グレッグ・イーガン『白熱光』

イーガンの長編宇宙ハードSF
奇数章と偶数章で交互に話が進む構成になっていて、奇数章はテクノロジーが進みまくってる遠い人類の子孫が未知の生命を探す話、偶数章は〈スプリンター〉という天体に住んでいる異星人が物理学の体系を編み出していく話。


この作品についてに自分の感想を先にささっと書いてしまうと
面白いことは面白かった。特に後半は引き込まれた。
とはいえ、この作品について十全に楽しめたわけではなく、中盤はちょっと退屈さも感じたところもないでもない。
面白いんだけど、胸をはって「これは超面白い作品です!」とは言えなくて、むにゃむにゃするって感じ。
twitter見てると、『ディアスポラ』越えたって声も結構見かけるんだけど、自分としては『ディアスポラ』越えられなかった感がある。
他のイーガン作品と比べてどうこう言ってみたい気持ちもあるのだが、自分が他のイーガン作品をわりと忘れていることに気付いた。
あれ、イーガンってこんな感じだったっけってちょっと思ったのだけど、『プランク・ダイブ』について自分のブログ記事(グレッグ・イーガン『プランク・ダイブ』 - logical cypher scape)読み返してみたら、結構こんな感じだった。


この作品は、やはりまずは偶数章を読み解けるか、というのが一つの肝になっていると思う。
〈スプリンター〉という天体で、〈白熱光〉のエネルギーを使いながら、質素な生活を続けている、6本足の虫のような姿をした知性体。
その中で、主にザックとロイという2人が、スプリンター上での力学を発見し始める。
問題は、この天体の条件が地球とはあまりにも異なっており、スプリンターにおける独特の言葉遣いもあって、彼らの言っていることが何なのかがとても分かりにくいということ。
なんだけど、これは分かりにくいというよりは、読者向けの謎解き、読者への挑戦状になっていて、彼らの物理を紐解いて、〈スプリンター〉が一体どこのどういう環境にある天体なのか当ててみろっていう趣向になっている。
おそらく、この本の面白さの中核にあるのはこれで、だからこの本を十全に楽しむためには、紙と鉛筆を手にとって、ザックとロイが言っていることを図に起こして、計算したりして、推理しなければならない、みたい。


でも、それってとても大変だし、普通に相対性理論までの物理学の知識とブラックホールとかの天文学の知識も必要になるので、ハードル高すぎである。
もちろん、自分はそんなことしてないし、できてない。
上で「十全に楽しめてない」と書いたのはそのためだが、一方でそこが分からないからといって、全く楽しめないわけではなくて、ちゃんと楽しめる。
この作品については、どのレベルで楽しむかで、いろいろあるのではないかなと思う。


引き続き、偶数章について話をすると、スプリンター人は自分たちの住んでいる天体の運動について知識が増えるとともに、実は危機が迫っていることを知る。
それで、その危機を打開するために、さらに研究を続け、技術を発達させていく。
偶数章は、後半でそういうドラマが展開されており、そこで結構ぐいぐいと読める。
最初は、ザックとロイの2人だけだったのが、仲間が増えていって、それぞれ一つのチームであるともに、次第に分業がなされていく。
スプリンターの物理があまりよく分からなかったとしても、このあたりは全く楽しめると思う。



奇数章
ここまで偶数章の話ばかりしたが、奇数章も奇数章でなかなかハードな設定を持っている。
とはいえ、プロットは単純
主人公ラケシュは、友人達と暇をもてあましながら、未知の領域を発見するような大冒険を望んでいる。そこに、未知の生命を発見したから探しに行ってくれないかという、怪しげな依頼がやってくる。
ラケシュは友人のパランザムとともに、それを探しに行く。


奇数章は中盤までは、イーガンならではの変なスケール感が楽しいと思う。
ラケシュは、人類の遠い子孫だが、その文化文明はまるで変化している。人類以外の種族とも共存し、電脳世界と物理世界を自由に行き来し、宇宙のすみずみまで移動できるネットワークも有している。
旅をはじめて、平気でいきなり1万年経ったりするし、幅1千万キロメートルの望遠鏡を作ったりする


ちょっとここはネタバレになるのだが、奇数章を読み進めていくと、偶数章に出てくる〈スプリンター〉やスプリンター人のことが分かるようになってくるのも、面白い。
偶数章では、〈スプリンター〉はあくまでもスプリンター人の視点からしか記述されないため、よく分からないところがあるが(スプリンター人頭よすぎじゃね、とか)、奇数章を読むとそれが分かるようになっている。


また、最後は文明レベルの異なる知的生命体と接触する際の倫理が問題とされている。
これは別に、宇宙レベルでのみ問題になる話ではなく、「啓蒙」が持つ暴力の問題とも言えるだろう。つまり、その内部においては十分に平和で幸福な生活を送っているコミュニティに対して、その外部があることを教えてもよいのかどうかということ。


あらすじ(ネタバレあり)

