上田早夕里『上海灯蛾』

1934年から1945年の上海租界を舞台にしたノワール小説
阿片密売の利益をめぐる上海の裏社会での駆け引きに、ファム・ファタルの暗躍と、日本陸軍特務機関で働く日露ハーフ青年の執念が絡まり合い、血で血を洗う復讐譚と自由を求める男の物語が繰り広げられていく。
上田早夕里『破滅の王』 - logical cypher scape2上田早夕里『ヘーゼルの密書』 - logical cypher scape2に続く、上田早夕里による戦時上海三部作の掉尾を飾る作品。
なお、『破滅の王』は2017年刊行(2019年文庫化)、『ヘーゼルの密書』は2021年刊行(2024年文庫化)、本作は2023年刊行(2025年文庫化)。『破滅の王』と本作は『小説推理』に連載されて双葉社刊行、『ヘーゼルの密書』は『小説宝石』に連載されて光文社刊行。
三部作と銘打たれているが、ストーリー的には何のつながりもないので、どれから読んでも全く問題ない。戦時の上海が舞台であるということだけが共通点で、内容も結構異なる。『破滅の王』は細菌兵器、『ヘーゼルの密書』は日中和平工作、そして本作は、上にも述べた通り阿片密売が題材となっている。


5章構成(+後日談の最終章)となっているが、5章がべらぼうに面白い。
冒頭、1945年の上海で1人の男の死体が沈められるシーンが置かれ、1934年まで一気に時代が遡り本編が始まるので、物語がどういう結末を迎えるのかは最初に示されている。
問題は、いかにその結末に至るのか、ということだが、いい意味で予想を裏切られた。


日本人であるが、金持ちになるため上海まで渡ってきて青幇と関わるようになった男(次郎)
どん底から這い上がるため、どんな汚い仕事も引き受けながら、家族との幸せを望む青幇の男(楊直)
日露のハーフであるために肩身の狭い少年時代を過ごし、満洲の建国大学への入学を機に立身を夢見る男(伊沢)
この3人に男達に加えて、何もかも焼き尽くす憎悪という灯を胸の内に隠しながら、物語を始めるきっかけをもたらす女(ユキヱ)の、4人が主人公
前半は、次郎が阿片の栽培や流通に関わるようになって、念願叶って大金を得ていく過程が描かれる。
が、日中戦争が始まり、大陸では、青幇だけでなく日中両軍が資金源として阿片に関わってくるようになり、3人の男達の運命がぐるぐると絡みあっていく。
4人は4人とも決して善人ではない。何らかの悪に手を染めている。さりとて、まるっきりの悪人というわけではない。みな、それぞれそこに至った理由がある。しかし、歴史や社会に翻弄されたとか、そういった言い方も正しくない。彼らはみな、自らの意志で自らの生き方を選んだ。
阿片の密売は莫大な富をもたらすから、関係者達はその利害関係によって行動するのだが、しかし、彼らがそれぞれ自分たちの生き方を選んだ意志は、そうした利害の一致・対立をこえた絆や対決を生み出していく。
青幇や特務機関、謎の女といった要素や、ある殺人事件の謎を巡るプロットなどの面白さもさることながら、上述のようなところが面白かった。


