1979年12月12日に韓国で起きた粛軍クーデターを題材とした映画
以前、『KCIA 南山の部長たち』 - logical cypher scape2を見て、次は『ソウルの春』を見るぞ、と思っていたのだが、気付いたら半年たっていた。プライム入りしたので、これはよい機会と思って、見た。
『KCIA 南山の男たち』が1979年10月に起きた朴正熙大統領暗殺事件までを描いた作品で、本作は、暗殺以後、全斗煥が軍を掌握するまでの話となる。そして、この後に起こる、1980年光州事件(全斗煥による政権奪取)を描いたのが『タクシー運転手』、また、『1987、ある闘いの真実』というのが、全斗煥政権下での民主化運動を描いた映画、ということなのでそれらもいずれ見たい。韓国現代史の映画化のされっぷりすごいな。
と知ったような感じで書いたが、韓国現代史全然知らん状態で、『ソウルの春』に関する史実も、実は見るまで全く知らなかった。
なので、最後どうなるのか分かっていない状態で見ていて、「うわ、胸クソ映画じゃん」となってしまった。無論、重たい内容の作品であることは分かって見たので、だから嫌だった、とかいう話ではなく、史実を知っていれば驚かないところで驚いてしまったという間抜けな話である。
2時間21分の作品で、夜遅い時間に見始めたので、2回に分けて見ようかなあと思っていたのだが、見始めると止まらなくて一気に見てしまった
12月12日の夕方から深夜までを特に克明に描いた作品で、ハラハラドキドキと飽きさせない展開であった。
それでいて、ちょっと思わず笑ってしまうようなところもあったりする
史実をもとにしたフィクションであり、人名や部隊名、あるいは最後の出来事などは史実と異なっている(上述した通り自分は見るまで史実について全く知らず、映画を見終わった後にWikipedaをざっと流し読みしただけなのであるが、しかし、そのレベルでも、話の展開のどこがフィクションなのかとかはすぐ分かった)。
パク大統領暗殺後、軍の保安司令官であり、暗殺事件の捜査本部長となったチョン・ドゥグアン将軍(階級は少将、モデルは全斗煥)が、おおいに権勢を振るうようになっていった。
これをよく思わないチョン・サンホ参謀総長は、首都警備司令官にイ・テシン将軍(やはり階級は少将)を任命する。
ファン・ジョンミン演じるチョン・ドゥグンと、チョン・ウソンが演じるイ・テシンがW主人公で、この2人が戦っていく感じになる。
全然気付いていなかったが、チョン・ウソンは『鋼鉄の雨』 - logical cypher scape2で北の工作員オムを演じていた人だった。
非常に対照的な2人で、映画内で初めて顔をあわすシーンから、チョン・ドゥグンは自分の髪が薄いことについての冗談を交えながら、これから仲良くさせてくださいよ~というのに対して、イ・テシンは全く笑わず「そうやって群れるのはよくないと思いますよ」と言って去って行くなど。
チョン・ドゥングンは「ハナ会」という軍内部に秘密の私組織を結成している。
参謀総長は、このハナ会に軍を掌握されてはならないと考えており、ハナ会を批判する論文を書いたこともあるイ・テシンを要職に引っ張り上げたのである。
さらに参謀総長は、チョン・ドゥングンと、ハナ会No.2のノ・テゴン(盧泰愚がモデル)を左遷する人事計画を練る。
これを知ったチョン・ドゥングンは、行動を起こすことを決める。
つまり、それこそが、12月12日の粛軍クーデターである。
参謀総長は、大統領暗殺事件の現場に居合わせており*1、既に嫌疑は晴れていたのだが、この件を蒸し返して拘束することにしたのだ。
だが、参謀総長を逮捕するためには、大統領の裁可が必要となる。
このため、チョン・ドゥングンの部下たちが参謀総長逮捕に向かうと同時に、チョン・ドゥングン自身は大統領の元へ赴き、逮捕と同時に裁可を得るという作戦をたてる。
また、企ての邪魔になるイ・テシン、特戦司令官、憲兵監については、酒席に招いて、動けないようにするという算段であった。
ところが、これらの計画はそれぞれ目論見が外れる。
まず、逮捕にあたって、銃撃戦が発生してしまい、異常事態が起きていることが伝わってしまう。また、公邸からその様子を目撃した国防長官が逃げ出す。
次に、大統領の裁可は取れるだろうというチョン・ドゥングンの楽観は外れる。参謀総長の逮捕にあたっては、国防長官の同意が必要になるという原則論を大統領は固持する。
