「進化論」をお題とした書き下ろしホラーアンソロジー。『異形コレクション』シリーズとしては36巻にあたる。刊行年は2006年だが、「魚舟・獣舟」や「貂の女伯爵、万年城を攻略す」の初出媒体で以前から気になっていた。
『異形コレクション』は、90年代後半から2000年代にかけて刊行され、そして2020年代になって復活し現在も刊行が続いているホラーアンソロジーシリーズである。
ホラーを銘打っているが、対象範囲は広く、SFやファンタジーに相当する作家・作品も収録していることもあって、2000年代のSFを収録した短編集・アンソロジーを読んでいると、初出の掲載媒体としてよく見かける名前でもある。いわゆるSF冬の時代と言われ、SFを掲載する媒体が少なかった頃、SF短編を掲載できる媒体としても機能していたらしい。
作家陣にSF作家が多いし、お題も「進化論」だし、そもそも自分がSF文脈でこの本を知ったこともあって、何となくSFアンソロジーを読んでいる気分で読み始めたのだけど、そして実際SF作品も多いのだけど、途中からはっきりとホラーな作品が出てきて、「そうだ、これはホラーアンソロジーだったんだ……」と。
ホラーは普段、自分からは手を出さないジャンルなので……(学生時代に洒落怖のまとめサイト読んでた時期があったけど、でもあの時も「なんでこんな夜更けに怖い話読んでるんだろう、やめよう」ってなったし)。
「神の右手」から「娘の望み」までがSF、「うしろへむかって」から「書樓飯店」までがホラー・怪奇、「貂の女伯爵、万年城を攻略す」はファンタジー、「個体発生は系統発生を繰り返す」「ヤープ」はジャンル不定(あえて言うと多分ミステリ枠)、「楽園の杭」以降はまたSF
表紙や各作品の扉に、江本創による幻獣標本の写真が用いられている。人魚のミイラみたいな奴ですな。これがまた結構いい雰囲気を出している。写真だけでなく、ところどころ、発見時のエピソードみたいなのが挿入されていて、秘境探検譚みたくなっている。
それぞれの作品の冒頭に、編者からの紹介コメントがついているが、ゴシック的な華美な文体になっているのがまた面白かった
神の右手/藤崎慎吾
深海探査艇に乗り込む生物学者の小野は、何者かから脅迫されていた。
探査艇のパイロット、コパイロットの2人に、脅迫内容や自身の研究内容について説明する。
それは、生命起源の熱水噴出孔説を証明するために、D-アミノ酸を使って実験するというもの。
聖書の天地創造やミケランジェロの絵画にもからめて、実は、神は両手で創造を行っていたぞー、夜の世界を邪魔する研究はやめろー、という話
深海探査とか生命起源とか、この作者っぽい題材を使っているなあという感じで、脅迫者の正体は読んでいる最中に察せられるが、それを、天地創造の一節と絡めながら、ホラー・怪奇要素へとうまくねじ込んでいったというか。
魚舟・獣舟/上田早夕里
久しぶりに読んだら、結構内容忘れていた。
とはいえ、設定とかはもちろん覚えているので、そういえばこんなんだったなーという感じなんだけど、双子の片割れが魚になり舟になる、というの何も知らずに読むとすごい話だよな。獣舟の変異っぷりも。
罠の前でひざまずいて/西崎憲
とある企業で研究者をやっている友人を訪ねる。
無人島にでっかい研究施設が建っててそこで友人は進化の研究をしている。
新種を作っている
SF(※)は確かにフィクションなので科学的に正しい内容である必要はないのだが、しかし、そうはいっても「大進化は5億年起こっていない」とか書かれると、ん?ん? となってしまうな……(門の分化(?)と種分化の区別がついてないのかなという気もするのだが、一方で、ここに登場する生物学者が創造論者っぽいところもあって、そもそもオルタナティブ科学だったのだろうか、とか)
※なんかSFであることを前提に書いてしまったが、このアンソロジーはSFじゃなくてホラーのアンソロジーだし、西崎憲もSF作家ではないわけで、そこは差し引くべきか。
量子感染/平谷美樹
量子物理学と分子生物学と古生物学の融合!
量子エンタングルを応用して全宇宙の分子構造を一瞬で変えてしまう「量子感染」技術を用いた、人類絶滅テロ計画
と思わせて、全生物をエディアカラ生物群まで強制的に戻して、食べられる生物をなくしてしまう計画を実行する主人公
娘の望み/八杉将司
失語症と診断された娘は、言葉を全く理解できない代わりに、絵画と音楽とにたぐいまれなる才能を発揮した。しかし、妻と教育方針で揉め、娘とのコミュニケーションもうまくいかず、主人公は離婚を受け入れることになる。
その後、娘の才能は、言語を介さないコミュニケーションをする社会へと、人類社会全体を変化させていくことになる。
主人公は、そうした大きな流れに背を向けて、言語文化を保護する活動を細々と行っていく。
幼い頃、父親とのコミュニケーションを拒絶したように見えた娘だったが、タイトルにある「娘の望み」というのは、父親とコミュニケーションをとりたいというもの。一応、ハッピーエンドなのか?
