上田早夕里『リリエンタールの末裔』

2011年のSF短編集。え、もう15年近く前なの……
表題作は読んでいたのだけど、その後、読むの止まってそのまま忘れてしまっていたんだよな。いや、完全に忘れたわけではなくて、ああそういえばと意識はしていたけれど。
4篇収録。最後の一つは書き下ろし
やっぱ「マグネフィオ」か「ナイトブルーの記録」が好きだけど、この感覚拡張とかのテーマが好きなんだよな

リリエンタールの末裔

オーシャン・クロニクルシリーズに属する1編
以前、読んだことあり。
上田早夕里「リリエンタールの末裔」『SFマガジン2011年4月号』 - logical cypher scape2
オーシャン・クロニクルは、名前にオーシャンとある通り、基本的には海の話が多く、海上民と地上民の対立というのが背景にあるが、本作は、海上都市に下りてきた高地民が主人公。
主人公のチャムは、背中に鉤腕という第二の腕が生えている民族である。リ・クリティシャスの頃に何某かあって、こういう姿になっているらしい。
海上都市に出稼ぎに来ている。
チャムの場合は、空を飛びたいという夢がある。彼らは、子どもの頃にグライダーみたいなので遊ぶ風習があるのだが、子どもの時だけで大人になるとやらない。しかし、チャムは再び空を飛びたいと思っていて、海上都市にはハンググライダーのサークルがあることを教えられ、海上都市に出てくるのである。
ただ、ハンググライダーは富裕層向けの娯楽であり、おいそれと手を出せるものではない。また、この都市ではかつて、出稼ぎに来ていた鉤腕を持つ人々と移民への排斥感情を持つ人々との間で大規模な衝突があったことがあり、今でも、鉤腕を持つ人々への排斥があちこちに残っている。
そんな中チャムは、信頼できるハンググライダーショップを見つけ、鉤腕を持つ自分にカスタムされたハンググライダー設計を依頼する。
何年もかけてお金をためて、ついにチャムは初飛行に成功する
ハンググライダーサークルが基本富裕層向けという設定なので、サークル入るのにハードルあるのかなと思いながら読んでいると、サークルの主宰者が、我々は社会に対しても冒険者でありたいと言って、条件付きながら受けれてくれるし
初飛行で何か失敗するのかと思ったら、ちゃんと成功するし
お前が飛ぶと差別感情持ってる奴らが暴れ出すかもと散々クギを刺されるんだけど、そうした事態が起きる前に、話自体が終わる
ので、何となく物語的には、盛り上がり足りない感じもしてしまうのだが、わりとすっきり希望を感じられるエンディングでもあるので、読後感は悪くないかなとも思う。
チャムが別の長編に登場するので、スピンオフ的前日譚としても読めるとかそういう面もあるかとは思う。
オーニソプターの模型出てきたり、鉤腕があることで急降下が可能なグライダーが作れたりとかは何となく楽しかった。

マグネフィオ

感覚SF! 磁性流体アート!
交通事故により植物状態に陥っている夫の心を感じたくて、脳波を磁性流体で視覚化する装置を考案する。
のち、夫は回復するが、残された時間は長くはない。夫に触れられた時の感覚データを記録し、任意に再現できる感覚強化実験を受ける。
で、今後、感覚データが市場化されていく未来が待ち受けているのではないか、という危惧が語られる。
SFネタとしてはこういう感じだが、それを三角関係の中で描くことで、いい意味でねっとり(?)した作品になっている。
主人公は、この妻に横恋慕しているのだが、同じ交通事故で相貌失認になっている。6年後くらいに、医療の発展で回復するのだけど、相貌失認で過ごしていた間に自分も相手も若さを決定的に失ってしまったことに気付き愕然とするし、またそれとほぼ同じタイミングで、この恋も終わりを迎えるのだけど、生の感覚データを後から何度でも再生できる技術、というのが、言い知れない魅力とおぞましさを持ったものとして迫ってくる。
タイトルにもなっている「マグネフィオ」=脳波を磁性流体で視覚化する装置と、後半の感覚データ記録技術は、直接的には結びついていないのだけど、美しくもあるし不気味でもある、という点で磁性流体と後半の話が比喩的に結びいている感じがする。
ところで、寿退社や社員旅行がごく当然のように出てきて、ちょっと時代を感じてしまった。
あと、灯に吸い寄せられる蛾を比喩表現に使っていて、それの意味する内実は違うものの、『上海灯蛾』を想起した。そこまで珍しい表現というわけでもない気がするから、たまたまかな、という気もするし、作者にとって結構好きな表現なのかなという気もする。

