黒沢清『LOFT』

冒頭、鏡に映った中谷美紀のシーンから始まる。そしてその鏡がPCのディスプレイへと変わる。
なんてまあかっこいいツカミだけれど、偶然撮ったショットだというのだから恐れ入る。
ホラーとかラブストーリーとか言われているけれど、その実、そのどちらでもない。
ジャンルなんて関係ないのはいつものことだだ、『LOFT』は違う。ジャンルを超越した。「『LOFT』はホラーである」「『LOFT』はラブストーリーである」という文はどちらも真だが、その一方で「『LOFT』はホラーでもラブストーリーでもない」という文もまた真になる。
ホラーの約束事をきっちりと守りながら、しかしそれを外していく。
文學界」のインタビューで、蓮實重彦が指摘していたが、中谷美紀は物音の前に悲鳴を上げる。普通なら、物音→悲鳴なのに、悲鳴→物音。というか、中谷美紀が主役で最初中谷美紀視点で物語は進むのだけど、でも全く彼女に感情移入できない。結構不気味な存在。特に、建物のトヨエツ側からみる、磨りガラスに映った中谷美紀は結構怖い。
あと、音楽。普段の黒沢映画だと、「え?ここでその音楽流すの?」ということが多い(それいてミスマッチじゃなくてちゃんとあってるのがすごい)が、今回はかなりホラーっぽい音楽を流している。
西島英俊は、初めて見た。最初に出てきたとき、演技に違和感。なんか、そのしゃべり方おかしくない? でも、あとで納得。
エンターテイメント性という意味では、『ドッペルゲンガー』の方が面白いと思う。映像からうけるゾッとした感じは『CURE』の方が強い。
でも、この『LOFT』はすごいよ。
上に書いたとおり、ホラーでありながらホラーではない。ホラー演出しているのに、何故か怖くなくなる。カメラワークとか見てると、「あ、怖い、これは怖い」と思う。そして「そこでカメラ切り返したら幽霊がいるんだろ」と思うと、確かにその通りの展開になる。でも、そこからが怖くない。お約束過ぎて怖くないのか。まあとにかく、むしろ、それとは関係ないところで、不可解なところが色々ある(泥吐く中谷、時々カメラが傾いていること)。それが何か、この映画の「すごさ」だと思う。
阿部和重が「通常のホラー的次元と異なる怖さ」と言っているんだけど、まあそういうもの。ただ、「怖さ」なのかどうかはよく分からない。
見ていて、どちらかという滑稽。
ホラーにしろラブストーリーにしろ、そしてラストシーンにしろ、何か滑稽さを感じさせる。
それは、形式とかを徹底化して、むしろパロディの領域に到達したからではないか、とも思う。でも、よくわからない。不可解な滑稽さ。
エンドクレジットで流されるキャストやスタッフの名前が、全てブレて映し出されているのを見て、とりあえず「ブレ」ということをキーワードにしてみた。
つまり、形式やジャンルからブレているから、不可解で滑稽に見える。
完全にはずれているわけではない。元の像が何かわかる。だから「ブレ」
黒沢映画って、向こう側の世界へと行ってしまうのが多くて、その中で『アカルイミライ』は向こう側へは行かない。『LOFT』は向こう側とかこちら側というのがブレてしまっているから、行くとか行かないとかじゃない。
生と死すらもブレてしまっている。
安達祐実が、すごい役がやっているんだけど、彼女、幽霊なのか生きているのか死体なのかさっぱりわからない。最初は幽霊として出てくるから、ちょっと現世離れしている、というか、ふわふわしている感じがするんだけど、回想シーンでは生きている状態で出てくるからちゃんと生きている存在感がある。でも一方で、その存在感は幽霊の時にもあって。
鈴木砂羽を久しぶりに見たなあ。中谷美紀の友人という設定で、ストーリーには深く関わってこないのだけど、でもなんか怖かった。


もっと色々あるような気がするけれど、この辺で。
『LOFT』に関しては、もっとまとまった文章を別に書いたので、そちらもどうぞ


文學界の、黒沢清特集をちらちらと読む。『回路』への言及が多い。これはまだ見てないので、今度借りてくる。
蓮實・黒沢対談メモ
アカルイミライ』の藤竜也天皇だ(「許す」と言えるのは天皇だけだから)
フィルムサイズの話(青山はシネスコ使うことあるけど、黒沢はスタンダードとビスタしか使ったことない)
カメラ入位置が見事だよね、とか、編集がすごい(つながるはずのないものをつなぐ)よね、とか
中谷美紀の話いくつか(冒頭の鏡のシーン、ミイラに怖がらない役、悲鳴)
20世紀の黒沢は、生きてる人間を粉々にする、21世紀の黒沢は見えないはずの人(幽霊とか)をはっきりと映す。
『LOFT』は、男達が無惨。
阿部・中原対談メモ
ホラーじゃないよね。(『回路』はホラーの限界、『LOFT』はその先)
警察の突入シーンがかっこいい。
中谷美紀からトヨエツへの視点の変化
編集者の人格、オチ、沼にある謎の機械、焼却炉→不自然なんだけど、映画のなかにしっかり収まってる。

文学界 2006年 10月号 [雑誌]

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