そして、宴席にチョン・ドゥングンが一向に現れないことをイ・テシンは怪しく思い、企みを知るに至る。
こうしてイ・テシンは、チョン・ドゥングンらの動きを軍事叛乱とみなし、その鎮圧へと行動を開始した。
チョン・ドゥングははっきり言ってふざけた奴であり、嫌な奴である。
(彼のはっきりとした悪行として、大統領暗殺事件捜査を名目に、片っ端から逮捕・尋問しながら、上司である参謀総長兼戒厳司令官に報告せず、独断専行で行動している、というのがある)
大統領の裁可は必ずとる、と啖呵を切って出ていきながら、いや、取れなかったわと言って飄々と戻ってくるとか、なかなかふざけている。
しかし、さすがにクーデターの将となっただけのことはあって、ここぞという時に難局を切り抜けてしまう何かを持ち合わせているのである。
ハナ会はチョン・ドゥングンがリーダーなのであるが、それ以外にチョン・ドゥングンが「先輩」と呼んでいる将官たちが何人かいる。チョン・ドゥングンから見て、おそらく年齢も階級も上なので、その顔を立ててはいるのだが、彼ら、日和見的なところがあって、大統領の裁可が取れないとか、何かと作戦に綻びがでると、すぐにオロオロしはじめるのである。その度に、チョン・ドゥングンがヘラヘラしたり、活を入れたりして、反乱軍をまとめているのである。
さて、叛乱側も鎮圧側も、ソウル市内ですぐに動かせる手駒は少なく、いかに早くソウルに兵力を集結させるかどうかが鍵であった。
叛乱側は、第2空挺旅団を動かすが、それを察した鎮圧側は、ソウルに入るために通行する橋を次々と封鎖する。最後には、イ・テシン自身が橋の上に立ち、第2空挺旅団を止めるのだった。
イ・テシンは、ソウル近郊の各部隊へと連絡し協力を依頼する。
前半は、鎮圧側がうまくいくのでは、という感じもするのだが、次第に劣勢に立たされていく。
叛乱側の「先輩」たちもわりと役立たず感があったが、それに輪をかけてダメなのが、鎮圧側の、参謀次長と国防長官である。
鎮圧側では、憲兵監が優秀で、彼の矢継ぎ早な指示によって大統領府にいたチョン・ドゥングンを逮捕する直前までいくのだが、参謀次長の慎重策によって取り逃がす。
その後も、一度は止めた第2空挺旅団が戻ってきたのに対して、鎮圧側は、第8空挺旅団を動かすことに成功し、先にソウル入りが可能という状況で、チョン・ドゥングンからの「紳士協定」を真に受けて、第8空挺旅団を下げてしまったのが参謀次長である。この時も、憲兵監は強く反対したのだが、階級の壁に阻まれてしまう。
一方の国防長官だが、彼は北によるテロだと考え、在韓米国大使のもとへ逃げ隠れていた。しかし、アメリカ側から北は動いていないと言われて放り出されてしまう。鎮圧側と合流後、陸軍本部からの撤退とチョン・ドゥングンとの対話による解決を主張する。これは、危ない目に遭いたくない、という意味でしかない。
そもそもチョン・ドゥングンは保安司令部であり、軍内部の回線を盗聴することができたため、鎮圧側の動きをいち早く察知することができた。
また、後半では、ハナ会メンバーが同期に電話をかけまくるという情報戦をしかけて、鎮圧側に協力するかどうか見極めていた各部隊を足止めさせることに成功する。
再度、「先輩」たちを引き連れて上申したものの、大統領の裁可はなお下りなかったが、一方で、特戦司令部や陸軍本部を次々と制圧。イ・テシンと協力して、鎮圧に向け尽力した特戦司令官、憲兵監はいずれも拘束されてしまう。
イ・テシンにはもはや約100名の直属部隊(非戦闘員含む)しか残されていない状況まで陥ってしまう。
こうして、イ・テシンによる叛乱鎮圧は失敗に終わり、悪役チョン・ドゥングンが勝利に酔いしれる胸クソエンディングを迎えるわけだが、この作品、最後での「ヘイトコントロール」が巧みだなあと思わせるところがあった。
イ・テシンはわずかな直属部隊を率いて、チョン・ドゥングンら反乱軍の本部へと向かう。そして、野戦砲の発射を命じる。脅しでもなんでもなく、イ・テシンは本気で野戦砲を撃たせようとしていて、どちらも全く一歩も引かず、一体どうなってしまうのか全然分からないカウントダウンへと突入していくのだが、これを止めたのは国防長官だった。