ナイト・ブルーの記録

感覚拡張SF! 無人深海探査艇!
無人深海探査艇のAIをトレーニングする仕事をしていた元有人深海探査艇のパイロット霧島が、無人機を通じて海を感覚するようになる。
元々、マスタースレーブみたいなシステムで、視覚や触覚のフィードバックがなされているのだけれど、いうても限られた範囲でしかないのだが、本人は、海の温度を感じたり、フィードバックされていないような触感を感じたりするようになっている。
道具との一体化の感覚、という説明のされ方もしている、
泳ぐ魚の鱗が動く音を触覚で聞いている、という描写がある。ヴェルベットに触れているような感覚、と。その話を聞かされてスタッフはわりと引いてるんだけど、霧島はその感覚に喜びを感じている。
とある海洋汚染をどう解決するかという話と並行して進むのだけど、霧島は、この感覚をみんなが持てれば海を保護する動機付けになるはず、と考えている
人間は、感覚にはこんなに可塑性があるのに人間性の可塑性があんまりないのはなんでなんだ、というような台詞があったりした。
この感覚拡張は、あくまで霧島個人に起きた出来事であって、この感覚データで他の人も追体験できるよ、というような話にはなっていない。代わりに、このプロジェクトに関わっていた研究スタッフの1人が、岸リマの死後に、とあるジャーナリストに彼について語る、という形式をとっていて、物語の形で彼の感覚を伝えようとする、という格好になっている。
以前『NOVA5』 - logical cypher scape2で読んだことがある。
ところで、これ読んだ時には、霧島をだいぶ年長の人だと思っていた気がするんだけど、30歳の時に有人艇のパイロットになったあと、40歳で後任のためにパイロットを引退していて、この話の時点でもおそらく40歳。作中で描写される人物像からして、40歳でそれまでの仕事から新たな道に切り替えてく人なんだなっていうのは分かるし、40歳であることに違和感はないんだけど、あれだな、読んでる自分の方が年を取ったので、全然若いときの話じゃん、と思うようになった感じかな。

幻のクロノメーター

18世紀のロンドンを舞台にした歴史もの・書き下ろし中編
ジョン・ハリソンという実在の時計職人についてのエピソードを、家政婦が回想するという形式をとっている。身近にいた女性による回想という点では「ナイト・ブルーの記録」と同じ趣向だが、「ナイト・ブルーの記録」ではあくまで語り部であったのに対して、こちらは、物語の主人公ともなっている。
些細なところだが面白いのは、彼女の名前はエリザベスというのだが、周囲にもエリザベスという名前の人が多い。ハリソンの妻と娘もエリザベス。愛称によって呼び分けている。主人公はエリー。
ハリソンは元は大工だが、田舎からロンドンに出てきて時計職人として名を馳せる。そして、クロノメーターの開発に携わっていた。
当時、経度をどうやって測るのかというのが問題になっていて、月距法という天体観測をもとにした方法と、時計を用いる方法の2つが有力候補だった。後者の問題は、船に持ち込んでも狂いの生じない精度の高い時計が作れるかどうかだった。
そのような時計の開発に対して賞金がかけられており、ハリソンはそのための時計を開発していたのである。
国から資金は得られていたが、それは全て開発費にあてられた。
当初、ハレーがハリソンの後ろ盾となってくれていたが、彼が亡くなった後、月距法派が有力者となり、ハリソンは苦境に立たされながらも、息子ウィルソンとともにクロノメーター開発を続ける。
エリーは、自身も時計に興味を持つようになり、ウィリアムにこっそり時計作りを教えてもらうようになる。
ある時、彼らのところに、謎の黒い石が現れることになる。エリーが作っていた時計にぴったり収まると、その石が動力源となって時計が動き出した。
ハリスンのクロノメーター開発話という史実をベースにしつつ、その裏で、エリーとウィリアム、そして謎の黒い石による「幻のクロノメーター」の物語が進む、という格好になっている。
この黒い石というのが地球外知的生命による機械であり、それが、このエリーの語りの中で時々差し挟まれる、語り手の現在についての言及へと関わっていく。つまり、エリーが明らかに長命であることっぽいのと、だとしても彼女が言及しているテクノロジーオーバーテクノロジーっぽくて、ようするに歴史改変ものだった、ということが明らかになっていく。
この作品、Amazonについているレビューとか読書メーターとか見てると、評価がよい。
それで今回読むに当たり、結構気になっていた作品だった。
と書くと、そうでもなかった、と続きそうになるわけだが、まあちょっとどういうか難しい。
面白い作品であるのは確かだと思うが、その後、上田が書くことになる他の歴史もの小説を既に読んでいる身からすると、上田作品もっと面白い作品あるしなーとなってしまった。
つまり、戦時上海三部作の後からだと、上田早夕里、歴史ものを書くに当たりSF要素いれなくても面白いもの書けるんじゃないか、と思ってしまうところなのだけど、これもう完全に後知恵でしかない。