稲田一声『喪われた感情のしずく』

第15回創元SF短編賞受賞作
人工感情調合師の主人公は、憧れのカリスマによる新作から、彼の動機を探る。
ファッションとして人工感情をまとうというSFギミックから、機械知性であることというテーマへと着地する。SF短編としては色々なアイデアに読み応えがあるし、プロットも面白い。
ただ、キャラが弱いのでは、という感じもした。


オーデコロンならぬオーデモシオンという人工感情を化粧代わりに人々が身にまとうようになった未来
主人公ミナモト・コズ=「僕」は、入社2年目の人工感情調合師であるが、なかなか新作のアイデアが出ずに苦しんでいた。
未来の人類は脳内にナノマシンを入れて自らの肉体をコントロールできるようになっている。オーデモシオンは、そうした技術を背景にして生まれた製品で、様々な身体反応を制御することで人工的に感情を生じさせる。
ラインナップとしては「喜び」などのポジティブな感情が多いが、「憂い」をまとうなどファッションとして用いられている。
そんな中、コズの憧れの存在であり、人工感情調合師を志したきっかけであるセクワ・ジュンが、十数年ぶりの新作を発表するという。
セクワは、「虫殺し」「無害の嘘」「正方形を轢いた」「犬の絶滅」といった罪悪感シリーズで一世を風靡した天才である。
オーデモシオンは、上述の通りファッション目的のものと、自分では体験したことない感情を体験する目的とがあるらしい。セクワのものは主に後者の目的で使われる。
セクワは、「正方形を轢いた」など全く架空の感情なども作り出している。
コズは、セクワの新作発表会に招待され、そこで新作のオーデモシオンを試すことになる。そこで招待客に対して、一体何の感情か当ててみるように、という余興が行われる。
オーデモシオンは、前徴、中徴、後徴の3段階で変化する(これは香水もまた3段階で変化していくことに倣っているようである)。ここでは、セクワの新作の前徴、中徴、後徴それぞれの特徴が記述されていく。複雑な感情を、オーデモシオンの3段階という形で言語化・記述していくというのは、この作品の一つのハイライトだと思う。
コズが、これは差別感情だ、と言い当てるところで前半が終わる。
差別感情を体験させる商品を販売していいのか、ということで社内外が揺れながらも、売れ行きは着実に伸びていく。
一方コズは、セクワが何故このようなものを作ったのかを知るべく、セクワの過去のインタビューなどを片っ端から読んでいく。
公開討論会で、セクワは衝撃的な研究結果を発表する。現代の人間は、脳内にナノマシンなどを組込み、生体部分と機械部分とが組み合わさった状態にあるが、感情が生じているのは機械部分の方だという。そして、我々の祖先は、機械の方にあるのだとの主張を展開する。
セクワが新作オーデモシオンで発表したのは、まだ機械を脳に取り込んでいなかった時代の「素の人間」が機械知性に対して抱いていた差別感情だという。そして、その差別感情を体験した人々は、その後、罪悪感を抱くようになる。その罪悪感をきっかけに、セクワのいう機械祖先論の支持者も少しずつ増えていくのだった。
コズは、密かに新作のオーデモシオンを作り上げ、セクワのもとへともっていく。
それは、機械知性としての感情を体験させるものだった。


感情を人工的に生じさせる技術
ナノマシンと融合した人間は、生物なのか機械なのか、というか、機械知性という存在をどのように位置づけるかという問題
そして、機械知性ならではの感情をどのように生じさせるか
という3点のSFネタが、一つの短編の中で順次展開されていっていて、それぞれが面白い。
また、新作オーデモシオンが生起させる感情は一体何なのかとか、一体何故そのようなオーデモシオンを作ったのか、ということを、主人公が推理していくプロセスも面白い。


感情を作るにあたって、その身体反応から作り上げていく、というのは理に適っていて説得力がある。
一方、ね群読書会:稲田一声『喪われた感情のしずく』でも指摘されているが、それが何の感情であるかについては、ラベリングによる効果もあるように思える。
感情は、身体性と認知との組み合わせで(あるかもしれず)、身体性の部分はオーデモシオンで作っているとして、認知の部分をどのように作っているのかは、必ずしもはっきりしないな、と思った。何かを轢いたときの罪悪感を身体反応から作ることはできたとして、その対象が四角であることは、どのように生じさせているのか。
また、機械知性こそが自分たちの祖先だ、という話自体は面白くて、それは色々考えられそうなんだけど、飛浩隆が選評で指摘しているように、生体部分と機械部分とはどのように切り分けられるのか、とかははっきりしない。


それよりも気になったのは、最後のコズの動機で、彼は自作のオーデモシオンをセクワに突きつけるのだけど、それはオーデモシオン作りを会社ごともうやめようとしているセクワに対して、まだオーデモシオンに可能性があることを示して、引退させないため、と述べられている。
これがいまいちよく分からないと言えば分からない。
冒頭でキャラが弱いと書いたが、どの人も、どうしてそういう行動をとったのかという動機が分かりそうで分からない、というのがある。