藤野可織『ピエタとトランジ』

身近な人の死を引き寄せてしまう体質の名探偵トランジと、彼女の友人で何故かトランジと一緒にいても死なないピエタの友情ないしシスターフッドを描いた物語。
元々、短編(藤野可織『おはなしして子ちゃん』 - logical cypher scape2収録)として書かれた作品を長編化したもの*1
短編は、女子高生だった2人の出会いを描いたものだが、長編はその直後から2人の晩年までを12の章に分けて描いている。
探偵と助手が様々な事件を解決するというミステリの形式をとった作品ではあるが、謎解きがあるわけではない(トランジは天才なので、現場を見たり事件の概要を聞いたりするだけで、大体真相が分かる)。
短編の感想を書いた時、以下のように記した

こう言ってしまうともしかしたら色々と語弊があるかもしれないが、読んだ時に感じたのは「これ新青春エンタじゃん」ってことだった。
新青春エンタとはむろん、初期の舞城王太郎西尾維新に冠せられたジャンル名である
人が次々と死に、探偵が出てきて謎を解決する、でもミステリってわけでもなく、そういう形式でしか描けない青春を描こうとしているあの雰囲気

長編は、彼女らの人生をさまざまな時期を書いていくので、狭義の青春に限らないが、大量死とある種の超能力を前提とした、何らかの諦念と独特の倫理観と希望が織りなす2人の人生模様を描こうとしている。
なお、ミステリを超えて最後はディストピアSFっぽくなっていくが、同上


ピエタが書いた記録というていをとっているからかどうかなのかは分からないが、突然回想にとんだりする。というか、回想になる際に行空けがないので、結構戸惑う箇所が多い(行空け自体は使われることがある)。が、それにより、ピエタが思いついた順に書き留めている感が出ているのかな、とも思わなくもない。


全12章で、その後に、元になった短編も掲載されている。
各章は時系列順に並んでいて(つまり1章は、高校生時代、2章と3章は大学生の頃……といいうふうに)、その点でいくと、元になった短編は本来一番最初に配置されるべきだが、そうはなっていない。そして、一応その配置順にも意味が生じるように書かれている。


なお、ピエタもトランジもあだ名であり、日本人である。本名をもじってつけられたと説明されているが、本名は読者に対しては明らかにされない(実は、ピエタが他の人から本名で呼ばれているシーンもあるのだが、伏せ字にされている)。

case1 メロンソーダ殺人事件

2人の高校時代
ファミレスで2人で勉強していると殺人事件が起きたという話
正確に言うと、勉強しているのはピエタだけ。トランジから指示された問題を解いて、その間、トランジは読書しているという感じ。
最後に、トイレで産み落とされていた赤ん坊をトランジが助ける。


トランジは、死を招き寄せる体質のため、これまで何度も転校を繰り返しており、自身のこの体質を疎んでいるところがある。しかし、事件を解決する才能があるため、密かに解決したり、あるいは逆に犯人をかばったり、はたまた、事件を未然に防いだりしてきた。
ピエタは、そんなトランジの体質や才能を知った上で、彼女との生活を楽しんでおり、また、トランジ自身も実際は探偵的なことをするのを好んでいるのだろうとみている。

case2 女子寮連続殺人事件・前篇

case3 女子寮連続殺人事件・後篇

ここだけ前後篇
ピエタはトランジに勉強を見てもらったこともあって、医学部に入学する。
(トランジは(大学名は明示されていないが)東大に合格している。ピエタはトランジと一緒に生きていくにあたって医学部進学するのがよいだろうと決心して猛勉強していた。また、それ以外に護身術も身につけている)
女子寮に住むことになるのだが、そこで森ちゃんという同じく医学生と友達になる一方で、女子寮の寮生が一人ずつ殺されていく。
森ちゃんもまた、トランジのような天才で、この事件の謎を1人で解き明かす


なお、ピエタはトランジとの間で起きた出来事を記録に残しており、それを読んだ他の寮生が、「小説なんて書いているの」と馬鹿にして、ピエタが殴り返すというくだりがあったりする。

case4 男子大学生集団変死事件

東大の男子学生が集団で変死する事件が起きて、森ちゃんがトランジのマンションへ訪れる。
また、幼い頃から周囲で事件が起き続けているトランジのことを怪しんでいる、佐藤という刑事も、この事件についてトランジの元へ相談に訪れる。
ところで、実はこの事件、ピエタとトランジで犯人の後始末(証拠隠滅)をしていたのである。
冒頭から、2人の言動には妙なところがある(トランジとは異なり身なりに気を遣っているピエタが、ダサい部屋着をダサく着ていたり)のだが、それがそういうわけだったということが分かる。
1話は未成年がファミレスのトイレで隠れて出産しているし、2話・3話はDVの話、そしてこの事件はサークルでのレイプが事の発端、と女性を巡る問題が度々描かれている。
ピエタとトランジは、事件を解決することを楽しんでいるが、例えば犯人が性被害を受けていてそれの復讐として事件を起こしていた場合などは、むしろ証拠隠滅して、事件を迷宮入りさせてしまうことも厭わない。

case5 海辺の寒村全滅事件

ピエタと森ちゃんは研修医となり、トランジは本格的に探偵として開業する。
依頼を受けて海辺の寒村に向かったピエタとトランジだったが、そこに待っていたのは森ちゃんだった。


