月村了衛『機龍警察 自爆条項』

機甲兵装というパワードスーツみたいな兵器がテロに使われるようになった近未来、対機甲兵装テロのために新設された警視庁特捜部の話。


シリーズ2作目なのだが、ネット上のどこかで誰かが、「これから読む人は自爆条項から読むのがいいかも」みたいなことを言っていたのを見かけて、何故かこっちから読んだ。
まだ1作目の方を読んでいないので何とも言えないけど、「あれ、これってもしかして1作目のネタバレになってんじゃねーの」みたいな箇所があったので、あまりお薦めできないw
とはいえ、それがちょっと気になったくらいで、こちらから読んでも十分に楽しめた*1


すごい面白かった、というかすごい好みだったw
警察や各省庁のセクショナリズムによるあれこれありつつも、特捜部設立者である部長がそれをうまくくぐり抜ける一方で、しかし事件の全貌はなかなか明るみにならず、捜査を続けるほどにスケールが拡大していき、そのまた一方で、主人公の壮絶な過去が語られ、最後はパワードスーツ同士の派手なアクションもかます、とw
パトレイバーやら攻殻機動隊やらが好きなら、これもいけると思うけど、パトや攻殻よりもさらにセクショナリズム的な駆け引きの部分が多いかも。あと、北アイルランドのテロ組織IRF*2が事件の中心にいて、主人公の過去もアイルランドなので、3分の1から半分くらいはアイルランドとイギリスが舞台になっている。そのことによる本作の雰囲気は、パトや攻殻のそれとはまたちょっと違う。
SASはちらっとしか出てこないのだけど、IRA絡みの話が出てくるとなると、『MASTERキートン』好きの血も騒いでしまうw キートンっぽいところは全然ないんだけど、ベルファストだー、みたいなw


以下、設定とあらすじ
警視庁特捜部は、龍機兵と呼ばれる機甲兵装を運用する、警察の中でも半ば独立した機関。そういう意味では、特車2課や公安9課と似ていなくもない。特捜部は新木場にあって、物理的にも警視庁と距離がある。彼らは、様々な理由で警察内部から非常に嫌われていて、場合によっては憎まれているともいっていいくらいで、警察の他の部署から協力を得られると言うことがまずない。
その特捜部を率いているのが沖津部長で、彼はなんと元外務官僚。彼がなんで特捜部設立することになったのかこの2作目を読んでもよく分からなかったのだけど(1作目に書いてあるのかなと思いながら)、ちょっと9課の課長みたいな人かなと思う。警察の中の警察たらんとして、そのための手段として無理矢理にでも実力部隊を作ってしまった。そのための政治的な手腕も持ち合わせているんだけど、突出して組織には馴染まない感じ。部下から見ても、時々何考えているのか分からないのだけど、成果はきっちり出すので信頼出来る。
で、龍機兵に搭乗するのが以下の3名
すなわち、傭兵の姿俊之、元ロシア警察のユーリ・オズノフ、そして元IRFのテロリストであるライザ・ラードナーである。
特捜部が嫌われている最大の要因がこれである。
部長の沖津、そして特捜部の要たる突入要員の3人が揃いも揃って警察部外者、のみならず元テロリストまでいる始末である(当然のことながら彼女が元テロリストであることを知るものはごく一部に限られるのだが、噂にはなっている)。
特捜部は他に捜査班と技術班がいるのだが、こちらはみな普通の警察出身者であり、機龍兵の3人は彼らからすらも嫌われている。
姿は、本作ではあまりどういう人か分からなかったが、豪放磊落でプロ意識の強い傭兵という感じ。コーヒーがやたら好き、というか、日本のあちこちにある自動販売機が珍しくて見つけるととりあえず缶コーヒーを買ってる。周囲からぶつけられる感情も本当に気にしていない様子。
ユーリは、何かがあって警察にはいられなくなってしまった人らしく、本当は捜査への未練がある。そのため、捜査班のことが気にかかっているが、捜査班から嫌われているということも元警察であるがゆえによく分かっており、内心悩んでいる。だが、その様子は表には表さない。傭兵、元テロリストの2人に比べれば、戦闘能力は劣る。彼についてもこれ以上のことはよく分からず。
そして、ライザ。彼女が『自爆条項』の主人公となっている。彼女は、周囲から、姿、ユーリの2人以上に何を考えているか全く分からない人物と見なされている。彼女については後で。
特捜部には、若いキャリア組の2人が理事官として属している。
この2人は、特捜部と警察でのキャリアの間で揺れるキャラクターとして描かれている。片方は、もともとやや変人というか孤立してもよいと思っているタイプらしく、キャリア同士の付き合いや駆け引きとは距離を置いている感じ。もう一方は、キャリア組として今後どうするかということを当然考えており、付き合いなどをちゃんとしているのだが、特捜部にいることの不利を痛感している。また、ただ単に出世のことだけを考えているのではなく、特捜部の仕事のことも真面目に考えているため、その狭間で揺れている。警察上層部や他省庁から、捜査を中止するようにという要請が度々くるのだが、それがまずは同じ階層に属するキャリアからのプライベートな連絡を装った形で彼の元に入ってくるのである。
特捜部の捜査班は、2つの班に分かれており、それぞれの班の主任が名前付きのキャラクターとして描かれている。彼らは、地道に聞き込みや張り込みを行う刑事的な仕事をこなす、一番警察っぽい警察なのだが、特捜部に配属されてしまったが故に、かつて同じ部署で働いていた者たちからの嫌がらせや排除を日常的に被っている。それでも彼らがきっちり仕事をこなしているのは、彼らをまとめる沖津の有能さのためなのだろう。
そして、技術班の主任は、もう1人の主人公ともいうべき、鈴石緑。彼女は、一応警部補の肩書きは持っているが、完全な技術者。機龍兵の整備とともに研究も行っている。
ここらへんは一作目読まないとよくわからんなと思ったのだが、機龍兵は5年先んじた技術が使われているために、技術班による「研究」が行われているらしい。また、機龍兵の運用が、傭兵、元ロシア警官、元テロリストという型破りな人選のパイロットに任されているのも、そこらへんに理由があるらしい。
実は彼女は、かつて家族とイギリス旅行をした際に、IRFの爆弾テロに巻き込まれ、両親と兄を失っているのである。元々研究者の道を進んでいた彼女は、それを機に警察を志し、特捜部に配属された。しかし、そこで出会ったのは、元IRFのライザであったのだ。