うしろへむかって/井上雅彦
語り手の男性が、女性に対して、脱線しつつも自分の研究について語っている
結論だけまとめてしまうと、左右相称動物は、身体の向きに前と後ろができたことで、後方への恐怖が生じたのではないか、という話で
読み始めた最初は、飲み屋かなんかで、女性に話でもしているのかなという感じなのだが、最後の最後で、タクシーが後ろに幽霊乗せてた系の幽霊譚だったのかーと
バード・オブ・プレイ/多岐亡羊
どうもこの『異形コレクション』は一般公募もやっているらしいが、この作者は前回の公募で作品が掲載された人で、その作品の続編的な位置づけ。
霊能力があってひそかに除霊をしている物静かな女子高生と、何の霊能力もないがケンカの腕はある同級生のコンビが織りなす物語。まあ、今風にいうとシスターフッドとか百合とかなのかもしれない。知らんけど。
ホームレスが次々と高所から落下して死亡する事故が相次ぐ。警察では単なる自殺と処理されていたが、2人は死霊の仕業ではないかと考えていた。
しかし、実は霊ではなく、カラスによるものだったという話で、最後の見せ場は主人公2人の大立ち回りで、ホラーアクションという感じ
希望的な怪物 Hopeful Monster/小中千昭
1970年代から現代にいたるまでの都市伝説を採録していったという形式の作品
東京の地下に、白っぽい肌の人間のようで人間とは異なる化け物がいて、目撃した者はのちに不幸な目に遭う、というタイプの都市伝説が、連なっている。
編者のコメントに、怪物自体の進化と、都市伝説・怪談が進化していく、という二つの進化が扱われている、とある。
かつて、臓器移植用に、ブタに人間の手足をつけたような生き物が作られて、それが脱走し、東京の地下空間の中で生存するようになった、というような話
読むべからず/飛鳥部勝則
読んだ人は呪われる系ホラー
最近、何件か惨殺死体になる謎の事件が続いている。語り手の学生時代の友人であり、寡作の作家が、やはり同様の死体となった。
その妻から送られてきた、作家の生前の日記に、その謎へのヒントがあった、というもの
体毛や皮膚が裏返っていくという怪現象が起きていたという話で、なかなかグロテスクな内容であるが、語り手とその友人の、ホラー・怪奇小説の偏愛も同時に語られている。
ランチュウの誕生/牧野修
ランチュウは金魚の品種の一つ
主人公の祖父が、趣味で金魚の品種改良をしていた。
この主人公というのが不幸な身の上で、子どもの頃に両親も祖父母も亡くし、その後、底辺から這い上がり、結婚し、娘も産まれるが、その妻も亡くなる。娘だけを生きる希望として、大学まで進学させるが、また転落がまっていて……
娘ともども監禁されて暴行を受けるのだが、そこに同席していた老人曰く、人間には必ず守護霊がいて、その守護霊を育成しているのだという。不幸になるほど、守護霊が優れたものになる、と。
主人公の人生にあった不幸は、守護霊を育成するために計画された不幸だったのだ、と。
ラストの臨死体験はハッピー風だけど、胸くそエンドなのでは
この島にて/朝松健
室町時代を舞台にした蠱毒もの
妖管領と言われた細川政元は、土佐の沖合に妖術で島(この島)を作り、そこに攫ってきた幼子を集めて怪しげな実験をしていた。
細川の腹心であった香西元長は、従兄弟である四郎の息子が、細川の手にかかったことを知り、細川暗殺を決心する。一方、そのことを元長から知らされた四郎は、友人や手下を連れてこの島へと渡る。
この島には、細川の妖術実験によって作られた、不気味な化け物(元は亀だったり猿だったりする)がいて、次々と襲いかかってくる。全滅エンド
読み終わった後に、雑にWikipediaを眺めただけだが、細川政元は確かに修験道に凝っていて天狗の術とかやっていたらしい。作中にも書かれているが、それで女に触れないようにしていたため、子がおらず、養子をとって跡継ぎにしたが、それを二転三転させていたので、後継者争いが起きていた。香西元長による細川暗殺は、その後継者争いを背景にしている
書樓飯店/蒼柳晋
一般公募から選出された作品とのこと。以前からの常連だったらしく、中国妖怪ものを書いてきたらしい。本作の舞台は日本
神田の古書店街で密かに営業している、紙魚専門料理店
紙魚に文字を食わせると、その文字にちなんだ味とかになるというものらしい。
会員制なのだが、正会員になるには、女性がとある通過儀礼に参加しなければならない、という話
貂の女伯爵、万年城を攻略す/谷口裕貴
以前、伴名練編『日本SFの臨界点[怪奇編]ちまみれ家族』 - logical cypher scape2で読んだことがある。
知性化した獣たちが戦争をやっている世界。
貂の女伯爵率いる軍勢が、亀族の立てこもる万年城を攻撃している。憶年生きているという巨大亀を、サイ兵が毒を塗った角で突貫攻撃して屠るというシーンから始まる。
主人公は、女伯爵の下人をしている人間の少年。かつて知性を持っているのは人間だけだったが、今はかなり低い身分に落ちてしまっている。人間たちは亀たちと通じて叛乱を企てていた。
完全にファンタジー世界観の作品である。
まあ、『異形コレクション』は、狭義のホラーに限らず間口の広いアンソロジーのようだし、知性化された獣は確かに「異形」とは言える。
ただ、こうやってこのアンソロジーで通して読むと、主人公が死ぬオチの作品多いな、と気付いた。主人公が死んで終わるとホラーっぽくなるんかな?
