オルガ・トカルチュク『逃亡派』(小椋彩・訳)

旅、移動、解剖学をめぐり116の断章で構成された小説
白水社エクス・リブリス
筆者はポーランド人作家で、2018年にノーベル文学賞を受賞している。その際の受賞理由は「博学的な情熱によって、生き方としての越境を象徴する物語の想像力に対して」とある。博学的な物語、というのは確かにその通りかもしれない。
本作は、国際ブッカー賞も受賞している。
116の断章からなる、ということで、どういう作品なのか一言では説明しにくいが、物語という点では、複数の短編からなっている、と捉えてもよいと思う。これらの短編は、直接的には相互に内容のつながりはない。しかし、長短さまざまな断章が間に挟まることで、テーマやキーワードを通じて、緩やかにつながりあっている。筆者自身が星座小説と呼んでおり、星座を形成している、と言ってもよいのかもしれない。
断章が116もあるわけだが、長さは一定していない。短いものだと数行程度しかないが、一方で、それ一つで十分短編小説として成立するような長さ(数十ページ)のものもある。短いものはそれこそエッセーのような小話のような内容だったりするし、また、複数の断章に跨がって一つの物語が展開されている場合もある。
全体的には、ポーランド人女性の「私」が語り手となっている断章が多くて、これらが基底をなしていると言ってもいいが、語り手不明の断章も多い。
冒頭に書いたとおり、中心的なテーマ・モチーフは、旅・移動であるが、そのサブテーマとして派生しつつ、もう一本のテーマとして広がるのが、解剖学についての物語である。これはいわば、人体というミクロコスモスへの旅、という意味合いかと思う。
文体としては、わりと短めの文や体言止めを連続して使うことでリズムを生み出しているところがある。とにかく、体言止めが多かった、という印象がある。

クニツキ

読み始めると、まずは「私」による断片的な内容の断章が続くが、一番最初に、まとまったお話として展開されるのが、クロアチアのヴィス島に旅行にいったクニツキという男性の話である。
オリーブ畑の広がる島内をドライブ中、妻子が車を降りていった際に、少し目を離した隙に2人が行方不明になってしまう。
島の人たちは、小さい島だからすぐに見つかるよ、というのだが、警察がヘリコプターを飛ばして捜索するなど少しずつ大事になっていく。それでも2人は見つからない。
というところで、この話はいったん途切れる。本の後半で、クニツキの話は再び語られる。

色々な断章

驚異の部屋(ヴンダーカンマー)についての断章があったかと思うと、その少しあとに、蒐集品展示館(パノプティクム)についての断章がある。以後、パノプティコンという言葉が、時々姿を現わす。
他にも、内容的にはあまりつながりのない断章同士で、同じ単語が出てくることで、緩やかにつながっているような感じを出しているところがある。
終盤、結構それをたたみかけてくる感じがあって、それが結構面白かった気がする。


ウィキペディア」という断章もあったりする。インターネットについては、これ含めて若干の言及がある。ウィキペディアに対しては、わりと肯定的な内容だった。


空港を舞台にした断章もいくつかある。空港で見知らぬ人と出会って会話したり、何より、ページが割かれているのは「旅行心理学」だろう。
空港の待合ロビーで、旅行心理学の研究者が講演会のようなことをしていて、飛行機を待っている人たちが何となくそれを聞いている。「私」もその中の1人で、その講演を聴いたり、他の客が何かをやっているのに気が散ったり、とかしている。


ホテルの部屋に疲れたまま入り込んで、テレビをザッピングしているシーンで、リモコンを向けてチャンネルを変えることを、テレビを撃つという比喩で表現しているのがちょっと面白かった。
深夜のホテルで、アダルトチャンネルと宗教に関するチャンネルが交互に映っているのを見て、世界の最も単純な座標軸は「セックスと宗教。肉と霊。生理学と神学。」と語り手は言う。


ナプキンに色々と豆知識みたいなのが書いてあって面白い、みたいな内容の断章で、一番印象に残ったのは、「人体のもっとも強い筋肉は、舌です。」だ、というのがある。
これ、最初読んだ時はふーんという感じだったのが、読んでいる途中で、このフレーズが再度出てくる箇所があり、さらに、訳者あとがきにより、ポーランド語で「舌」と「言葉」が同じ単語だということが分かって、かなり意味のあるフレーズだったんだなと思い返す羽目になる。
また、もう少し読んでいくと、解剖学者の話が始まるので、ここで筋肉の話が出てくるのは、それへの予告かなという感じもしてくる。