物語は、横浜港で武器密輸の疑いを察知した税関職員と神奈川県警が、とある貨物船に職務質問をかけるところから始まる。職質を始めた瞬間、貨物責任者と共にいた白人の男が、居合わせた警官と貨物船の船長らを銃殺、自らも顔を撃ち抜いて自殺した。
さらに衝撃的なことに密輸された物資は、機甲兵装「デュラハン」であった。さらに続けて、同様の手口で日本各地から複数のデュラハンが密輸入されたことが判明し、大規模なテロ計画が進んでいるのではないかという疑いが強まるが、特捜部には捜査中止命令が下る。警察上層部よりもさらに上の意向が働き、沖津も従わざるをえない。しかし、そこは沖津。突入班の3人に、「哨戒」という名目で捜査を行わせるのであった。
特捜部が捜査中止命令を実質的に破っていることに気付いた外務省は、非公式に沖津に接触。IRFが、近く来日する予定のイギリス高官を日本で暗殺する計画があることを教える代わりに、事件から手を引くことを要求する。
一方、ライザの元には、IRFのトップ、〈詩人〉のキリアン以下、処刑人3名が姿を現していた。彼らが来日した「第二の目的」は、裏切り者であるライザを処刑することだと告げて彼らは去っていく。


以下あらすじは、最後の最後までネタバレ。


この小説は、第一章 東京/現在1、第二章 ベルファスト/過去、第三章 東京/現在2というように、現在の日本と過去のアイルランド・イギリスが交互に描かれて進行していく。
ライザ・ガードナーの本名は、ライザ・マクブレイド北アイルランドでマクブレイドといえば、裏切り者の家系として有名であった。彼女は、ベルファストで鬱々とした少女時代を送っていた。
和平へと向かってきた北アイルランド情勢は、「第2の血の日曜日」(通称『アゲン』)と呼ばれる事件を契機に、再び武力闘争路線の時代を迎えていた。そしてそれにあわせるように台頭したのが、IRFであった。
ライザの妹、ミリ−は『アゲン』に居合わせており、それ以来声を失っていた。それでもその快活な性格までは失わず、マクブレイド家に明るさをもたらしていた。また、ピアノの才能があり、神父の妹であるジェーンから好意によってピアノを教えてもらっていた。ライザにとって、ミリーは特別な存在だった。
友人の従兄弟がIRFに加わり、そして死んだ。それ自体はよくある出来事だが、ライザにとって決定的な影響をもたらす。マクブレイドという裏切り者の家系に属するライザのことも、分け隔てなく接してくれた友人が、従兄弟の死を契機にライザと袂を分かつ。一方、ライザは少しずつIRFのことが気になり始める。
そしてある日、キリアンが何故かライザの家を訪れる。彼が話す、マクブレイド家の真実。裏切り者と誹られた彼女の祖父は、決して裏切り者ではなかった。愛国者であるが故にあえて裏切り者の汚名をかぶったというのだ。
再び、舞台は東京に戻る。
IRFのテロ事件への直接の捜査を禁じられた特捜部だったが、中国人殺害事件という別方向から再び事件へと迫ろうとしていた。横浜港で殺された貨物船の積荷責任者は、中国黒社会と結びついていた。その線を追う中で、フォン・コーポレーションという中国の大企業へとぶち当たる。フォンの若社長は、中国黒社会の有力者を第一秘書として雇っていた。
経産省経由で、フォンの社長から接触がある。彼から、IRFの潜伏場所はエルサン化学工場だという情報を得る。一方、姿には第一秘書の方からの接触があり、クインには「第三の目的」があると告げられる。フォンの社長と第一秘書は、どのような思惑をもってそれぞれ接触してきたのか分からぬまま、特捜部は、罠の可能性を想定しつつ化学工場突入作戦を決行する。
一方のライザは、処刑人と再会することを求めて街を彷徨っていた。彼女は、自ら死ぬことはできないが、死にたがってもいた。そして、緑が読んでいた一冊の本のことが気になっていた。既に販売中止になっている、キリアンの詩集と装丁の似ていた本。何故、緑がそのような本を持っているのか。
実際には、その本は緑の父親が生前に出版した唯一の本であった。出張の多い仕事についてた彼女の父は、旅行記風のエッセイを本にまとめていたのだ。父の生前には一度も読んでいなかったその本を、気持ちの整理をつける意味で緑は読み始めていたのだった。
エルサン化学工場には、8機のデュラハン。龍機兵に飛行能力を与える「一号装備」をつけたライザの「バンシー」を先がけに、特捜部突入班が作戦を決行する。
彼女は、IRF処刑人の1人をそこで仕留める。
