『未来世紀ブラジル』

さっき、見終えました。
これはもう愉快すぎて、傑作すぎて、すごすぎます
こんなにすばらしい作品は久しぶりに見たかもしれない。
1985年の映画なわけだけれども、何故この作品以降にも類似した近未来映画が作られたのかがわからない。
仮想と現実の境界のわけのわからなさを描いた作品としては、今まで見てきた中で最も秀逸だと思うし、もうこれ以上いらないのではないか、とすら思えてしまった。
何故押井守作品やマトリックスが生まれたのか疑問に思ってしまうほどだった(こんなの見せられたらもう同じテーマで作る気なくさないか、ということ)。
まあ、押井やマトリックスが生まれてきてくれてないと困りますけど、個人的には(^^;

情報化と身体

この「情報化と身体」という小見出しは、今自分が考えているテーマでもあり、そのために『未来世紀ブラジル』もこの観点から見た。
ちなみに、こんなことを考えているのは、今とっている授業のテーマが「身体」であるせいで、さらにいうとこの授業で一学期に取り上げられた作品が『未来世紀ブラジル』であった。
ジジェクの『仮想化しきれない残余』の中で『ブラジル』のある食事シーンが引用される。ペースト食に写真が貼られたものがレストランで出されるのだが、仮想化=情報化=食事の写真、残余=リアル=ペースト食というわけである。
しかし、これはこの食事シーンに限らず、全編に渡って繰り返される。
それは「死体」だ。
この作品では、夥しい数の死体(body)が描かれている。
舞台となっている管理社会では、人は徹底的に書類の中で管理されているが、死ぬとファイルから存在が抹消される。
そう、死こそが、この世界において情報化されないものなのだ。
ここでいくつかの死体のシーンを列挙する。
・バトルの死体とその夫人
バトルは誤って当局に殺され、その死体は秘密裏に処理されている
夫人はその死体の返却を求めるが受理されることはない
彼女は、主人公の夢に繰り返し現れて返却を求めるのだが、その際おどろおどろしい化け物(胎児のような仮面をかぶっている)となっている
この夢の中で、この化け物の頂点に君臨しているのが、武者であることは興味深い
死・化け物・グロテスクというイメージと日本のイメージというのは重なって描かれるのである
・消防隊員の死体
当局に追われる主人公は、消防車とカーチェイスをしながら消防車を爆破する
歓声をあげる主人公だったが、火に飲み込まれて苦しみ悶える消防隊員を見て思わず黙ってしまう
・テロに巻き込まれた市民
この作品の舞台設定は、爆弾テロが相次ぐ近未来社会であり、作品の冒頭においても何度か爆弾テロが起きている、がその際被害者は描かれていなかった。爆発の横で平然とお喋りを続けているのだ
だが、後半において再び起こった爆弾テロでは、多くの人々が傷つく。
消防隊員の死体にしろ、このテロの被害者にしろ、これらはおそらくハリウッド映画へのアンチテーゼだと思われる。
大塚英志のいう「ダイハード(死に難い)」な身体へのアンチテーゼ。
・ジルの死
主人公は、ジルを書類上死んだことにして、当局への追求をかわそうとする
ジルが死んだことによって(情報化から逃れることによって)二人はようやく結ばれる
なぜなら、主人公にとってジルはもとよりこの管理社会から逃れた存在であるからだ。
しかし、ジルは再び死ぬ。
・母親の死体
美容整形手術を繰り返し、何度となく若返りを図った母親は、ついに自らの肉体を放棄する
棺の中には、ドロドロにとけた肉と砕けた骨と化した遺体。
この過剰とも思える数の死体(そしてそれは基本的におどろどろしく或いはファンタジックな存在である)によって、まさに「仮想化しきれない残余」を描き出す
しかし、この作品はこれだけに終わらない。
グロテスク-死-ファンタジックという体験から、主人公は自らも情報化から逃れようと奔走する
ジルというのはその逃走のための鍵である(そのせいか、どうにもこのジルというのは主人公にとって都合のいい女性としてしか描かれていないような気がしたのが残念)
このジルが死に=鍵を失うことで、この作品は一気に加速する。
もとより、主人公の夢が何度も挟まり、仮想と現実の境界を揺るがしてきているが、このあとはその比ではない。
情報化とその逃走を何度となく繰り返す、その徹底したやり方に、見る側からその境界を完全に消滅させる
逃走に成功したかと見せかけては失敗し、見せかけては失敗し、夢オチかと思わせては夢オチにならない
レトロフューチャーだとか現代への皮肉だとか爆発シーンだとか若いデニーロとか、確かに見所はたくさんある映画なのだが、さすがにそれだけでは「傑作」とまではいえない
この執拗なリピートが、「もうこれ以上いらないのでは」という思いを抱かせた。
最近なら『九十九十九』や『Allyouneediskill』といったライトノベルがやっていることだが(他にも例を出せばキリはないと思う)、既に1985年にやられていたのだな、と(しかもそのレベルが高い)。
情報化しきれない身体=死体

情報化から逃れられない主人公(=生者?)
まだしばらく、ぐるぐると回らざるを得ないテーマになりそうだ。

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