月村了衛『コルトM1851残月』

江戸時代を舞台にしたノワール
自分はノワールものってほとんど読んだことがないので、ノワールとしてどうなのかということはよく分からないが、非常にベタというか王道のストーリー展開を見せる作品。
これってそもそも舞台が江戸時代である必要あったのかって言いたくなるようなストーリーではあるのだけど、一方で江戸時代であることがこの作品のケレンとして効いてもいる。
タイトルにあるコルトM1851というのは、コルト社のリヴォルバーのことであり、残月というのは主人公、郎次の二つ名である。
半ばヤクザであり半ば堅気である残月の郎次が、コルトM1851を片手に、嘉永年間の江戸の闇を生き抜かんとする物語。
とあらすじを紹介したところで、コルトと江戸?! ってなるだろう。
また表紙も、いかにも時代小説的なイラストながらその中にコルトをぶっ放す郎次が描かれていて、リヴォルバーと時代小説とのギャップを感じるだろう。
自分は銃に詳しくないので、コルトM1851がどんな銃がWikipediaで調べてみたところ、時代的には見事に合致しているということを知った。
コルトM1851は、その名の通り1851年に開発された銃であるのだが、1854年のペリー来航の折、幕府の重臣に贈呈された品だったらしい。そして、巡り巡ってコピー品が桜田門外の変で使われたようだ。
この作品の舞台となるのは、嘉永6年、西暦にして1853年1月のことであり、ペリーの最初の来航の半年ほど前のことになる。
郎次は、コルトM1851を自らの切り札として使っており、周囲にはその存在を伏している。6連発の拳銃はその時点において日本人は誰も知らないような最新兵器である。しかし、翌年には日本に入ってきて、暗殺にも使われるようになる銃なのである。この数年だけ早い新兵器って、龍騎兵と同じだなあとか思った。
ペリーの話も、むろん桜田門外の変の話も、本編には全く出てこないけど。


残月の郎次は、表の顔は廻船問屋の番頭だが、裏の顔は、江戸の闇経済を掌握する祝屋儀平の配下であり、抜荷の仕事を一手に担っている。
また、かつて密輸ルートを確立する際に知り合ったツテから手に入れたコルトM1851を使い、邪魔者を葬ってもいる。もっとも、そうした殺しについては自分1人でやっているとは決して明かさず、儀平に対しても特別なコネがあると思わせている。
郎次は、儀平の有力な跡継候補だと考えられており、ライバルとの出世レースを走っていた。
しかし、とある件をきっかけに、郎次は自らが思い違いをしていたことに気付かされる。


郎次がコルトの弾込めを、数を数えながら練習するシーンとか
早撃ちするシーンとか
ガンアクションの楽しみも当然ある。
っていうか、ほんと弾込めシーンが丁寧。
ちなみに、コルトM1851のWikipediaページを見ると、動画へのリンクが貼ってある。


後半の展開は、ある程度まで読めてしまうが、それはそれとしてガンアクションの緊張感は十二分に楽しめるものとなっている。
ベタといえばベタだが、王道展開として楽しめるだろう。
というか、江戸時代が舞台になっているということの異化効果があるから、ストーリーが王道なことでバランスとっているとも言えるかもしれない。
機龍警察があまりにも面白すぎるので、あのシリーズと比較すると、面白さはどうしても劣っていると言わざるをえないんだけど、十分楽しい話ではあった。


