グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』

直交三部作の2巻
母星に迫った危機への対処法を探求するべく旅立った宇宙船〈孤絶〉
2巻では、その〈孤絶〉を打ち上げた者たちから4世代目にあたる人々の時代、物理学者カルラ、生物学者カルロ、天文学者タマラの3人を中心とした物語となっている。
直交三部作の舞台となる世界は、我々の宇宙とはパラメータの異なる宇宙で、登場人物たちも、我々とは異なる生物学的特徴を有した種族である。我々の宇宙とは異なる宇宙についての物理学的探求と、また我々と異なる身体と〈孤絶〉という環境によってもたらされる社会の軋轢から生じるドラマが展開されていく。
エネルギー問題・食糧問題を解決するべく、別の天体への探検、生殖への介入などが考えられていく。
1巻は主に相対性理論が中心となっていたかと思うが、2巻は量子力学となる。
読み始めた頃に書名で検索していたりすると、『エターナル・フレイム』を読む前に『ファインマン物理学』読んだ方がいい、というようなことが書かれていたりするのだけど(量子力学、勉強しとけって言ったじゃん - JGeek Log)、SF作家牧さんの言葉を信じて、物理学知識0で突撃した

ええとですね、SFファンなら「光速の壁」とか「ウラシマ効果」とか聞いたことあるでしょう。その根拠とか仕組みとかはわからないけれど「ふーん、そうなっているんだなあ」と納得して、ふだんSFを読んでいますよね。そのつもりで臨めば『クロックワーク・ロケット』も楽勝楽勝。余裕余裕。
【今週はこれを読め! SF編】〈直交〉宇宙への序曲 ユークリッド時空の冒険│NEWSポストセブン


グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』 - Togetter


この本の中で論じられていることの、我々の宇宙において相当すること(解説によれば、光電効果ディラック方程式)自体わかっていないので、まあやはり、内容自体はよくわからないところが多かったが、粒子と波動のの二重性だったり、反物質だったり、レーザーだったりの話が出てくる。
物語自体がどういうものかは分かる。
そのようなハードな物理学SFである一方で、
人類とは全く異なる生殖方法をとる種族の社会を舞台としたジェンダーSFともなっている。
伝統的な価値観(自然なあり方)と、女性科学者としてのキャリア・生き方の対立は、1巻からあるものであったが、2巻では複数の女性科学者が主人公格となっており、技術の発展による社会の変化に向けてそれぞれ異なる答えを出すことになる。
中盤のタマラの監禁や〈物体〉へ向かう宇宙探検、終盤のカルロの誘拐と救出作戦など、ハラハラする展開も。


ところで自分は、2巻が出た8月頃に1巻を読み、3巻が出る予定の2月に2巻を読んでいた。さて、3巻を読むのはいつになるのだろうか

エターナル・フレイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

エターナル・フレイム (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

この作品の前提(第1巻で明らかになっていることだが、第2巻では特に説明されない)

時間と空間が対称的になっている宇宙
〈孤絶〉は巨大な山の内部をくり抜いて作った世代宇宙船で、その内部で科学者コミュニティを形成し、科学を進めることで、母星に迫った危機の解決策を探す。戻る際に逆ウラシマ効果が発生するので、出発したのと同じくらいの頃に戻ってこれるはず。
〈孤絶〉は、帰るための燃料も持っていないので、そのためのエネルギー問題も解決する必要がある。
登場人物たちは、基本的に2対の腕を持っているが、自由に生やしたり吸収したりすることができる。呼吸のために空気を必要としないが、排熱のために空気を必要とする。
女性が4つに分裂することで生殖する。生殖=死、という生物。残った男性が子育てをする。4分裂した個体は2組の双となっている。双は男女のペアで成長するとそのまま夫婦となる。

エターナル・フレイム(ネタバレあらすじ)

前作では、ヤルダという女性にして単者(生まれつき双を持たない)の物理学者が主人公で、彼女が物理学上の発見をして、政治的・社会的にもリーダーシップを担っていくものだったが、本作では、3人の主人公がおり、彼らはそれぞれ異なる分野で新たな発見をすることになるが、ヤルダのように1人で成し遂げた天才というわけではなく、政治的・社会的なリーダーとなるわけではない。3人のパートが交互に進んでいく展開となる。