「ハーレム(メンチュウの話)」

これは若いスルタンが、政治にあまり関心がなく、十字軍が攻めてくる際に、母親の計画に従って都からの脱出を図る話。母親から誰を連れて行くかと聞かれて、子どもを連れて行くと言いだし、足手まといになるからと言われても聞かずに子どもを連れて砂漠へ繰り出す。
基本的に現代の話が多く、またこの後、17世紀の話や19世紀の話も出てくるが、この話は、一番古い時代を舞台にした話だったのではないかと思う。
あと、基本的にヨーロッパを舞台にした話が多いので、舞台も本作の中ではやや遠いところかと思う

ブラウ博士の旅

プラスティネーションに情熱を注ぐ解剖学者ブラウ博士
17世紀の解剖学者であるフレデリク・ルイシュに影響されており、同じくルイシュに感銘を受けていたモール教授の、プラスティネーション技術に関心を向けていて、モール教授の未亡人のもとへと訪れる。
モール教授の家は、プライベートビーチに接した家で、来訪するといきなり海から水着姿であがってきた60代の女性と出くわす。手紙で想像していた未亡人と全く違う雰囲気の人で、たじろぐブラウ
ブラウはブラウで、独身でどちらかといえば美男子らしく、女子学生に時々手を出しているような野郎なのだが、うまいことモール教授が使っている薬液の秘密を探りだそうとしていたところ、未亡人の方にペースを握られてしまい、失敗する。

ヨゼフィーネ・ソリマンからフランツ1世への手紙

「ブラウ博士の旅」の中で一瞬言及されるアンジェロ・ソリマン、その娘であるヨゼフィーネ・ソリマンから、オーストリア皇帝フランツ1世への手紙というのが、3回ほど出てくる。
アンジェロ・ソリマンはアフリカ出身の元黒人奴隷なのだが、後にオーストリア宮廷に仕えるようになった。
ところが、死後、人体標本にされて展示されることになってしまった。キリスト教徒として、これでは最後の審判の時に差し支えてしまう。是非、父親の遺体を返してほしい、と皇帝に対して願う手紙なのだが、皇帝から返信がもらえず、何度も送っている、という内容

旅先の同胞、母語、英語などの断章色々

旅先で同胞に会うのをどう思うか、とか
それから、旅先で母語を使って話すと、周りに秘密の話ができるけど、英語が母語の人だとそういうことできないね、みたいな話とか
逆に、旅先で他人が話していた言葉が分かっちゃった話とか
あと、レンタルビデオ屋で突然「あなたが話してるのポーランド語?」って話しかけてきた女性がいたんだけど、彼女はハンガリーに嫁いでポーランド語を忘れてしまったと言っていたとか。
旅行や移住でポーランド以外のヨーロッパの国に行ったポーランド人の話とかが、まあ当たり前といえば当たり前だけど時々出てきたりしていた。

アジアについての言及色々

まれにアジアについて触れられることもある。
例えば、インドに出張に行った中国人会社員が、取引先の好意で仏舎利見せてもらった話とか(仏舎利というワードは他の場所でも時々出来てた)。「易経」も時々出てきたかな
あと、東アジアでは、ベジタリアンの店には卍が書いてあって、ベジタリアンの私には助かる、という話もあったけど、あれは一体何なんだろう(ググってみたらどうも台湾の話らしい)。海藻のシートをスティックにして食べるみたいなこと書いてあって、海苔巻きかな、と思うんだけど。
あと、クジラが浜辺に打ち上げられて、みんなが集まってきて云々みたいな話、ちょっといい話風に終わった後、そのクジラは日本近海で捕獲された、みたいな文がオチに使われてきた気がする。