個体発生は系統発生を繰り返す/竹本健治
名前は知ってるけど読んだことない作家。ホラーも読まないけどミステリも読まないので……
本作はしかし、ミステリでもホラーでもSFでもないような作品だった。青春小説というか。
語り手の少年は、博学な同級生が色々話をしているのを聞くのが好き。ある日、彼が進化論の話をしているのを聞いていたら、逆に話しかけられる。
語り手の少年は、彼に対して、罪と罰の観念について相談する。
そして、2人は車を盗んで走り出す……
ヤープ/平山夢明
こちらも名前は知っているけど読んだことない作家。ちょうど『独白するユニバーサル横メルカトル』が出た頃だったらしい。そして、「独白するユニバーサル横メルカトル」もまた『異形コレクション』掲載作品だった、と。
で、こちらもまた、あんまりホラーという感じではない。
郵便局員として働く主人公は、森で
出会った老人=「先生」と親しくなる。「先生」は主人公の家に訪れては、一緒に酒を飲み交わしたりして、主人公の話を聞いてくれるのだが、ある時、進化論について話し出す。劣っているとされるものから、(環境が変わったりすると)優れたものが生まれてくるものがある、という話を聞いて、自分はダメな奴だと思わされてきた主人公は希望を抱く。
しかし、「先生」は、類人猿から人と同じような知能を持った類人猿を生み出す交配実験についても語っていたりして、どこか妙な人でもある。
と、その後「先生」はめっきり姿を現わさなくなる。
しばらくたって、主人公の家に、人語を話し、ヤープと名乗るチンパンジーが訪れる。「先生」が生み出した存在だったが、「先生」は病死し、ヤープの妻子も相次いで亡くなっていた。
ヤープと主人公は一緒に暮らし始めるのだが、ある時、ヤープは、居酒屋にいた筋肉質の男が、とある子どもの殺人事件の犯人だと言い始める。そこからヤープは、被害者の母親にも会いに行き、復讐代行のようなことをしてのけるのだが、それはしかし、ヤープ自身のある望みを果たすためでもあった。
楽園の杭/野尻抱介
これはバリバリの宇宙生物SF
機械知性で動く宇宙生物の探査船に、ヒューマンファクターとして人間が乗っている。
ただし、彼女は地球ではテロリストで一種の刑罰として乗せられている、というのがちょっと面白い。ただし、地球の支配者はもはや人間ではなく、機械知性により5世紀の平和が維持されている
で、見つけた惑星に軌道エレベータとしか思えない構造物が見つかる。
しかし、実地に見に行くと、全く文明の気配はなかった。惑星に降り立つも、微生物がいるだけ。
この構造物、マントルプルームに固定されていることがわかる。軌道エレベータではなく、この惑星の地軸を掻き回す杭だった……
スケール大きめのSFネタでそれは面白い
逆行進化/堀晃
パルプ林の現地支社で働く主人公のもとに、若い生物学者がやってくる。新種の藻だかなんだかのサンプルを取りにやってきたのだ。
会社の指示でその学者を船に乗せて川を遡る。
遺伝情報だかを読み取ることで、植物の「声」を聞く
曰く、二足歩行の下等生物が食物連鎖の頂点に立っているのはおかしい。二足動物を四足動物が食い、四足動物を植物が食う状態にしなければ、と
まだ事態は決定的にはなっていないが、今後破滅がやってくるのでは、と示唆するエンド
SFホラー感はある。
おもかげレガシー/梶尾真治
エマノンシリーズ
人に近づくとその人の記憶を読み取ってしまう能力ゆえに、なるべく人と関わらないように生きてきた主人公
しかし、彼女の能力は、生態系にとって重要なあるものを、エマノンに託すために付与されていた能力だった
最後、エマノンが去った後、主人公がとある男性に告られて、その人の記憶から、以前から自分のことを想ってくれている人だったんだ、とわかってハッピーエンドになるんだけど、逆にちょっと、怖ってなってしまった(作品として、そういう怖さを意図したものではないけれど、学生時代から見られていたのをいきなり見せられて「わあ、昔から私のこと好きでいてくれたんだあ」にはならんのでは、と気になってしまう)