元々動物を研究していたが、食糧問題を解決するために植物学に転向し小麦を研究していたが、物語の冒頭で再び動物研究へと戻ってくる。
この種族は出産の際に4体に分裂する(四児出産)のが普通なのだが、母親が飢餓状態のまま出産するとこの分裂が二児出産となる。
四児出産すれば人口が増加するが、二児出産ならば人口は増えない。このため、食糧問題を抱える〈孤絶〉では女性は節食を行うことが普通になっている(男性は、一緒に控えるか、女性に隠れて食事していることが多いようである)。
友人のシルヴァーノは、妻が四児出産してしまい、泣く泣くカルロに2人の間引きを頼んでいる。シルヴァーノはその後、評議員へと転身すべく選挙に打って出る。
カルロは、もともと小麦の増産を研究していたのだが、むしろ節食せずとも二児出産が可能になる方法がないかを探しはじめる。
この世界には電気が存在せず、この世界の生物の神経にあたるものは電気信号ではなく、赤外線などの光を使っているらしいことを突き止めていき、これを感光紙で記録し、人為的に信号を再現する研究を行っていく。
当初はあまりうまくいかず、公開実験では自分の指が暴走するという失態をおかす。
研究対象をトカゲから、樹精(おそらくサルの類)へと変え、船内の森に潜んで暮らす樹精を、研究動物ハンターの協力のもとなんとか捕まえてくる。
同僚のアマンダとは、どの仮説を優先するかという点で対立しつつも共同研究を進める。サンプルの頭数が絶対的に少ないので確信できるまでは至らないまでも、二児出産を促す信号があるのではないかということが分かってくる。
しかし、実際の結果は(この世界にとっては)衝撃的なもので、メスの樹精から一頭の子が生まれ、メスは生存したのである。この世界では、あらゆる生き物がメスの分裂によって増えるので、子どもがいるのにメスが生き残るということがこれまでになかった。
そしてこの実験結果を、カルロが報告するより前に上司のトスコが嗅ぎつけ、実験中止を言い渡す。そして、この実験結果を、男がいなくなると解釈した者たちが、カルロたちを誘拐する。

宇宙空間観測中に〈物体〉を発見する。
〈孤絶〉の天文学者は、来たる日に備えて航空技術も学んでいるのだが、タマラは小型ロケット〈ブユ〉を作って〈物体〉へ直接向かう計画を提案する。
評議員シルヴァーノが、この〈物体〉を〈孤絶〉まで持ってくることで農場にする計画をぶちあげ、タマラの計画に評議会の承認が得られることとなる。
何もない宇宙空間にビーコンを打ち上げて、航行可能な空間にするというアイデア
父親と双のタマロは農夫で、危険を冒してまで彼女自身が〈物体〉へ向かうことに反対する。それは彼女の身を案じてというよりも、家系が途絶えてしまうことへの危惧である(母親の肉を借りているのだという考え)。ついに、父親とタマロは、タマラを農場に監禁する。
この世代の頃になると、食糧問題から配給権制度が敷かれている。タマラが万一死んでしまうと、タマロとしてはそれで損もしてしまうので、タマラは自分の配給権を譲渡することを条件にして交渉したりする。
結果的には、無事監禁状態を脱して、〈物体〉への探索に乗り出すことになる。ただし、タマロとは離縁
物語の後半では、カルロの研究を救うためにある決断を下すことになる。

  • 物理学者カルラ

物語の中心ともいえる物理学探究を担う主人公。カルロの双。
鏡が曇るという現象から、波と粒子の二重性へと迫っていく。ただし、発想という点では教え子のパトリジアの方が勝っているところがある。パトリシアの自由な発想を、整合的に組み上げていくのがカルラの仕事だったともいえる。
節食に耐えるため、ピーナッツを時々戸棚から出してその香りで食欲を紛らわしながら、研究を続けている。
タマラの〈ブユ〉乗船メンバーに選ばれ〈物体〉を目の当たりにする。同乗した化学者とともに宇宙遊泳で〈物体〉に接近し、その組成を調べるも、冷却服から漏れた空気にも反応し爆発を起こす。ここから、〈物体〉が反物質であり、対消滅反応を起こしていることを推論していく。
シルヴァーノの農場計画は潰えるが、その後レーザーの研究が始まり、そもそもの〈孤絶〉の目的である、母星への帰還や、母星の危機を救うための方策としての〈永遠の炎〉ともいえる光子ロケットへと向かう研究が進展していく。
一方で、双であるカルロが誘拐され、タマラ、カルラ、パトリシアらは救出作戦を決行することになる。特に、カルロの研究を知ったパトリシアは、その研究に強い興味を示す。


カルロの研究によって〈孤絶〉の社会は大きな変化へと舵を切るけれど、一方で、カルラはこれまで通りの生き方を選ぶ、という終わり方がなかなか。
カルロは、樹精の出産を見て、双との間で子どもを作ることは双を殺すことなのだという強い衝撃を受けていて。でも、カルラの最終的な望みは、という。
女性科学者が自らのキャリアと出産とをどう考えるかというの結構テーマになっており、タマラの父親と双みたく、女性のキャリアに無理解な男性がいる一方で、カルロはなるべく女性が苦しまない方法を探している。もっとも、彼の研究結果自体は彼自身も思ってもみなかったものでもあるのだけど。
タマラやカルラ、パトリシアといったそれぞれ性格も年齢も実績も異なる女性科学者が、どのような決断を下すことになるのかという人間ドラマとしても読める。