陸軍本部の隅に隠れていた長官は反乱軍に身柄を抑えられており、言われるがままに用意された紙を読み上げ、イ・テシンの首都警備司令官の任を解いてしまったのである。
これによりイ・テシンは為す術もなくなり、事態は決することになる。
国防長官は、徹頭徹尾、情けない存在として描かれ、最後もその情けなさが決定打となるので、見ていて「うあ、国防長官が一番悪いじゃん」となる。
いやまあ、一番悪いのは間違いなくチョン・ドゥングンではあるんだけども、しかし、あの
ラストシーン、本気で撃ってこようとするイ・テシンに対峙するチョン・ドゥングンには、狡猾な悪役としてのかっこよさみたいなのがあって、憎たらしいことには変わりないのだが、しかしそれ自体を魅力的にしているファン・ジョンミンの演技があって、
なので、観客に対して、「国防長官のせいじゃん」って思わせるように仕向ける展開がうまいなと思った。
というのも、実はここが本作が現実と離れてフィクションになるところにもなっている、というのに、見終わった後Wikipedia読んで知ったからなのだけど
イ・テシンのモデルとなったチャン・テワンも、やはり100名程度の部隊を率いて出撃しようとしたのだが、部下からの進言に従って、これを断念している。で、国防長官の拘束は、さらにその後のことっぽい。
なので、最後にイ・テシンとチョン・ドゥングンが直接対決するところは、フィクションということになる。
そして、ここでは両者一歩も引かず、というのを撮りたいわけなので、やはり史実にはなかった形で国防長官に憎まれ役を負わせたのだろう、と。
ところで、参謀総長逮捕の裁可を下さなかった大統領は、チョン・ドゥングンが国防長官を連れてきたことで、逮捕状に署名することになるのだが、そこに日時を書き込み、あくまで事後承認であったことを記録させた、という筋を通した人であった(これはWikipediaによれば史実)。
このケース、ハナ会という軍内部での数を力として無理矢理押し切ったものであるけれど、それでも、大統領決裁をとって合法であるという体裁を整えた、というのはやっぱり面白いといえば面白いというか
こう、最近、アメリカとかで起きてる暴挙を考えるとね……
イ・テシンとチョン・ドゥングンは、まるっきり対照的な人物ではあるけれど、危機的シーンで部下を従わせる方法が似ていたのは面白かった。
いずれも、部下に自分を撃たせようとしている。つまり、自分の方が正しいと思うのならいつでも俺を撃っていい、と言うところである。
ただし、細部は異なっている。
チョン・ドゥングンは、空挺への指示を躊躇う部下に対して、自分で銃を抜きその銃を相手に渡す。結果、チョンに従うことにした部下は(指示を出すべく)その場を離れる。
イ・テシンは、降伏を促すためにイ・テシンに銃を向けた部下に対して、自分を撃つようにいい、結果、部下は撃てなかったので、イ・テシンがその場を離れる。
つまり、チョン・ドゥングンの場合、銃を抜くのはチョン、その後に実際に動くのは部下
イ・テシンの場合、銃を抜くのは部下、その後に実際に動くのはイ・テシン
という違いがあって、同じようなことをやっているのだけど、印象が異なる。
また、チョン・ドゥングンの方は、チョンにそれをやられた部下が、さらに自分の部下に指示を出す際に全く同じ方法をとることで、その方法をパロディ化してしまい、「俺を撃て」というやり取りを茶番として演出している。
イ・テシンとチョン・ドゥングンの違いとして、行動にあたって、前者は信念、後者は勝ち負けを基準としているというのもある。
後者は、周囲をアジる際に、勝てば官軍的なことを言って煽っている。実際、その通りになった。
前者は、他の部隊に協力を依頼する際、仮に負けるとしても軍人としてやるべきことをやらないといけないという説得をしている。
エンドロール、叛乱側の飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎと、参謀総長とイ・テシンが収監された牢獄とが対比されている。参謀総長はすでに拷問を受けたことも示されていて、これもまた、胸クソ感の強い終わり方になっている。ほんと、叛乱側がアホみたいに踊り狂っているからな
ちなみに、参謀総長とイ・テシンのモデルになった人は、どちらも70代まで生きたようである。2人とも一時的に政界進出しているが、すぐに引退していて、やっぱり政治とか向いてなかったんだな感がある。