グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』

瀬名秀明「希望」に出てきたので読んでみた。
実際にあった二重スパイ事件をもとにしていると言われる作品。
スパイと言っても、007のような派手な話ではない*1
ロンドンで役所勤めしている諜報員の話。
主人公のモーリス・カースルは、かつて任務で南アにいたときに、協力者の1人であった黒人女性サラと恋に落ちる。国外脱出をはかる際、コミュニストグループの協力をえたことがきっかけで、ソ連に情報を流す二重スパイとなる。
今では、ロンドンでアフリカ担当部署で勤めているのだが、そこからの情報漏れが発覚し、長官のハーグリーヴズ卿はディントリー大佐とパーシヴァル博士に密かに調査を行わせる。アフリカ担当部署の担当者は、カースルとまだ独身で派手な振る舞いが目立つデイヴィス。慎重なディントリーに対して、パーシヴァルは早々にデイヴィスが犯人だと断定してしまい、彼を毒殺してしまう。
カースルはそのことを察して、二重スパイの任務を終えることを連絡するのだが、その後、南アから秘密警察のミュラーがやってくる。米英と南アの共同の極秘作戦のため、カースルはミュラーと協力するように命じられるが、ミュラーこそかつてカースルとサラにとっての敵ともいうべき男だった。そして、その作戦が実行されれば、南アの罪もなき黒人が犠牲になる。カースルは身の危険をおして、再び情報を伝えようとする。
カースルは、最終的にモスクワへの脱出に成功するが、サラとその息子のサム*2の脱出の目処が立たないまま、物語は終わる。


既に定年年齢に達し、時折本屋へ立ち寄る以外は*3、田舎の家から規則正しく役所に通う毎日を送るカースル。
彼がどうしようもない孤独へと苛まされていく過程が描かれる。その孤独はついに癒されない。


無実の罪であっさり殺されてしまうデイヴィス、かわいそう。サムとも仲良くて実にいい奴。
最初、ちょっと嫌な奴風に出てくるディントリー大佐が、実はカースルとはまた別の意味で孤独を抱えている(上層部の社交に馴染めないかつ家族との不和がある)男であることが分かっていくのもいい。


*1:作中にも007への言及があったりするが

*2:父親はカースルではないのだが、表向きはカースルとサラの子ということになっている。カースル本人はそのことを分かった上で、サラとサムを愛している

*3:実は二重スパイの連絡用の手段なのだが