尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか』

三畳紀末の大量絶滅についての本
いわゆるビッグファイブの1つに数えられる大量絶滅だが、その原因は必ずしもはっきりしていないらしい(というか、はっきり分かっているのは白亜紀末の奴くらいなのだろう)。
ただ、近年まさに研究が進められているらしく、本書に紹介されている研究は2010年代くらいのものが多い。そして、本書では、筆者がまさに検討中の仮説が紹介されている。
第7章以降について、筆者自身が、まだ実証されておらず、今後の発見次第で覆されうる話だということを再三強調している。
しかし、その分、現役の古生物学者がどのように研究を進めているのか、というのが伝わってくる感じになっている。

プロローグ 大地
第1章 異変
コラム1 ビッグファイブ
コラム2 超大陸パンゲア
第2章 混沌
第3章 犯人
コラム3 謎の衝撃石英
第4章 指紋
第5章 連鎖
コラム4 葉化石を用いた大中の二酸化炭素濃度の推定
コラム5 長石の化学的風化と二酸化炭素の除去
第6章 疑惑
コラム6 ストロンチウム同位体
第7章 消失
コラム7 コノドントの酸素同位体比と海水温
コラム8 現代の森林消失
コラム9 火成活動と硫酸酸性雨
第8章 限界
第9章 境界
エピローグ 深海

プロローグ 大地

1980年代、ヨーロッパやアメリカから鳥たちの異変の報告が相次いだ。殻が不完全な卵の産卵率はなぜ急上昇したのか? その原因は大地の変化にあった。
(この文章は、版元のページからコピペしたもの。以下、各章について同じ。
『大量絶滅はなぜ起きるのか 生命を脅かす地球の異変』(尾上 哲治):ブルーバックス|講談社BOOK倶楽部

第1章 異変

ニューカレドニアには、三畳紀末の海で形成された地層がある。三畳紀末に起きた異変の謎を解く、最初の手がかりだ。生物が小型化し、絶滅した世界「スモールワールド」が見えてきた。

この章は、各地での化石発掘調査の様子が描かれている。
筆者は、イタリアのマニュエル・リゴとの共同研究を行っており、リゴと共同研究にいたった経緯、共同研究を始めるべく、イタリアに渡ったときのことが書かれている。
その上で、

について、発掘調査の様子と、それぞれが三畳紀末に小型化していることが書かれている。
それぞれは、海の中での環境の違い(沿岸、浅海、遠洋)に対応し、海洋全体で小型化が生じ、その直後に絶滅してしまうことが示される。
筆者は、三畳紀末に生き物が小型化したことを「スモールワールド」と呼び、何故スモールワールドが生じたのか、を探っていくこととなる


ところで、本書では、大量絶滅について、三畳紀末、白亜紀末、ペルム紀末と表記されている。これらは、それぞれT-J境界、K-Pg境界、P-T境界とも呼ばれるが、本書によるとこれらの言い方は最近はされなくなってきて、三畳紀末、白亜紀末、ペルム紀末と(再び)呼ばれるようになってきたらしい。
なお、本書で扱われている三畳紀末の大量絶滅は、三畳紀の中のレーティアン後期のものとなる。
小型化は、レーティアンになって生じる。

第2章 混沌

ロッキー山脈の東端、ブラックベアリッジという丘陵地にも三畳紀の海の地層がある。そこでは、海退、酸性化、無酸素化という多様な環境変化の記録が見つかった。この混沌の中に大量絶滅の原因が隠されているのだろうか?

ブラックベアリッジは、3つの環境変化を記録している。
まず、地層の不整合は、海退があったことを示している。
次に、石灰岩の堆積が中断していること(代わりに黒色頁岩が堆積している)は、海洋が酸性化したことを示している。二酸化炭素の増加が原因か。
そして、黒色頁岩が「黒」い色をしていることは、無酸素化を示している(有機物の分解が止まっている)。
無酸素化は、温暖化により海洋循環が緩慢となって、暖かい表層水と冷たい深層水に成層化したから。
こうした環境変化は、何によって引き起こされたのか。

第3章 犯人

三畳紀末のさまざまな環境変化を引き起こした有力な容疑者は、巨大隕石と史上最大規模の火成活動。広範囲で見つかる海底地滑りの証拠は、犯人特定につながるか?