以下、ネタバレこみあらすじ
機龍警察シリーズでもあったけれど、登場人物それぞれの過去が色々と反映しあっている構図が面白いところだと思う。
郎次は、かつて一家心中を図った家族の生き残りであり、幼い頃に儀平によって引き取られた。
一方の儀平は、自ら一家心中を図り、生き延びてしまった身だった。つまり、子どもに手をかけた父親が、父親に殺されかけた子どもを引き取っていたという構図。
儀平は、証文の買い叩きからのし上がり、江戸でも名うての金融業者になった男であり、郎次に対しても、何か情が移ったとかで引き取ったわけでは決してないのだが、その本意がどこにあるのか、周囲の者も郎次も読者もなかなか分からないままにされる。
郎次は、密輸ルートを確立する折、長崎で「灰」と名乗る中国人と交渉を進める。彼らは、次第に意気投合していき、郎次は灰からコルトを譲り受ける*1
灰が、残月か、それは俺の国では不幸の象徴だとか言いながら、郎次と親しくなるあたりは、月村的男の友情的なアレだなとか思いながら読むところなんでしょうw
物語としては、江戸での郎次の話をメインにしつつ、ところどころに灰との回想が挟まれて、どのように郎次がコルトを入手することになっていったのかが徐々に分かっていく形になっている。


話を戻す。
郎次は、自分とトラブった得意先を、儀平らの反対を押し切って暗殺する。自分の裁量で判断しても問題ない範囲だと判断したのだが、それが誤算だった。
儀平らは、郎次を外して新しい仕事の準備を始めており、郎次が殺してしまった得意先の持っているコネの重要度が、郎次の知らぬ間に上がっていたのだ。
郎次は祝屋の裏稼業から干されてしまう。
ここで、郎次が命まで狙われないのは、郎次には暗殺稼業を行う〈筋〉との繋がりがあると思われているからである。もちろん、そんな〈筋〉は実在せず、郎次がコルトで1人でやっているのであるが、それがバレてしまうと危険である。
一方、コルトの残弾は限られているのだが、密輸品を乗せた次の船には、コルトの弾丸と火薬も一緒に運ばれている算段となっている。裏稼業から外されてしまうと、これを入手できなくなってしまうが、どうしても郎次はこれを入手しなければならない。
郎次としては、どうにかして起死回生を図らなければならず、そのために祝屋の新しい仕事が何かを探る必要があった。
で、実はその新しい仕事というのが、子どもを海外に売ることだったというのが分かる。また、それと同時に、信頼していた弟分も自分を裏切っていたことも分かる。
本当に味方が誰1人いなくなったかと思いきや、郎次のライバルであった邦五郎の女、お蓮が、ひょんなことから郎次の味方となることとなる。というのも彼女は、幼い頃に姉を売り飛ばされた過去があり、祝屋の新しい仕事を許すことができなかったからだった。
郎次は、コルトとお蓮だけを味方に、江戸の闇経済を支配する祝屋に対して、単身、戦争をしかけることになる、と。
で、まあその後は大体大方の予想どおり、話は進むw
郎次待望の積み荷を乗せた船が入港したので、郎次は弾丸を入手するため忍び込むのだが、もちろん罠で、捕まるのみならず、送り主が弾丸のみならず予備のコルトをたくさん同梱していたので、祝屋側にも大量のコルトが渡ってしまう。
一度は捕まる郎次だが、お蓮に助けられ、今度は逆にお蓮が捕まる。
蓮を助けるために、祝屋へ乗り込む郎次。祝屋のボディーガードも今やコルトで武装しているが、経験の差でそれを埋める郎次。
シングルアクションなので、連射するのにはファニングが必要になるのだが、それをできるのは郎次だけで、どんどん蹴散らしていく。
で、予想どおりの全滅オチ
とはいえ、祝屋は儀平から何から全員郎次が撃ち殺すし、郎次と蓮は2人寄り添って死んでいくので、まあハッピーエンドといってもいいのではないか。
後半の郎次はちょっと甘くなってやいないか(皆殺しするという点で甘くはないが、罠を見破れなかった点が)と思わなくもないし、儀平もちょっと最期があっさりしているようなあという気もするんだけど
襖ごしに複数人入り乱れての銃撃戦は楽しかった。


俺は灰とは違う、過去に縛られて生きてるんじゃねえんだとか言いつつ、郎次もお蓮も儀平も過去の因縁が運命のように絡みついてくる、というのが、この作品の空気であり、機龍警察とかもある程度通底するところなのかな、とか。


コルトM1851残月

コルトM1851残月

*1:正確に言うと、譲り受けるというか奪うというかなんか微妙なところだけど