主な登場人物は、吾郷次郎、楊直、原田ユキヱ、伊沢穣である。
あれ、こうやって書き出すと日本人率高いな。上海三部作の中では中国人の登場人物の多い作品だと思う。


次郎は、雪深い農村から、富を求めて1人上海へ渡ってきた。雑貨屋を営みながらチャンスをうかがっていたところ、原田ユキヱなる女性が、阿片の取引を持ちかけてくる。次郎は、中国人のコネをなんとかたぐって、青幇の1人、楊直にこの話を仲介する。
かねてより青幇とのつながりを得たいと思っていた次郎は、楊直を大哥(兄貴)と呼び、黄基龍という中国名を名乗るようになる(基龍はジーロンと読み、楊直が「次郎」と似た音を選んで命名した)。
物語の前半は、次郎が、楊直との信頼関係を構築しながら、ユキヱの持ってきた最高品種の阿片「最(ズイ)」を栽培し、念願の大金を得ていく流れとなっている。
次郎は、貧しい故郷での生活が嫌で、都会での華やかな生活に憧れていた。まずは、神戸に出て、とあるジャズバンドのもとで下働きをしていた。そんなわけでジャズ好きの一面がある。趣味でヴァイオリンを弾くユキヱにジャズを弾いてもらったり、3年ほど阿片栽培のために上海を離れていた間に、スウィング・ジャズという新しいジャズが生まれていたことを知って、悔しさと興奮を感じていたりするシーンがある。
次郎は、青幇の構成員にはならないものの、楊直とは義兄弟の契りを交わし、青幇の世界と深く関わっていくことになる。カネのためなら、阿片栽培と密売に関わることを厭わず、楊直のもと、ある意味で「最」の専門家となって、青幇の阿片密売の片棒を担いでいく。
また、楊直と義兄弟となったとはいえ、それは口先だけのこと、状況によっては互いに裏切りあうこともあるだろうと割り切っており、楊直に対して平気で隠し事もする。
そういう意味で、次郎は間違いなく悪党であり、次郎自身もそれを自覚している。とはいえ、彼の中にも線引きはあり、殺しはしないと決めている。といっても、それは倫理観や信念というわけでもなく、殺しはしたくないという消極性であって、最終的には彼も自ら人を手に掛けることにはなる。
次郎のモチベーションは、何者にも束縛されず、自由になりたい、というもので、金を求めるのも、金がないことによって思うようにいかなかった過去があるからだった。次郎にとって、金は自由を得るための手段であった。ただ、本当に自由になったとして、何をしたいのか。次郎は、リスクに身を焦がすことに生きる実感を覚えるようになる。とはいえ、彼の基本的な動機は自由である。それは、戦争へと突入し、日本の特務機関が関わってくるようになった時、彼の行方を決定していくものとなる。


楊直は、青幇の構成員の1人である。
青幇は上海裏社会の秘密結社であり、それ故、史実としても不明な点が多いらしく、本作での青幇の描写には創作も多い、ということが筆者のあとがきで書かれている。
杜月笙ら3人がトップに君臨している。この杜月笙は実在の人物。本作ではあまり直接的には登場してこないが、名前だけは頻繁に出てくる。杜月笙は、青幇だけでなく、表の世界でも実業家として活動しており、楊直も、表の稼業をやっていきたいと考えている。
楊直自身は、郭景文という男の部下であるが、郭はすでに老いて、衰えてきている。青幇の中では、老板と呼ばれるボス級の人たちがいて、彼らが物事を決めているが、郭は老板にはなれなかった人物。
楊直も、次郎同様、貧しい農村の出身なのだが、次郎が自分の意志で農村を飛び出してきたのに対して、楊直は、鼠害によって家族共々上海まで流れてきたという背景を持つ。そこから、自身は鉄砲玉として、そして妹が郭の情婦になることで、ここまでのし上がってきた。
彼の行動の背景には、家族がいる。
妹は郭の情婦ではあったが、郭が老いたことで解放され、香港で暮らすようになっていた。また、兄もいるのだが行方不明であり、現在の楊直が大事にしているのは、妻子である。
しかし、物語の中盤、時代としては第二次上海事変(1937年)が勃発した折、妻子が何者かに惨殺される。
物語は、楊直の家族が一体何者のどのような思惑により殺されたのか、ということを一つの軸として動いていくことになる。
彼はそういう家族思いのある人物であるが、同時に、上で「鉄砲玉」と書いたように、組織内ではある種の狂犬として扱われているところがある。次郎との関係の中では、阿片の栽培と流通ネットワークを構築していく人物としての面を出していて、武闘派っぽさはあまりないのだが、実はバリバリの武闘派である(というか、組織からそういう存在であることを強いられてきたという面もあるかもしれない)。


ところで、本作は三人称で、次郎や伊沢への内的焦点化はされるが、楊直にはなされない。このため、楊直が内心で何を考えているかは分からない。
その意味で、楊直が次郎をどのように思っていたのか、というのも、本作を読んでいく上での軸になると思う。
次郎から楊直に対する考えは上述の通りで、義兄弟ではあるが、全面的に信頼はしていないというものである。もっとも、次郎は、楊直のことを嫌っていたり、信用できない奴だと思っていたりするわけではない。次郎は、人間というのは利己的な存在であって、何かあれば最終的には利己的に振る舞うはずだ、と考えているのである。ただ、それを自分に対して言って聞かせているようなところもあると思う。つまり、いざという時、自分が利己的に振る舞うことができるように、あいつも利己的に違いないと言い聞かせているのではないか、と。
そういう訳で、内心が直接描かれている次郎についても、楊直に対してどう思っているかは、書かれているままではないように思える。
まして、内心が直接描かれない楊直をや、というところである。
裏社会に身を投じた男2人が、協力しあうという物語であり、そうすると読者としては、どこかで互いに銃突きつけ合う展開がくるのではないか、と思ってしまうところがある。
まして、2人は戦時中の中国人と日本人、信頼し合えると思う方がどうかしている。
何故、楊直が次郎を弟分として受け入れたのか、そもそものところはよく分からない(何かピンとくるものがあったのか、単に商売にとって好都合な存在と最初は思っていたのか)。しかし、楊直は確かに次郎を兄弟分だと思っていたようである。楊直は次郎の窮地を助ける。


