柴田崇「サイボーグの「原型」 : “ extension”の系譜学に基づくJ・D・バナールの読解」

サイボーグ論・サイボーグ言説の「原型」を、J・D・バナールに見いだすという論文
http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/2984/1/06%e6%9f%b4%e7%94%b0%e5%85%88%e7%94%9f.pdf


以前、鈴木貴之『人工知能の哲学入門』 - logical cypher scape2を読んだが、その本の姉妹版として『人工知能とどうつきあうか』という論文集があり、柴田はその中の著者の1人
専門は、reseachmapによれば技術思想史やメディア論など
『サイボーグ』という著作があり、そこでアンディ・クラークの『生まれながらのサイボーグ』を検討しているみたいなので、それが気になったのだが、ほかにネット上で何か読めるかなと思って目についたのが、この論文
ネット上で読める論文、ほかにもいろいろあるのだが、J・D・バナールが気になったのでこれを読んでみることにした。
『サイボーグ』の目次を見る限りでは、それの第1章と内容的には重複していそうな気配。


バナールもクラークも気になってはいるが、ちょいと重いんだよなあ、とも思ってなかなか読めていないので、解説本的に読めたらいいなと期待しつつ手に取った。
で、読んでみたらかなり面白かった。
バナールについては以前フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2でも読んだが、また大分違う感じ。


サイボーグ論の系譜を読み解くにはextensionがキーワード
しかし、extensionは3つの意味で使われているから注意が必要
というところから、特にサイボーグに関わる「拡張」という意味でのextensionに注目してバナールの言説が、サイボーグ論の「原型」であることを検討する。
最後に、バナール以後の言説を2つ紹介する
という構成になっている

一、エンハンスメント論の一部としてのサイボーグ論

「サイボーグ」という語は、1960年、「宇宙航行の心理・生理学的側面についてのシンポジウム」におけるN.クライン(精神薬理学)とM.クラインズ(サイバネティクス研究)の共著論文の中で誕生。クラインズが発案者だと明記されている。
宇宙空間での精神活動を正常に保つために、身体機能の恒常性を維持する必要があり、そのために、身体と人工装置を接続するという考え


で、エンハンスメント論との親和性が高いよ、という話から、エンハンスメント論の最右翼である「超人主義者」について
第一世代:I・メチニコフ
第二世代:J・ハクスリーら
第三世代:カーツワイル、モア、ストックら
メチニコフという人の説明を読んで、なんか聞いたことある話だなと思ったけど、『現代思想2025年1月号 特集=ロスト・セオリー 絶滅した思想』 - logical cypher scape2に出てきたブトマイン説だ
トランスヒューマニズムとハクスリーの関係は知ってたけど、さらに遡るのは知らなかった。
さて、本論では、1923年から1931年にかけて刊行された『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズに着目する
このシリーズの執筆陣には、J・B・S・ホールデンが筆頭として、バナールもいる。『宇宙・肉体・悪魔』がこのシリーズの中の一冊として書かれている。
ホールデンについてはまたあとにも出てくるが、バナールも影響を受けたし、現代の超人主義者たちも影響を受けたと公言しているらしい。
遺伝学の人という認識だったが、そういう影響力を持っていた人だとは知らなかった。

二、extension の系譜学

extensionには、「延長」「拡張」「外化」の3つの意味がある
(1)延長
道具によって身体を延長する、という議論
メルロ=ポンティやM.ポランニー、BMIなどのインターフェースの議論
デカルト心身二元論が基調にある。デカルト的身体=延長の境界をどこに引くかという議論
J.J.ギブソンやA.クラークも


(2)拡張
本来の機能が拡張される、という議論
機能の「代行substitution」や「置き換えreplacement」あるいは「増強enhancement」「増大augmentation」「増幅amplification」とも言い換えられる。
「拡張」議論の「起源」(の一つ)として、プラトンパイドロス』がある
文字による記憶の「代行」や「増強」に対して、文字に依存して人の記憶力が「衰退」するという反論がセットでなされてきたが、時代を経るにつれて、次第に前者のみが強調されるようになっていく。


(3)外化
人工物によって身体の機能が可視化されるという議論
射影projectionの語が使われることもある
ベルナールやダゴニェなど、医学と関連


一つの人工物を以上3つの観点から記述することが可能
例えば義足は、「延長」としても「拡張」としても「外化」としても捉えることができる
ただ、大抵のテクストは、いずれかの意味で使われていることが多い
概念に自覚的な著者によって書かれたテクストは、先行思想も意識しており、3つの概念それぞれの系譜が描ける。

三、サイボーグ論の「原型」;バナールの未来予測

フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2だと、バナールがノルマンディ上陸作戦にかかわっていたあたりがフィーチャーされているのだが、こちらの論文でのバナールの略歴でそのあたりの言及はなかった。

  • バナールの議論にみられる3つの構成要素

バナールにとって人類の進化とは精神活動の最大化
(1)生物的な器官・組織を人工物に「置き換え」る。特に外科的に移植する恒常的なもの
(2)人為的な進化論という一種の進化論
(3)人間の知力に対する信頼(人工物が人間を裏切ることを想定していない)
バナールって「群体脳」とか考えていたのかー

バナールには、プラトンにみられた「衰退」の議論が一切ない
「衰退」というのは、人工物(プラトンにおける文字)が機能停止した場合の懸念
バナールは人工物を外科的に移植して恒常的に付着させること(「サイボーグ」)で、この懸念を払拭しようとしている

  • クラインズとの比較

クラインズには(1)の要素はあるが(2)(3)の要素はない。
クラインズの議論は「治療」の範囲をでないもので、現代の視点からみると抑制的に見える。それは、ネガティブ・フィードバックで恒常性を維持する、サイバネティクスの議論から出ているから。
恒常性の破れを出発点とする進化の観点が、サイバネティクスやクラインズにはない、と。
注釈みて、へーっと思ったのは、ポジティブ・フィードバック概念は、M・ マルヤマ (丸山孫郎)による1963年の論文で初めて定式化されたという話。そんな日本人研究者がいたのか
さて、本論はこの点から、クラインズは「サイボーグ」という言葉の発案者ではあるけれど、サイボーグ思想としては傍流であり、サイボーグ論の「原型」ではない、としている

『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズから刊行された、ホールデンによる『ダイダロス』という未来予想の本がある。
バナールはこれの影響を強く受けている
H.G.ウェルズ『来るべき世界』やオルダス・ハクスリーすばらしい新世界』も、『ダイダロス』から影響を受けた作品、とのこと
(ちなみに、ホールデンWikipedia記事を見ると、ホールデンとオルダスとは「幼少期からの親友」らしい)
ホールデンは、遺伝学的な改造の話しかしていない。
バナールは、遺伝的な改造をまず皮切りとして、そこから人工物を外科的に移植する改造へと進む、と論じた。
だから、ホールデンはすごく影響力大きいけれど、「サイボーグ」論の「原型」ではない、と。

四、サイボーグ論の正統

バナール以降のサイボーグ論として、SF作家アーサー・C・クラークサイバネティクス研究者K・ウォーリックの2例を紹介
いずれも、バナールから(1)(2)を引き継ぎつつ、バナールのように人間の知力にはもはや信頼が置けないという点で、バナールとは異なる。