奇数章について
大筋はすでに述べたとおり。
ラケシュとパランザムは、融合世界と呼ばれる文明に属しているが、宇宙には一方で孤高世界といって融合世界側からのアクセスを一切受け付けない領域がある。ラケシュらは、その孤高世界に未知の生命がいるというメッセージを受け取るのである。
生命の痕跡があったのは隕石なのだが、その生命がもといたであろう惑星はおそらくすでになく、〈箱船〉となる小天体をたくさん作ったのではないかと推測する。
その〈箱船〉の一つが〈スプリンター〉で、ラケシュらの探求によって〈スプリンター〉がおおよそどんなものか分かってくる。(風とか農園とかの意味がわかる)
ラケシュらが最初に見つけた〈箱船〉は、生命がわずかしか残っていなかったのだけど、次に辿り着いた〈箱船〉で虫型の知的生命体が生活しているところに出会う。
彼らは、ほとんどなんの知的好奇心もなく、〈箱船〉という岩の内部で5000万年以上も生活している。現段階では何の危険もないが、長期的に見れば何らかの危険に巻き込まれないとはいえない。ラケシュとしては、ずっと岩の内部で生活し続け、何も知らず滅ぶよりは、知識を伝達し、融合世界へと連れていく道を示し、その上で彼らがその生活を選択するならばそれもよりが、しかし知らないままでそこで生活させつづけるのはどうかと考える。
とはいえ、それって大きなお世話なんじゃないかとパランザムからは指摘されるし、またラケシュは(パランザムと違って)彼らのシミュレーションを作るにしても何にしても彼らの合意を得ることを最大限重視しようとする性格もあって、どうするか非常に悩むことになる。
ラケシュは、彼らと似た姿になって降臨するのだが、ゼイという例外を除いて、誰も彼には興味をひかれなかった。
彼らの中でゼイだけが旺盛な知的好奇心をもち、ラケシュからの知識を吸収したが、それはゼイを仲間のあいだで孤独にさせるだけだった。
ラケシュがゼイの合意を得て、彼らのシミュレーションを作り調べたところ、彼らは〈箱船建造者〉によって高い知性を設計されながらも、それは危機の時にのみ発現し、それ以外の時はオフになっているように作られていた。偶数章のスプリンター人がみんな頭よかったのは、危機に瀕したことが明らかになって、スイッチが入ったから。
ラケシュは、ゼイのもとにとどまる決心をする。


偶数章について
これまた、大筋はすでに述べたとおり。
最初は、ザックとロイという奇特な奴だけだったのが、徐々に仲間が増えていく。
道具とかも非常に原始的なものしかもっていないので、最初は石投げて実験したりしてるし、コンピュータは開発できていないから、後半はすごく大人数で計算したりしている。
トンネル掘って「風」を利用して、〈スプリンター〉の軌道を変えようという計画が出てきて、ザック率いる物理学者のチームは、理論家のチームとトンネル掘りのチームに分かれる。さらに、実際に軌道がずれて、白熱光(ブラックホール降着円盤)から〈スプリンター〉が少し出るようになると、外部を観測するチームができたりする。〈スプリンター〉は、白熱光の中にあったので、そもそも天体観測ができなかった。それにも関わらず、石投げる実験を繰り返して、〈スプリンター〉が、彼らが便宜的に「ハブ」と呼ぶものの周囲を公転していることを突き止める。すごい。
ザックが外部を観測している途中で死んじゃって、ロイがその後を引き継いでいくことになる。
光を使って遠距離と通信できる機械を作る奴がでてきたり。
スプリンター人は、繁殖に際して家族を作らないので、性的なパートナーシップや親子の情というものもないのだけど、次第にロイが特定のパートナーや自分の子どもにこだわりを感じるように変化していく、といった変化なども描かれている。
最後は、ハブからの距離をとりつつ、突如現れた〈放浪者〉という他の天体との衝突を避けながら、〈スプリンター〉の軌道位置をうまく調節しなければならないという、超難易度の高いミッションに一丸となって挑みながら、多くの者が死んだり、また新たな才能が生まれたりといったエピソードが続き、熱い。
最後の最後、ハフっていう若者が、〈ハブ〉にみんなが近付かないような仕組みを作りましょうよっていって偶数章は終わっている。

4つの勘違いについて

イーガンは、この本の読者が陥りがちな4つの勘違いをあげている
1)〈スプリンター〉は中性子星を回っている
2)ラケシュは〈スプリンター〉を訪問している
3)偶数章と奇数章とのあいだにはかかわりがない
4)孤高世界について読者には何も判明していない


