ラヴィ・ディドハー『完璧な夏の日』

様々な特殊能力を持った超人(ユーバーメンシュ)が存在する20世紀を描くSF
おおむね第二次世界大戦前後のヨーロッパが舞台だが、ベトナム戦争やアフガン侵攻、911なども出てくる。なお、原題はThe Violent Centuryであり、こちらのタイトルの方が内容には沿っているという話もある。
イギリスの超人諜報部隊「高齢退役軍人局」に所属していたフォッグは、完璧な夏の日と呼ばれた少女クララに出会う。その出会いは、フォッグを一体どのように変えたのか。


「われわれ」という一人称複数形視点からの語り、回想形式で次々と異なる時期の話が展開されていく断章形式、そして登場人物の誰もがどこか喪失感を抱えており、『完璧な夏の日』というタイトルとは裏腹、全編霧のかかったような雰囲気(文字通りほとんどのシーンで霧が出ているのだが)に覆われている。
霧のかかったような雰囲気ってなんやねんって話だが、謎の多い展開という意味でもあるし、登場人物たちの織りなす何とも言えない(エモくもあるし、エモいという言い方がそぐなわくもある)関係という意味でもある。


自分はアメコミのヒーローものを全然読んでいないし、映画化作品も見ていないので、そのあたりの作品との比較はできないが、それはそれとして、映像的な作品で、ユーバーメンシュたちの各種能力や様々なシーンが視覚的に思い浮かべやすい作品だった。
TLを検索していると『コンクリート・レボルティオ』と似ているという声もあり、確かに似ていると思う。ただ、違う点としては『完璧な夏の日』は、ユーバーメンシュがいるということ以外はほぼ史実通りで、歴史改変はほとんどされていない。


次何読もうかなーと思いながら、読みたい本リスト眺めてて、そろそろこれ読むかって何となく選んだんだけど、刊行が2015年で、もうそんな前だったのか……と軽く驚いてしまった。


ある時期、突如世界中に超人(ユーバーメンシュ)が現れる。彼らは元々は普通の人間だったが、特殊な波動を浴びたことによって、特殊能力と不老を得ることになる。
イギリスでは、オールドマンという男が「高齢退役軍人局」にユーバーメンシュたちを密かに集めて、諜報部隊として組織する。
主人公のヘンリー・フォッグは、オールドマンによってスカウトされたユーバーメンシュの1人で、名前の通り、霧を操る能力を持つ。
物語は、現代のロンドンから始まる。軍人局を長年離れていたフォッグが、突如、オールドマンから呼び出される。夏の日(ゾマーターク)というファイルについて確認したいことがあると言って。フォッグは、オールドマンと、フォッグの相棒であったオブリヴィオンの前で長い回想を始める。


すでに述べたように「われわれ」という一人称複数形視点による語りがなされ、回想も必ずしも時系列順ではなく、様々な時点に飛びながら、また現代とも行きつ戻りつしながら進められていくことになる。
この「われわれ」が一体何者なのかというと、早速ネタバレしてしまうと、実は最後まで正体が分からないままである。ただ、この「われわれ」が、メタフィクショナルな雰囲気を作品に持たせている。


回想は、フォッグが超人になる前の子供時代から始まり、オールドマンに連れられた養成所時代(チューリングがいる!)、そして軍人局エージェントとして活動した、ミンスクトランシルヴァニア、パリ、ノルマンディー、アウシュビッツ、ベルリンなどでの出来事が語られていく。
同じ軍人局に属するユーバーメンシュたちだけなく、アメリカの派手に活躍するユーバーメンシュたちや、ユーバーメンシュ狩りを行っているナチスのユーバーメンシュ、ソ連のユーバーメンシュ部隊などが登場する。
さらに彼らの戦後の状況は、オブリヴィオンによるヴェトナム・ラオスやアフガンの話として語られていくことになる。
彼らは、陰に陽に国家のために戦い、身も心も傷ついていく。しかし、身体は年老いず、精神だけに疲労が蓄積していく日々を送ることになる。
フォッグとオブリヴィオンは養成所で出会い、以来、コンビを組んで仕事をするようになる。しかし、ナチスドイツ占領下のパリで2人の道は分かれていくことになる。
フォッグは、クララという少女と出会う。彼女は、まさにフォッグらをユーバーメンシュへと変化させた要因となったフォーマフト博士、その娘であった。彼女は、現実世界とは切り離された、永遠に夏が続く空間とこの世界とを行き来する能力をもっていた。フォッグとクララは恋に落ちる。
『完璧な夏の日』は、フォッグがいかにクララとの愛に生きようとしたのか、という物語なのである。
一方で、この物語には、もう一つの愛も出てくる。フォッグの相棒であるオブリヴィオンである。彼は同性愛者であることが作中で明示されており、決して結ばれることはなかったが、フォッグを愛していた。オブリヴィオンの戦後編は、ラオスやアフガンで、かつての戦争ではヒーローだったユーバーメンシュたちの、馴れの果てが描かれるとともに、フォッグを思い続けるオブリヴィオンが描かれていく。