星野智幸『最後の吐息』

「最後の吐息」と「紅茶時代」収録
マジックリアリズムというのかどうかはよく知らないが、不思議な感じのする作品だった。
イメージ豊かというか、濃厚な比喩表現があったり、触覚や味覚に訴えかけてくるような描写があったりする。どちらの作品もメキシコを舞台にしており、グァバとかの南国フルーツが出てきたりして、色彩や匂いや味が豊潤な感じがするのかもしれない。
「変身願望」*1が執拗に描かれている。変身、変化、次々と変わっていって、確固たる形を取りきることのできないような様子。
何かになろうとする、しかしなれない。そもそも何になりたいのか分からないまま、姿形を変えていくのだ。

最後の吐息

「まだ読んだこともない作家が死んだ。」主人公の真楠はその作家の死を受けて、恋人の不乱子に手紙で「最後の吐息」という小説を書いて送る。真楠は、名前に文字になってしまいたいと思っている。
「最後の吐息」は、メキシコで魚の金細工を作っている日本人、ミツ(蜜雄)が、同じく魚の金細工を作っていたアウレリャーノという男を探す内に、革命を目論むゲリラの一味となっていくというような筋である。話としては、ミツと恋人のジュビアの関係を巡って展開する。
誤解などがもとで二人は離ればなれになるが、最後にミツのもとにジュビアから電話がかかってくる。
このシーンに対して不乱子が、まるで二人が通じ合ってしまったかのようだといってダメ出しすると、このシーンは書き直される*2
ミツは最後の金細工を完成させる。

紅茶時代

最初の1ページが1文。それ以降、それだけの長文はないが、1文1文の長さは長め。
夕方鶏肉を買いに行ってから次の日の朝までの、半日くらいの話だが、主人公の紅彦が次々と変化し、それこそ、夢と現実が入り混じってしまったかのような描写が続いていく。


最後の吐息 (河出文庫)

最後の吐息 (河出文庫)

*1:巻末、堀江敏幸の解説より

*2:「真楠は書き直した」等の記述はないが、同じ文章が二度現れるので、書き直したと読めるようになっている