自分は実はこの勘違いにはまらなかったのだけど、それはちゃんと読めたからとかでは全然なくて、twitterで事前にちらちらと目にしていた感想の中でネタバレを見ていたから、であった。
特に(1)については、偶数章をちゃんと読めていないと解けないたぐいの勘違いではある、本来は。
〈スプリンター〉は、〈ハブ〉を周回しているが、この〈ハブ〉というのは実はブラックホールである。スプリンター人が事象の地平面の話をしているところがあったりして、このあたりで、「あ、奇数章では〈箱船〉は中性子星の周りを回っているって書いてるけど、〈スプリンター〉はブラックホールの周りを回っているんだ。だから、ラケシュが訪れたゼイのいる〈箱船〉と〈スプリンター〉は別物なんだ」と気付くのが、どうも正解らしいんだけども
自分の場合は、「〈スプリンター〉はブラックホールを周回している」と推測していた人のtwitteを見かけていて、あーブラックホールなんだーと何となく思っていたので、事象の地平面の記述に何となく気付いた。
あと、当然、ラケシュらは何らかの形で〈スプリンター〉を訪れるものだと予測していたのだけど、読んでも読んでも一向に話が繋がってこないので、あー別のところなんだなと、何となく納得していた。
3)と4)については
偶数章の最後で、ハフが言っていた仕組みというのが、後に孤高世界になったのだろうなと推測できると、勘違いが解ける。
孤高世界が、ゼイらのいる箱船に直接接触せずラケトシュに託したのは、奇数章の時点においては再びスプリンター人は平和状態になっていて知識レベルが後退していると考えられるから。
ここらへんについては直接のネタバレは読んでいなかったのだけど、どうも孤高世界と〈スプリンター〉は関係しているようだという情報だけは見ていたので、その予断でもって読んでいたので、書かれていることにちゃんと気付けたという感じ。

探究心について

〈スプリンター〉についていえば、指導的立場にたったザックとロイが、とにかく危機を脱するためには探究心を持って、観測し計算し、理論を作らなければならないというのを貫き通すことで、ついに窮地を脱する。
一方で、そういう探究心、知的好奇心は、冒険に旅立つ前のラケトシュたちの退屈の苦しみを産んでいたし、またゼイの孤独の原因でもあった。
危機の時である偶数章では、探究心は必要不可欠な重要なものであるけれど、
平和の時である奇数章では、探究心はむしろやっかいなものであるともいえる。
奇数章でも、やっぱりラケトシュは探究心・好奇心は重要なものだと考え続け、ゼイに宇宙も見せるし、他に話を聞いてくれる人を探そうってところで終わっているし、いつかは融合世界に行くのだという可能性も残している。さらにいえば、ラケトシュとゼイが出会ったのは、ロイたちの子孫による計らいなのだと考えれば、探究心・好奇心へのポジティブな評価が貫かれてると言えなくもない。
それでもやっぱり、奇数章において、例えば好奇心をゼイ以外の〈箱船〉住人に発現させることは、倫理的に問題があるだろうという結論も維持されている。
プランク・ダイブ』なんかも、宇宙へと目を向けない知性体に対する介入を巡る是非だったり、探究心・好奇心が命と引き替えになったりしているエピソードがある。
さらにいえば『ディアスポラ』だって、地球に残るって言い続ける奴らがいたり、電脳の中に引きこもる奴らがいたりする。主人公らは、宇宙をひたすら探求し、最後には数学のフロンティアを探求しつづけるところで終わり、それが感動を誘うわけで、まあ同様のテーマを巡っているのだろうなあ。
オーランドとかの話と、チョーとかって似てる? 似てない?

正直、自分はミステリとかすごく苦手なので、「自分は4つの勘違いにはまっているに違いない」「自分はオチが理解できないに違いない」とびくびくしながら読んでいたので、最後ちょっと拍子抜けしたかも。あと、そのびくびくのせいで十全に楽しめてないw
訳者あとがき読んでて一番「?!」ってなったの、スプリンターとスプリンター人が透明云々ってあたりで、あれの意味が全然わかってない*1
読み終わったあとになって、スプリンター人の数え方が6本足に起因してるとか、真空だから声が、とか気付いたので、そこらへんの注釈付きで読みたい。あと、幾何学とか重さとかを地球語翻訳してほしい。それでも分かるかどうかわからんけど*2
スプリンター後半は、宇宙ものじゃなくて、海洋冒険ものみたいなもんだと思いながら読んだ。ほら、リヴァイアスって宇宙が舞台なのに、潜行したり浮上したり海っぽくなってるけど、ああいうイメージ*3
白熱光のトレーラー。作成者がパランザムになってる! Incandescence http://www.youtube.com/watch?v=cji98WML1FA
シノハラユウキ ‏@sakstyle 21h
トレーラーその2。スプリンターの軌道的なものが。当たり前だが、投稿日は5年前とかになってる Incandescence 2 http://www.youtube.com/watch?v=qjY8tiOwJsQ

*1:白熱光が透過してるって意味っぽい

*2:幾何学は、重力みたいな意味で使われていたりしたように思えたけど。重さは、遠心力だっけ

*3:降着円盤(白熱光)から軌道がずれて周囲の宇宙が観測できるようになったりするあたりね。作中では「闇時間」とか言われてる