住んでいる医者の娘と出会い、お互いに惹かれ合う
だが、娘には(元)恋人がいて、まだ気持ちが離れていない
という三角関係が展開されるのだが、この娘の父親である医者が、鮭の分泌液を使った若返りの研究を行っており、実は、娘の恋人はその実験で魚人間になっていた
作者は、アルゼンチンの作家
初出:1991年

*1:そもそもラテンアメリカに限らず外国文学をあまり読んでいないが