実は、トランジの体質は人に伝染する。
トランジには姉がおり、彼女もまた同じ体質で、今は在宅勤務の仕事をして完全引きこもり状態の生活をしている。彼女はトランジからこの体質が伝染し、さらに、一定以上の天才でないと伝染しないのではと考えている。ピエタには伝染せず、森ちゃんに伝染したことで、トランジ姉のこの仮説は証明された
(なお、なぜかピエタはトランジの近くにいても死なないし人を殺さないのだが、この理由は誰にも分からないまま。トランジの姉はピエタと話す度に挨拶代わりに「なんで死なないんだろうね」と言う)


トランジは自分の体質のことを半ば諦めているし、ピエタはそんなトランジと一緒にいることをむしろ楽しんでいるが、産科医になり自身も子どもを産み育てることをを夢見ていた森ちゃんはこの体質が伝染したことに絶望する(そもそも森ちゃんにはトランジの体質のことは伝えていなかったのだが、森ちゃんは天才なので調べ上げていた)。
そして、トランジともども、ピエタの前から姿を消してしまうのだった。

case6 無差別大量死夢想事件

ピエタとトランジは、出会ってから死ぬまで友人同士でほぼ一緒に生活し続けていくのだが、20代半ばから30代半ばまでのおよそ10年間は全くの音信不通になっていた。
6話と7話はその頃のピエタの話である。
森ちゃんの夢をついで産婦人科医になったピエタは、自分が幼い頃から「全滅」を夢想する趣味を持っていたことを思い出す。
(教室に突然テロリストがやってきて系妄想の亜種。普通、その手の妄想は自分がうまく敵を倒すことが多いと思うが、ピエタの妄想ではピエタ含めて全員死ぬ)
また、ピエタのつとめる病院には、ミケランジェロピエタを描いた絵が飾ってある。
ピエタはもうピエタと呼ばれなくなっていたが、その絵を見る度に、自分がピエタと呼ばれていた頃のことを思い出す。

case7 夫惨殺未遂事件

30を過ぎたピエタは、友人の紹介で出会った男性と結婚する。
新婚旅行で、トランジ像を見て、かつての友人を示す名前以外に「トランジ」という語があったことを初めて知る。
全滅妄想がエスカレーションして、絶えず、周囲の人の死を幻視するようになっている。
章タイトルにある通り、夫を殺しそうになるが未遂に終わる。
森ちゃんが望んでいた人生を送ろうとしていたピエタだったが、最終的にそれに適応できていないことに気付く

case8 死を呼ぶババア探偵事件

7話のラストでトランジと再会したピエタは離婚し、トランジの探偵事務所を手伝うようになる。
女子高生とその母親が失せ物の依頼をしてきたが、トランジの体質により、その母親や叔父などが死んでいく。
トランジは女子高生などの間で「死を呼ぶババア探偵」として噂になっていた(ピエタは、「あれ、死を呼ぶ女探偵じゃなかった? え?」となっていたが)。

case9 疑似家族強盗殺人事件

ピエタの両親のところに、かつてのピエタの同級生が子どもをつれて来るようになっていたことを、電話で知る。
そして、その後、両親とその同級生が遺体で発見されるのだが……。

case10 傘寿記念殺人事件

トランジの体質は、森ちゃんだけでなく、さらに様々な人に伝染していって世界的に殺人事件が増えていく。
トランジの探偵事務所が入っているビルの大家さんが、傘寿記念(?)に元夫を殺した話を、2人は聞く。
そして2人はアメリカへ(構成としては、既にアメリカへ渡った2人が、その話を回想している)。

case11 高齢者間痴情のもつれ殺人事件

60代になったピエタとトランジはまだアメリカにいて、ピエタはトーマスという男性に恋をしていた。
しかし、実はこのトーマスは、ピエタとトランジのことを調査していて……。
なお、ピエタ恋多き女性で、高校生や大学生の頃は、トランジを隠れ蓑にして男のところに遊びに行ったり、あるいは男を寮に連れ込んだりしていた。40代以降も、常に男がいたらしいことがトランジの台詞からうかがえる。しかし、ピエタの彼氏ないし夫として登場するのは、短編の際の社会人彼氏、産科医時代の夫、そしてこのトーマスの3人のみである。
一方、トランジはそういう相手がいたことがない(仮にいたとしてもトランジの体質により死んでしまう)。刑事の佐藤は、トランジの部屋に入り込んでいたことがあるが関係があったかは不明だし、結婚してトランジからは離れる。

case12 世界母子会襲来事件

80代くらいになっている。
人類社会は崩壊し、小規模なコミュニティがそれぞれ自給自足しながら細々と暮しており、2人はそうしたコミュニティを渡り歩いている。
人々は互いに会う機会を最低限にしているし、些細なことで殺してしまうので、若者はもはやトランジの探偵というのが何なのかよく分かっていない
世界母子会、というのは、出生数が激減したこの世界で、改めて子どもを産み育てようといする会で、森ちゃんの思想的影響下にあり、ピエタとトランジを殺しにくる。

ピエタとトランジ

ピエタの高校に転校してきたトランジ
ピエタの社会人の彼氏が殺されるのだが、その彼氏が3股をかけていてそのうちの1人が犯人であることを瞬く間に解き明かしてしまうトランジ。
以来、ピエタの高校では次々と人が死んでいったが、ピエタはトランジを学校につなぎとめる。
この短編だけで完結している話だが、第1章で、ピエタは自分たちの出会いを綴ったノートだかを紛失してしまったということを述べており、そして、第12章で、トランジはピエタに、なくしたっていうから私の頭から出力しておいたといって、この話を渡すのである。
また、この短編の最後の台詞等々と第12章の最後の台詞等々が同じ、という仕掛け(?)もされている。

*1:単行本では『ピエタとトランジ〈完全版〉』だったが文庫化の際に『ピエタとトランジ』になった