月村了衛『機龍警察狼眼殺手』

機龍警察シリーズ長編第5弾
ミステリマガジンでの連載をまとめ加筆修正したもの。
疑獄事件と連続殺人事件を異例の合同捜査態勢を追うも、正体不明の殺し屋「狼眼殺手」に捜査本部は翻弄される。物語の核心と日本の闇に迫る巨大な事件が次第に姿を現していく一方、緑とライザの関係にも決定的な変化が訪れる。感情……!
本作では、機甲兵装のバトルはなく(生身アクションはあり)、予告付き連続殺人が行われたり、経済事件の捜査が本格的に展開されたり、警察ミステリ小説としての要素が色濃く出ているが、一方、未実現の科学技術がどのような影響を及ぼすかというビジョンを読者に想像させるという点で、これまでになく"SF"しているとも言える。
仁礼財務捜査官などの魅力的な新キャラクターたちが登場する一方、上にも述べた緑とライザの関係など、主要登場人物たちについてもより掘り下げられている。
基本三人称で、パートごとに焦点人物が変わっていくというスタイルはいつもと同じだが、比較的、夏川寄りの視点で物語が進んでいるような気がする。
宮近と城木の立場がいつの間にか逆転しているようになっていたり。
今回の捜査対象にはついにフォン・コーポレーションも入ってきているいうことで、關も結構登場。由紀谷との絡み多し。
部付警部については、今回はライザ回という感じで、姿・ユーリの出番は少なめだが、ユーリについてはかなり印象的なシーンもある。
また、沖津についてはプライベートの一端が明らかにされる。


以下既刊
月村了衛『機龍警察』 - logical cypher scape
月村了衛『機龍警察 自爆条項』 - logical cypher scape
月村了衛『機龍警察 暗黒市場』 - logical cypher scape
月村了衛『機龍警察 未亡旅団』 - logical cypher scape
月村了衛『機龍警察 火宅』 - logical cypher scape


そういえば目次やばい

第一章 原罪
第二章 聴罪
第三章 堕罪
第四章 贖罪
第五章 自罪


物語としては『火宅』収録の「化生」から続く感じ。というか、「化生」が本作の前日譚という位置付けだったことが分かる。


機龍警察といえば、開幕ゴアがお馴染みだが、今回の開幕シーンはプロの殺し屋による鮮やかなダブルタップ連続射殺なので、これまでよりゴア分控えめ
神奈川で起きたこの殺人事件の捜査現場に、警視庁の捜査二課が現れたところから物語は始まる。
知能犯を担当する捜査二課では、連日メディアを賑わす一大国家プロジェクト「クイアコン」を巡る疑獄事件を捜査していたが、それに関連して、これまで誰も繋がりを意識していなかった、総務省の役人の殺人事件、国立情報学研究所の教授殺人事件、そして神奈川での射殺事件(政治家の秘書とフォンの社員が被害者)を連続殺人事件だと主張。
キャリア組である鳥居二課長は、捜査一課・捜査二課だけでなく特捜部も加えた合同捜査を提案する。
合同捜査になったからとはいえ、特捜部を疎む感情自体がすぐに消えるというわけではないのだけれど、それでもかつて捜査妨害すらされていたところからすると、ずいぶんと様相が異なってきたといえる。
警視庁の幹部の中でも、特捜部に比較的好意的な者と懐疑的な者がいるのが分かる。
事件の輪郭が広がっていくにつれて、公安や組対までもが加わってきて、どんどん味方が増えていくわくわく感がある。
鳥居二課長の発案による合同捜査だが、いざ始まってみると、沖津がほぼ全ての捜査指揮を取り仕切っているのも、さもありなんというところ。
元捜一の夏川と現捜一でかつて夏川の相棒だった牧野とが、言葉のやりとりの上では距離をとりつつも、少しずつかつて相棒だった頃に心の距離が縮まっていっていくところもある。
しかしまあ、無論、そうは問屋がおろさないってのが機龍警察であって、終盤に至って、この合同捜査態勢はご破算に至ることになる。


クイアコンというのは、経産省とフォン・コーポレーションを中心にした、量子情報通信ネットワーク・インフラ事業。
技術大国日本再びというイメージ戦略と、国内通信インフラの更新という一大事業により、多くの事業者が加わっている。
毎日のようにメディアを賑わしているが、捜二の捜査によって、ヤクザだの最後のフィクサーだの第二の許永中だのいったのがぞろぞろ出てくる。
ヤクザに任意聴取かけるときの姿警部マジ姿警部
こちらの捜査については、基本的には、ひたすら帳面を追っていくというもので、新キャラクターである仁礼財務捜査官が特にその異才を発揮する。数字の〈声〉や〈歌〉が聞こえるという仁礼は、捜査を進めるための新しい道筋を度々見つけてくる。
さらに、国税の(マルサではなくコメという部署の)魚住さんという人が出てくるが、沖津に非公式に接触し、協力関係を構築するなど面白い人。
また、由紀谷班は、関係企業を一つ一つ当たっての調査を進めるが、そこかしこで和義幇と出くわす。


