籘真千歳『スワロウテイル序章/人工処女受胎』

雪柳の可愛さマジハリケーン


シリーズ3作目は、主人公揚羽の学生時代、マリ見てを想起させるようなお嬢様学園生活を描く連作中短編集。
という形を取っているので、3作中もっとも読みやすく、また時系列的にも一番最初に位置するので、ここから読み始めるというのも手かもしれない。
1,2作目の感想でも、「これぞラノベだ」と書いたのだけど、今回も同様、というかより一層その感覚が強まった。
一応、言っておくと、「ラノベ」という言葉がさすイメージというのは人によってバラバラになっていると思うけれど、ここでいうラノベは、僕自身が慣れ親しんできたラノベ*1、及びそこから敷衍される理想像としてのラノベを指す。
連作中短編集ということで、4本収録されていて、うち3本はSFマガジン上で掲載され、最後の1本は書き下ろしになっている。基本的に、学園で怪事件が起きて、表では学園生活をしつつ、裏では青色機関として揚羽が事件を解決するという体で話が進んでいく。が、次第にそれぞれ個別の事件ではなく、学園全体に関わる大きな陰謀の一部だったということが明らかになっていく。
とまあ、非常にベタな構造をしていて、それがリーダビリティの高さに繋がっていると思う。
1,2作目も、枠だけならオーソドックスなものだけど、かなり色んなもんが詰め込まれて、伏線も縦横に張り巡らされていて、読んでいてかなり目まぐるしい。
それに対して、こちらは雑誌に掲載された3本は、一応そこで話が完結して、次へ進むという形なので、ある意味落ち着いて読める。
しかし! 何というか、濃度みたいなものは全く落ちていない。
シリーズ通して、色んなジャンルやネタや引用がちりばめられているわけだが、その点の濃さは言うに及ばず、「っていうか、今までの2作と今回の学園ものって雰囲気違くない?」「学園ものだしSF分は薄め?」みたいなところも書き下ろしの最後の1編がぐいっと回収していく。


人工妖精は、知識や技能をもった状態で生まれてくるが、各種専門職につくためにはさらにその後、学校に通うことになる。舞台となるのは、看護師を養成する全寮制・2年制の扶桑看護学園、通称『五稜郭』である。看護師養成のための学園とはされているが、生まれたばかりの人工妖精をお嬢様として育て上げる学校としても知られている。挨拶はもちろん「ごきげんよう」、丁寧語や楚々とした仕草を教え込まれ、1年生には必ず1対1で面倒をみる2年生の先輩がつき、「お姉様(エルダー)」と呼ばれるなど。
もとより4等級予定で、成績も悪く、また青色機関の活動を裏でしているため、無断欠席や生傷の絶えない揚羽は、学園の中では浮いた存在ではあるが、ルームメイトで親友の連理、義妹である雪柳に囲まれ、賑やかな2年目の学園生活を送っている。
そういえば、この3作目が、前2作に比べてより「ラノベ」っぽくなった点としては、挿絵イラストが入ったことが挙げられる。ちなみに、揚羽は黒髪ストレート、連理はゆるくパーマのかかったボブ、雪柳はウェーブのかかったツインテールで、雪柳かわいい。
揚羽と連理が水気質(アクアマリン)であるのに対して、風気質(マラカイト)である雪柳は、丁寧語の使い方もおかしいしドアは蹴り開けるし、「前後不覚(ハリケーン)」とあだ名されるほどのトラブルメイカーで、エルダーである揚羽を悩ませるが、揚羽のことを心底慕っている。
一方の連理は、風紀委員をつとめ真面目な優等生ではあるのだが、本当は校則違反のパーマをかけているなど決して真面目一辺倒ではなく、水気質には珍しくハキハキとした性格で姉御的な存在として、多くの生徒から慕われている。多くの生徒から距離の置かれている揚羽も、ルームメイトになった縁で、親友同士の間柄となっている。