舞台はシリアへと飛ぶ。IRFに参加したライザは、シリアでテロリストとしての訓練を受けていた。厳しい訓練の中で頭角を現していくライザ。教官は彼女に「死と悪運がついて回っている」と述べる。ライザは「自分の人生は際限のないジャムの連続なのだ」と思うようになる。最後の試験に、ライザと同期の1人が呼び出される。そこで、その同期は実はスパイだから殺すように迫られる。本当にスパイなのかどうかは分からぬまま、ライザは引き金を引く。
イギリスに戻ってきたライザは、キリアンの切り札として、暗殺を手がけるようになる。キリアンは、過激派のIRFの中でもさらに突出しており、組織の中での地位を強めるために暗殺を繰り返した。
ライザは、ミリーには手紙でロンドンで普通の会社員として働いていると伝えていた。ミリーからは、母やジェーンの死を知らされた。妹からの手紙から、かつての明るかった妹は少しずつ失われていた。
そして、ある時、ライザはキリアンからイレギュラーな仕事を頼まれる。爆弾テロの実行犯が、決行の直前に別件で逮捕されてしまったことでのピンチヒッターだった。かくして、鈴石緑の家族を奪った大規模な爆弾テロは、ライザ(と他複数のIRFメンバー)の手によって決行された。帰宅して、溜まっていたミリーからの手紙に目を通すライザ。そこには、ライザに会いにロンドンへ行く旨が書かれていた。来る日付は今日。ミリーは、爆弾テロに巻き込まれ死んでいた。即日、ライザはIRFを離脱し、それ以来裏切り者と追われることとなった。
再び東京。引き続く中国人殺人事件の線から、中国国家安全部の関与すらもちらつきはじめる。
ライザは、キリアンから国際ろう学校の演奏会の招待を受ける。万全の警護体制の中、演奏会の日を迎える。ライザへの襲撃もテロも行われなかった。ライザは、ろうの生徒たちが奏でる音楽に、密かに涙を流し、それを偶然見てしまった緑は動揺する。
ライザは、新宿の本屋で売れ残っていた緑の父親の本を手に入れていた。キリアンの本と似ていながら、その向く方向は全く逆のその本に、ライザは、ライザの父が言っていた「自由」の意味を知る。
ついにサザートンが来日する。警備部警護課の厳重な警護体制に特捜部も加わっての警護。
警護期間中、外事の課長が沖津に接触する。彼は、真相は謎のままとされる『アゲン』も実はキリアンの手によるものであったのではないかという「噂」を口にする。そしてさらに、特捜部発足の後押しとなった『狛江事件』がこれに似ていないか、つまり沖津がキリアンばりの陰謀を画策したのではないかと匂わせるのだった。
警護最終日。羽田へと向かう首都高速上で、ついにIRFの襲撃が行われた。それも、ビルの中からという意表を突いた経路から。警護課の有する機甲兵装「ニーグル」は、デュラハン相手に苦戦する。特捜部の3機も突入し、姿の善戦によりそのほとんどを撃退するも、デュラハンの一機とそれを追うライザ機が姿をくらます。
そして沖津はついにキリアンの「第三の目的」に気付く。彼らは、ライザを処刑するだけでなく、バンシーを奪取しようとしているのだ。中国国家安全部はおそらくそれに絡んでいるのだろう。フォン・コーポレーションが出てきたのはそのためだ。
沖津は、ライザが姿を消した地下道の地図を探させるが、東京の地下の迷宮っぷりが明らかになるばかりだった。
キリアンの「第三の目的」を知らされた姿は、それは不可能だという。何故なら、彼らの契約書には「自爆条項」がつけられており、機体が奪われる可能性があるときは自爆せよとあるからだ。だが、国際ろう学校の生徒が1人行方不明になっているという情報がそれに加わる。ライザの妹のことを考えれば、これは有効な人質だ。
ユーリと緑を下がらせた沖津は、姿にだけ命令を下す。それは、姿の契約書に書かれている自爆条項附則の確認だった。他の2名が自爆条項を守れぬ場合は、代わりに機体を破壊することが姿の契約であった。
沖津の推理により*3、キリアンがライザを待ち構えているであろう場所が判明する。狙撃体勢をとる姿、それを停めるべきか悩むユーリ。
緑がライザに通信を入れる。あなたに死ぬことは許されない、と。それを聞いたライザは、機龍兵で手話をして人質の少女に注意を促し、スタングレネードを撃つ。それを見越した姿は、周囲のデュラハンを狙撃する。
逃亡するキリアンを捜査班の2人が逮捕する。
所轄にキリアンを連行した2人は、かつて彼らを忌避した仲間から賞賛を浴びる。ようやく報われたと感じるのもつかの間、身元不明のアジア人男性が署内で自爆テロを行う。キリアンだけでなく、多くの署員が死亡する。
捜査班の2人は、キリアン逮捕により総監賞を表彰されるも、再び恨まれる境遇となる。
そして緑は、自爆条項とライザのことについて思い悩む。そんな折、自分の父の本を読むライザの姿を目にするのだった。

