籘真千歳『スワロウテイル/幼形成熟の終わり』

スワロウテイル人工少女販売処』の続編
前回も言ったけど、いい「ラノベ」読んだという感じ。
今回は、ポリティカル成分が多め。
東京自治区に、テロ集団旅犬(オーナレス)によるテロが発生し、さらに日本政府の機密、高軌道迎撃機サルタヒコが不時着するという未曾有の危機に、揚羽、陽平、鏡子がそれぞれ別のルートから巻き込まれていく。


面白かったけれど、前作に比べるとやや満足度が落ちる。3人のルートが最終的に収束していく後半の展開はよいけれど、ちょっとこの3人のそれぞれの絡みが少なかったかなーという感じがして。あと、前半の人工妖精の顔とアイデンティティの説明がちょっと長いかなあとか。椛子が最初出たっきりで、赤色機関も出番なしということも。
さらに言えば、前作の傘持ち(アンブレラ)の設定が素晴らしすぎた、というのもあるかも。紫外線でしか見えない文字で街中に日記を書いて、集団で記憶を共有っていうのが良すぎ。これを越えるのはなかなか。


自警団の曽田陽平は、人工妖精の顔剥ぎ事件に遭遇するが、しかしこの事件、犯行を映した映像はあっても被害者がいなかった。
一方、ボクっ子となった揚羽は、学生時代の友人の火葬場で、あろうことかまさに火葬されている友人が甦るのを目撃し、青色機関としてこれを処分する*1、のだが、この揚羽の元にはまだ全能抗体(マクロファージ)からの指令が来ていない。
さて、さらに同時に、東京自治区は、旅犬(オーナレス)というテロ集団からのテロを受ける。旅犬というのは、便宜的な呼称で、実際には名前のない謎の組織。21世紀から世界中のテロ組織が離合集散を繰り返した果てに、目的や大義名分がなくなって、テロをするという手段だけが残って先鋭化してしまった集団。
この、旅犬からのテロ自体は、椛子率いる自治区総督府は実は了承済みで、最も被害が少なくなるところ(椛子の離宮)であえてテロを起こさせていたのだが、予想外の展開が続く。日本の最高機密である高高度無人迎撃機サルタヒコが何故自治区内に不時着し、それを回収するべく日本政府の空母が関東湾に入ろうとしていた。
椛子パートは、漢文混じりのポリティカルな会話があったかと思うと、椛子と水鏡のゆるゆるチャット会話があったり、総督府の指揮をとるシーンがあったりして面白い。
あと、ネタとしては、中に人なんていませんがあったりした。それから、揚羽の体重ネタと人工呼吸ネタか。
それから、計画停電パロディとかもあった