やはりイタリアの研究者であるマルツォリは、「CAMP(中央大西洋マグマ地域)」の提唱者として知られている。
マルツォリは、三畳紀末の大量絶滅をCAMPで説明しようとしている。
CAMPは、ペルム紀末大量絶滅を引き越したシベリア・トラップの2倍のマグマ噴出量をもつ
しかし、CAMPの火成岩は、三畳紀大量絶滅よりあとの時代からしか見つかっていない
一方、対立仮説として、ポール・オルセンの天体衝突説がある。
白亜紀末の大量絶滅が隕石衝突によるものなので、三畳紀末もまたそうなのではないか、という説だ。
オルセンは当初(1980年代)、カナダのマクニアガン・クレーターがその衝突の跡だと考えるが、1993年の年代測定で1200万年以上古いことがわかる。
2000年代に入り、オルセンイリジウム濃集層を発見。また、同じ層でシダ胞子の増加も発見する。ほかの植物がいなくなったところで、シダが増えたのではないか。
今度は、フランスのロシュシュアール・クレーターが候補となる
デイヴィッド・ラウプが示した「殺戮カーブ」という、クレーターのサイズと絶滅率との関係式がある。それだと、ロシュシュアールは小さすぎるということになるが、ここは、鉄質隕石によって衝突が起きたというユニークさがある。超巨大地震を引き起こしたと考えられる
2003念、マイケル・シムズによって「スランプ堆積物」という海底地すべりによって生じた堆積物が発見されている。
2010年頃、筆者も岐阜県坂祝町で、チャートから天体衝突の痕跡を探していたが、見つからなかった。
2017年、ロシュシュアールも形成年代が三畳紀末絶滅より古いことがわかる。


天体衝突が三畳紀末絶滅を引き起こしたわけではなかった
が、CAMP説も、絶滅より前の火成岩が見つかっていないというネックがあった

第4章 指紋

世界中の地層を対比するには、時間の物差しが必要だ。その目盛りとして、炭素同位体比という「元素の指紋」が使える。海洋の異変、生物の小型化と絶滅、そして地層から見つかった3つの目盛りはどのような順で並ぶのか?

三畳紀末には様々な出来事が起きていたことが分かってきたが、そもそもこれがどういう順番で起きたのか、比べるためには時間を示す目盛りが必要である。
ここで注目されるのが、「炭素同位体比の負異常」である。
三畳紀末には、これが3度記録されている。
専門的には、古い順にプレカーサー、イニシャル、メインと呼ばれているが、この呼び方は分かりにくいため、
本書では、便宜的に、ファースト、セカンド、サードと呼称される。
ここまで取り上げられてきた現象の時期は、以下のようにまとめられる


CAMP溶岩の噴出は、「セカンド」以降しか知られていない
ただし、水銀の研究からは、CAMP火成活動の時期と3度の負異常はオーバーラップしている
「スモールワールド」と絶滅は、「セカンド」の時期に起きている
環境変動は、「ファースト」から「セカンド」にかけて、海退、海洋の無酸素化、海洋酸性化の順で起きている
時期的に、海退と絶滅の関連は薄い、と

第5章 連鎖

三畳紀末大量絶滅を説明する美しい理論が発表された。それは、二酸化炭素が形を変えながら大気・大地・海洋を変化させていく「連鎖モデル」だ。謎はすべて解けた……のか?

マルツォリは、より古い時代の玄武岩が存在している可能性もある、と述べている。
マグマが地上に噴出してできた「溶岩」ではなく、マグマが地下で冷えて固まった「貫入岩」に着目すると、CAMPの時期の謎が解ける
2018年、マルツォリの弟子グループが、アマゾン盆地で「ファースト」から「セカンド」にかけて大規模なマグマ貫入が起きている年代データを示した。
こうして、以下の仮説的ストーリーが描かれる
(1)CAMP火成活動
(2)マグマによる二酸化炭素放出
(3)海洋酸性化
(4)炭酸カルシウム形成阻害→絶滅
植物の気孔の数から二酸化炭素濃度変化が推定できる
T/J境界で二酸化炭素濃度は急増するが、「ファースト」から「セカンド」の時期に限っては大きな変化がない
二酸化炭素はどこに消えたのか
スロバキアのタトラ山脈で、カオリナイトという鉱物が大量に発見されている
カオリナイトは長石が化学風化することで生じる。
カオリナイトの増加は、気候の湿潤化を意味する
CAMPによる二酸化炭素の増加は、気候の温暖化・湿潤化をもたらし、化学風化を促進し、二酸化炭素を大気から除去した
また、無酸素化は、海洋の成層化が原因と考えられているが、それ以外に、化学風化の促進が赤潮をもたらし、これが無酸素化を引き起こしたとも考えられる。