17世紀の解剖学者

フィリップ・フェルヘイエンという解剖学者を中心にしたエピソードが複数の断章に渡って展開されている。
「線、平面、立体」という断章があって、これはなんだか抽象的な内容だった気がするし、読んだ時あんまり印象に残っていなかったのだけど、フィリップの断章の中で、フィリップが私淑していたスピノザが重要視していたのが「線、平面、立体」だみたいなのが出てきて、そこつながるんだ、と思った。
で、このフィリップ・フェルヘイエンという人は、アキレス腱を発見した人とされる。
主に、弟子にして友人であるファン・ホーエンの視点から、彼の人生が語られている。
若い頃に、些細な怪我から細菌感染して脚を切断する羽目になる。この脚を、しかし、廃棄せずにとっておいてほしいと頼み、なんと切断した外科医が見事にこれを標本にしてくれる。この外科医というのが、ファン・ホーエンの父親
フィリップは、脚を切断したことで聖職者の道を諦めるが、元々絵が得意で、そこから解剖学者としての才能を発揮していくことになる。
ただ、人の前に立ったりするのは苦手で、どんどん引きこもって自分の研究に没頭していくようになるのを、ファン・ホーエンが外に連れ出したりする。
当時、フレデリク・ルイシュが公開解剖をしていて、それが非常に人気で、入場券を手に入れたファン・ホーエンはフィリップを連れていく。
ルイシュがどうやって、遺体を長期保存しているのか謎なのだけど、その薬液と、フィリップの脚を保存している薬液って同じ種類のものなのでは、とかそういうのがあったり。
あと、フィリップは幻肢痛に悩まされている。この当時、幻肢痛という概念がなかったので、ファン・ホーエンはいまいち理解できていないのだが。
フィリップは、身体の地図を作った云々の記述があり、解剖学と旅行・移動も重ね合わされていることがわかる。


それから、ルイシュの方のエピソードも書かれている。
ルイシュのコレクション作成にあたっては、娘もかなり関与している。
ルイシュの公開解剖には、ピョートル一世も見に来ていて、ルイシュのコレクションはピョートル一世のもとへ売却されることになる。で、コレクションが先方の手に渡ってもちゃんと管理されるだろうかとやきもきする娘の話とか
コレクションを載せた船で、船員が薬液をアルコールとして勝手に飲んでしまって一部ダメにした話とか。

「逃亡派」

作品全体のタイトルと同じタイトルの断章がある
これは、ロシア正教のとあるセクトの名前とのことで、移動し続けることを教義としてもつ
アンヌシュカは、難病の息子を抱えながらモスクワで暮らしている。姑に息子の世話をみてもらう日だけ外出して買い物などをすることができる。
そんなある日、地下鉄の出口で、布をぐるぐると顔に巻き付けてぶつぶつつぶやきながら歩き回っている女(逃亡派)を見かける。どうしても彼女のことが気にかかったアンヌシュカは、彼女を捕まえ、パンを食べさせ、話を聞く。
そしてある日、アンヌシュカは家に帰らず、彼女と行動を共にするようになる。

神の国

生物学者である「彼女」が、ニュージーランドからポーランドへ帰省する
子どもの頃、両親とともにポーランドを離れていた彼女のもとに、ポーランド時代の友人である男性からメールが来たためだ。彼は、彼女の論文を読んで彼女の現況を知ったのだ。
そして彼は、不治の難病に冒されて入院しており、妹が看病していた。
つまるところ彼女は、彼を安楽死させるためにやってきていたのだった。
本文中、算用数字のいくつかがゴシック体で強調されていて、どうもそれがカウントダウンになっているという仕掛けのようだった。
章題に「神の国」とあるが、彼女は自分の島をゴットランドと呼んでいる。
ただ、ゴットランド島というのはスウェーデンにある島である。ニュージーランドというのは、この章の中では明示されていなかった気がするのだが、訳者あとがきではニュージーランドと書かれていた。また、章中の記述からも、確かに「彼女」が今住んでいるところはスウェーデンではなさそうである(両親が確かスウェーデンのようなのだが)
実は、この章よりも前の方で、「私」がプラハのホテルで南半球の島に住む女性と出会うという断章があるのだが、この女性が、どうも「神の国」の「彼女」っぽい。

断章いくつか

「モバイルはリアルになる」というロシア語広告について書かれた3行くらいの断章があるのだが、このフレーズはあとでまた出てくる。広告内のモバイルは携帯電話のことだと思われるが、移動は現実になる、と言い換えると、この作品のテーマを言い表しているフレーズにも読める。
神の国」よりも前の方に配置されていた断章だが、ジェームズ・クックニュージーランドについての数行の章があって、さらに、世界で初めて旅行会社を作った、もうひとりのクックという人物についても言及されていたりする。
「ルツ」という章は、亡き妻の名前(ルツ)を世界各地の地名に見出して、旅して回っている夫の話なのだが、一番最後に「彼の旅費は、妻の保険がまかなっている。」という一文でオチがつけられている。