原田ユキヱは、かぐわしい香りを漂わせるファム・ファタルだが、その香りというのも香水ではなく、自身の身体から発せられている(そういう体質)。
次郎に、最高品質の阿片を持ち込んできた、謎の女性であるが、その出所は満洲であり、日本軍が品種改良していたものである。それを持ち出してきたのだから、日本の特務機関に追われる身でもある。
それにしても、彼女は何故そのような品種を持っていて、何故青幇のもとへ持ってきたのか。
次郎は、彼女に否応なく惹かれていくことになる。この思いは最後まで一方的なものに過ぎないのだが、終盤に、次郎的には通じ合えたと思える瞬間がある。
彼女からもたらされた情報をもとに、次郎は楊直の家族が殺害された謎へと迫っていく。


伊沢穣は、上の3人に比べると登場がやや遅く、本格的に動き始めるのは後半になってからである。
日本人の父親とロシア人の母親をもち、最初は、上海でボーイのアルバイトをしている。
次郎は、大物というのはパトロンになったりするものだ、と言われ、苦学生をやっている伊沢を助けるのである。
さて、伊沢であるが、彼は満洲の建国大学への入学を目指しており、中盤で無事入学を果たす。無事どころではなく、入試の成績が大変良すぎたために、建国大学への在籍は2年で切り上げ、3年目からは陸軍の大学へ入るように言われるのである。
伊沢は、その出自のために「日本人であること」への強いこだわりがある。少年時代は、それは周りにうまく適応する、という形を取っていたが、物語の後半では、日本の軍国主義と強く一体化した形で現れる。
話を戻すと、建国大学時代に親しくなった友人が、しかし、後にソ連のスパイとして逮捕されることになる。この際、伊沢はなんとその処刑に志願して、友人を殺すのである。
これ、物語としては、次郎と対になる形になっている。
次郎は、「最」の栽培に関わることになった際、郭景文から、これに関わりたければここでこいつを射殺してみろ、みたいなことを言われるのだが、人殺しをしたくないと考えていた次郎は、何とかこれを切り抜ける。そして、この時、次郎が殺さなかった相手(何忠夫)とともに、楊直のもとで仕事をしていくことになる。何忠夫と次郎は別に親友のような関係になるわけではないが、それでもその後、重要な仲間になっていく。
逆に、伊沢は親友だった男を、何の呵責もなく射殺するのである。ここが、伊沢の重要な転換点だったことは言うまでもない。
伊沢は、そのまま陸軍の特務機関(央機関)に関わりのある商社で働くことになる。
央機関は、陸軍の戦費調達のために阿片を取り扱っている特務機関であり、そのために、上海の青幇達とも関わり合いができることになるのだが、この機関のトップである大佐というのが、ある種の人たらしであり、人をコマとして扱うことに躊躇しない人物で、伊沢は彼にコロッと取り込まれてしまった、とも言える。満洲で伊沢の身元引受人をしていた人物だが、伊沢は彼を父と慕い、彼らからの「承認」を得たいと思って行動する。
「日本人」として認められたいという承認欲求をもつ伊沢に対して、大佐は誰よりもその欲求を満たしてやることができたのだとも言える。
伊沢にはそうならざるをえない事情があったわけだが、彼は組織の走狗と成り果てて、次郎の前に立ちはだかることになるのである。
前半を読んでいる間は、次郎と楊直が戦うことになるのかな、と思っていたのだが、そうではなくて、次郎と伊沢が対立していくことになる。
日本軍と青幇との戦いでもある。青幇は政治的には蒋介石派で、そもそも抗日派ではあるのだが、阿片の流通においては日本軍とも部分的に協力関係にある。しかし、こと「最」をめぐっては、そういうわけにはいかず、青幇側はこれを「抗日阿片戦」と名付けて央機関と全面戦争をする道を選ぶのである。
ところで、これが、次郎と伊沢という軸でみると、自由をめぐる戦いとなる。
次郎は青幇の構成員ではないし、中国人ですらないわけで、日本側に寝返るという道がないわけではなかった。そもそも伊沢は、次郎がこっちに寝返るだろうという目論見の元、次郎へと接触していた。
しかし、次郎はその道を選ばない。それは何よりも次郎のモチベーションの元となっているのは、誰にも束縛されないこと・自由であることであり、日本軍ないし伊沢の青幇や次郎への高圧的・一方的な態度は、束縛としか思えないものであった。だから、次郎はこれに抗する。
ロシア人とのハーフという境遇ゆえに「日本人」であることに拘った伊沢にとって、次郎の態度は全く理解ができない。
次郎と伊沢の対立は、それぞれの属する集団の利害関係をこえて、己のアイデンティティをなす価値観の対立へとなっていく。
ここの話のもっていき方が大変面白かった。
ところで、では何故「抗日阿片戦」なるものが勃発することになったのかというと、そこにこそ、ユキヱの深い深い怨念がある。
ユキヱが直接的に暴力をふるうシーンは一カ所しかない(そして、そのシーン、めちゃくちゃかっこいい)のだけど、しかしもたらした破壊の程度でいうと、狂犬・楊直を上回るんだよな。
日本人でありながら正体を隠して上海の裏社会を上りつめていく男の栄耀と凋落を描いた歴史×ノワール巨編 『上海灯蛾』上田早夕里|ブックレビュー|COLORFULで「全員悪人」と言われているが、それぞれタイプの異なる悪である。
ユキヱの場合、元の動機が復讐だし、世界精神型、とはまたちょっと違うような気はするのだけれど、復讐に端を発しつつ、もはや自己の利益になるかどうかを超えて、混沌を欲しているタイプの悪なので、他の登場人物とはスケールが違った悪だなあと思う。
次郎は、楊直や伊沢と比べると、選択肢があったタイプで、上海で雑貨屋を続けることも十分できたはずだけど、進んで悪事に手を染めたともいえる(ユキヱは当初、次郎をただの甘ちゃんだと思っているし、後には、ここまで関わってくるとは思っていなかったと述べている)。一方で、楊直や伊沢と比べると、暴力や殺人に対する忌避感が強い。
楊直は、上海のどん底から這い上がってくるためには暴力を振るうしかなかったタイプ。
伊沢は、終盤でも日本が勝つと信じているし、日本が正しいと思っているため、自分が悪だという自覚をあまり持つことなく悪をなしている感じがする。


