島本理生『ナラタージュ』

読書カテゴリでの書き込みは『リトル・バイ・リトル』以来で、しかも最近他のカテゴリでの書き込みも多くて、読書カテゴリは久しぶりな感じがしますが、本は読んでました。
ナラタージュ』の前に、澁澤龍彦『秘密結社の手帖』を読了。あと、ユリイカ1月号「マンガ批評の最前線」とかユリイカ2月号「ニート」とかも読んでるし。加えて、『ファイブスター物語』も人から借りて読んでます。

文体・構成

『生まれる森』は飛ばしたけれど、おおむね時系列順に島本作品を読んだことになる。
何かしら、文体を感じさせる文章だと思う。といっても、決して独特の文を書いているわけではない。むしろ、とりたてて特徴のない淡々とした文といってもいい。しかし、そのことが逆に文体を感じさせる。文章をうまくコントロールしているのだと思う。そしてその作者の冷静さと、主人公の持つ人との距離感がマッチしている。
というようなことは、以前『リトル・バイ・リトル』を読んだときにも書いた気がする。
前にも書いたけれど恋愛小説やあるいは女性作家の作品を読まないので、実は半分勉強のつもりで島本を読んでいて、内容よりは文章の方へと目が向いていたのだと思う。文体あるいは雰囲気。
ナラタージュ』の場合も、そういう点では今までと同じだが、なにぶん長編なので短編の『シルエット』や中篇の『リトル・バイ・リトル』とは勝手が違う。特に前半部、登場人物が多いためか会話が多く、そうした会話のシーンに何となく違和感を覚えた(身も蓋もなくいうと、会話シーンは下手)。
しかし、構成とか展開とか(要するにプロットか)はうまくて、物語として上手くまとまっていると思う。文体だけでなく、物語に対してもコントロールがうまく働いている。どちらかというと『シルエット』『リトル・バイ・リトル』は、日常の淡々とした描写を切り取ってきて配置したという感じがあり、物語がないわけではないのだけど、物語性が低い。それに対し『ナラタージュ』、特に後半部(具体的に言えば主人公がドイツから日本に帰ってから)は、物語性が高い。文体だけでなく物語においても巧みなんだな、と思った。といっても、別に展開が読めないわけではない。それはサスペンスやミステリではないから、展開が読めても構わないと思う。
前半が淡々とした日常描写が主なのに、後半は次のシーンへのドライブ感があり、感情の起伏も次第に出てくる。展開の流れ方に、プロットを組むことに対しても、冷静なコントロールの意識があることを感じる。

内容

やはり恋愛ものを読んだ経験が少ない以上、他との比較が出来なくて難しい。ジョゼ虎とも似ているかなぁ、と思うけどそれは最近見たせいに過ぎない気もする。
具体的に何が似ているかというと、まず作品の冒頭で、これから語られる恋愛が既に終わりを迎えていることが述べられる点。そもそも「ナラタージュ」というタイトル自体が「映画などで、主人公が回想の形で、過去の出来事を物語ること」という意味を持っている。
恋愛は、その進行中においては常に永遠という時間軸の中に存在する。というのも、恋愛が、偶然的で恣意的な選択に拠っており、さらにそれを絶えず更新し続け、なおかつそうした偶然性、恣意性を隠蔽しなければ維持できないからである。永遠や運命とは、そうした隠蔽工作が纏う衣である。だが当然のことながら、その衣が隠蔽工作に過ぎないこともまた人は知っており、その隠蔽を含む全体が恋愛なのである。となれば、恋愛を描くためにはその衣が剥ぎ取られる瞬間をも描かなければならないだろう。ゆえに、ジョゼ虎やナラタージュは、その終わりを最初から孕んでいなければならなかった。
もう一点似ているのは、恋愛のエゴが描かれている点だろうか。相手のことが本当に好きなのか、自分のことが好き(ナルシズム)に過ぎないのではないか、あるいは相手とはそもそも虚像に過ぎないのではないか。そして許容しきれなくなる。エゴが噴出する。もっともそういう描写に関しては、ジョゼ虎の方があるかもしれない。『ナラタージュ』は主人公の気質のせいで、主人公側にあまりエゴがない(ないわけではないけど)。
最後に『EDEN』よりこの一節を引用したい。
「“一生に一度の恋”にもいずれ“二度目”がやって「来てしまう」ものよ」
そして、痛みと幸福感を味わいながら抱えながら、受け入れるしかないのだ。“二度目”が来たところで、痛みも幸福感も決して消えないものだから。

細かい点

といっても細かくチェックしているわけではないので、はっきりしたことはいえないのだが。
島本作品に共通しているのが、映画や音楽、小説の固有名の多さ。『ナラタージュ』の場合、小説の固有名はほぼ出てこないが、映画と音楽の固有名は多い。だが、自分の知っているものがほとんどないので、そこにこめられた意味・意図は不明。
もう一点、『ナラタージュ』に出てくる小物としては、煙草が割りと重要な位置を占めているのではないか、と思った。

ネタバレ注意

特に泣くような作品ではないので泣いていませんが、しかし一番泣きそうになるのが柚子の手紙というのは如何なものか、と。自殺した時にレイプかなぁと思ったけど。柚子がレイプされてしまったことも可哀想だし、作品の中で柚子と新堂君が占めている位置も可哀想だ。いや、とかく新堂君が可哀想だ。扱い軽くないですか。でもまあ、扱いを軽くしてしまう感覚というか、主人公の不謹慎さというか、そこらへんがリアルのようにも思えるのだけれど。

ナラタージュ

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