ショパンの心臓」

ショパンが亡くなったときのエピソード。
ショパンはパリで亡くなっているが、心臓だけ取り出され祖国ポーランドに埋葬されている。
ショパンの姉が、その心臓をポーランドへと持ち出す方法を、とある歌手のクリノリンを見て思いつくという話
ショパンジョルジュ・サンドの関係初めて知った。
ショパンの葬儀では遺言でモーツァルトのレクイエムをやる事になったのだけど、教会が女性歌手が歌うのに最初渋って~とかそういう話も出てくる。
レクイエムの歌詞として「報われざること一つとしてなからん」が出てきて、https://sakstyle.hatenadiary.jp/entry/20170815/p1:titleシュピーゲルじゃん、と少しテンションあがってしまった

断章いろいろ

ホテルで鍵を渡されるとき、9号室の鍵は紛失するお客さんが多いので注意してください、と言われる。どういうことだろうと色々考える「私」そして、気付くと鍵を間違って持って帰ってしまって、フロントの人のいうことは本当だったなーとなる話、とか
「イエスはあなたさえも愛しています」というフレーズに、「さえも」という言い方に引っかかりを覚えつつ、励まされる話、とか。
それから、アイスランドで遭難しかけた若いカップルが、地元の人から大地の乳首と呼ばれるものを口にすることで助かるという話がある。ちょっと神秘的な話風に語られるのだが、最後に「これは薬局で、胃酸過多や胸やけの薬として売っている。」という一文がつけられたりしている。
それから、島のシンメトリーといって島と島にはなんか結びつきがあるんだよ、とか何とかいって、ゴットランド島とロドス島、アイスランドニュージーランドへの言及がある。こうやって、異なる断章同士が別の断章で密かに結びつけられたりしている。

クニツキ

本の前半の方にあったクニツキの話が、本の後半で再び出てくる。
一つの物語が複数の断章に分かれて展開するパターンは他にもいくつかあるのだが、これだけ載ってる場所が離れているのはクニツキだけかと。
家に帰ってきていて、妻子も戻ってきている。どうも、その後、妻子は姿を現したらしい。しかし、その時何が起きたのかを妻はクニツキに隠している。あるいは、クニツキは、隠していると思っている。
クニツキは彼女の言動を全て疑い、こっそり尾行したりする。あるいは、子どもを密かに児童精神科に連れていったりする。
ただ、読み進めているうちに読者は、クニツキこそが何か陰謀論にとりつかれてしまっているのでは、と思うようになる。
カイロス」という単語が意味ありげにでてくる。

カイロス

そして、少しあとから「カイロス」というタイトルの章が始まる。
80代の歴史学の老教授と、20歳年下で宗教学者でもある妻のカレンが、毎年恒例の、ギリシア航海へと出かける。その航海で、老教授は毎年講演を行っているのである。
妻カレンの視点にたった三人称で書かれており、夫の学知に変わらず尊敬は抱きつつも、世話に大変さを覚えたり、他の男に密かに惹かれたり、いずれ夫のポジションに自分が成り代わろうと思ったりしている。
彼らが乗っている船の名前がポセイドンというのだが、確か、クニツキ家族の泊まっていた宿の名前もポセイドンだったはず。
教授が、船の甲板で頭を打ってしまい、その怪我で亡くなってしまう。頭蓋内での出血の様子を、頭の中で赤い海が広がっていくという比喩で表現して、彼の記憶の中の光景とかが海に沈んでいくように描いているところが印象深い。


長めの断章としては「カイロス」が一番最後にあたり、この老教授の死が一つのクライマックスだが、このあとも断章はいくつか続いていく。
このクライマックスによって作品自体には締めくくりがなされたなあと感じさせつつ、もう少しだけいくつか断章が続くことで、余韻に浸らせつつも、何となくこの旅自体はまだ続いていくんだなというような感じもさせつつ、という作りになっていて巧いなあと思った。