ところで、次郎と楊直は、老大たちに隠れて、自分たちだけの「最」の畑をビルマに作っているのだが、この時、ビルマ側の管理者として趙定偉という人物が出てくる。
で、この趙が何故か、次郎が拷問受けて気を失っていた際に次郎の夢の中に出てくるんだよな。
夢の中で趙は、人生やり直せるとしたらどうしますかと聞いてくるのだが、次郎は、やり直してもきっと同じ人生を歩むと思うというようなことを答える。すると、何度聞いても同じことを答えるんだよなあ、と趙は答える。
ここ、SFめいた解釈もできそうな不思議なシーンだけど、特に何だったのか答えは示されていない(と思う。作中で次郎自身は、自分の中に残る良心のようなものが見せた夢かな、と考えている)。  


冒頭に既に予告されていたように、次郎の死によって物語は幕を閉じるが、その後に、最終章というエピローグがつけられている。1970年代の香港に舞台は移り、70代になったユキヱと楊直が再会する話である。
先ほど、次郎と楊直がビルマに隠し畑を作っていたと述べたが、楊直はこの畑をその後も維持管理し続け、これが黄金のトライアングルともなっていったことが最後に語られている。
「最」の栽培地として、ビルマとかの地名が出てきた際に、「あれ、あそこらへんって」とちらっと思ったりはしたのだが、最後にちゃんと回収されて「おお」と思った。
『破滅の王』は細菌兵器で、『ヘーゼルの密書』は日中和平工作で、どちらも戦争というマクロな状況に直接関わっていく話であり、登場人物達もそれをを意識できる人たちだった。これに対して『上海灯蛾』は、むろんこの時の阿片は戦費調達の手段だったので戦争にも関与する要素であるのだけど、そうはいっても、言ってしまえばチンピラたちのミクロな状況の物語として読めるものだった。んだけど、最後に、黄金の三角地帯につながるあたり、一番規模のでかい話だったのかもしれない……。