内井惣七『空間の謎・時間の謎』

オルタナティブな物理学史を描き出した一冊。
科学哲学と隣接する学問に科学史というものがあって、その科学史の研究成果の一つだと思う。
普通考えられている歴史観とはちょっと異なる歴史観を提示するという仕事。
歴史「観」を強く打ち出すので、歴史家ではなくやはり哲学者と呼ばれるのだろうけど*1


「関係説力学」というものを主軸においた、物理学史を展開する。
ニュートンが、絶対空間と絶対時間なるものを導入したけれど、それに反対したライプニッツを起源とするのが関係説。
空間や時間が所与のものとしてあるのではなくて、物体の相互関係から空間と時間を定義する、というもの。
絶対説の方が、計算したりするのには便利なわけだけれども、空間や時間が所与のものとして与えられていることに対して説明が何もないことをライプニッツは許さない。
ライプニッツは、全てのことに必ず合理的な理由がなければならない、という充足理由律というものを盾にニュートンの絶対説と対立していく。
ニュートンライプニッツのどちらが正しいか、という話ではなくて(現在から見ると、どちらにも正しいところと間違っているところがある)、科学に対する考え方の違いといえる。
「充足理由律」「不可識別者同一の原理」そして何より「モナドジー」など、ライプニッツの考え方は非常に面白いものが多い。
モナドジー」を情報論的に捉える本書の見方には、なるほどと思った。以前、授業でモナドジーを習ったときも「これは面白い」と思っていたけれど、さらに「面白い」と思った。


さて、本書は、ライプニッツニュートンの論争を見た後、「関係説力学」を発展させていく。
マッハを手がかりにして、「関係説力学」によって古典力学相対性理論も説明できることを示していく。
この段は難しかった。
古典力学は苦手です。無論、相対性理論も。
相対性理論に関しては、解説書なんかを何冊か読んだことがあるので、ある程度分かっているつもりだけれど、それを関係説の立場から見直すとなると、ほとんどよく分からなかったというのが正直なところではあった。
他の解説書とは異なる観点からの説明なので、面白いことは面白かった。
また、ミンコフスキの座標やバーバのプラトニアは、まさに数学的思考の面白いところだなあと思った。次元を落として図示する、というアイデアがすごいと思う。
最終章は、現代の宇宙論量子論の解説で、内容はオーソドックスな感じだけれど、議論の流れをおさえている(誰それの論文でこういう点が指摘され、それが誰それの論文に繋がったという流れ)ので、短い分量ながら分かりやすかった。こういうのは科学史の面目躍如なのではないか。


欠点としては、あまりにもライプニッツに入れ込んでいる感じがすること。
ややアナクロニズムな感じがしなくてもない。
ライプニッツの考えていたことと現代の物理学が似ているからといって、ライプニッツが必ずしも現代の物理学に通じる見識を持ち合わせていたことにはならない。
ライプニッツはそれ単体で十分に魅力的であり、充足理由律なんかはそのまま一般的に敷衍できる。けれど、モナドジーと現代の宇宙論をアナロジカルに繋がっているようにみせるのは、ちょっと筆が走っている感があるのではないか、と思う。


内容が物理学の専門的なものであることと、今時間がちょっとないので、あまり内容に詳しく立ち入ることができず、結果として「面白い」と「すごい」を連発する文章になってしまった。
本当はもう少し内容も整理したかったのだけれど。

*1:フーコーは、歴史家ではなくて哲学者だろう