一方の殺人事件だが、3つの殺人事件においていずれも、聖ヴァレンティヌウス修道会の護符が事件前に被害者に送られていたことが分かった。
キリスト教の秘儀と歴代ローマ法王が描かれた7枚1セットの護符を用いた、連続殺人事件だったのである。
被害者はいずれも、クイアコン関係者である。しかし、クイアコンで占めていた役割や重要度はいずれも異なり、何故彼らが被害者になったのかが分からない。
被疑者は、狼眼殺手という職業暗殺者であることが判明。
誰が次の被害者か分からない中、警察はみすみす被害者を増やしていくことになる。


クイアコン疑獄は、大物ヤクザやフィクサーだけでなく、政府官僚や政治家にまで疑いが伸びるものとなっていく。
また、中国国家公安部も関わっており、公安事案としての様相も呈していく。
捜二は元々やる気で、さらにこれに沖津の辣腕が加わることによって、ガンガン掘り進んでいくことになるが、一方、捜査が進めば進む程、より事件が巨大となり全貌が見えなくなっていく。
この事件について、捜二側は疑獄事件としてしか見ていないが、沖津はクイアコンの陰に龍機兵が絡んでいると最初から睨んでいる。しかし、それは事の性質上、他に明かすことができない。沖津と他の幹部との間にじわじわとズレが蓄積していくことになる。
最終的にそれが合同捜査態勢の崩壊へとつながっていくわけだが、一方で、特捜部の捜査官はみな龍機兵の秘密を知ることとなる。
夏川や由紀谷らは、これまで部付警部のことを「警察官ではない」と忌避していたが、龍機兵のパイロットがそのような人間ではなければならない理由を知らされ、態度を改める一方で、この秘密を受け入れたことにより、いよいよ他の部署から「お前等は警察官ではない」という非難を黙って甘受せざるをえなくなる。
そういえば、夏川や由紀谷たちは龍髭−龍骨システムのことを知らされていなかったんだったなーということに、今更ながら気付いた。


警察上層部への報告を欠かさなかった宮近と、沖津派と揶揄される程特捜よりだった城木だが、『未亡旅団』以降に、この立場がするっと逆転していく(城木の立場は微妙だが)。
同期だった2人の間になんとなく溝ができていく。
ところで、本作読了後、過去作パラパラと読み返してたら、理事官室の、宮近と城木の席について、距離的には近いけど棚とか色々あって見た目以上に隔てられている的な描写がされていて、ゾッとした。
まあそれはそれとして、
全編ずっと緊迫しっぱなしなんだけど、宮近が「はっきり言え」って言われる側になったシーンに笑ってしまった。あと、宮近自転車シーンとか。宮近は特捜部の癒し


狼眼殺手の正体が判明する中盤あたりから、ライザと緑がクローズアップされるようになっていく。
緑の父の著作である『車窓』がより大きな意味を占めるようになっていく。
2人の関係が本当にもう「感情……!」としか言いようがなく、やばい。
強い感情の奔流に打ち震えるしかないのだけれど、この感情を名指す適切な名前を自分は知らない。
『暗黒市場』において、ユーリが〈影〉の軛から解放されたように、ライザもまた、『鉄路』の思想から『車窓』の思想へと移り変わる。
そして、「自死は許されない」から「生きて還る」へとなり、「警察官」になったライザ。
部付警部は言うに及ばず、部長ですら元外交官で生粋の警察ではなく、通常、警察職員でしかない技官の緑に警部補の階級を与えている特捜部で
「本当に警察官になろう」という沖津の言葉からこのシリーズは始まっているわけだけれど、本作では、一方で夏川と由紀谷が本当の警察官であらんとするために「お前達は警察官ではない」と言われる境遇を受け入れ、他方で、警察を憎んでいたライザが「警察官」の自覚を持つに至る、というわけで。


空虚ゆえの愛国心についての分析は、よくある話かもしれないが、やはりぞっとする。


沖津の居住地情報がすごい。
一瞬、沖津死ぬのかと思った。


中国の暗器使い暗殺者集団!
姿ですら見たことない武器を使う! と思ったけど、姿は姿本人が言ってるけど、基本は対軍人であって対暗殺者ではないから、当然といえば当然なのか。


捜一も捜二も、合同捜査会議にでなくなった後も、普通に出席している仁礼さん!
キャリアならでわの上昇志向に自ら見切りをつけて、警察官としての職務に目覚める鳥居さん!
警察内部における特捜部を巡る状況は、綱渡りというか、ずっとよくないのだけれど、そんな中で特捜部が孤独なわけでもないということが示されるがの喜ばしい


ざっと再読していたら、政治家の小林半次郎、岡本倫理、木ノ下貞吉って『未亡旅団』ですでに名前が出ていたことを知った。


そういえば、本作は、ずっとずっとずっと明けない梅雨が最後に明けるという展開になっている