以下、ネタバレこみあらすじ

蝶と果実とアフターノエルのポインセチア

揚羽、2年の冬休み、青色機関の仕事で大けがをし入院しているところから、物語は始まる(ちなみに9月始まりなので、まだ1学期が終わったところ)。
青色機関の仕事で切除した人工妖精が3人連続で、学園の風気質であったことから、揚羽は学園内の噂を調べ始める。連理は、ハンバーグから妙な味がしたという。調べてみると、人工的に作られて血などないはずの「視肉」に血が混ざっていた。
また、切除した人工妖精が持っていた電卓のような機械について、風柳がそれは「ピッチ」だと指摘する。
東京自治区では、マイクロマシンである蝶の影響で、電波が使えなくなっており、赤外線通信が発展している。ところが、マイクロマシンが広まる前に、一時的に広まったピッチが、事なかれ主義の中で放置され、まだひっそりと使われていたのである。もとより学園は通信端末の使用が禁止されているが、風気質の生徒たちは、探知されないピッチを使って電話をひっそりと楽しんでいたのである。
風気質の事件と視肉の件について、揚羽は、千寿という1人の生徒が起こしていたことを突き止める。
人工妖精は妊娠できないが、生まれ変わりたいという妄念にとらわれた彼女は、初期化剤を使って「肉」を産んでいた。
肉と電気で戦う(?)戦闘シーン。
この事件と学園の影に、不言の一族、そして風気質の生みの親である不言志津江の名前がちらつきはじめる。

蝶と金貨とビフォアレントの雪割草

季節は二月、学園がバレンタインで浮き立つ中、揚羽は人倫から「壱輪」という風気質の人工妖精を探すように要請を受ける。
人倫とは関わるなと鏡子からきつくいわれていた揚羽だが、妹の真白のことを条件に出されて、請け負うことになる。人倫からは、12月の怪我(最初の入院)で移植された眼球は、本来揚羽の眼球であったことを告げられると共に、父親からといって暗号のようなものが書かれた紙を渡される。
直後、朔姫という生徒が、自分が壱輪を匿っている、また最近学園を騒がせている「吸血鬼」は自分であると名乗り、揚羽に警告を与える。
バレンタインを巡る、雪柳、片九里(連理の義妹)、揚羽、連理のドタバタ。まるでコントのような掛け合いがとても楽しいw
吸血鬼除けのおまじない
揚羽の父からとされる暗号を見て、雪柳は即座にそれが地図だという。
五稜郭』は、非常に奇妙な構造をしており、各所に生徒の移動を制限するゲートが設置されていて、そのために全ての廊下が一方通行となっている。それゆえに、とても近いところにある教室であっても、ぐるりと回らないといけなかったりなどということがある。そこで、生徒たちには代々地図が受け継がれているのだが、それを実際に作っているのが風気質の生徒たちなのである。そして、その際にゲート番号を使っており、それがまさに例の暗号と一致するのだった。
そしてまた、揚羽は自分の新しい眼球が、今までは見えなかったAR映像を映し出すことに気付く。それによって、図書館の本の中に、かつて『五稜郭』が研究機関であった頃の記録が隠されていることを知る。
空蝉計画という、脳と身体を分離する技術の実験*2。壱輪はそれの被験者であった。しかし、この計画はうまくいかず、その副作用として壱輪は吸血行為に至っていた。壱輪の義妹であった朔姫は、義姉(エルダー)である壱輪を慕って、彼女を守ろうとしていたのだが、実際には彼女も壱輪に行方を知っているわけだはなかった。(父から渡された地図を雪柳と共に解くことで、脳にはたどり着く)
後輩の先輩に対する思慕というちょっと百合的な話。
とっくの昔に終わっていたはずの空蝉計画の被験者が、何故まだ残っていたのか。鏡子は、不言一族は取りつぶしになり一族郎党全て根絶やしにされたというが。

蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス

桜の季節。3月の看護師資格試験と就活を終えて、学園は「桜麗祭」という学園祭の準備期間。
揚羽は、人倫から学園の運営実体が不透明であり、ついてはこれまでの事件とのことも考えて、内情を調査して欲しいなどと頼まれる。
学園では、雪柳が友人達をあつめて教室に立てこもり、生徒会執行部と衝突していた。
雪柳は、揚羽ファンクラブを名乗り、揚羽の知らないうちに1年生を次々と集め、大規模な地下組織を作り上げていたのだった!w
とにかく、この話は雪柳が学園闘争めいたアジテーションを繰り出す様がとてもかわいくて楽しいw
桜麗祭では例年、NF(ノーブル・フローレンス)と呼ばれる代表生徒を選ぶ選挙が行われる。雪柳は、揚羽をNFにしようと選挙活動を始めていたのだが、一方、本来の有力候補は生徒会長の柑奈であり、生徒会との対立はそのような背景にも由来していた。
揚羽は、自分はNF選挙には立候補しないと柑奈に告げに行き、そして柑奈もまたNF立候補の意志がないことを知るのだが、それ以外の有力候補が矢継ぎ早に辞退し、揚羽と柑奈は辞退できない立場へと追い込まれる(伝統的に必ず2人は立候補しなければならない)。
一方、揚羽は、生徒会顧問であり体育教師にして生徒指導、五稜郭のOGでもある燕貴に気に入られる。普段、体育は見学している揚羽が、剣道の時間に燕貴と一対一の手合わせをすることに。その後、燕貴は揚羽に、剣道がいかにして剣道になったか、そしてNFとは一体何なのかということを語る。
揚羽は柑奈と共に、五稜郭の謎を調べるため、廃校となった山城学院跡へと向かう。五稜郭も山城学院もかつては研究施設であった。
揚羽は、この二つの研究施設は、密集した都市生活におけるストレスをパッケージ化して分離する技術について研究していたのだと考える。学園の複雑な構造は、感情を制御するために作られた仕掛けなのだ、と。しかし、山城学院ではかつてその実験が失敗し、凄惨なる殺し合いが起き、廃校となった。その後、残った生徒が五稜郭へと移るのだが、その移った者たちのリストを揚羽は探していた。
選挙前日、雪柳による揚羽ネコミミ大作戦がついに決行されようとしていた。
しかし、揚羽はまさにその時、燕貴との戦いの勝機が訪れたことを知り、燕貴のもとを訪れる。燕貴こそ、かつて山城学院から五稜郭へ移った生徒の1人であり、殺人犯の殺人犯であった*3
彼女が感情のパッケージ化(あるいはパケット化)と呼ぶ技術を使い、集団を安定化させるべく、一方で不安定な者を選別して処分していたのである。
秩序を維持するために、同じ人工妖精を殺すという意味で、燕貴と揚羽は同じであるが、燕貴は7人を守るために3人を選んで殺すのに対して、揚羽は倫理三原則を破った者であれば必ず殺す。もし10人が全員それを破れば10人全員を殺すのが揚羽である。
刀vsメスの戦い。
勝機は、燕貴の強さの秘訣である眼球。動きを全て静止映像で捉えるその眼球に対して揚羽は、舞い散る桜吹雪を利用して挑む。
人知れず戦いを終えた揚羽が戻ると、NF選挙の結果が発表される時、名前を呼ばれたのは「真白」であった。

蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア

学生証も区民証も突如として失効した揚羽は、ホームレス同然の状態と街を彷徨っていた。
NF選挙のあと、雪柳たち幾人かの風気質がいっせいに気を失った。それは彼女たちもまた空蝉計画の被験者であり、揚羽が燕貴を排除したのを機に人倫が学園に介入、大元となる脳との接続が途絶えたせいだった。彼女らの救護には鏡子もあたり、揚羽は鏡子から激しく叱責される、そのため揚羽は、鏡子の元にも帰れなくなっていた。
しかし、その頃、モノレールの駅で次々と人工妖精の自殺が発生。そして、「黒の五等級」と俗に呼ばれる何者かが噂になっていた。
青色機関として何とかしてその件を調査しようとするものの区民証がないために駅に入れない揚羽の元に、総督府の者*4が現れる。
人工妖精は何故自殺が出来ないかを倫理三原則を元に語られる。
そもそも倫理三原則は、被造物のための法則ではなく、人間社会を維持するための共有規範のことでもある。だが、人間は「自己」とは何かを結局規定できずじまいであり、生体の構造上は人間と変わらない人工妖精も「自己」を定義できず、自己保存の第三条が実は弱い。
しかし、その一方で最終タイプの人工知能と峨東一族は、「自殺を禁じなければどんな知性も意識を芽生えさせない」ということに気付かされる。
では、何故人工妖精には意識が生じるのか。
人工妖精は、その作りについていえば人間と全く同じであり、実は第三条ではなく第一条によって自殺が禁じられているのではないか。そして、燕貴の死によって、感情が不安定化した(一条が弱まった)人工妖精が、「黒の五等級」によって自意識を失わされて(三条も失効する)、自殺したのではないか、と。
この話について、人工妖精と人間が対等であるかのような語り口に対して、揚羽は終始戸惑っている。
一方、鏡子は人倫と共に、モノレールで不言志津恵と対峙する。かつて、青色機関に共に所属していた鏡子と志津恵。
「全能の逆説」を解き明かすことに力を尽くしていた不言は、「乱数」である揚羽にその答えを見出そうとしてた。眼球もまた不言の差し金である。
双子機は本来、離ればなれになると両方が昏睡する。しかし、揚羽と真白の双子はそんなことにはなっていない。何故か。真白を覚醒させるため、双子の片方をスペアに変えてしまうということが行われた。では、変えられたスペアはどうなったのか。自我のもたない個体。そこに脳を増設して意識を発生させる。増設脳は眼球の中に設えられる。自我のない意識をもった揚羽。不言志津恵は、自我のもたない存在を、東京自治区全体の感情のパケット化コントロールシステムの中心に据えて、集団の秩序を維持する、全能の存在へと仕立て上げようとしていた。この全能の存在というのの描写が、概念と化した鹿目まどかを想起させるものだった*5
揚羽は、概念と化す一歩手前まで行くのだが、鏡子の声で戻ってくる。
幸せになるために生まれてきたのではない。選び取るために生まれてきたのだ。
そして、「家族」について。


雪柳への見舞いシーン
雪柳は意識を取り戻し、また「ハリケーン」となっていたが、学園生活の記憶は一切が消えていた。
そして、ラストは連理とのお茶シーン
いつか親しくなった人とも別れて置き去りになることが怖いという揚羽に対して、取り残されるのではなく並んで歩くのだと諭す連理。


雪柳を中心とした学園エピソード(バレンタインやら学祭やら生徒会との戦いやら)と、その一方で青色機関として謎を解いていくというスタイルで続く3編に対して、がらりと雰囲気を変える最後の1編という感じ
最初3編の方は、千寿のグロテスクな姿とか、ピッチとか、学園の複雑な構造を利用した探検とか、書ききれないくらいに要素要素で面白いものがたくさんあるけど、話としてはオーソドックスな感じもある。
最後の1編は、一気にSF濃度を上げてきている。
三原則についての考察ががーっとやられるのは第一作目とも通じるところだし、揚羽が「乱数」だといわれたり真白との関係でどうのこうのってのもやっぱり第一作とも通じる話だけど、そこから一気に概念まどかみたいな話まで持って行って盛り上がるんだけど
その一方で、眼球でハッキングしているっていうのが*6、『ダブルブリッド』を思い出させて、そもそも最初の話の挿絵で片目包帯巻いているのが、ちょっと優樹っぽくないこともないし*7、個人的には盛り上がる。
雪柳も衝撃的だしなー。
読みながら最初は、「よしブログの冒頭には「雪柳かわいいよ雪柳」って書こう」と思っていたのだが、ラストでは「雪柳かわいいよ(泣きながら)」になっていた。


スワロウテイル序章/人工処女受胎 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル序章/人工処女受胎 (ハヤカワ文庫JA)

*1:まあ色々あるんだけど、今回は最後に出てきたある仕掛けのために、『ダブルブリッド』を特に想起した

*2:脳と身体を繋ぐのに電磁波が使われていてってあたりの話が、1話のピッチの話から繋がっていたりする

*3:さらにいえば、彼女の本名は桜花であり、燕貴はかつてのエルダーの名前であった

*4:明言されていないが明らかに椛子

*5:ネットの感想見てたら同じこと書いている人がいた

*6:鏡子に否定されているけど

*7:髪の長さ違うけど