追記(20120320)

機甲兵装の設定について、書き忘れ
大きさについて具体的に書いていなかったように思うけれど、それほど大きくないっぽい。
レイバーくらいの大きさがあるのかなと思ったのだけど、結構生身の人間がそのまま対峙しているシーンがあったので(むろん戦闘したら生身の人間は勝てないが)、人の身長より一回りか二回り大きいくらいかも(あ、でも、それだったらレイバーくらいか。イングラムとかはもっとでかいけど)。
多脚とかはなさげ。デュラハンはその名の通り頭部がないらしいが。マニュピュレータ−と銃の描写あたりからすると、手も人間のような手はしてなさそう。
龍機兵は、マスタースレイブとBMIの両方が使えて、BMI使うために搭乗者の身体に何か埋め込んでるらしい。それがキーとなっているので、搭乗者以外は運転することができない、とか。
一号装備は、翼なんだけど、薬液使って翼を展開するとかでちょっと面白かった。
あと、機甲兵装で機甲兵装を制圧すると、かなり高い確率で搭乗者が死ぬとかやばい

機龍警察 自爆条項  (ハヤカワ・ミステリワールド)

機龍警察 自爆条項  (ハヤカワ・ミステリワールド)

*1:もっとも、多少分からないところもあったのだが、1作目を読んでないから分からないのか、まだシリーズ通して明らかにされていない情報なのか判別つかないところなので、保留して読んだ

*2:IRAの後に出来たという設定の架空の組織。シン・フェインやIRA暫定派、リアルIRAあたりも名前だけはぽんぽんと出てくる

*3:というか、ここはほぼ沖津の勘で、合理的な推論過程は描かれなかったが