順を追って書くのが面倒になったので、次の行から超ネタバレ
自治区にある、世界で唯一残った人工知能エウロパと、バックアップとして密かに生き残っていた人工知能エニグマが「賭け」を行う。エニグマは、自治区が核攻撃に遭う必要があると考え、エウロパはそれを阻止しようとした。
エウロパは、旅犬からのテロで物語冒頭に破壊されているが、高度化した応答パターンを保存して機械の犬の姿をして揚羽に接触する。
エニグマは、自治区の地下で活動を休止している聖骸なる施設を動かし、一方で旅犬とも接触を持った。さらに、かつて鏡子と同門だった勅使河原の録音データを利用し勅使河原として鏡子とも接触する。
聖骸は、自治区で人工妖精の供給が不足していた時に、自動人形を作るのに使われていた施設で、その後、オーバーラジカルした蝶が自治区に放たれないように、世界で最初の水気質の人工妖精が人柱とされている。この聖骸を密かに動かして、人工妖精と同じ顔の人形を使うことで不正に票田を作っていた政治的スキャンダルというのが一つあって、顔剥ぎ事件と揚羽の友人の事件はここに繋がっていく。
揚羽の元に全能抗体(マクロファージ)を名乗る女性が現れて、2人はともにこの事件の真相へと近付いていくのだが、途中で、全能抗体は揚羽を裏切り、揚羽はエウロパの操る機械犬に助けられ、聖骸へと向かうことになる。
陽平は、かつての親友である早乙女からの連絡を受ける。彼は、かつて家族を殺され、自身は誘拐され行方が分からなくなっていた。そして今は、旅犬と行動を共にしており、陽平は早乙女と旅犬を見つけるため、やはり聖骸へと向かうことになる。
鏡子の元には、かつて同門だった勅使河原から連絡が入る。何故自分は精神原型師アーキタイプエンジニア)にはなれないのか、峨東一族が何か隠しているのではないか、自分は聖骸にハッキングを仕掛けて自治区を人質にとったも同然だから、聖骸のところに峨東一族が隠している石碑(モノリス)について教えろと脅して、彼女もまたひきこもりの名を返上し、聖骸へ向かうはめになる。
揚羽に接触した全能抗体を名乗る女性は、実は、究極の辱めとして自らの愛する女性の姿へと整形させられた早乙女であり、自治区へのテロを最後に旅犬を終わらせるつもりだったのだが、聖骸に人柱となっている人工妖精のことを知り、それを白日のもとに晒すのだと憤る。
一方、揚羽は、その人工妖精は一方的な被害者ではなく、水気質が持つ歪んだ自己愛により人柱となり、そしてまた一連の事件を起こしたのだと判断し、青色機関として切除を開始する。
聖骸の人柱になった人工妖精が、最後に色んな人工妖精の顔を貼り付けた巨大なハリボテとなってどーんと出てくるところは笑った。
ところで、揚羽は『人工少女販売処』のラストで女性側自治区へと去っており、本来この男性側自治区にはいないはずである。そもそも、ボクっこになっているし、苗字違うし、羽の色も違うし。実は、寝たきりだった双子の妹の真白が、あのあと覚醒して、揚羽として生きようとしているのである。
で、戦闘において我を失っていた揚羽のもとに鏡子と勅使河原が現れる。そして、勅使河原が精神原型師になれない理由というのが、最初に生みだした水気質への恋慕故であり、その水気質こそが聖骸に人柱として入っていた人工妖精だった。
後半になって、怒濤のようにこれらのことが次々と明らかになっていく展開はなかなかすごい。結構複雑。
顔とアイデンティティに関することが、それぞれに出てくる。
椛子パートでは、椛の影武者である水鏡が出てきていて
揚羽が追った政治スキャンダルは、人工妖精と同じ顔をもつ人形を作るという事件で
早乙女は、顔を変えられて陵辱されたのち、自らを失っていったのであり。
勅使河原は、恋した者の顔が忘れられないが故に、天才的な顔デザイナーにはなれたが、精神原型師にはなれなかった。
そもそも、真白と揚羽は双子だから当然同じ顔で、2人で1人みたいなものだったのが、バラバラになったことで真白のバランスが崩れていた。彼女は、揚羽のふりをしつつ、一方で一人称は違うものを使うことでバランスを取っていた。
最後に、真白が鏡子から青色機関に入る儀式を授けてもらうところで物語は終わる。


しかし、顔とアイデンティティの話よりは、古細菌アーキア)の作った石碑(モノリス)の方が面白かったなあ。
揚羽−真白の光気質とか、古細菌とか、人類が属する因果とは別の因果の系列をなしているものがー、という壮大さが楽しい。
人工知能の、何でもありだみたいな未来予測とかなー
あと、陽平と早乙女の銃のエピソードは、ベタだけどよいw
早乙女がらみのエピソードは、全能抗体の時に真白との違いを示されるところといい、その過去といい、辛いものが多い
でも、何というか、これがやはり「よい「ラノベ」」だなあと思ったのは、早乙女も勅使河原も死んでしまうけれど、一抹の救いがそこにあるということにもある。


スワロウテイル/幼形成熟の終わり (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル/幼形成熟の終わり (ハヤカワ文庫JA)

*1:パンチラシーンあり。その際、揚羽は自分が何のパンツはいていたのか気にしているのだが、それはそれとして、他に化粧をしたかについて揚羽が気にしているシーンが何度も描かれている。ラノベのヒロインで化粧についてこんなに言及するのは珍しい気がする