『空の中』有川浩

メディアワークス、というか電撃のハードカバー作品。
ハードカバーではあるが、内容はライトノベル
ライトノベルとして楽しく読んだので、それは後で述べることにして、何故ハードカバーなのかがわからない。
他にも、ラノベ作家のハードカバー化というのはあった。
乙一桜庭一樹がその代表例であろうが、ただ彼らは、いわゆるライトノベルとはちょっと違うものも書いたり、違う読者層に読まれたりしているという事情がある。
この有川浩は、これがデビュー2作目となるらしい。内容も、キャラ造形も、かなり直球のラノベである。
何故あえてハードカバーなのか。
大塚英志によれば、ラノベ市場というのはそれほど潤っているわけでもないらしい。
そんなこともあって、単価を釣り上げたかった、という理由しか思いつかなかった。
別にハードカバーだから悪い、ということもないけれど、ラノベは文庫で読み慣れているし違和感はある。いわゆるハードカバーの作品とは、文体も雰囲気も異なる。
それこそ、大塚の言う「自然主義的リアリズム」と「まんが・アニメ的リアリズム」の違いが。
「そんな奴実在しねーよ」というのは、ラノベにおいては野暮なツッコミであるけれど、なんかハードカバーだとしたくなってしまう。
文庫でよかったんじゃないのかな。


内容は、面白かった。
UMAしかも知的生命体とのコンタクトものであり、戦闘機乗りの話でもある。さらに、国産飛行機開発とか、精神医学とかもちらほら入ってきたりして、とにかく面白そうなものを盛り込んでできた作品である。
ストーリーやら文章やら、ということを云々する作品ではなく、散りばめられたガジェットにワクワクしながら読んでいく作品である。
冒頭、国産飛行機の話や、空自の戦闘機や、架空の新聞記事が矢継ぎ早に提示され、個人的にはそれだけで娯楽として楽しめる。
そういえば、現実でも国産機開発の話が再び進められているらしい。作中では、高々度輸送機というニッチな市場を開拓しようとしているが、現実では、今後シェア拡大が予想されている中・小型旅客機の市場へと食い込もうとしているとかなんとか。
さて、この作品の主役は、【白鯨】と呼称されるUMAである。
これは結構独創的なアイデアではないかと思う。
2万メートル上空に生息し、多種多様な電磁波を自在に送受信する能力を持つ、巨大な生物。しかも、その種は一個体しか存在せず、はるか昔(数億年?)からその個体のみが生き続けてきている。さらに高度な知性をも併せ持っている。
空、特に高々度というのは、地球で最も不毛な場所だと言われている(以前は、深海や地下も生物のいない世界と思われていたが、現在では地上にも劣らぬ数の種が生息していることが判明しつつある)。そこに暮らす、ほぼ完璧に生態系から切り離された生物、というのは、なかなか優れたアイデアのように思う。
これだけでも結構楽しいのだが、さらに人類とは異なる知性体とのコンタクト、というのは、個人的に非常に好きなテーマであるので、とにかくこの中核のアイデアで一気に読み進めた。
一つだけ物足りなかった点としては、彼らの言語習得が一体どのようになされたのか、への踏み込みが足りなかったことか。まあ、そこまで求めるのは酷なことではあるけれど、作中以下のような記述があったために、ちょっと期待してしまったのである。

ディックの語彙は丸暗記した【式】のようなものだ、と高巳は思っている。解き方が分かっていれば意味が通じるが、分かっていなければ意味不明の単なる記号の羅列だ。
問題はディックが【式】を含んだ文法を操れることで、人間のほうは意図が通じているような気分になってしまう。ディックのほうは謎の代数として棚上げしている言葉が含まれているのも関わらず、だ。(引用者注:ディック=【白鯨】)

つまり、この【白鯨】という種は、言語を、統語論的には理解しているが意味論的には理解していないのだ。
意味論的に理解するとは、言葉とそれが指し示すものとの繋がりを理解することである。しかし、【白鯨】は、基本的に2万メートル上空に生息し、人類とは電波を介してコミュニケートしている。言葉の指し示すものを直接見たり聞いたりしていることはほぼ皆無のはずである。というわけで、そこらへんは相当困難であるわけだが、まあそんなところをうだうだ書いていたらストーリーが一切進まなくなってしまうので、仕方がないといえば仕方がない。
ただ、実際、人類とは異なる知性体が、どのように人類の言語を理解するか、できるか、というのは、言語哲学的には相当面白い問題のはずだ。


この話は、主人公、春名高巳の成長物語である。
主人公は斉木瞬ではないのか、斉木瞬の成長物語ではないか、と思う方が多いだろうが、ここは頑として、春名高巳の成長物語である、と言いたい。
高巳は、当初、国産機開発グループから事故の調査員として自衛隊基地に出向させられたペーペーの技術者として登場する。その後、【白鯨】との最初の遭遇者となり、人類と【白鯨】との間の主要な窓口として、交渉役を担う。最後には、反【白鯨】市民団体との駆け引きを鮮やかに行ってみせるのである。
彼は、他の主要キャラと異なり、過去やプライベートが非常に見えにくい。それゆえ、作中で展開される話術は、もとより彼のもっていたスキルのように見える。しかし、果たしてそうだろうか。
与えられた状況が人の器を大きくする、ともいう。彼に与えられた状況は、非常に重大で困難なものだ。どれだけ経験を多く積んだ者であっても、必ずしもうまくやれるとは限らない。そんな中、彼の秘められていたスキルが開花したのではないだろうか。
彼と一緒に仕事をする武田三尉(これが、女性パイロットというだけで、絵に描いたようなツンデレキャラとして設定されている)が、後半で、彼のこのような表情は見たことない、と漏らすのだが、そのような表情は武田だけでなく誰も見たことがないのではないか。高巳も初めてするような表情だったのではないか。
と、語ってみたのは、高巳が好きだから。
なんというか、飄々としながらすらすらと喋るキャラ、というのが、自分にとって結構ツボなのである。おどけ役を振る舞いながら、何考えているのか分からないキレ者。
ところで、もし真っ当にこの作品を紹介するなら、斉木瞬が主人公ということになるのだろうが、正直こちらは読んでいて邪魔だった。
この作品は、大きく二つの部分から成り立っていて、斉木瞬ら高校生パートと、春名高巳ら大人パートで、これが交互に出てきて進行する。話としては、高校生パートがないと成立しないのだが、こちらは読んでいて基本的に楽しくない。まあ、宮田のじいちゃんはかっこいいですけどね。
(全然タイプは違うけれど、『もっけ』に出てくるじいちゃんは、あまりにもかっこよいキャラで、いっつも読んでいて惹かれまくり)

空の中

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