冲方丁『ばいばい、アース』

冲方丁のデビュー後第一作、なのだがそれがあまりにもでかくて高い本だったので、当時は一部を除いて見向きもされなかった本、らしい。現在は、角川文庫から4分冊で出ているが、最初はハードカバー上下本二段組み、あわせて6090円だったらしい。スニーカー文庫にすると7,8冊分だとか。*1
長かった、というのが実に第一の感想で、これはどちらかというと、ラノベみたく数ヶ月に一冊でるペースで読んでいくのがよかったのかもしれない、とも思った。
いわゆる「剣と魔法のファンタジー」であるが、SFとしての仕掛けも用意されている。
単語やルビの使い方、キャラクターや世界設定は、ラノベ的な「剣と魔法のファンタジー」ものなのだが、その密度たるや凡百のラノベの追随を許さない、というかもはやあんまり「ライト」ではないw
というわけで、読み応えはある。
のだが、他の冲方作品と比べると、デビュー後第一作ということもあってか、劣るのは否めない。というか、物語的にはなんだか盛り上がりに欠けるような気がした。
と思っていたら、文庫版あとがきでこのようなことが書かれていた。

 当時、この冲方丁という人は、やたらと小説技法の「習得段階」にこだわっていた。
 といっても今もこだわっているのだが、要するに小説を主題・世界・人物・物語・文体の五つの側面に分けて考え、上から順に身につけていこうというものであった。そして本作では「主題と世界」の構築と発見に特化して修練するのであって、それ以外はひとまず忘れる――という、理にかなっているようで、はなはだ無謀な作品作りを心がけた。

そしておそらくその通りなのである。
世界に関して言うと、ネタバレになってしまうが、まあ読んでいればかなり早い段階で何となくそういうことだろうということは察知できるのでまあここで書いてしまってもいいと思うのだが、ネタバレはいやだという人はここから先を少し飛ばせばいいと思うので、そろそろそのネタバレ部分について触れることにするけれど、<法(テーマ)>が統べる<都市(パーク)>とそこに暮らす人々、そして彼らの行動を決定する機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)というのが、実際にはかつての人類が月に創った遊園地(テーマパーク)とそのための機械仕掛けだということが最後には分かるのだが、ファンタジー世界の<都市>であると同時にテーマパークでもあるように、実に見事に創られている。
様々な造語やルビをあげることもできるが、個人的に一番お気に入りなのは、時計石で、この世界は時間を数字ではなくて色で表している、というのが上手い。魔法で動く時計石は時間によってその色が変わり、それにあわせて赤の時刻などと称するのだが、これが何時のことか言われなくても大体いつくらいかがちゃんと分かるのが面白い。
生活に使うためのちょっとした小道具が、何の説明もなくぽろっと登場してくるし、この時計のように我々の世界とは大分その形態が異なったりもするのだが、何の違和感もなく入ってくる。
で、主題だが、主人公であるラブロック=ベルという少女が、「自らの由縁」を探るための旅に出ようとする話であり、そしてそれはベルのみならず多くの登場人物たちが「自らの由縁」としての自由を探り求めるというもので、そういう意味でこれはそのまままっすぐマルドゥックやシュピーゲルシリーズへとも繋がっているものといえる。
ところで、この作品は冲方ハイデガーでチャンバラをやろう、と思い立って書かれたものらしく、最後の方になってくると、これまた唐突に実存という台詞がごく自然に出てきたりする。
SF設定的には、この世界はかつてのテーマパークであり、登場人物たちはそのために創られた機械人形であるのだが、そうした当初の用途というのは遥か昔に忘れ去られ、彼らがついに自らの自由意志を獲得していく、というものなのだが、ストーリーとしては、全くそうしたSF的仕掛けは使わず、ファンタジー的な神との争いとして描かれている。彼らの中の論理によって描かれているとも言える。
ここらへん、SF設定の方は使わずに、彼らのファンタジー世界内の道具だけを使って描ききっているという点では面白いと思うのだが、一方でここらへんが読みにくいところだとも思う。
そしてこのことは人物に関わってくると思うのだが、
ベルだけでなく、登場人物がみな、同じ論理に従っているように見える。
むろん、彼らの立場や目指そうと思っている場所も状況認識もバラバラではあるのだが。
最近、これと平行して『マルドゥック・スクランブル』を再読していたりもしたのだが、それと比較して思ったのは、大人の有無である。
マルドゥックやシュピーゲルシリーズには大人がいるのだが、こちらにはいない。
ここでいう大人というのは、例えば『マルドゥック・スクランブル』でいうのであれば、ベル・ウィングのことだ。
主人公に、プロフェッショナルなところを見せて一種のロールモデルとして働きながら、一方で戦って打ち勝つべき相手でもあるような人物、とでもいえばいいかもしれない。
もっとも、『ばいばい、アース』にもそういう登場人物が皆無なわけではないのだが、いささか弱い。というより、前半でいなくなってしまう。
カタコーム戦役が一番面白かったような気がするなあと思ったら、一巻だった
じゃあ残りの3冊は一体何なんだって話になってしまうが。


長い話だから、備忘録としてあらすじを書こうと思ったのだが、長いので諦めたw

ばいばい、アース 1 理由の少女 (角川文庫 う 20-1)

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ばいばい、アース 2 懐疑者と鍵 (角川文庫 (う20-2))

ばいばい、アース 2 懐疑者と鍵 (角川文庫 (う20-2))

ばいばい、アース〈4〉今ここに在る者 (角川文庫)

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*1:巻末、大森望の解説による