ペルム紀末の大量絶滅で構築された「連鎖モデル」を、三畳紀末に当てはめた理論がある。
火成活動による二酸化炭素の増加が引き金となって、大気-大地-水環境をリレーしながら、様々な現象が連鎖的に発生し、大量絶滅を引き起こしたというモデルである。
これは一見、全ての出来事をうまく説明しているように見える。
しかし、筆者は腑に落ちない。

第6章 疑惑

オーストリア・タトラ山脈で見られる三畳紀末の地層には、生命活動の豊かな海と突発的絶滅が記録されていた。連鎖モデルへの疑惑が湧く。二酸化炭素のリレーでは「遅すぎる」!

スロバキアのミヒャリクという研究者のもとへ向かう。筆者が父のように慕っている人物らしい。
タトラ山脈の地層から採取された石灰岩から試料を作るプロセスについて、紹介されている。石灰岩試料を作るのは手間で、研究時間の8割は試料作成とのこと
ミヒャリクは、有孔虫化石層序というのを作っている
「ファースト」から「セカンド」にかけて漸進的に絶滅しているのではなく、「セカンド」に入って一気に絶滅している
ストロンチウム同位体比が、「ファースト」までは上昇し、「セカンド」のタイミングで低下する。これは乾燥化を意味する
スランプ堆積物の年代も「セカンド」直前
シダ胞子の急増は、「ファースト」と「セカンド」の間で発生
裸子植物の衰退が「ファースト」以降に起きている

第7章 消失

化石に記録された三畳紀の海水温が、驚くべき温暖化を示した。温暖化は生物の小型化をもたらしうる。さらに、2つの新しい異変が見つかる。海で生物が小型化したとき、陸地では森と土壌が消失していた。

2020年、筆者はリゴとオンライン・ミーティングしながら、「三畳紀絶滅にかんする特集号」に投稿すべくモノチス・カルバータの小型化と絶滅についての論文を執筆
三畳紀末の温暖化について、PETM(暁新世-始新世温暖化極大)と比較
筆者らは、高温世界が小型化ををもたらしたと考えるようになった。
しかし、どの程度の温暖化が生じたがわからない


同じ号に、シュットプルージュが、森林消失・土壌流出説を発表していた。
年代が逆転している地層を発見。これは、土壌流出によって生じる
ストロンチウム同位体比の変化を説明できる。
ストロンチウム同位体比上昇は、化学風化で、土壌消失によって風化が起きにくくなり、同位体比が低下した
スランプ堆積物の存在も説明できる
また、石灰岩の堆積停止も説明できる。
では、なぜ森林消失が起きたのか。
CAMP火成活動による硫酸の雨によって
あるいは、森林火災によって
この原因についての仮説は、まだどちらも決定的な証拠はなさそうだが。

第8章 限界

どれだけ暑く、湿度が高ければ、生き物は死にはじめるのか? スモールワールドは、極端な温暖化が生命の限界を超えた世界だったのかもしれない。

人間は汗の気化熱で熱を逃がしているが、湿度があがると熱が逃げにくくなる。
気温が体温以上だと、体から大気への熱の移動が起きなくなり、体温が上昇していく。
湿度が100%に近いと、気温が30〜31度度程度でも6時間が限界
湿球温度35度は人間の生存限界
家畜の熱耐性はよく研究されていて、人よりもやや低い傾向
トカゲについて、熱帯ではすでに最適温度を超えている可能性がある。
PETM、熱帯で湿球温度35度超えていた可能性あるという研究があり、この時期、哺乳類の小型化が起きている
三畳紀末の気温を検証するすべはなく、温度上昇がどの程度だったかを示すデータもない
しかし、カオリナイトストロンチウム同位体比から、ヨーロッパで熱帯のような湿潤な気候になっていたことは推定される。


暑さにどこまで耐えられるか、というと、最近、以下のような記事を読んだけど、少し違う話かもしれない。
『日経サイエンス 2025年1月特大号』 - logical cypher scape2

  • 飽差と植物の限界

飽差というのは乾燥度合いの尺度(飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧の差).
植物の場合、こちらが重要になる
飽差が大きい(乾燥している)と27〜28度で熱ストレスの影響が出てくる
40度で枯死
現在、メキシコやアマゾンの熱帯雨林の一部で、影響が出始めている


