グッドマン『事実・虚構・予言』

タイトルがかっこいい
英語だと、fact,fiction,forecastになる。
帰納法に関する、グルーのパラドックスについての論文が載っている。
その論文だけは既に読んだ
それもあって、あまりじっくりとは読まずに、スピード上げて読んだ。
なので細かいところまで詰めて理解していないが。
最後に、訳者による要約と解説が載っていて、これを読むと本文読まなくてもいいんじゃないか、と思うくらいにちゃんと書いてある。
この訳者は、あらゆる本は要約を載せるべきだ、と考えているらしい。


この本が扱っているのは、反事実的条件法、素質、可能的なもの、帰納法である。
グッドマンは、これらをまとめて投射と呼ぶ。
投射とは、既知なものから未知なものへの移行である。
例えば素質。
この砂糖を舐めてみたところ、この砂糖は甘い。これは既知。
全ての砂糖は甘い。全ての砂糖を舐めて確かめることはできないので、これは未知。
あるいは帰納法
既知である過去の出来事から、未知の未来の出来事を推論するものである。
こうしたことを確証するために、法則性などが求められたが、グルーのパラドックスにあるようにどのように法則を決めればいいのか、決めることが出来ない。
そこでグッドマンは、法則性を求めるのではなく、投射を言語実践の側から説明しようとする。
つまり、世界の側に何らかの法則性があるが故に、投射が成立するのではなく、
今まで実際に行われてきた実践によって、投射が成立するのである。
ある言明が投射可能であるかどうか、というのは、その言明に対する個別例が今まで成り立っているかどうか、他の対立する言明を「凌駕」しているかどうか、などによって決まる。
また、他の言明などとの関係によって、その可能性が高まったりもする。


ところで、可能的なものに関しては
グッドマンは、可能的なるものがあるのではなく、現実的なものの投射であると考えることで、可能的なものを消滅させる。
これを訳者は、経験論的立場と呼ぶ。
一方で、可能的なものに何らかの存在論的性格を与える、合理論的立場もある。
この代表格が、可能世界説であり様相実在論を唱えるデヴィッド・ルイスである*1


事実・虚構・予言 (双書プロブレーマタ 7)

事実・虚構・予言 (双書プロブレーマタ 7)

*1:可能世界説には、C・I・ルイスという人もいるらしい