コンピュータモデルの三畳紀の平均気温・降水量
高い気温と乾燥が予想される地域と、森林消失と起きていた地域が重なる
逆に、中国ジュンガル盆地、高緯度で、森林消失は起きなかった

  • 連鎖モデルの欠点

実は「無酸素化」と「酸性化」は、直接的には絶滅を説明できない
というのも、絶滅はあらゆる環境で起きているが、無酸素化や酸性化は一部の環境でしか起きていなかったから
また、森林消失や土壌流出についての説明も与えていない。


一方、CAMP火成活動に端を発する温暖化による超高温世界説は、森林消失や土壌流出を説明することができ、そして、高温化は小型化を説明するとともに、土壌流出による海洋環境の変化(鉄やケイ素が供給されなくなる、土砂に埋もれて生息できなくなる)により絶滅が引き起こされることも説明できる。
しかし、この説にもまだ弱点はあり、「ファースト」から「セカンド」にかけてどの程度温度上昇したのかがわからない、この時期、二酸化炭素濃度はさほど上がっていないので、温暖化が進行した理由がわからない、「サード」で二酸化炭素濃度が急上昇する理由もわからないなど。
また、森林消失については、高温化ではなく寒冷化によっても説明が可能で、ポール・オルセンが寒冷化を主張している。
ただし、寒冷化の場合、スモールワールドや無酸素化などを説明できない。また、寒冷化の原因を、CAMP火成活動により発生した二酸化硫黄が硫酸エアロゾルになったため、としているが、その証拠は見つかっていない、と。



カーニアン多雨事象についても、少し触れられていた。
カーニアンは、本書で取り扱われているレーティアンよりも2つほど古い地質年代
発見したのはマイケル・シムズ
カーニアン多雨事象については、少し前にニュースで見たことがあるが、今再確認したら、筆者も関わっている研究だった。
九大など、三畳紀に200万年続いたカーニアン多雨事象の発生理由を解明 | TECH+(テックプラス)

第9章 境界

現在の地球では、「第六の大量絶滅」が進行中だという。それは本当なのか。環境変化がどの境界を越えると、大量絶滅が起きるのだろうか。

現在は、第六の大量絶滅が起きていると言われているが、実際に、大量絶滅と言えるほどのものなのか、まずは指標を確認している。

  • 絶滅率

絶滅率を見ると、実は他の大量絶滅と比べて、全然低い数字でしかない。
ただし、タイムスケールの違いを考慮すべき。

  • E/MYS値(年間100万種あたり絶滅数)

こちらは、平穏時と比較すると、確かに高い。
しかし、大量絶滅といえるほどなのかはわからない


次に、境界条件を考える(科学者は境界条件を考えるのが好き)

環境学者ヨハン・ロックストロームらによって提案された、9つの項目について、人間活動にリスクを伴う領域かどうかを評価する指標
生物多様性」の項目が、E/MYS値によって定義される。
しかし、筆者はやはり、E/MYS値によって大量絶滅か否か判断するのは難しいとしている。というのも、解析する期間が短くなるほど高くなるから。

プラネタリー・バインダリーとは別に、後戻りできないポイントとして、ティッピングポイントという指標もある。
ティモシー・レントンらが、9つの構成要素についてティッピングポイントを検証している
筆者はこちらで、アマゾン熱帯雨林にかんするものに着目する。
3.5〜6度の気温上昇がアマゾン熱帯雨林ティッピングポイント
熱帯雨林の消失は、二酸化炭素の増加による気候変動につながるとして語られがちだが、陸上生態系の崩壊・土壌消失・海洋生態系の崩壊として、大量絶滅にもつながる


東南アジアの熱帯雨林は土壌流出するともう戻らない(回復に数十万年かかる).
平野部がほとんどなく、山岳地から直接海へと流出してしまうから

エピローグ 深海

岐阜県木曽川沿いには、三畳紀末の深海で形成された地層がある。そこで見つかる化石は、何かがおかしい。新たな謎が立ち上がる。

ヨーロッパでは、コノドントも放散虫も「セカンド」のタイミングで小型化・絶滅する
が、岐阜県坂祝町のチャートでは、「セカンド」をすぎても絶滅の気配を見せず「サード」のタイミングでいなくなる
パンサラッサ海の赤道域が避難所=深層水のリフュージアとなっていたのではないか。
深海水の湧昇による栄養塩の供給が、これを支えていたのではないか。